さて、「目前に集中する 」を掘り進めた話をしたいと思います。
人間のもっとも源にある、強い強い感情が何かご存じですか。
SNSなどが流行っている今日は、とても顕著になりました。
それは、「わかってほしい」という気持ちです。
今日はこんないいことがあった。
今日はこんなひどいことがあった。
今日はどこへいった。だれと会った。
結局僕達は、「わかってほしい」のです。
よく、こんな人がいます。
どうせおれの気持ちはわからない。
でもですね、その人の話を全身全霊できちんと聞いてあげて、気持ちをわかってあげると
そういう人たちは、とてもとてもとても喜ぶんです。すごくすごくすごく安心するんです。自分の中で、ずっと固めて続けて詰まっていたものたちが、いっきに柔らかくなって、スッと流れ出ていって、優しい笑顔になるんです。(カタルシスといいます。)
やっと、やっと、おれのきもちをわかってくれる人がいた。
本当は、わかってほしかった。つらかった。
それが本音です。
だから人は、相手の気持ちを「わかってあげると、すごく嬉しいし、
強い信頼を置いてくれる上、とても良好な関係になります。
逆に、人の気持ちをわかろうとしない人間は、嫌われます。
いろんなことは全部「わかってほしい」の一言で説明がつく場合が多いです。
劇や研究結果などの発表も、全部、「こんないいものがあるよ!すごいことがあるよ!わかってほしい、知ってほしい」のです。
僕がこのブログを書くのもいろんなことを「わかってほしい」からです。伝えたいからです。
この「わかってほしい」という感情こそ、人間が、相手へ要求するもっとも強く、誰にでも当てはまる感情だということがまず一つです。
本題に入ります。
でもですね、実はですね、この相手へ向けた自分の感情として「わかってほしい」は、とてもとても強いのに、
「人は、心の底から自分で「自覚」しないと、絶対に、わからないのです。」
矛盾ですよね。
皆さんのお母さん、お父さんは皆さんに「もっと勉強しろ」とか「将来のことを考えろ」ときっとよく注意すると思います。もっとわかりやすいのは、学校の先生。しつこいくらいに、皆さんの人生に干渉します。
断言します。
皆さんは、親や先生の気持ちは、皆さんが実際にその立場になるまで、わかりません。
こういう言葉を聞きませんか。
「大切なものは失ってからそのありがたみがわかる」
いいですか。大切なものを失っていない状態では、失った時の気持ちなど、わかりえないのです。
それは、当たり前のことなのです。
だって失ってないからです。わかろうとする努力は大事ですが、絶対に失ったひとの気持ちなどわかりません。
少し僕のはなしをさせてください。
僕は一浪目は、代々木ゼミナールの本科生に被災者として無料で受け入れられました。
僕はそれがどれほど恵まれた環境で勉強できるのか、まったくわからず、自分の立場を「当たり前」だと思って、今の僕から見たら、かなり「ゆるい」生活をしていたと思います。
けれど、2浪目は、1年目よりもかなり過酷な状況になりました。
もう、なんの免除制度もなくなり、金銭面はすべて自分でやりくりしなければならなくなったからです。
大まかに計算して、今年一年で僕は40万円以上自分でやりくりしました。
この一年の間、僕はなんどもなんども、後悔して泣きました。あんなに、あんなに恵まれた状況を、僕は、なんて無駄にしてしまっただろうと。交通費の120円が払えなくて、テキストのコピー代もケチっていました。
欲しかった参考書を買っても、次の日の朝ごはんのパンが買えなくなるから、買った後、また本屋に戻って返品したことが5回以上あります。夏期講習、冬期講習なんか取れなくて、1浪の時のものを復習しました。
骨の髄まで、お金や時間の価値、人からの優しさを「自覚」した一年でした。
ですから、そんな僕のように、人は、心から、そう自分で思わないと、つまり自分が「自覚」しないと、行動が出来ないのです。
しかし、僕は己が大きな失敗しただけに、「わかってほしい」という気持ちがとても大きいです。
人は心から「自覚」しないとわからないと言いましたが、
今から僕が、いろんなことを言葉で投げかけます。実際に体験したわけではないですから、心から「自覚」することが不可能でも、投げかけます。
そうすることで、みなさんに考える「きっかけ」与えることができるからです。
僕がこれまで生きてきてわかったことは、勉強でもスポーツなんでも、「わからせる」ように話すのではなくて、考えさせるきっかけを与えることで、当人自ら考えさせて、「わからせる」ことが大事なのです。
それは、人間は自分で自覚しないとわからないという本質を、大いに踏まえています。
少しでも心に響けば嬉しいです。
「あなたは、今、頑張らないと、本当に、本当に、一生このままだと、自覚していますか。そして、それを自覚し、今、死ぬ気で勉強をしていますか?」
人生は、一度きりなんです。今日という日が当然きたように、あなたの人生の関門の日も、絶対に、絶対に、当然、やってくるんです。今が未来に直結する。その言葉の重みを、今、僕と一緒に、考えて下さいませんか。なんとかは、ならないんです。
でも、そんなこと、いろんな自己啓発の本にも載っています。僕が他と違う点は、頑張るのは、目標があるときだけでいいということです。一生ずっと頑張り続けることは、無理です。ですから、あなたが今己の人生を左右するような関門に立ち向かおうとしているのならば、頑張る必要があると自覚があるならば、頑張りきる必要があるのです。残り時間の全てを、一切無駄には出来ません。
もし、頑張るときに頑張らなければどうなるか、お教えしましょう。
つい先日、ニュースで特集をやっていました。その特集に出ていた人物とは、有名な人物のドキュメンタリーではなく、ごく一般の都民でした。
しかし、彼がおかれている状況が、少し特殊なのです。
彼は、現在一児の父親でなのですが、途中で辞めた大学を、現在になってもう一度大学に通い直しているとのことでした。
彼が大学を中退した理由、それは、
大学生活の中で、付き合っていた彼女を妊娠させてしまい、生まれる子どもを育てていくために、働く必要があり、大学を辞めることに至ったのです。
番組は、続きます。
当然大学を中退した彼は、就職せずに夜のラーメン屋のアルバイトで生計を立てていました。
僕は、正直に、思います。
この男は、なんて愚か者なのだろう、と。憎しみが出てくるほど、です。
時給数百円の非正規雇用者です。
そんな、仕事で、どうやって、子どもを育てていくんですか。
どうやって家族を養っていくのですか。どうやって幸せになるんですか。
彼は番組の中で、泣いていました。
生きているのが辛い、と。
自分の子どもに満足におもちゃも買ってやれない、と。
さらに悪夢は続きます。時間は、すべての人に平等に流れます。
彼がそうやって苦しんで毎日を生きているのと同時に、彼の親もどんどん年をとっていくのです。
彼は大学生のときにも、親に迷惑をかけ、そして、ついには、年金ぐらしの親に頭を下げてお金を貸してもらうような人生を生きることになるのです。
あなたが、しっかりしないと、
誰も守れないのです。
あなたが、強くならないと、
誰も守れないのです。
中途半端な強さと覚悟は、すべての人を傷つけるのです。
あなたがまず自分の幸せを叶えた後で、やっと他人を幸せにすることが出来るのです。
彼の場合は、大学で彼女を妊娠させたというケースですが、
この話から僕が言いたいのは、
今、あなたが、頑張るときであれば、
しっかり頑張っておかないと、
いずれ、最後はあなたにとって大事な人、つまり、家族を傷つけ苦しめることになります。
それは、身を切られるように辛いことなのです。
あなただけ苦しめば、別問題ですが、
あなたの中途半端な努力は、あなただけが傷つくことで終わることは、ありません。
今、ここであなたなりでいいから、あなたの全力によって、しっかり踏ん張らないと、彼のような人生になります。誰も、幸せにすることが出来ない。自分だけが不幸にならないのです。あなたの周りの人を巻き込むことになるのです。
彼女と甘い生活を夢見て、短い刹那の中に、誘われ、堕ちました。
共通点があるとすれば、目先に逃避すること。
そんな目先の幸せなんか、短いのです。必ず、終わるのです。
ならば、本当の長い幸せを掴むためには、長い努力からは、避けられないのです。その長い努力といっても、たかだか、一年や二年。そんなものでしょう。
その一年や二年は、二度と戻ってこないものであり、繰り返すことが出来ないことを自覚してください。本当に、戻らないのです。
あなただけでは、ありません。
人が勝利を目指して、己の心を強く駆り立てるものは、人生の失敗への恐怖感、危機感であることも多いのです。だから、失敗したくないから、無味乾燥に、愚直に努力を繰り返し、戦っているのです。そこに、変な余裕感など、いらないのです。失敗に、きちんと悔しがってください。もう、その問題を、解いた後の記憶を消し、またはじめから、解く前と同じような状況や状態で、やり直すことは、誰にも出来ないからです。
ですから、頑張らないことに利点は、なにもないのです。不必要に手を抜く必要は、全くないのです。胸を張って、悩み、這いつくばりながら、進むのです。格好など、本気の世界に、気にする必要は、ありません。
だから、手を抜かないように、頑張り続ける環境に自分を置く必要があります。
そして、勝負のまさに、その最中についても、時間は本当に、本当に、戻ってこないことを自覚してほしいです。
60分の中で、あきらめたら、終わりです。来年浪人生になって、その問題を過去問演習として解くんですか。
試験が始まったら、集中して、その60分で、なんとかケリをつけなければいけないんです。だから、集中する訓練をしておく必要があります。現時点の実力を出し切る訓練をしておく必要があります。そして、いざ本番になったら、もっと勉強やっておけばよかったなどはすべて雑念。
難しいのは、みんな一緒なんです。
だからきっと、勝負の勝敗を分かつのは、最後まで、戦い続け、目を背けないで問題と戦い続ける「勇気」なのではないでしょうか。これこそ、努力と同じくらい大事なのではないでしょうか。なのに、学校では教えてくれないので、自分で気づかないといけないことなんです。大切なのは、努力だけではなかったということなんですね。
時間は、戻りません。
ですから、あなたなりでいいから、
今一度、本気で自分と向かい合い、
世の中の多くの人が抱えている後悔から、学んで下さい。
人は過去から学びます。
学ぶことは、過ぎ去ったものたちのみからです。
それらに耳を傾け、彼らが、今、悲しんでいる理由がなぜなのか、考えてみてください。


