夕方、立ち稽古が終わった稽古場は、安堵と疲労が入り混じる空気に包まれていた。


「は〜終わったなぁ。今日もギッチリだったな」

マイケルが大きく伸びをしながら、汗だくのシャツをぱたぱたと扇いでいる。


ケビンとノアは台本をまとめたり、椅子を整えたりと片付け作業に勤しんでいた。


そんな中、ノアが舞台上で何かを見つけた。


「ん? これ、誰の?」


彼が持ち上げたのは、片方だけの黒い革靴だった。


「ちょっと待って、なんで靴が片方だけ落ちてるんだよ」


マイケルが目を丸くして見に来る。ノアが困惑顔で言った。


「しかもめっちゃちっちゃい。これ…子ども用?」


「いやいや、子どもがこの稽古場にいるはずないでしょ」


「幽霊だったりして。“なくした片靴を探す少年の霊”とか…?」


「うわ〜言うな言うな、夜の稽古できなくなる!」


ケビンが近づいてきて靴を見て、ふと気づく。


「あっ、それルビーのだよ。衣装合わせでヒールじゃない靴履いてたから」


「なーんだ。てっきり新手の怪談話かと」ほっとしたと言う顔のノア。


「お前、すぐホラーに持ってくなよ」とマイケルがツッコむ。


そのとき、ずっと片隅で黙々と舞台のセット片付けをしていたテリィが近づいてきた。


ノアがにやにやしながら言う。


「なあ、テリュース。もしお前がこの靴履いて舞台立ってたら、どんなセリフになると思う?」


「……」


しばらく無言だったテリィが、片手に靴を持ち上げて、静かにひとこと。


「私は片割れをなくした。だが、演じる足は止められない」


一同は「おぉぉ……⁉︎」と感嘆の声を出した。

ノアがおどけて

「やだカッコいい…っていうか、うまいこと言うな!」


「それ、来年のポスターに使えるかもな…“片方でも立てる役者”」

と、ケビンも続く。


全員が笑い声をあげる中、テリィは一言だけ付け加えた。


「ルビーに返してこい。靴が片方ないと困るだろ」


「はーい! 片方でも立てるけど、両方あったほうがいいもんね!」

そんな風に、緊迫した稽古の後、小さな靴がきっかけで、稽古場にはひとときの笑いが広がったのだった。