かみのすへ かみのりかひき
  たまのさの またきひかりの みかへすのみか

(神の術 神の理が引き 霊の座の 全き光の 身帰すのみが)

解説

術(すべ)は「目的を遂げるための手段。方法。てだて。」、霊(たま)は「たましい。」、全し(またし)は「完全である。完璧である。」の意味です。

余談

この歌は、下記動画を拝見して、それをモチーフに書いた歌です。

『神秘学講座『フェーズ4:科学の空即是色論』科学のビッグバン以前の「真空」を、精神的に体験しようとすると仏教の禅における「無一物中無尽蔵」の境地に至る(宇宙の物質的現象と宇宙精神の関係を探究する)』(「Sakimori」さん)

 

雑感

下記ブログでは、天の岩戸開けがなされると「光を元にして出来た産物は全て元の光の中に溶ける」とある。

下記参照。

『まとめ10。お釈迦様の悟りは、悪魔は実体を持たない現れで、人には良心と呼ばれる神の働きがある』(「人に内在する良心神(神言会)」より)


おそらくこの時、肉体的な身体から霊的な身体が脱皮(脱霊)して、永遠の世界に入るのではないかと思われる。

日月神示参照。

『人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。反省あるから進展するのであるぞ。ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが。慾、浄化して喜びとせよ。喜び何からでも生れるぞ。広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上する。物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから無限の生命が与へられるのぢゃ。無限の喜び得ること出来るのぢゃ。無限世界とは物と霊との大調和した、限りなき光の世界ぞ。真理を知ることが、無限を得ること。まことの神をつかむことぞ。よいものつくるには大き手数かかるのぢゃ。ふところ手でいては出来ん。手出せ、足出せよ。』(春の巻 第九帖)

『祈りは弥栄であり、限りない生活であるぞ。生命のイキであるぞ。祈りから総てのもの生れるぞ。誠の喜びの祈りからはヽが生命し、かげの祈りからは〇が生命するぞ。人祈れば神祈り、人為せば神なる道理ぢゃ。禁慾は神の御旨でないぞ。慾を浄化して、生めよ。産めよ。今の人民、慾の聖化を忘れて御座るぞ。慾は無限に拡がり、次々に新しきもの生み出すぞ。慾を導けよ。自分だけならば五尺の身体、五十年の生命であるが、霊を知り、宇宙の意志を知り、神にとけ入ったならば、無限大の身体、無限の生命となるぞ。マコトの嬉し嬉しのよろこびとなるのであるぞ。』(黒鉄の巻 第三十四帖)