みのうさの つみのしかあき
つきてはて きつきあかしの みつのさうのみ
(身の憂さの 積みの自我空き 尽きて果て 気付き明かしの 三つの相のみ)
解説
憂さ(うさ)は「気持ちが晴れないこと。思うに任せない、つらい気持ち。」、自我(じが)は「自分。自己。」「哲学で、知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、他者や外界から区別して意識される自分。」、空くは「今までそこを占めていたもの、ふさいでいたものが、除かれたり、なくなったりする。」、尽きるは「次第に減って、とうとうなくなる。」「続いていたものが終わる。途絶える。」、果てるは「続いていた物事が終わりになる。最後の所まで行き着く。終わる。」、気付くは「それまで気にとめていなかったところに注意が向いて、物事の存在や状態を知る。気がつく。」、明かし(あかし)は「光などが強くはっきりしている状態である。明るい。」「心が清い。偽りがない。」、三つ(みつ)は「数の名。さん。」、相(そう/さう)は「内面の本質を見るべき外面のようす。すがた。かたち。ありさま。外見。仏教では、性(しょう)または体と用(ゆう)に対させる。」の意味です。
余談
この歌は、下記動画音楽を聴いて、それをモチーフに書いた歌です。
『Fancy Fancy (feat. Katali)』(「Sakuzyo Official」より)
雑感
この「三つの相」というのは「無常・苦・無我」のことと解釈したい。
下記参照。
『三相 (仏教)』(「wikipedia」より)
『法話と解説 折々の法話 「無我」を語る幼稚園児の説法』(「日本テーラワーダ仏教協会」より)
『法話と解説 根本仏教講義 無常』(「日本テーラワーダ仏教協会」より)