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Personal Tree

日本の教育システムの矛盾点を探し、全く新しい"Made in Japan"の教育システムを作りあげる。





さて、「目前に集中する 」を掘り進めた話をしたいと思います。




人間のもっとも源にある、強い強い感情が何かご存じですか。


SNSなどが流行っている今日は、とても顕著になりました。




それは、「わかってほしい」という気持ちです。




今日はこんないいことがあった。


今日はこんなひどいことがあった。


今日はどこへいった。だれと会った。




結局僕達は、「わかってほしい」のです。




よく、こんな人がいます。




どうせおれの気持ちはわからない。




でもですね、その人の話を全身全霊できちんと聞いてあげて、気持ちをわかってあげると


そういう人たちは、とてもとてもとても喜ぶんです。すごくすごくすごく安心するんです。自分の中で、ずっと固めて続けて詰まっていたものたちが、いっきに柔らかくなって、スッと流れ出ていって、優しい笑顔になるんです。(カタルシスといいます。)




やっと、やっと、おれのきもちをわかってくれる人がいた。


本当は、わかってほしかった。つらかった。


それが本音です。




だから人は、相手の気持ちを「わかってあげると、すごく嬉しいし、


強い信頼を置いてくれる上、とても良好な関係になります。


逆に、人の気持ちをわかろうとしない人間は、嫌われます。




いろんなことは全部「わかってほしい」の一言で説明がつく場合が多いです。


劇や研究結果などの発表も、全部、「こんないいものがあるよ!すごいことがあるよ!わかってほしい、知ってほしい」のです。




僕がこのブログを書くのもいろんなことを「わかってほしい」からです。伝えたいからです。


この「わかってほしい」という感情こそ、人間が、相手へ要求するもっとも強く、誰にでも当てはまる感情だということがまず一つです。




本題に入ります。




でもですね、実はですね、この相手へ向けた自分の感情として「わかってほしい」は、とてもとても強いのに、


「人は、心の底から自分で「自覚」しないと、絶対に、わからないのです。」



矛盾ですよね。


相手には強く要求しておいて、でも、本当に「わかる」には、自分が心の底から「自覚」しないと、伝わらないし、わからないのです。



皆さんのお母さん、お父さんは皆さんに「もっと勉強しろ」とか「将来のことを考えろ」ときっとよく注意すると思います。もっとわかりやすいのは、学校の先生。しつこいくらいに、皆さんの人生に干渉します。


断言します。


皆さんは、親や先生の気持ちは、皆さんが実際にその立場になるまで、わかりません。


こういう言葉を聞きませんか。


「大切なものは失ってからそのありがたみがわかる」




いいですか。大切なものを失っていない状態では、失った時の気持ちなど、わかりえないのです。


それは、当たり前のことなのです。


だって失ってないからです。わかろうとする努力は大事ですが、絶対に失ったひとの気持ちなどわかりません。




少し僕のはなしをさせてください。


僕は一浪目は、代々木ゼミナールの本科生に被災者として無料で受け入れられました。


僕はそれがどれほど恵まれた環境で勉強できるのか、まったくわからず、自分の立場を「当たり前」だと思って、今の僕から見たら、かなり「ゆるい」生活をしていたと思います。




けれど、2浪目は、1年目よりもかなり過酷な状況になりました。


もう、なんの免除制度もなくなり、金銭面はすべて自分でやりくりしなければならなくなったからです。


大まかに計算して、今年一年で僕は40万円以上自分でやりくりしました。


この一年の間、僕はなんどもなんども、後悔して泣きました。あんなに、あんなに恵まれた状況を、僕は、なんて無駄にしてしまっただろうと。交通費の120円が払えなくて、テキストのコピー代もケチっていました。


欲しかった参考書を買っても、次の日の朝ごはんのパンが買えなくなるから、買った後、また本屋に戻って返品したことが5回以上あります。夏期講習、冬期講習なんか取れなくて、1浪の時のものを復習しました。


骨の髄まで、お金や時間の価値、人からの優しさを「自覚」した一年でした。



ですから、そんな僕のように、人は、心から、そう自分で思わないと、つまり自分が「自覚」しないと、行動が出来ないのです。

しかし、僕は己が大きな失敗しただけに、「わかってほしい」という気持ちがとても大きいです。

人は心から「自覚」しないとわからないと言いましたが、


今から僕が、いろんなことを言葉で投げかけます。実際に体験したわけではないですから、心から「自覚」することが不可能でも、投げかけます。

そうすることで、みなさんに考える「きっかけ」与えることができるからです。

僕がこれまで生きてきてわかったことは、勉強でもスポーツなんでも、「わからせる」ように話すのではなくて、考えさせるきっかけを与えることで、当人自ら考えさせて、「わからせる」ことが大事なのです。


それは、人間は自分で自覚しないとわからないという本質を、大いに踏まえています。


少しでも心に響けば嬉しいです。



「あなたは、今、頑張らないと、本当に、本当に、一生このままだと、自覚していますか。そして、それを自覚し、今、死ぬ気で勉強をしていますか?」

人生は、一度きりなんです。今日という日が当然きたように、あなたの人生の関門の日も、絶対に、絶対に、当然、やってくるんです。今が未来に直結する。その言葉の重みを、今、僕と一緒に、考えて下さいませんか。なんとかは、ならないんです。
でも、そんなこと、いろんな自己啓発の本にも載っています。僕が他と違う点は、頑張るのは、目標があるときだけでいいということです。一生ずっと頑張り続けることは、無理です。ですから、あなたが今己の人生を左右するような関門に立ち向かおうとしているのならば、頑張る必要があると自覚があるならば、頑張りきる必要があるのです。残り時間の全てを、一切無駄には出来ません。

もし、頑張るときに頑張らなければどうなるか、お教えしましょう。

つい先日、ニュースで特集をやっていました。その特集に出ていた人物とは、有名な人物のドキュメンタリーではなく、ごく一般の都民でした。

しかし、彼がおかれている状況が、少し特殊なのです。

彼は、現在一児の父親でなのですが、途中で辞めた大学を、現在になってもう一度大学に通い直しているとのことでした。

彼が大学を中退した理由、それは、
大学生活の中で、付き合っていた彼女を妊娠させてしまい、生まれる子どもを育てていくために、働く必要があり、大学を辞めることに至ったのです。
番組は、続きます。
当然大学を中退した彼は、就職せずに夜のラーメン屋のアルバイトで生計を立てていました。


僕は、正直に、思います。
この男は、なんて愚か者なのだろう、と。憎しみが出てくるほど、です。
時給数百円の非正規雇用者です。
そんな、仕事で、どうやって、子どもを育てていくんですか。
どうやって家族を養っていくのですか。どうやって幸せになるんですか。


彼は番組の中で、泣いていました。
生きているのが辛い、と。
自分の子どもに満足におもちゃも買ってやれない、と。
さらに悪夢は続きます。時間は、すべての人に平等に流れます。
彼がそうやって苦しんで毎日を生きているのと同時に、彼の親もどんどん年をとっていくのです。
彼は大学生のときにも、親に迷惑をかけ、そして、ついには、年金ぐらしの親に頭を下げてお金を貸してもらうような人生を生きることになるのです。

あなたが、しっかりしないと、
誰も守れないのです。
あなたが、強くならないと、
誰も守れないのです。
中途半端な強さと覚悟は、すべての人を傷つけるのです。
あなたがまず自分の幸せを叶えた後で、やっと他人を幸せにすることが出来るのです。

彼の場合は、大学で彼女を妊娠させたというケースですが、

この話から僕が言いたいのは、
今、あなたが、頑張るときであれば、
しっかり頑張っておかないと、

いずれ、最後はあなたにとって大事な人、つまり、家族を傷つけ苦しめることになります。

それは、身を切られるように辛いことなのです。
あなただけ苦しめば、別問題ですが、
あなたの中途半端な努力は、あなただけが傷つくことで終わることは、ありません。

今、ここであなたなりでいいから、あなたの全力によって、しっかり踏ん張らないと、彼のような人生になります。誰も、幸せにすることが出来ない。自分だけが不幸にならないのです。あなたの周りの人を巻き込むことになるのです。

彼女と甘い生活を夢見て、短い刹那の中に、誘われ、堕ちました。

共通点があるとすれば、目先に逃避すること。

そんな目先の幸せなんか、短いのです。必ず、終わるのです。

ならば、本当の長い幸せを掴むためには、長い努力からは、避けられないのです。その長い努力といっても、たかだか、一年や二年。そんなものでしょう。

その一年や二年は、二度と戻ってこないものであり、繰り返すことが出来ないことを自覚してください。本当に、戻らないのです。

あなただけでは、ありません。
人が勝利を目指して、己の心を強く駆り立てるものは、人生の失敗への恐怖感、危機感であることも多いのです。だから、失敗したくないから、無味乾燥に、愚直に努力を繰り返し、戦っているのです。そこに、変な余裕感など、いらないのです。失敗に、きちんと悔しがってください。もう、その問題を、解いた後の記憶を消し、またはじめから、解く前と同じような状況や状態で、やり直すことは、誰にも出来ないからです。

ですから、頑張らないことに利点は、なにもないのです。不必要に手を抜く必要は、全くないのです。胸を張って、悩み、這いつくばりながら、進むのです。格好など、本気の世界に、気にする必要は、ありません。

だから、手を抜かないように、頑張り続ける環境に自分を置く必要があります。


そして、勝負のまさに、その最中についても、時間は本当に、本当に、戻ってこないことを自覚してほしいです。
60分の中で、あきらめたら、終わりです。来年浪人生になって、その問題を過去問演習として解くんですか。

試験が始まったら、集中して、その60分で、なんとかケリをつけなければいけないんです。だから、集中する訓練をしておく必要があります。現時点の実力を出し切る訓練をしておく必要があります。そして、いざ本番になったら、もっと勉強やっておけばよかったなどはすべて雑念。


難しいのは、みんな一緒なんです。

だからきっと、勝負の勝敗を分かつのは、最後まで、戦い続け、目を背けないで問題と戦い続ける「勇気」なのではないでしょうか。これこそ、努力と同じくらい大事なのではないでしょうか。なのに、学校では教えてくれないので、自分で気づかないといけないことなんです。大切なのは、努力だけではなかったということなんですね。

時間は、戻りません。
ですから、あなたなりでいいから、
今一度、本気で自分と向かい合い、
世の中の多くの人が抱えている後悔から、学んで下さい。




人は過去から学びます。
後ろ向きにしか、人生を生きることしか出来ません。
学ぶことは、過ぎ去ったものたちのみからです。
それらに耳を傾け、彼らが、今、悲しんでいる理由がなぜなのか、考えてみてください。



この記事は、本家となる僕のブログ、極限までの自己没頭~extremeself-absorption~ からの引用です。


Leader/John


僕にとっての本家となるブログは、僕が一年以上ずっと続けてきた「
極限までの自己没頭~extremeself-absorption~」というブログです。

現在Yahoo!やGoogleでも検索をかければすぐに表示され、月刊アクセスが2万を越えるだけのものとなりました。

こちらのブログは、僕のブログの「逆境からはい上がるためのもがき方」というテーマで書いてきたものを載せていこうかと思います。









僕は、一浪時代には駒澤大学に補欠合格になるようなレベルでした。



とても学力が低かったのです。



しかし、2浪目は、アルバイトをしながら勉強をしましたが、9月の時点で既に日本史の偏差値は68、英語は66でありました。アルバイトを一休みしたのは11月からでしたから、本当に時間がない中勉強をしていました。加えて、二浪目は、文房具や参考書、交通費や食費など、一年間すべて自分でやりくりしていたので、精神的にも「ちゃんと全部自分でやらなきゃ」と、勉強以外のことでも悩みを抱えながら、すごしていました。



結果として、被災者特別処置の制度を活用し(僕は被災者です)受験費用が無料になる大学に出願し、一般とセンター利用を含め、7大学51学科に合格しました。また、高い成績まで上げ、それを維持し続けられたことが評価され、NHKのテストの花道という番組にもインタビューという形ではありますが、出演することが出来ました。補欠合格程度にしかならなった人間が、センター利用で明治学院大学に3学科に受かるようなレベルになり、人にアドバイスをできるようになるにまでなれたのは、やはり自分なりにつかんだものがあったからです。







それは、簡単なことですが、「目前のことにちゃんと集中する」ということです。



これは、結果を出したい方にとても言いたいことです。





二浪するとこが決まったとき、僕はすぐに飲食店でのアルバイトを始めました。

はじめたての頃は、本当に本当にとんでもないミスばかりで、店長にも店中の人にも、「お前は覚えが悪い」とバカにされていました。

僕は、大学受験も失敗したし、なんて、なんて、僕は頭が悪いのだろうと、三月四月は、毎晩泣いていました。悔しくて、悔しくて、でも、お金が必要だったから、辞めるわけにはいきませんでした。



それまで、「机の上の勉強こそこの世で絶対的に価値があるものだ」と思っていた自分がいました。そんな僕は、実際の人々が交流する仕事の現場では、何の技術もなく全く役に立たない人間であることを痛感したのです。



それでも、「お前は視野が狭い。待っているお客様がいるだろ。」と毎日言われ続けて、二ヶ月経っても、全然仕事が出来るようにはならないのです。



それが、なぜか、ある日気がつく事件がありました。



ある日、僕はお店の水切り機を、壊してしまいます。店長に当然怒られました。

しかし、それを見ていたお店一番のベテランが、僕にこう言いました。

「私も入りたての頃、あの機械、二回くらい割ったよ。」



僕は驚きました。当意即妙で対応し、全てを完璧にこなすプロフェッショナルたちを見ていて、失敗ばかりしていた彼らの習いたての頃のことなど、想像ができなかったからです。あまりにも仕事が出来るので、そんな過去があることを疑いました。自分とは、違う頭のいい人間だと思っていたからです。

「みんな、一緒なんだ。」そう、心で、感じました。

また、ちょうどその時期、ある友人に「胸を張って悩めばいい」という言葉をもらったこともとても大きかったです。「視野が狭いけれど、なんでおれはこんなに視野が狭いんだなんて思わないで、胸を張って悩めばいいと思うよ。」そう言われたとき、

「あぁ、悩んでもいいんだ」と思えたんです。



気がつけば、周りの評価を気にしていました。「みんなはもっとおれより出来るんだろうな。」とか「これで失敗したら、怒られるんだろうな」とか。



目前のその、出来事に、集中していなかったんです。

頭で考え事をしている余裕があるほど、実は仕事のことに意識がいっていなかった。そう、その目前のこと、以外のことを考えていた。

本当に、その仕事に集中していたかと聞かれれば、僕はいつも、出来栄えと、その評価を気にしていました。格好悪いところを見られたくなかったんです。けれど、それは集中していないのであるとわかったのです。



「どんな物事であろうと、きちんと目前のやるべきことに集中し切らないと、何も身に着けていくことが出来ない」と学びました。

それから僕は、どんなに怒られても、どんなにミスをしても、ちゃんと逃げないで、マイナスなことを考えないくらいに、目前に集中するようにしました。すると、だんだんではありますが、仕事が出来るようになっていきました。店長からある日「お前は、○○と比べてミスが少ない」と言われたとき、「あぁ、目前に集中すると、いつの間にか他人を超えているんだなぁ」と実感した瞬間でした。



一番を目指す方、早慶上智やチャンピオン、部活動での優勝、習い事、とにかくナンバーワンを目指す方、

ライバルが多い戦いであっても、その一番になるという目標を、周りのみんなの出来を気にしているようなふわふわしたものではなくて、きちんと自分の意識の中に落とし込んでいく必要があります。

「みんなおれよりできる」ではなくて、周りに何人その同じ目標を目指している人がいたとしても、あなたの中でそれの実現が、確固たる強烈な信念にならなければならないのです。

目標を、心から自分のものにする必要があるのです。
出来ないかも、とか考えている時点で、出来ないんです。
まだ、あなたの心とその目標に隔たりがあります。つまり、あなたの心からの目標になりきっていないのです。

それは、その目標だけを見ていない。没頭していないことになります。

集中してないんです。

その瞬間は、あなたの心は、他人の出来栄えや自分の出来、周りの評価など、別なものを見ているんです。

ちゃんと目標を見なければいけないんです。

目標をあなたの心で包むんです。目標と心に違和感があってはいけない。他の関係ない要素の一切を、心と目標の間には入れてはいけない。つまり、あなたの心と目標が密着していなければならないのです。

スポーツで例えると、自分が練習していない体育館で戦うことになっても、その会場の違和感を、いつまでも考えるのではなくて、周りを、今までの集中力で自分の世界に取り込んでいくんです。走りやすく自分で自分を慣らしていくんです。

集中するんです。

センター試験の会場なんかも普段とは違ういい例だと思います。

だから、それを叶えるためには、レベルが高くて諦める気持ちがあるようではダメで、「どうしたら受かるのか」集中して全力で立ち向かわないといけないのです。それこそ夢が現実味を帯びる瞬間です。



そして目前に集中し、全力を出し切る努力をする必要があります。じゃないと、

本当の本当の本当の本当の死ぬ気で、努力をしてきた人を見たとき、たじろきます。あなたが遊んでいた間、圧倒的な、ここまでやるのか、と思わせるくらいにやってきた人は、もはや周りの出来など気にしません。自分の世界に入っています。





実は、集中していないことが多くないですか。邪念が多くないでしょうか。別なことを考えていませんか。周りの評価、出来を気にしていませんか。どんなにあなたにとって、大事なこと(恋人、家族、自分の今後の人生、お金の心配)でも、今の目前と関係ないことは、その時だけは忘れて、勝負の刹那の中に、入れてはいけないのです。

昨日お話した、「正直に生きる」ことにも関連しますが、

好きな趣味に没頭しているときの、あの、集中力と、あなたが、試験や関門を乗り越えるときに必要な集中力は、同じです。

時も忘れるくらいに、自分の今までの力を出し切る、これに集中することが出来れば、勝てます。



目前に集中仕切ること、これが、とても大切なことです。



次は、「目前に集中すること」の一歩先へ掘り下げた内容を話したいと思います!




Leader:john

こんばんわ、なんかYo君が更新しちゃったんで、

自分も負けじと更新します!!



ちなみに、このブログ三人で運営してるんですよw

で、今誰の記事が一番おもしろいのかっていう基準で勝負してるので、僕の記事にいいね!くれたら



某A○Bさんみたいに推しメンの僕が一位当選しちゃいます(三人中ですけど。)



話それましたね、w



それでは、雑学担当Kazu先生の今日の授業は・・・



道徳!!!



うざーって思いますよね、、、



でも、漫画なんでそんな堅苦しくないと思いますので

どうかお聞きいただければ幸いです(汗)



さて、その漫画のタイトルとは,,,,「イキガミ」

(僕、ほかの漫画一巻も揃えてないのに、これだけなぜか全巻揃えちゃったんです。)





知っている方も居られるとは思いますが、

詳細説明(カキカキ)


週間少年ヤングサンデーで2005~2008年の三年間連載されていた、


ジャンルは近未来サイコサスペンス・・・


っていうらしいです(某○ペディア引用)。w



僕は道徳の教科書として文科省に推薦したいんですけどね。


さて、このイキガミ



どこが道徳的かというと・・・



この漫画に一貫して登場する架空の法律



「国家繁栄維持法」通称「国繁」



この国繁とは、、、



平和な社会に暮らす国民に対し「死」への恐怖感を植え付けることにより、「生命の価値」を再認識させることを目的としている。



ん~、簡単にいうとー。



「はーい、この中から誰か一人亡くなります。」だから、その死が訪れるまでの時間はみんな頑張れますよね?



っていう法律です。



その方法とは、



小学校入学時に受ける「国家繁栄予防接種」に使われる注射器の0.1%に「ナノカプセル(超小型爆弾で、心臓の肺動脈に行き着いた所で爆発する。)」を混入させておき、投与された国民を18歳から24歳の間に突然死させるというものです。




さて、この漫画のどこが道徳的であるかと思われた方



もおちょい読んで頂けるとありがたいです:)



この話の争点となるのは、国繁はもちろんですが、

主人公である藤本賢吾です。



彼は、新人の公務員であり、この漫画のタイトルであるイキガミの配達人です。



イキガミ配達人とは、

=死亡時刻宣告人のことですね、、、



とっても苦しい仕事だと思います。



何の罪も無い人に死を告げなけれなばならないのですから・・・



ですが、このイキガミを受け取った人には、その最後

の日を有意義に過ごすために、あらゆる施設での金銭等の免除効果があります



まあ、戦時の言葉で言うと、お国のために死ぬ。ということを表す法律ですからね、



これ(国繁)による死は名誉の死となるわけですね。



ですが、このイキガミ受取人



なんでもokという訳ではないのです。



それは、これ(国繁)に反逆して殺人を犯すなどの犯罪を犯すと



残された遺族が「国賊」として虐げられるのです。





あーなんて理不尽でしょうね、死にたくもないのに殺されて、尚且 家族まで・・・



たまったものではありません。




さて、今日皆さんに考えて頂きたいのはこれです!!




・あなたは、少年時代凄まじいイジメを受けていた。

・人生もうまくいかず、25にもなってバイト暮らしである。

・その上、イキガミを受け取る




こんな時、きっとこう思うでしょう。




「あいつらに仕返しをしてやる。」



そうです、自分をいじめてきた相手に仕返しをしてやりたくなりますよね。



ここが問題です。



1.殺せば退廃思想者として虐げられるが、自分の人生に後悔を残すことは無いが、遺族が国賊となる



2.殺さなければ、国繁に殺され、人生もボロボロのままだが、国繁死の英雄として称えられる。




皆さんならどちらを選ぶのでしょうか?



僕は・・・



2ですかね、やはり遺族には置き土産なんてできませんからね、ですが自分を押し殺せるかは・・・




うん、とは言えませんねw



皆さんはどうでしょうか?



こんな、命についてここまで細かくしかもシリアスに解いている漫画「イキガミ」は



Amazonさんで¥530でにて販売してま~すw


http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%82%AC%E3%83%9F%E2%80%95%E9%AD%82%E6%8F%BA%E3%81%95%E3%81%B6%E3%82%8B%E7%A9%B6%E6%A5%B5%E6%A5%B5%E9%99%90%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E-1-%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E9%96%93%E7%80%AC-%E5%85%83%E6%9C%97/dp/4091532810


ポチッ!


是非読んでみて下さい!!



なんか、今日は記事長くなっちゃいましたね(John君の記事はこれぐらい長いんですよ。)www






Thx 4 reading my article!!Have a nice Monday!!






Spokesman/Manager: Kazu



ペタしてね








(前回のつづき)

でなければ
今まで僕が調査してきた人をタイプ分けするような理論と同じように大したことないで片付けて
僕はここまでウェルスダイナミクスに執着しないし



横山建さん程の人があらゆる理論の軸として持ってくるはずがありません



僕は今後様々な理論やノウハウをつくっていくともいますが
絶対にその根底にはウェルスダイナミクスというものが関わってきます


これなしでは僕はある特定の人にしか効果の出ない
ノウハウしかつくり出せないことに大きな確信を持っています



世の中の大成功してる人は100人が100人例外なく絶対に
自分のプロファイルの強みの部分を生かして成功しています


もうこれは絶対です 例外はありません



大成功してる人っていうのは人生のある段階で
自分のプロファイルの強みとなる部分に集中すること、生かすことが人生にとって極めて重要だということに気づいて、その能力をフルに活用してるということなんです



つづく


mechanic/youichi

どうもはじめまして。Johnと申します。

突然ですが僕の経歴を軽くご紹介したいと思います。

在日コリアン3世。中学3年10月に家庭状況が急変し、経済的に非常に困窮。11月頃には経済的事情により、当時通っていた塾を辞めることに。

なんとか第一志望の高校に受かったものの、中学校では陰口を叩かれる日々が続いたため卒業2週間前にして不登校に。卒業式のみ参加。

中学校の自分とは決別すること、また本当の自分で生きたいと思い高校からは「本名」を名乗り始める。

しかし高校3年間、経済的困窮により筆舌し難い苦労をする。現役大学進学を志すも学力が足りず1浪が決まる。

その最中、東日本大震災が起こり自宅は半壊。東京への自主避難することに。そのまま東京で代々木ゼミナールの本科生として受け入れられるが、忙しい避難生活とアルバイトに追われる日々、間違った勉強への姿勢で一向に成績は上がらずついに2浪も決まる。

2浪目は早朝からのドトールのアルバイトをしながら、自分の間違った勉強のやり方に気づき、それを改善した結果今年度7大学52学科に合格。被災者免除処置が一番寛大であった日本大学へ進学。

浪人中は朝4時50分起きのアルバイトをして学費や生活費をすべて自分で賄う。そんな生活をしつつも急激に成績を上げ何百人という番組投稿の中から「2浪」でありながらも選ばれNHK「テストの花道」にも出演。2013年3月に放送。その回では、他のインタビュー出演者を含めて唯一の受験生だった。

また早慶上智合格者しか書くことが許されない、代々木ゼミナールの超有名日本史講師の合格体験記の筆録に異例で抜擢される。

大学に入学した2週間後には「あらゆる分野の人達がプレゼンを行う」という構想を思いつき、自らその第一号になるべく学生講義(セッション)を都内で催すことを決意。サークルでも学生団体でもない同じ大学の仲間達からなる「Venu(べぬ)」の大きな協力の元、2013年6月に完全手作りの学生講義(セッション)「i→I」を行う。

セッションにはブログを通して知りあった広島県の方や高校教員の方も参加するものに。セッションを録画した動画は、有名ドラマや映画の撮影協力に携わっている同大学芸術学部の親友に編集を依頼。年内にYouTubeにて配信予定。

また8月には勤め先の塾がテレビの取材を受けることになり、社長や室長、職員という構成の中唯一の大学生アルバイト講師として千葉テレビ「ナイツのHIT商品会議室」にも出演。務めて5ヶ月というキャリアにも関わらず、教室代表としてナイツのはにわさんに国語の授業をする機会に恵まれました。

現在、電子書籍「裸の王様にはなるな」を学生として出版する予定。執筆中。

自分自身のこれまでの経験から、新しい教育のカタチをこの世の中に発信していきたいと思い、当団体を結成するに至りました。

ちなみに仲間も募集しております。インカレサークルという名目で活動しております。
社会人の方でも、専門学校の方でも誰でも大丈夫で数を^ - ^

将来の夢は、単位制、時間割は生徒自身の手によるもの、生徒にアルバイトをさせて学費を一部納入させることを義務化、寮付きという塾を地方につくり、画一的な日本の教育に一石を投じたいです。



こんな僕ですが、皆さんに、熱く、思いを語っていきます。魂に届きますように。


一番始めにして、もっとも大事なことを最初の記事にします。すべての最後はここに戻ります。何かに挑戦するときや、「夢」について考えたり、悩んだりした時は、この記事をまた読みに来てくださいね^^

僕の信念、「裸の王様にはなるな」です!
「好き」という感情を大切にしよう


誰もが知っている「裸の王様」、結末は、、、詐欺師の布織職人に騙された王様は裸で町を歩き、



ついには小さな子どもに「あの王様は裸だよ!」と言われてしまい大恥をかく、というお話です。



さて、なぜ王様は、恥をかいたのでしょうか、、、???



あの小さな頃に絵本で読んだこのお話は、本当に大切なことを僕たちに教えてくれます^^


王様は、「正直」に自分の気持ちを言わなかったからです。



「なんだかおかしいなぁ。でも、周りのみんなは素敵な服だというし、馬鹿な人間には見えないというから、



見えないといってしまうと、自分が馬鹿だということになる、、、、」



悩んだ王様は、その素直な気持ちを、自分の本当の気持ちを隠して、嘘をつきました。



「おぉ!なんと素敵な服だ」と。最後は「正直」な子どもの一言でオチとなります。







あなたは、今、自分の気持ちに「正直」に生きていますでしょうか、、、?



嫌いなことを「嫌い」と言い、好きなことを「好き」だと言って毎日すごしていますでしょうか、、、?





あのお話には実は、続きがあります。いえ、本当はないのですが、僕が作りました。それぐらい、もう予想できる結末であると思うのです。


子どもに「裸んぼうの王様はおかしい!」と言われた後、



王様はこう言いました。



「わしもそう思った!!!!おかしいと思ったんだ!!!!嘘つきの詐欺師どもを打ち首にしろ!!!」




この童話は、単なるこっけい話ではありません。



この王様は頭が悪かったのでしょうか。







僕はそんなことはないと思います。



そして、「嘘つき」は詐欺師もそうですが、王様もそうだと思うのです。だって本当の気持ちを最後まで言わなかったから。




目前の困難に直面し、人は大きな不安を抱えます。



絶対的な正しさなどこの世にないため、すがりたいものを探してしまう時さえあります。







しかし、その時、その場の判断を誤魔化し、後になってから「私もそう思ったのよ」では、うんざりするほど遅いのです。なぜなら、もうそれは過去の出来事だからです。



起こったことに関しての自分の意見など、小学生でも言えます。「おれもそれはおかしいと思った。」






目の前の出来事を、リアルタイムで評価することは確かに難しいです。



けれど、自他ともに「正直」に生きていれば、大きな後悔などなくなります。



例え周りに馬鹿にされても、自分はその結果に納得しています。だから愚痴や言い訳がなくなります。自分の中で矛盾がなくなるからです。







そして、自分の気持ちに「正直に」生きている人が出した結果を、誰も馬鹿にはしません。



本当です。僕は、2浪しましたが、かなり死ぬ気で受験勉強しました。大学にいって勉強がしたかった。もっともっといろんな人たちと出会って、自分の考えを深めたかった。だから、その気持ちを大切にして、周りが遊んでいる中、ずっとずっと勉強し続けていました。朝4時50分に起きて、14時までバイトをして、そのまま予備校へ行き、勉強して、23時に帰宅する、という生活をやり通しました。目に血のカタマリができ、見違えるほどやせ細りました。そんな頑張る姿を見ていた家族やバイト先の人たちや友達は、僕の結果を見ても全く馬鹿にしなかったですし、僕のことを「尊敬する」とまで言ってくれました。



正直になることは、本気になることなんです。嘘でやっているわけではないから。



本気になっている人を馬鹿に出来ないのです。







だから、周りの意見など、本当に、恐れなくてよいのです。



本気になって夢を追いかければ、圧倒的な努力を見て、誰もが黙ります。



もっともっと欲しがってよいのです。もっともっとやりたいことをやっていいのです。これは嫌い!これは好き!と胸を張って言って良いのです。



だってそれが本音だから。それが本音なのに、なぜ、建前を気にする必要があるのでしょうか?



なぜ、嘘をつくのでしょうか。確かに、周りの反応が恐いときがあります。ある程度、合わせることも、とても大事です。



でも、人生は二度と来ないのに、自分の本当の気持ちを殺すほどの価値がある瞬間などあるのでしょうか。



まして、自分の夢や目標を叶えようとするとき、「本当はやりたくないんだよなぁ」という気持ちがある人が、それを叶えることが出来るでしょうか。無意識のレベルで自分の正直な気持ちと目標とに違和感があった場合、必ず直前で失敗します。力を出し切れないからです。







ではどうすれば「正直」に生きることができるのでしょうか。



僕は「本当にそれは自分がやりたいことなのか」を自分自身に問いかけることで実現できると思っています。




「正しいとか、世間体とかじゃなくて、あなたは、本当に、心から、それをやりたいのですか、、、??」




もっと核心に触れます。



「あなたは、それが好きですか、、、?」







突然ですが、あなたは好きな趣味がありますか^^?







僕はこれといった趣味はなく、代わりに双子の兄弟を例にします。



彼はとてもギターがうまくて、もちろんギターを弾くことが大好きです。時間も忘れるくらいに没頭することがあります。彼はギターを弾くことが「好き」なんですね^^







趣味が特にない方は、好きな食べ物で考えてください。逆に嫌いな食べ物でも良いです。



頭にそれを思い浮かべてください、、、







その、「感覚」を、これから困難に差し掛かった時、思い出してください。







あなたが、今、好きだ(嫌いだ)と言ったのと同じくらい、「自然」に、しかし「はっきり」と、あなたが目指すものを好きだ(嫌いだ)言えますか??





もし言えないなら、それは、あなたの夢ではないかもしれません。世間体や、切迫した金銭的事情、親の言うことなどに影響されているかもしれません。



正しいや、間違っている、格好悪いなど、関係ないのです。

あなたが、本当にそれをやりたいかどうかで、成果が変わります。後悔しなくてすみます。



安定した人生が大切だと思えば、安定した会社に入ることに全力を注いでもいいし、



お金とかじゃなくて、本当にやりたいことがあるなら、それが出来る事業を自分で始めることを選んでも良いのです。



あなたがやりたいと思うことは、誰にもやめさせる権利なんかないのです。







加えて、その好き嫌いの感情は、とても強いもので不動のものであることをお話したいです。







「人は他人の心を変えることが出来ないのと同じくらい、自分の気持ちも変えることが出来ない。」



僕たちの心は、自分が思っている以上に、頑固で融通がききません。







あなたが好きだと言った趣味や食べ物を、大嫌いなものに変えることができるでしょうか。



あなたが嫌いだと言った趣味や食べ物を、大好きなものに変えることができるでしょうか。




それは、不可能です。なぜならあなたはそれが好き(嫌い)だからです。



もっと身近な例にします。



狂おしいほど、人を好きになったことは、ありますか。



夜も眠れないくらいに大好きになって、その人のためなら、自分のすべてを捧げたくらいに尽くした恋愛をしたことはありますか。そして、結局その思いは叶わなかったり、結局その人と別れることになってしまった恋愛をしたことはありますか。片思いの経験でもいいです。







その時、あなたのチカラでその人を、あなたのことが好きなように変えることが出来ましたか。



逆に、あなたはその人のことを、本当の心から、大嫌いになれましたか、、、?



変に強がって、「あんなやつ大嫌いだ」という方は、どうか強がらないで、僕の話を聞いてくださいませんか。







あの時、あなたがどんなに強く願っても、その思いは、叶わなかった。



あなたの思い通りには、ならなかった、、、、







なんだか、恋愛のブログみたいですが(笑)



恋愛は、誰もが、己をさらけ出して、心と心がぶつかり合うので、「我を忘れて本気になる」体験として一番例えやすいし、伝わりやすいと思ったので^^







僕は思うんです。



「人は好きなもののためなら無限の力がでる」と。



あなたの好きな趣味は、あなたはやろうとして頑張ってやっていませんし、ましてや息抜きになっているくらいではないでしょうか。あなたが、ふと気がついたとき、時が経つのを忘れるくらいにその物事に没頭していたのなら、それは「好き」という感情を抱えている証拠です。自分の感情に気づくことが大切なんです。その感情に「好き」という言葉を与えてあげてください。「あぁ、私はこれが好きなんだ、、、」そう気づいてください。そうすることで、自分自身の気持ちが改めて強くしっかりしたものとなります。







つまり、その、「好きなこと」を将来の夢や目標にすれば、最強なんです。

「好き」という感情を持つと、楽しみながらできるからです。


目標のために頑張ることは、自分の好きなことを叶えることであるわけですから、



そのために向かう、一分一秒が、苦ではなくなくなるからです。



苦しむことも含めて「夢」の一部になるからです。



目標に近づいているわけですから、「頑張ること」も楽しくて仕方なくなります。


ですから、これから何かに向けて頑張っているときは、「自分は本当にそれが、好きで心から叶えたいと思うか」自分の心に問いかけてください。

「好き」という感情を大切にし、「好きなものは、好き」「嫌いなものは、嫌い」とはっきりともさせてみてください。

無理に好きになる必要はなくて、かといって嫌いなことをやらなければいいというわけではありません。

その「好き嫌い」という感情に注目して、やっとそこから自分に合った対策を立てられるのです。


また、頑張る過程で身に着けたスキルは、たとえば僕の双子がある曲をライブで弾くために一つ一つマスターしたキーたちが、他の曲を弾くときにも同じように使えるように、応用が出来ます。







野球やボクシング、陸上、吹奏楽、色々な部活動やクラブでも同じです。



ある大会を目指し、優勝したい。そう燃えるのはとても大事です。



しかし、あなたが心の底から本当に、その大会に出て優勝したい、と思っていなければ、辛い練習に耐えられません。







物事はいつも単純で、好きか嫌いか、です。好きだから、頑張れる、続けられる、うまくなるのです。



めちゃくちゃうまくなりたいなら、めちゃくちゃ好きな気持ちを原動力にしていないとめちゃくちゃうまくなれないのです。だって続かないからです。







でも、嫌いなことを好きになる必要はありません。人は好みがあります。個人差があります。







だから、職業でもなんでも「役割分担」があるのです。


自分にとって苦手な分野は、できる人にまかせ、自分のできる分野に集中する。自分は自分の好きな分野を極める。そのほうが、パフォーマンスが上がります。





自らの強みを生かす。

それこそ、もっとも成果が上がる方法です。


そうやって社会は成り立っているのです。







たかがアルバイトをしていた若造ですが、見てきた世界で感じた正直な考えですし、間違ったことは言っていないと思います。







キラキラしている人が周りにいらっしゃいますか。



その人は、一般人離れしたカッコいい趣味や習い事やバイトや仕事を頑張っているからキラキラしているのでしょうか。



芸能人など、そういう人も現実にいますが、僕はそういう人を目指す必要はないと断言します。



あなたの今の気持ちに正直になって、好きなことに没頭すれば、いつの間にか、誰にも追いつけない高みへといけます。あなただけにしか出来ないことです。だから、「自分探し」などやめて、もともと自分が好きなことをやっていいんです。



新しい要素を自分に付け加える必要もないし、「こうならないと」と言って言い聞かせる必要もありません。



すでに自分の中にあります。その声を、きちんと聞いてあげてください。そしてその声を殺さないで、



自分に「正直」に生きよう。最高に、日々が充実します^^


この記事は、僕の本家となるブログ、「
極限までの自己没頭~extremeself-absorption~」からの引用です。
ぜひ僕のブログにも遊びに来てくださいね^^



ではでは。

Leader:john