※766のブログが何故かアップされてしまいました。失礼しました。
さて、先日のノーベル経済学賞の記事で日経新聞は、「経済学は生身の社会問題を扱うため、自然科学のように繰り返しの実験が出来ない。」と書いています。
繰り返しの実験が出来ないのなら、そもそも
学問ではありません。
何度も申し上げますが、経済学などという学問はありません。
同じく政治学や法学、文学などという学問もありません。
学問とは全ての検証に耐えうる科学であり、唯一、絶対、永遠、不変の真理でなければなりません。
地上において物体が地球の中心に引き寄せられる引力は、宇宙においても変わりはなく、その引き合う物体の質量の積に比例し、距離の二乗に反比例するのが科学です。
愛が学問ではないように、経済学などという学問は存在しないのです。
が、唯一経済で言える事は、第一原因のエネルギーである財政(税金、公金)と、第二原因のエネルギーである財務(民間の資本)があります。
もし経済学があるとするならば、これが唯一の経済学と言えます。
法学と呼ばれる虚偽の存在も、国によって憲法(国が守るべき法)や法律(国と国民が守るべき法)が異なるのに学問なはずもありませんね。
言えるとすれば、「我が国の自治法におけるその体系と考察」です。
日本の弁護士がアメリカで通用しないのは、実にそのためです。
子供だましの経済学は、悪徳ユダヤ人が金融資本主義をねじ込み、「金融が世界を救う」というデタラメを吹聴するためです。
これに更に悪意を加えたのが、アベノミクスなる100%虚偽です。
現役の財務省事務次官(財務省事務方のトップ)が、雑誌に寄稿した反アベノミクスの論文が話題になっています。
科学でもないアベノミクスに、まさに鉄槌(てっつい)を喰らわせたのです。
如何なる政策もやり過ぎて度を越えれば悪になります。
今後、事務方の幹部公務員の反乱に、政治の側もうかうかしていられなくなります。
彼らは事務屋さんではないのです。
売文業者でもありません。
政治家の度を越えた公務員蔑視も、大概にしなければ大変な事になります。
議員も公務員も主権者たる国民から見れば、公僕(こうぼく・直訳すればおおやけのしもべ)であり、公人であり、代理人なのです。
それが国民(若者)から未来を奪って英雄面するのは、悪魔サタン堕落天使長と同じです。
アメリカの左翼の民主党のバイデン氏は、ワクチンを打たない主権者に恫喝(どうかつ・他人を脅して恐怖心を抱かせること)を入れました。
公僕が、絶対にやってはいけない一線を越えました。
バイデン氏ではなく、バイ菌氏と“敬意を持って“ 呼んであげましょう。(苦笑)
強制が出来ないからこそ神の人類救援の摂理は、こんなにも延長されて来たのです。
聖書時間で約6千年です。
人類にのみ自由意思を与えたのは、動物にしないための神の愛なのです。
愛がもしも学問なら、その定義はただ一つです。
「愛とは、精神と科学の根源者であられる神から発した第二原因のエネルギー」と言えますね。
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