昼食後に再開された立ち稽古は、より感情をぶつけ合う場面に進み、俳優たちの表情もどこか鋭さを増している。
中心ではマルグリートとパーシーの夫婦のすれ違いのシーンが始まっていた。
ルビーが台本なしで台詞を口にし、舞台中央でテリィと向き合う。
「あなたは、私を信じていない……!」
ルビーの声が張り詰める。涙は流れていないが、目の奥に滲む怒りと哀しみ。
その感情の渦を真正面から受け止めたテリィが、一拍おいて口を開く。
「信じていないのではない。信じたくても、信じられない。心が裂けるのは……私もだ」
二人の沈黙。演出家が思わず息を飲んで手を止めた。
稽古場の片隅、舞台セットの合間に置かれた木箱に、数人の若手俳優たちが腰をかけていた。稽古中の汗をぬぐいながら、水分補給をしている。
「で、あの場面、パーシーが正体を明かすくだり。あれってもっと衝撃的に演出したら面白いよな」
マイケルが軽口のように言うと、ケビンがすぐに返した。
「面白いって、お前の感想は子どもの読書感想文か?」
「いやさ、せっかくテリュースが主役張ってるんだし、もうちょい“おぉっ”って思わせたいじゃん」
その会話に、近くで水を飲んでいたライナスがちらりと目を向けた。
「…あの場面、台詞のリズムで見せるところだろ。演出は、すでに“引き算”に入ってる」
ライナスは、そう言うと再び黙った。
「おお…なんか、ライナスって時々しゃべると核心突くよな」
マイケルが苦笑するが、ライナスは無反応のまま水を飲み干す。
その隣では、アシュトンが一人で台本を読み込んでいた。誰かが話しかける雰囲気もなく、彼もまた周囲に興味がなさそうだった。
一方、少し離れたベンチではテリィが黙々と台詞に目を通していた。相変わらずの静かな佇まい。
ケビンはその姿を眺めながら呟いた。
「なんかさ、あいつって無駄がねぇよな。いつもピリッとしててさ、ちょっと隙見せたら負け、みたいな感じ」
「最初からそういう人なんだよ、テリュースって」
マイケルが答えると、ケビンは肩をすくめる。
「別に嫌いじゃないけどさ…あの感じ、鼻につくときない?」
「そりゃお前が勝手に張り合ってるだけじゃん」
「うるせぇ」
二人の軽口に、テリィは一度も振り返らず、ただ静かに台本に視線を落としたまま。
だがその表情は、どこか微かに口角が上がっていた。
束の間の休憩のあとは、立ち稽古が再び始まる。だがその直後、演出の中でケビンとアシュトンが台詞のタイミングでぶつかり、ピリついた空気が走った。
「今の、先に出るのは俺のセリフだったよな?」
ケビンが険しい顔をする。
「お前の“間”が遅すぎるんだよ。芝居は呼吸だ。合わせろ」
アシュトンも負けずに言い返す。
その様子に稽古場の空気が固まりかけたとき、ふと視線を感じてふたりが振り返ると、テリィがこちらを見ていた。
何も言わず、ただ静かに立っていたが…それだけで空気がすっと鎮まる。
「…もう一回、合わせよう」
ケビンが小さく息を吐いて言う。アシュトンも黙ってうなずいた。
火花が散るような真剣勝負のなか、俳優たちは確かに変わり始めていた。
ライバルとの対峙、仲間との共鳴…短い時間の中で、それぞれが自分の芝居に向き合い、少しずつ殻を破っていく。
そしてテリィもまた、仲間の芝居を受け止めながら、少しずつ「孤高」から「共鳴」へと歩みを進めていた。