ししかくこ いあてしほちの
  みかふるふ かみのちほして あいこくかしし

(時々覚悟 射当てし発霊の 身が震ふ 神の地歩して 愛国が志士)

解説

時々(じじ)は「その時その時。」「折にふれて。しばしば。」、射当てるは「矢を射て命中させる。」「ねらったものを自分のものにする。」、歩す(ほす)は「あるく。あゆむ。」、愛国は「自分の国を愛すること。」、志士は「高い志を持った人。国家・社会のために献身しようとする人。」の意味です。

余談

この歌は、下記大本文献を読んで、それをモチーフに書いた歌です。

『出口王仁三郎全集 第一巻 皇道編 第四篇 日本精神の真髄 第七章 至聖殿落成所感』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)


雑感

 

下記参照。

『憂国の志士と愛国の志士』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)


大本神諭参照。

『大本神諭 大正4年旧7月12日』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)


日月神示参照。

『今は善の神が善の力弱いから善の臣民苦しんでゐるが、今しばらくの辛抱ぞ、悪神総がかりで善の肉体に取りかからうとしてゐるから よほどフンドシしめてかからんと負けるぞ。親や子に悪の神かかりて苦しい立場にして悪の思ふ通りにする仕組立ててゐるから気をつけて呉れよ。神の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世は戦済んでゐるぞ、三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地光りて何もかも見えすくぞ。八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いて呉れよ、いよいよ世が迫りて来ると、やり直し出来んと申してあろがな。いつも剣の下にゐる気持で心ひき締めて居りて呉れよ、臣民 口でたべる物ばかりで生きてゐるのではないぞ。』(富士の巻 第六帖)