なかきよの ほしひとつみし
  いつのめの ついしみつとひ しほのよきかな

(永き代の 星一つ見し 伊都能売の 追思水と火 潮の良きかな)

解説

追思(ついし)は「過ぎ去ったことをあとから思うこと。追想。追憶。」の意味です。

余談

この歌は、霊界物語の下記部分を読んで、それをモチーフに書いた歌です。

『霊界物語 第73巻 第1篇 紫微天界 第12章 水火の活動』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」さん)


雑感

火水伝文の下記部分を思い出す。

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 時いよいよ現れ来たりたぞ。これより先、新しき世に至るまで暫しの年月、辛抱肝心ぞ。人民様、程度の差こそあれ業火の死、遂げる者。生き残り塗炭の苦しみ、受くる者。二つに一つになりたぞよ。人ごとでないぞ、汝も同じぞ。悪人、善人らちもない。死に行かれる者も、残し置かれる者も聞くのざぞ。 


 この度は地球最後の転生の時、天意転換の時ぞ。それ由の厳しさぞ。全人類、己が囚われ積みしケガレ、一点の曇り無きまで払い清めせなならんから、数多の民、死ぬる者も残りし者も相等しく、阿鼻叫喚の地獄の如き洗礼をその身に受けねばならんのぞ。女、子供辛きこと哀れであるが、一人とてこれ避けること出来んから、早よう魂磨きてくれよと申してきたであろうが。

 遅し。神、既に動きたぞ。浮かれ暮らす人民様、この度のこと取り違えおれば末期の不覚となりぬるぞ。しっかと世情見ていて下されよ。現界の荒らぶる現象いよいよ混乱狂気となりておろうが。正邪、背徳、驕奢の膿、様々なる形なさして世に噴出させておろうが。これ予兆ぞ。既に世界はウラにて一つになりたぞよ。真中を過ぎし不測の時、世界の悪勢一挙に入り来たり全土を一つと七つに分け占めて修羅の地獄と化さしめん。これ、こたび始めの神仕組なり。これ日本の事ぞ、マコトぞ。仕組ありて、真先に日本払い清めせなならんからぞ。国、土台から破壊され。ケガレし権力潰れしも外なるケガレ逆巻きて内なるケガレ払うのぞ。私有財産壊滅し、衣食住にも窮迫し、国民同士の戦ある。人と獣との分かれ目ぞ。ケガレしものの消ゆるまで、三歳苦難の道行きぞ。こは神仕組み神ハタラキなれど、汝等人民様の招きしことなるぞ。汝の欲心甘やかし来たりたであろうが。しただけのことは拒めぬぞ。神恨むでないぞ。

 しかあれ、人民様の苦しき死。残り苦しむ様。神、望みてないぞ。既に遅けれど、このワケ、縁ある者に伝え置く。この度死ぬる者はこのワケ聞いて肚に入れ、生き戻れるように死んで下されよ。死んでも頑張りて下されよ。残されし者も同じぞ。死に急ぎなさるなよ。よくよく頑張りて下されよ。よいな、三年の間ぞ。三年の間、汝等の心魂、修羅場と化せしその地にて耐え難きを耐え魂磨くのぞ。死して逃れんと欲っせしも、異界にて万倍の地獄飲まなならんのぞ。神、頼むぞ。汝蒔いた種なればこらえにこらえて三真釣り持ち行け。

 聞く耳出来たか。神、急ぐのぞ。仕組み始まる前に聞いて下されよ。ここ数年の事ぞ。仕組み始まりたれば三年の間、神一切手出しせぬのざから、このフミも手に入らんようになるのざから、イノチある内に聞いて下され『そは何ゆえなりや…と』。汝、初めて真理問うのぞ。神、嬉しいぞ、その心魂やよし。お前様はこれまで真理に向かいしこと希薄にして、この最後の時まで不明で在りしことはなはだ遺憾なれど、その身さかれし前に向きしこと希有にして縁なり。さればその心魂、最後まで持ち行きて下されよ。三真釣り持ち行く者なれば、三歳苦難の間でも呼べば助くる、手出しする。よいな、終わりと成すも始めと成すも、汝次第ぞ。しっかと聞いて肚に入れよくよく頑張りて下されよ。

 死に行くワケ、語りて聞かすぞ。生き残されしワケ、語りて聞かすぞ。新しき世も語りて聞かすぞ。神、一人でも多く戻り来たりて欲しいのぞ。

 よう戻りて下された。永きご苦労の旅でありたが、神、よくよく汝の元つ光輝知りておる。神、汝が可愛いのじゃ。もう離れんで下されよ。神頼むぞ。

 こ度このフミこの時出すは、汝等早うスミキリて神ごころに戻るを促すがためなるぞ。こ度の大変、身魂磨かれ居れば、スミキリて神ごころ近くありせば何処に居ろうが、何が起ころうがご心配まったくご無用なるを知りて欲しいからぞ。

 これよりこ度の大変段々に語りて聞かすが、コクな事も聞かさなならんから、神も辛いが、後々汝善きようにしてやるから、マコトスミキリて神のお手伝いできるよう、勇で励みて下されよ。死ぬる者も行き残されし者も生死一如なるを知りて下されよ。こ度は生死越えたるお仕組みなるが由ぞ。死しても頑張りて下されと申すもわかるであろうが。

 こ度のこのフミ、マコト日本の人民様に伝うるフミぞ。世界の人民様にもお伝えしたいなれど、こ度の仕組みは元つキの国の身魂持ちたる者でなければご用できぬコトもあるのじゃ。世界の人民様も神の御子なれば汝等のハタラキ大切ぞ。

 【元つキ】解かるか。汝等、陰陽知り居るか。暗きことが陰でないぞ。明るきことが陽でないぞ。言の葉に囚われて取り違え致すなよ。陰と申すも竪のことぞ火の御守護ぞ。陽と申すも横のことぞ水の御守護ぞ。元つキ(気)成り成せる元が火水(陰陽)なるぞ。火水(陰陽)マ十字に結ぶが産土力ぞ。これ元つ神の尊き御ハタラキなるぞ。これよりいずるが【元つキ】なるぞ。これ始源の力ぞ。竪横マ十字に結び合わたざれば、産土力ないのぞ。産土力なければ【元つキ】もないのじゃ。これ解かるか。神なきところ何もないと申して居るのじゃ。されば【元つキ】あるによりて万物万象成り成りてあるであろうが。善人、悪人別け隔てなく、火水(陰陽)の産土力のお陰持たせて居るであろうがな。万物万象生かし活かせし元つハタラキと中つハタラキいっしょにするでないぞ。この【元つキ】いずる国の身魂持ちたるがマコト日本の人民様じゃと申して居るのじゃ。

 汝等盲しいた由、段々に語り聞かす外なきも情けなきが、暫し止むなし。なれど、日本は元のキの国。ヒの元つ国。マコトの国なるを覚え置き下されよ。今の人民様にはわかるまいなれど、スミキリてくれば段々にわかりて来ることぞ。

 そは始源の時、宇宙創りた、元つ神の神仕組みなり。マコト、マコトに尊き御国。ヒノモトの国は元つ神のご神体そのものなるぞ。今この時、ハキリ他国とタテワケ肝腎ぞ。ヒノモトなければ外国ないぞ。外国ありてヒノモトあるのでないぞ。ヒノモトありて外国あるのぞ。それ由、日本は世界の雛形と申して居る。区別大切ぞ。差別でないぞ。区別することが平等であるぞ。区別タテワケせぬことが不平等であるのぞ。取り違えしてはならん。

 汝等のご身体見て御座れ。宇宙コトワリの似姿なるぞ。頭は頭。胸は胸。手足それぞれの区別してタテワケ、ハタラク仕組みなり。日本は世界の真中のヘソの国。肚の国なるぞ。元つキの国。元つ神気いずる国なるぞ。これ日本の尊き御ハタラキなり。日本大切と申すこと、ここより外に元つ神気いずる国、なきが由ぞ。これあるによりて地球のケガレ、元の元つ国なる日本が背負わねばならんのじゃ。

 こ度の天意転換は、この宇宙創りたる始源より決まりてありたことなのぞ。汝等の宇宙、光ひとつ上ぐる仕組み、七つに別けて進み来たりたのじゃ。こ度がその最期なり。七期目の仕上げの時になりたのじゃ。しかあれ、こ度の大変は天意転換なるが由でなきこと、先ず知りおきて下され。世界の人民様ケガレ無くありたなら、マコト麗しき幕の上がりでありたのじゃ。なれどケガレ逆巻く気枯れ世と成り成してしもうたが、こ度の大変招きしワケ成るぞ。

 こ度ケガレ祓うは元つ神なるぞ。こ度はハラとアタマの戦ぞ。神力と学力の戦いであるぞ。アタマ『あやま知』用いて汝等の神気いずるを封じ込め、さんざん世を気枯れケガラし【マコト】無き世と成さしめたのじゃ。神にはアタマを操るの仕組みし企み、すべて解かりて居る由、最後の最後の最後のところで見事ひくり返し、あっぱれ新しき御代建てるも心配無きが、人民様にはこれよりひと苦労ふた苦労、地獄の苦労もせなならん者もあるから、しっかり【マコト】持ち行きて下されよ。汝等、悪神の仕組みし企み知るよりも三真釣り持ち行く【マコト】大切なるを忘るなよ。それ無くば、何を知りてもご無念ぞ。


 日本の大変が酷いのは上に立つお偉い様方、ヒノモトは《元つキの国》なるを『あやま知』に惑わされすっかりだまされ忘れ去り、神気息も出来ぬほどにケガレ気枯らしてしもうたが由なるぞ。汚してはならぬ元つ神のご神体でありたのじゃ。汚したるご無礼、末代ワビつると申せど取り返しのつかぬ事でありたのじゃ。一度は日本はもう潰れたと、誰もが思うひどき有りざまにせなならぬ。神も辛いがこれも人民様にマコト無きが由ぞ。マコト無き所にマコトの神は降りぬのぞ。

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 今ザマの数多の人民様が、酷き有りザマと成り果て居るを、こ度の仕組みを統べ真釣る、神の仕組みのイロハから、じくりと真釣り説きて伝うる程に、汝等は間違うても酷き有りザマと成り果てぬ様、心急けても汝の『あやま知』出さねで、マ素直について参るが汝等の、ミロクに至る鍵鳴るを、心に響き置き下されよ。

 こ度の事が解かるには、真先に【真釣り】あるを知らねばならんから、真先に申し置くぞ。【真釣り】言うぐらい知りて居るわい、なぞ申して居ると、この先天にも地にも住めん程の、恥ずかしき思い致さななら無くなる由、くどう念を押すぞ。マコト【真釣り】あるが解かるは、こ度に至りた経綸を知りて無くれば適わぬ事ぞ。古き教えにありては、末代解からぬ事でござるから言うて居るのぞ。

 真釣りの初めは神ざ申すこと、ハラに入れて下されよ。神の初めは真釣りざ申しても善いぞ。神の基は火と水の、ふたつのハタラキ真十字に組み結ぶが基なり。

 火のハタラキと水のハタラキの真釣りが、神のハタラキの基じゃ申して居るのぞ。こは万古不易の神法なるを忘るなよ。神も含め汝等も、万象万物これあるにより、ありてあるを、ス直に知りて取られて下されよ。

 火と水の真十字に組み結んだ中心を【真中】申すのぞ。こが万象万物を産み有無ところ、神、無限力徳の御座であるぞ。汝の真中も同じ御座なるを知りて下されよ。スミキルお土のハタラキ現れて、元つの響きの産土の鳴り出るところじゃ。

 善いか、火〔|〕と水〔-〕が真十字に組み結びた素型〔+〕を火水、カミと申すのぞ。お土申すは、火と水が真十字に組み結びた素型を、スクリと真すぐに立ちある様〔-〕力にてご守護致す由、+と-で〔±〕と型示しあるを知りて下されよ。これ解かるか、マコトの神真釣り申すは〔+〕がスクリと真すぐに立ちてある〔土〕の有り様も伝えあるのぞ。しかり聞きあれよ、こはこ度の事に関わりて、肝腎要の要石の基にござるから、聞き流しおりてはマコトは取れんぞ。真中のマコトの御ハタラキをご守護致す由、お土を真中にお入れ致し、火土水(ヒトミ)と成すがマコト真釣りた素型にてあるぞ。一二三(ヒフミ)の事じゃ。マコトの事を申すのであるよ。

 マコトの神真釣り申すは〔+〕がスクリと真すぐに立ちてあらねば適わぬ申すこと解かりたか。今今の世はマコトの真釣りが傾き居る由のタテカエなれば、お土のハタラキが肝腎要の要石の基にござる、申すも解かるであろうがな。汝ご自身の事も、世の事も、こ度の事も総ての総てが、火土水(ヒトミ)のマコトに気付き来れば段々に、解かり参りて来る程に、汝の思いを出さずについて参られよ。

 〔足場〕の〔足場〕の〔足場〕の【あ】なる火土水の事からおさらい致すぞ。【火・土・水】申すは正しく【口・心・行】の事にてもあるぞ。三真釣る基でもある申して居るのじゃ。汝等このフミ読むに、言の葉だけをバラバラに拾うてはならぬぞ。このフミ総ての総てが響きにて一如に繋がり居る由、注意致し置くのじゃ。お土、申せば心と同じ響きなり、同じ御ハタラキをなさる御座なり。幽の御座も、月の御座も、一二三(ヒフミ)の二(フ)も同じ力のお宮の御座にござるよ。総ての構えの同じ御座に響く由、総ての構えに真釣ろう響きなり。ひとつの真釣りた響き申すは、総ての構えに真釣ろう響きじゃ。バラバラに拾うてはならぬ申すこと、解かるであろうがな。大事な事由、心に留め置き進み参られよ。ス直について参れば後々気付きて来る程に、今今解からずとも案ずる事は無いぞ。

 火土水(ヒトミ)の事を今少し申して置くぞ。真釣りたヒトミ。真釣りて無いヒトミとあるなれど、汝等の瞳に映る総ての総てが火土水(ヒトミ)であるぞ。汝も物も、汝の眼前に繰り広がる総てのことにてあるぞ。そは火土水(ヒトミ)のマ釣り組み結んだ型の現れであるぞ。火水(カミ)の顕現そのものにてあるを解かりて下されよ。火おろがめよ。水おろがめよ。結び組み成すお土おろがめ。申すも解かるであろうがな。汝の瞳に映る総てを、火と水とお土の、マコト結び成すハタラキで、汝が見、聞き、嗅ぎ、味わい、触れある、総てのマコトを組み真釣り結び産み成す大事な基であるを忘るなよ。こに気付かねば心病み曇り総てが狂うぞ。

 今様に思い為し、汝の瞳閉じられよ。瞳開かれよ。瞳に映る総ての火土水(ヒトミ)に至善と頭が下がる様に成りて下されよ。汝等皆々生かしある、陰にて支えるハタラキに、感謝の響きを忘れて居る由、火土水(ヒトミ)のマコトが取れんのじゃ。今よりは狭間狭間に気を付けて、火土水(ヒトミ)おろがむ心持て、下がり支えるお土見て、敬う気持ち湧き立てば、感謝の響きに成り鳴りて、共に真釣ろう陰徳の、喜ぶ響き聞けぞかし。汝等がこれまで火土水(ヒトミ)の幾許かを崇め真釣ろうて居りたは、ちいともオカシキ事にては無いのぞ。この方からも今今に御礼申し上げるぞ。汝等の生かし生かしある基に気が付きて、ス直に心清まりスミキリて、マコト真釣りて居りたなら、人でも物でも、お金でも、真釣られありた火土水(ヒトミ)等は、嬉し喜び感謝して、汝をご守護し陰徳を、授け参りたでござろうが。アタマで作りた信仰は身欲の悩みを逃れんが基なれば、御身の保身が先にあり、汝等を生かし生かしある基に、真先に感謝ができぬ臭き魔釣りぞ。

 今世の火土水(ヒトミ)申すは可愛想であるよ。人民様に作り出される今ザマの火土水(ヒトミ)曇り多き由、哀れであるよ。火土水(ヒトミ)皆々清く結ばれるが願いであるのぞ。マコト真釣るが願いでござるのじゃ。火土水(ヒトミ)は総て、ご自身の瞳と同じにごさるのぞ。マ釣ろう響きが出てござるのじゃ。宿りてござるのぞ。大事に愛うてやりて下され。善き響きにて創りた火土水(ヒトミ)は善き響き出して居るぞ。悪き響きにて作りた火土水(ヒトミ)は悪き響き出して居るのじゃ。悪き響きが宿りて居る。情けのメグリが宿りて居る申して居るのぞ。汝の心の持ちザマ次第で、マ釣ろう響きが、真釣ろう響きに成るか、魔釣ろう響きに成るか決まりてくるぞ。気を付けねばならん事ぞ。

 瞳に力あるいうは、映す火土水(ヒトミ)に関わりてある事なれば、映す火土水(ヒトミ)に気を付けて下されよ。悪き火土水(ヒトミ)映し望むは悪き力、瞳に宿るぞ。マコトの火土水(ヒトミ)映し望むはマコトの力、瞳に宿るのじゃ。なれど結ばれし火土水(ヒトミ)に善悪は無いのぞ。火土水(ヒトミ)を悪く作るも、使うも人民様ご自身であるからぞ。由に申して居るのじゃ。いかな火土水(ヒトミ)と言えども、おろがみて下されよ。そうで無くれば火土水(ヒトミ)が可哀想であろうが。善き様に使うて上ぐるが出くるなら,使うてやりて下されよ。そが真釣りて差し上ぐる事にもなるのじゃ。汝の真釣りも相応に清まるが出くるのぞ。

 火土水(ヒトミ)に気付きて、何にでも感謝の響き成り出る様になると早いぞ。お陰が一々ついて来るが解かりて来るぞ。可哀想に組み結ばれた火土水(ヒトミ)にも感謝の響きを出して居ると、神の心も段々解かりて来るようになるのじゃ。可哀想な火土水(ヒトミ)を真釣り上げたく思いても、今の汝の一力にては、組み替え結ぶは難儀であるを知るが由、汝が代わりて神にすがり「次には真(マコト)持ち、スミキリた善き真釣りで結ばれありて、美しき嬉しサマと鳴り成る様」三真釣り意乗りて上ぐるほどに、気高き響き鳴り鳴れば神と共に鳴り響く、気高き真釣りの神宮(カムミヤ)に、至るイロハを備えたり。神の心が解かりて来るから神の響きと違うものが解かり、タテワケ出くる様に成るのじゃ。ざから相応の神徳、神力お授け出くるのぞ。汝も三真釣り持ち行きて早よう鳴り鳴り参るが善いぞ。

 神の渡せし【糸】申すはこの事にてあるのぞ。〔火〕・〔土〕・〔水〕それぞれバラバラの事を申すので無いぞ。〔口〕・〔心〕・〔行〕それぞれバラバラの事を申すので無い言うて居るのぞ。【火・土・水】を一つにマツリ縫いて一如に真釣るハタラキと、成さしむ【糸】の事にてあるのぞ。【口・心・行】を一つにマツリ縫いて一如に真釣るハタラキと、成さしむ【糸】の事にてある申して居るのじゃ。この方の申すこと、何でも一度でス直に聞き入れなされて、その通り行いて居らるれば、どんどん太く成り行く【糸】にござるのぞ。その様になされて居らるれば、お陰がお陰を呼びて、神徳が神徳を呼びて、神力が神力を呼びて、早う神と共に鳴り響く、気高き真釣りの神宮(カムミヤ)と、鳴り成れる様に仕組みある、マコトの思【イ】を繋ぎ【ト】む。ミロクへ連なる【意止】にして、尊き響きにおわすを知りなされ。

 この世に出回りおる『糸』申すは、身欲な思《イ》を繋ぎ《ト》む。魔釣りに連なる醜き《意止》にござるから、出くる響きは〔口〕・〔心〕・〔行〕真釣る一如のハタラキを、身欲を基にチグハグに《我善し》力で縫い合わせ、真釣り外れたほころびを、更なる身欲で縫い合わす、末代ほころぶ継ぎ接ぎの、滅びの響きを奏で来て、末期の今世に至るなり。汝等皆々、早う魔釣り縫うを止めて下されよ。最期に至りてまで逆に進みてどうするのじゃ。特にご注意致し置くぞ。

 【火・土・水】申すは正しく【口・心・行】の事にてもあるを申し伝えあろうがな。なれば火土水(ヒトミ)を真釣りた申すは、口心行(クシンギョウ)を真釣り行じた申すに、同じ事にてあるは解かるであろうがな。汝等皆々このフミ読むに「ひとつのマコト真釣りた響き申すは、総ての構えに真釣ろう響きじゃ」申した事よもや忘れて居るまいな。マコト真釣る申すは、総てのマコトの響きと一如鳴るを申すのじゃ。それ由、バラバラには取らいで下され申して居るのぞ。

 火土水のお土が曇れば、結びたる火水も曇るぞ。日月地の月が曇れば、結びたる日地も曇るぞ。神幽顕の幽が曇れば、結びたる神顕も曇るぞ。霊力体のお力が曇れば、結びたる霊体も曇るぞ。口心行の心が曇れば、結びたる口行も曇るのぞ。解かりたでござろうが。心、曇りて居れば組み結びた花々は、ケガレ負いたる仇花となりてしもうのぞ。可哀想でござろうが。早う、心、清め清まりて下されよ。

 心スミキリてマコト真釣りて結ぶを一二三(ヒフミ)申すぞ。マコト真釣りた息吹の事ぞ。真言であるぞ。生く言魂の事にてあるよ。マコト真釣りた火土水いうは剣のことにてもあるのざぞ。邪をハライ、マコトを顕す草薙の剣の響きのことにてあるのじゃ。日々の、狭間狭間に汝等の、瞳に正しき宿る様、心清まりスミキリて、映る火土水の諸々に、感謝の響きを出しくれよ。情けと花を持ち行きて真釣るマコトの尊きに、思いを至して下されよ。マコトの玉を手中になされよ。

 どうじゃ。真釣るマコトの一如なる、鳴り鳴る響きを真釣り成す申すは、それぞれの【火・土・水】一如に真釣り縫う事にてあるは解かりたな。これよりは火、土、水を【口・心・行】に真釣り縫うて伝え参るなれば、汝等の日々の心の持ち様をキチリ、タテワケ致して行く程に、くどうなりても辛抱致してついて参られよ。後に伝うる事どもは、こを得心なされて、安心なされて行じられる様、明かし伝え知らせしものなるを、今今に知りて置かれるが善かろうぞ。

 【真釣り】成す申すは、唯ただ、マコトの響きが顕れ鳴るを申すのであるぞ。【鳴る】は、成るの生きある響きの鳴り鳴りある姿を申すのじゃ。これ解かるか。

 【三真釣り】成す申すは、真釣りたものが正しく調和に結ばれる様〈支える火の御ハタラキ〉〈結ぶお土の御ハタラキ〉〈現す水の御ハタラキ〉三つ総てを一つに和し響かすことにてあるよ。和し響くとはマコトが顕れ鳴ることでござるぞ。一二三のことじゃ。成り響き鳴る弥栄の真響きであるぞ。全一如申しても善いぞ。一如申しても、和し鳴る響きは全く一つの音色にござる。解かり易う伝うるに全一如申して置くぞ。マコトの響きの言霊【口】が必ずタテワケありて、スミキリた【心】で、そが言霊をスクリと立て持ち、口に違わず【行】に組み結び現し行くが、三真釣り持ち行くいうことでござるのぞ。こが一如の真釣りぞ。

 〈支える火の御ハタラキ〉必ず立ちありて〈現す水の御ハタラキ〉正しく顕るは解かりたか。こを正位の構え申すのじゃ。くどう申すは反対に、タテヨコ逆さに組み結びては、マコトのものは何一つ産まれはせんからぞ。こを逆位の構え申すのぞ。不調和もたらし、汚泥混濁の世と成らしめるがオチであるぞ。今世を見ゆれよ、末にはほどくしか無いものばかりでござろうが。万古末代副わねばならぬ、天地のコトワリを外して居りては、こ度越えるは適わぬ夢にござるぞ。

 汝等皆々、お一人お一人、何かの事どもを支え居るであろうがな。汝等ご自身が支える基でござるなら尚の事、軽き思いや言の葉で、成すは適わぬ事ぐらい、百も承知にござろうが。なれば、在りて有るモノ支えるは、いかなる力におわすのか、思いをなして見なされよ。下がりて裏で支え成す、尊き御力知れぞかし。

 火の御ハタラキが、下から支える裏の御ハタラキ〔▽、陰の構え〕にござるよ。火の御ハタラキ申すは、一なるぞ。神なるぞ。霊なるぞ。日なるぞ。口なるぞ。火の位に座されます御力徳におわします。万象万物【正化】さすご苦労の御ハタラキであるぞ。こは父の御役じゃ。至誠大愛の御役にござるよ。下から上へ燃え立ち昇る如く、ご自身は下の下の下に下りて、見えぬ陰の存在と成りて、何かのことを背負いご守護致し生かし活かして、背負われてるものが得心致して、不平不満も無く安心致して生きある様、下から上までスクリとマコトをタテワケ立て、ご守護致すこの世の基の御ハタラキを申すのであるぞ。マコトタテワケルご苦労がその基じゃ申して居るのぞ。万象万物【正化】の基なれば、火の一旦発せらるれば、正味の形に結ぶまで、響き鳴り鳴りて居るのぞ。そはマコト少なければ、末はメグリに鳴り成り結ぶもあるいうことにござるぞ。こは決して忘れんで下されよ。心曇りて、火、傾けばマコト少のう成るのぞ。火、ヨコに成るればマコトタテワケ適わず、汚泥混濁の世と成るは解かるであろうがな。それ由、火はスクリと真すぐに立てねばならぬのじゃ。情けの裏にてマコトを支え、花の裏にて散らぬマコトを咲かす響きが火の音色じゃ。【口・心・行】にありては【口】が火のハタラキの御座なるを知らせ置くぞ。言霊の響き大事に慎み深く使うが善いぞ。

 魔コトの思いを持ちて、神の御前で申せぬ様な【行】いを図るが如きなさり様を、逆位の構えの『魔釣り』申すのぞ。そは、真コトの御座なる【口】の座にウソを据えるが事にてあるぞ。そは正位に座すは適わぬ魔コトを、正位の御座に据え置きて、そをマ釣りの基に成すをいうのぞ。魔コトを正位に位させ、真コトを外に追いやるがその事じゃ。こは恐ろしきことであるを知りて下されよ。【口】の座申すは、真釣りを支える御ハタラキの御座でござろうが。【火の御ハタラキ】の御座にござるぞ。この御座に座るもの、マコト無きは許されぬ由、マコト無くありて座りたるもの、先々可哀想であるぞ。何れ姿形を変えメグル情けと鳴り鳴り響きて、必ず【行】に結び現し、外した真釣りを取り戻さしめる、至誠の極みの御座にござるからじゃ。人民様は、生きある何時かの時々に、自ら至誠の口の座に、数多の不誠を据え置きたを忘れて居られるが由、自らがもろうメグリの真姿に気付けぬのじゃ。こは元つ真釣りの、万古不易の神法なるを知りて下されよ。

 火を見やれよ。火は総てを焼き払い、マコトの響きのみをタテワケ残す型示しにてあるぞ。万象万物正化の響きをタテワケご守護致すが大事な御ハタラキじゃ。【口】に出した事どもは違えず【行】いて下されよ。【口】を慎みて下され言うはこの事あるが由じゃ。【口】は火傷の元ぐらいに思いて慎み行くが善かろうぞ。

 マコトをタテワケ支えるハタラキを護持致すは、《身欲》に囚われぬ強き心を持ちて無くれば、適わぬ事と知り置かれよ。自らは金の家から、銀の家に移りても、銀の家から、銅の家に移りても、マコトのモノしか残さぬ、火の浄化の御ハタラキなるに気付きて、ミタマ相応のお鍛えにござるから、何事にも感謝の鳴り響く気持ちで、マコトを支え行じて下されよ。下に下りても感謝の気持ちを持ち行くは、大層な神徳が支え真釣るぞ。自らを下に下に下げ行きて、支えるハタラキに仕え真釣るは、この世の基のハタラキなれば、身欲を控えて成し参る、尊き我が子を見過ごす様なこの方にてはござらぬぞ。ドン底に落ちてなお、深き感謝を持ちてマコトを護持致し来た者は、花の咲き行く時節になりたぞよ。万古末代散らぬ花であるぞ。マコト、マコトにご苦労様でござりたなぁ。汝が背負うて参りた苦の種が、今に至りて明なに開く時節となりたのじゃ。散らぬマコトの花いうは、辛苦の種を背負うて、長き険しき道を参らねば、咲きは致しはせぬ花じゃ。永き幾再生転生を繰り返し、ご苦労を致してないミタマ申すは一つとてござらぬなれど、ミタマ相応のメグリを持ち居る由、荒ぶる《身欲》に囚われて、今世に酷きザマと成り鳴りてある者、数多居るのじゃ。今生に入りて益々《身欲》に囚われ居りた者共は、自ら背負わねばならぬご苦労を、他人に背負わせ自らは、易き陽気な道を駆け下りて居るなれど、下りた分だけ苦の種が、重きに増え行くだけのみぞ。段々重きに成り鳴りて、行くも戻るも出来なくなりて、間違えに気付きたところで、マコトのご苦労申すものをなさりて無いから、険しき道は行くに行かれず、この方にすがりて参りても、今の時節は三真釣り持ち来て下さらねば、どうする事も出来はせんのじゃ。人民様、マコトの道のご苦労の万分の一のご苦労なりと、三真釣り持ち行くご苦労で成し参りて下されよ。そうで無くれば真釣りを支える火のハタラキが、どうありても取れぬから申して居るのぞ。支えるハタラキが心底解からねば、マコトのタテワケは出来はせんぞ。

 もともと背負わねばならぬご苦労の種でありたものを、先に楽に走るから苦に結ぶのじゃ。それと申すも、ご守護の神が楽をして居るからじゃ。神がラクを致し居りては苦に結ぶいうて居ろうがな。なさり様が逆様であるから、総て仇花に結ぶのじゃ。そんなザマでござるから生く先々で咲く花は、咲いた先から散り行くのじゃ。首すげ替えられる様なザマにありては人民様に恥ずかしいぞ。マコト支えるご苦労を、堪えて参りた気に鳴る花は、マコト響きて美しかろう。花は散るのが美しい等と打ち興じて居る者共は、心が仏魔の魔やかしにすっかり囚われ居りて、マコトの解からぬ者に成り下がりて居るぞ。散る気を愛でずに咲く気を愛でよ。汝等の心得違いを散る花に、託し見せて参りたなれど、仏魔にすかりだまされて、解かる人民ほとんど無いから、木之花が可哀想であるよ。それでも毎年咲かし生くは、神のマコトの情けと花を、知りて解かりて欲しいからであるぞ。ヒノモトの花は涼けく清らかに気高く透けりて薫り幸はう。お気付きあれよ。

 水の清きにお気付きあれば、汝等皆々今今に醜き今世を恥行きて、成せし事ども詫び行くも出くる響きに鳴れるのじゃが。形と心をバラバラに、分かれ持たれて居らるれば、解かるも難くありてござろう。どうじゃ、少しは解かりて居るか。

 水の御ハタラキが、上から顕す表のハタラキ〔△、陽の構え〕鳴るを知りて下されよ。水の御ハタラキ申すは、三なるぞ。顕なるぞ。体なるぞ。地なるぞ。行なるぞ。水の位に座されます御力徳におわします。万象万物【成化】の御ハタラキにありて、至慈至順の御ハタラキにてござるよ。こは母の御役じゃ。真釣り顕すご苦労がその基じゃ申して居るのぞ。火の位の響きを受けて、どんな事でも真ス直に形に結び顕し下さる、否と申さるる事の無い響きにてござるのぞ。自らの意にてカタチを顕さるる事の無い、至従至順の極みにておわす由、総てを顕すお力をお持ちなのじゃ。こは解かるでござろうが。我欲がありては適わぬ事ぞ。

 水を見やれよ。与えられある器に従い。言挙げもせず、自らの尊きを汚されありても、逆らう事の全き無いまま、唯ただ尽し切る至順そのものにござろうが、至慈ある由の至順にてあるぞ。ス直が総てを顕し育む尊き型示しにござるよ。

 水はス直が基の御ハタラキにござるから、主次第で【真ス直】にも『魔ス直』にも鳴るは解かりて下さるな。こ度はこの御座に、全きマコトの響きを成り鳴らせる御代となるのであるぞ。好い加減のところで手は打てぬ、申すも解かろうが。今今は『魔ス直』の世にてござるから、水の顕すカタチを基と成して正邪のご判断をなさるで無いぞ。美しきカタチにだまされるぞよ。水は万象万物【成化】の基なれば、火の位の響きあらば必ずマ素直にカタチに結び顕すは伝え知らしたな。なれど、マコトの父の火を間違うてはならぬぞ。水のカタチ(陽の構え)を火と偽りて、父の火の如く振る舞わせても、マコトのモノは出来はせんぞ。そうでござろうが、水と水が組み結びても流れるだけではござらぬか。末は解けるモノばかりじゃ申したはこの事にてあるよ。【真ス直】にお戻し致すも『魔ス直』に誘うも汝の仕事じゃ。汝等は『魔ス直』だけを知り取りて、水の清きを忘れたのであるよ。水の清きを忘るるは恥ずべき事ぞ。水の尊きを汚し行くは神に仇成す事にてあるぞ。今今に水を敬い崇め真釣ろうて、水の清きを取り戻されよ。

 どうじゃ。少しは恥入りて参りたか。情けの表にてメグリを顕じ、花の表にて望む万象咲かす響きが水の音色じゃ。【口・心・行】にありては【行い】が水の御ハタラキの御座なるを知らせ置くぞ。自らの行いをよう見られよ。マコト火の浄化は必要無きか。汝のマコトが行いに、成り鳴り響きて居るなれば、汝に仇成す悪き響きは汝に至るは出来もさん。何事にも節度を持ちて水の清きを忘るなよ。

 水の清き尊きは解かりて下されたか。水は火の位に何様か座しあらねば、産まれ来ぬ御ハタラキであるを今今に、シカリとハラの底底に入れなされ。こを汝等は解かりて無い由、水の御ハタラキを、水の御代ざなど申して悪く申す開き盲が居られるが、この方、水の御代になぞした覚えは無いぞ。人民様が勝手に自ら心曇らせ、汚してはならぬ清き尊き水を『魔ス直』に誘い、ホドケの世となさしめたのでござろうが。霊主心従体属申すは、お題目にてはあらざるぞ。生き活き成り鳴るマコトの響きぞ。火主土従水属じゃ。火の位に何様か座しませば、水は属なる由、副うてマ釣るが御ハタラキにござろうが。善いか、身欲を真中の基に居座らせ、心の御座を曇らせし汝がご自身が悪かりたのじゃと、気付くが大事ぞ。

 真釣る位順の大切なるは、後々いや言う程味わうことになるから、今今に気を付けて置くぞ。何によらず、どんなことであろうと、火の支える御ハタラキ〔▽・陰の構え〕を先にタテありて、後、水の現す御ハタラキ〔△・陽の構え〕をヨコ真十字にスクリと真すぐに立て組みて、万象万物を正しく産み成すが、万古不易の真釣り【☉】の基と、キッチリ取りて下されよ。こを【正位正順】の元つマコトの神真釣り申すなり。こをマコトの神の御ハタラキ申すなり。火水を組みたる〔✡〕真中の御座を何様が統べるかによりて、汝の真中よりい出来るもの、正花と成るか悪花と成るか、決まりて来るのじゃ。真コトを真釣りたハラが統べるか、魔コト(ウソ)を魔釣りたアタマが統べるか、正位正順を成し居るか、逆位逆順を成し居るかによりて、統べる主が決まりてしもうのぞ。陽気な気持ちで構えておりたら、あっと言う間に蛇が上るぞ。

 汝等の今迄の成さり様は、火水は善いのじゃが、陰陽が逆様じゃ。そは魔釣りぞ。マコト無きところ、この方は容赦は致さんから、早う気付きて下されよ。

 先に魔釣りと組み成した水の御ハタラキ〔陽の構え〕をタテ、後に火の御ハタラキ〔陰の構え〕をヨコに組みては、万象万物、正化致すは適わぬことと知り置かれよ。マコト無きが由なり。汝等皆々、万象万物成り立ちある思うて居ろうが、そは悪化に結びたことどもを指し申して居るのぞ。【正位正順】の真釣りにて組み結ばれしものを正化と申すなり。万古末代散らぬ花を正化、正花と申すなり。【逆位逆順】の魔釣りにて組み結ばれしものを悪化と申すなり。咲いた先から散る花を悪化、悪花と申すなり。そのままにし置くれば、ケガレ益々逆巻きて、自らに滅びの調べを奏で行くばかりでござるから、ミロクの御代に入る前の、末には解くか無い申して居ろうがな。こ度の事がその末と思い至りて下されよ。

 人民様申すものは、由ありて寿命短き上、楽な身欲の事ばかり思いて居りて、悪化であろうが、悪花であろうが便利であればそれで良い。なぞと申して居るが、好い加減に致せよ。汝等の真中は生き通しのマコトであるを忘るなよ。人民様の利便を追う心根申すものが、いかにこの地を酷きありザマと致したか、この方はよくよくに知りて居るのぞ。こ度はその目、その身に辛きも酷きも、いやと言うても許さぬ程に解かり取らして差し上ぐるから、ハラを括りて待ち居れよ。

 今様の世申すは後数年の事でござるから、早うマコトの真釣りに気付きある様励みて下されよ。これからの御代申すは生き居る者も、死に居る者もマコト無き者にとりては、辛いだけの御代となりてあるを知り居るか。三真釣り持ち行きマコトに結ぶご苦労を、成した者と成さぬ者。ハキリ、タテワケあるを今今に知りて下され。それ由に元つ正位正順の、マコト、マコトの神真釣り、知りてもろうて魔釣りから、放れるお力自らに、お待ち成されて日々に、三真釣り持ち行き行結ぶ。マコトの響き少しでも、成り鳴る程に成りて欲しいからのご苦労であるぞ。

 少しは解かりて下されたら、今までの思い様サラリと捨てなされて、三真釣る基を早う知りて取られて下されよ。火のマコトを立て持ちて、水の清きを顕すは火水結び組みたる真十字を、スクリと真すぐに立て持つ御力ありての事でござるから、お土の御ハタラキ大事にてあるぞ。火土水のお土じゃ。真中透けるが鍵ぞ。

 お土の力の御ハタラキは、火と水のマ釣り結びた素型を、スクリと真すぐに立てなさる〔・、真中の構え〕の御ハタラキにござるは、伝え知らせた参りたな。お土の力の御ハタラキ申すは、二なるぞ。幽なるぞ。力なるぞ。月なるぞ。心なるぞ。結び解く御ハタラキざ申しても善いぞ。万象万物【産む】御ハタラキじゃ。こが神の大事な御役ぞ。火水マ十字に組み結ばねば何事も産み出すは適わぬなり。こが神の真中の基なり。真釣るご苦労がその基じゃ申して居るのぞ。マ十字に組みた真中を中心に、火はヒダリに水はミギリに、それぞれ逆に回らむを、回る力を真釣りして、火立てスクリと結び成し。万象万物産むところ。尊き力の座すところ、力のお宮と申すなり。スミキリて、結ぶ響きが救世の、こ度に鳴り成る神響き。こ度を救う要石。真釣るお宮の要石。汝を救うが汝の真中のお宮にござる。

 こ度は真釣る十字が万古末代傾くことの無き様、元つ仕組みの花開く、救世の響き鳴り渡る、地のへの王の王の王のご神力、成り鳴る尊き力徳の、響きスクリと顕じなされて、万古末代ご守護なす、ミロクの御代と致すのであるぞ。

 情けの真中にて真釣るを取らせ、花の真中にて真釣る慶びを産み有む響きがお土の音色じゃ。【口・心・行】にありては【心】がお土の力の御ハタラク御座なるを知らせ置くぞ。心スミキラねば口にマコト立たず、行い偽りに結ぶのみぞ。

 汝の真中申すは火水の無限絶対力徳を顕じなさる、大事なお宮にござるは解かりたか。火水真十字に組み結ぶお力ありての事でごぎるから、スミキリてあれば汝の思い成する事、皆々マコトの形と組み結び成りてこの世に現すも自在なるぞ。この方の宮内でもござるぞ。スミキリてあれば、この方と共鳴り致す響きのお宮、産土の力のお宮にておわします。火水成る汝の御座にござるを知りて下されよ。神幽顕貫き真釣る響きを発動しなさる、基の御座でもござるのぞ。真釣る素型は、産土力を顕じなさる火水の真十字を、右りに左りに傾ける事無く、真すぐにスクリと立てあるをいうのぞ。感謝の響きがスミキル響きじゃ。スミキリてあれよ。

 汝等の善き思い様も、悪き思い様も産み出し下さる御ハタラキなれど、マコトのものを産み結び成すには、火水組み結びた真十字、スクリと真すぐに立ちて居らねば、マコトのものは産めぬ申したであろうがな。汝等の思いザマに曇りある程に十字傾くを、汝等皆々、今今に、肚に刻みて忘るなよ。十に一つの残りたマコトを、十に二つ、十に三つ、十に四つ、十に五つと日々に、心を磨くご苦労を、日毎にスミキリスミキル様、掃除一番思いて、ここ一番の苦心行ざ思うが善いぞ。汝の心が曇るは、気付けぬ程に《身欲》が基の『あやま知』に、囚われ居るが由にござるよ。生かされある汝等が真釣りて生くるに、身欲は必要無かろうが。

 月を見やれよ。月の御座申すは汝の心の御座にござるのぞ。スミキル型示しなれば冴え冴えと、清きリンたる響きにて、汝の心を映すなり。月の鏡は曇りて無いか。月が陰るは汝等の身欲の影にてござるのぞ。心は清く涼けくあるが善いぞ。

 心のお宮が曇りて居れば、汝の成す事、思う事、総て悪花に結びて居るのじゃ。心のお宮が曇りて来ると、右りの勢い強くなりて十字が傾き行きて『×』となる。汝等が《身欲》を基にご苦労から逃れんと、『あやま知』使うて『利便』に走りたが【メグリ】の始まりと知りて下されよ。《身欲》が曇りの産みの親じゃ。

 解かりたでござろうか。三真釣り持ち行く申すは、元つ天地の真釣り成す、マコト至善のコトワリを、身欲を控えて聞き戻し、火のマコトをタテワケル、真釣り支えるハタラキを、スミキル心に立て据えて、水の現す御ハタラキ、副うて控えて真釣り和す、水の清きを顕ずるが、マコト、マコトの三真釣り申すのじゃ。【口・心・行】を違えず、行に一如に真釣り縫う事じゃ知らせ居ろうがな。

 三真釣り持ち行くに、心スミキリあるは、こ度外せぬ肝腎要の大事にてあるが、マコトをタテワケ、真釣りを支えある火の御ハタラキ、強く護持致して下されよ。今サマの人民様申すは、口の御座の尊きを知りて無いが由、自らにご都合の良き嘘をつく者、ぐちぐちと自らの辛きを嘆く者、数多居られるが、周りの者が心配なさる様な事どもも、ご自分の事しか頭にないから平気で申されて、そ度、自らにも、周りにも、不調和の響きバラ蒔いて居るのじゃぞ。口の座にまし座す火の御ハタラキ申すは、真釣りを支える強きご苦労の御役なれば、ウソと言う事は申されず。虚言や弱音を吐き居れば、キッチリそれだけのメグリをお渡し致すのぞ。真釣りを支える強きマコトの言魂以外、座すは許さぬ神座ざ申した事、今一度ハラにお入れなされよ。汝等が虚言あれ弱音あれ、吐くは汝等の勝手なれど、そがために巻き込まれ、作らいでもよいメグリを他人に作らせ参るは、マコト心卑しき業なれば、少しはマコトを出されて、ご自分の事より、他人を支える火の御ハタラキを、口の御座に座さして下されよ。真釣りに仇なす不調和を、バラ蒔く者と成るよりは、調和をふり蒔く者と成りて下されよ。土台が狂うてござるぞよ。

 口受けて心動くのぞ、心動きて行成るのぞ。【霊主心従体属】であるぞ。【口・心・行】のタテワケも出来て無くれば、口の御座に火の座されるマコト、マコトの神真釣る、マコト一如のハタラキも、成すは適わぬ事になるぞ。そのままにありては汝等の歩み行く所、段々狭く成りてしもうて、しまいには足場まで無う成るやも知れんぞ。そは汝等の足場申すが『あやま知』土台に作りあるが由なるぞ。『あやま知』の響き今今は、タテカエの末期であるぞ。どんどん暴かれ消え行きて居るのが解からんか。何時までも『あやま知』で作りし、土台に立ちて居りては落ち行くだけでござろうが。三真釣る行いがマコトの土台ぞ。鳴り出す響きがマコトの足場じゃ。【足場】早う創れ申すこと解かりて下されよ。

 【足場】は【ア】じゃぞ。コトの初めであるぞ。言魂であるぞ。鳴り成る響きであるぞ。三真釣り持ち行かねば、マコトの響き出すは難いぞ。三真釣り持ち行くその事が【足場】のタテカエ、タテナオシ、同時に叶える事になるのじゃぞ。マコトの響き、いずる様に成りて初めて、神のお宮と鳴りて参るのじゃ。神のお宮が【足場】でござる。神社の事にては無いぞ。汝ご自身の事にてあるぞ。この世の事は汝ご自身が変わらねば、何一つ変わりはせんのじゃ。今世に残りて居る【足場】、一厘にござるぞ。九分九厘ウソざ申す事、汝、存じて居りたかや。

 今世申すは何でも九分九厘対一厘であるぞ。何事も『あやま知』含みて成るものは、精一杯鳴りたところで、九分九厘にて仕舞いであるぞ。どうあがきても十【カミ】には鳴れぬ魔釣り道じゃ。小さき事どもから大き事ども迄、そうなりて居るのじゃぞ。身欲を基の台と成す『あやま知』病みたる母体から、産まれ鳴りたる事どもは、汝ご一人の思いから世界を統べる企み迄、総ての総てが九分九厘で引っ繰り返るぞ。もはや悪の芽切りたから新たな悪は育たぬぞ。芽吹いた先から滅んで行くがさだめであるよ。今今に悪に見ゆるは、悪を使うて悪払うこ度に使う道具なれば、まだまだ悪の世が続く思いて居ると、怪我をする伝えあろうがな。これからは悪と悪の共食いになりて参りて、悪神も苦しくあるから暴れる程に益々危うき世となりて参るから、汝等は巻き込まれん様に気を付けて下されよ。メグリ多く持ちあると巻き込まれてしもう由、早う自ら清まりてメグリ払いて下され申し参りたのじゃ。自らに厳しく三真釣り持ち行くが急ける事にてござるぞ。

 人民様の真中にありても同じ事が起こりて居るのじゃ。汝、未だ気付かず。なれど汝等は宇宙コトワリのに似素型にてある。なれば今今の神経綸の御ハタラキ、そっくりそのまま、汝等の真中にても既にハタラキあるを知りて下されよ。汝等の真中に残りありた一厘のマコト、元つ大神のお出ましに呼応致して、汝の真中を占拠する身欲を基の台と成す、九分九厘の『あやま知』を自ら払わんと鳴り響きて居るのじゃ。一厘対九分九厘の戦でござるぞ。汝が早う気が付きて、孤立無援で戦する、汝の真中の一厘に、三真釣る行にてマコト出し、透け切る心に火を立てて、真中と一如に共鳴れば、勝てる戦にあるなれど、汝のメグリ必ず暴れるから、一厘のマコト余程しかりご守護なさなば危ういぞ。この方は全く心配ござらぬが、汝等はこ度は自らが清まりて、マコトの少しなりと鳴り出される様に成りて下さらねば、この方も手を貸す事は出来ぬのぞ。こ度は汝等お一人お一人が、自ら三真釣り持ち行き少しでも、清まりマコトを出す事が、こ度の仕組みの要にて、外すは適わぬ事にてあるのじゃ。こをどうありても解かりて下されよ。三歳苦難のタテカエ申すは、神々含む汝等を、一挙に一度に清める事にてござるのぞ。悪を使うて悪を払うお仕組みなれば、そがために九分九厘までは悪神に、勝ちを持たして上ぐるのじゃ。この方にとりてはこ程楽な事も無いなれど、それでは残る人民殆どないから、くどうくどう申して居るのじゃぞ。この方は人民様の酷きザマ見とう無いのじゃ。この方も辛いのぞ。神、頼むぞ。三歳苦難のタテカエ迄に少しなりともマコト磨きて下されよ。マコト三真釣り持ち来たりて、マコトの響き鳴りてる者は、正神真神のご一統がご守護に回りて汝を支えるから、どんな事がありても起こりても、何のご心配も無いぞ。安心致して見て居るが善いぞ。

 何かに付け三真釣り持ち行く申すは、口と心と行いを、少しも違えず行に結ぶことでござるから、【違えず行に結ぶこと】だけを念頭に、身欲損得を捨てて行じて下されよ。考え深くあるよりは、真釣り深くありて下されよ。真釣りに響く考えるは【カミカエル】でござるから、善いのであるが、魔釣りに響く考えるは《我が得る》だけであるからぞ。《我が得る》だけでは、益々真釣りを外すだけではござらぬか。神のご用に使う程の者は、我があり過ぎても無さ過ぎても困るのであるから、真中と我、どちらが汝の主であるか、今今にハキリ、タテワケ致しおいて下されよ。汝等の真中と我、同じじゃ思い見なし居りては間違うぞ。

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 真先に申し置くぞ。汝等が斯くも見事に逆様と成り果てたは《身欲》を基に生くる様になりてしもうたからであるぞ。《身欲》を基の『あやま知』に生くる様になりてしもうた申して居るのぞ。《身欲》に囚われたが由、元つ天地の正位正順申すものが、解らなくなりてしもうたいうて居るのじゃ。これより語り伝えし事、総ての真釣りを正す基なれば、人と人、人と神、神と神、神と元つ真神、正しく真釣ろうマコト、ハキリタテワケ致す由、そのお積もりでついて参られよ。

 陰陽申すは〈構え〉の事を申すなり。ハキリ、タテワケ致すが肝腎にござろうぞ。解りづろうあるなれば、陰陽の言の葉に囚われねで〈陰の構え〉は【火】〈陽の構え〉は【水】と読み替え致して、真ス直に進み参れば楽に取れるぞ。

 神の元つ仕組みの大事な基申すは【火の御ハタラキ】先にタチ有りて後に【水の御ハタラキ】生ず。これであるぞ。簡単でござろうが。なれど、こに、この世の総ての響きがあるのじゃ。総ての秘密がござるのぞ。汝等の生きる基も、御父上様が陰にて家族を支えある、陰働きあるにより、安心致して御母上様が、家族を作り現すも出来るのであろうがな。簡単でござろうが。なれど、ここに家族を和し成す総ての響きがござるのじゃ。総ての基がござるのぞ。こが【正位正順】のマコトの響きのハタラキでござるよ。こが過ちてあれば総てが過つは解るでござろう。なればこの方がこの世は何でもかんでも逆様じゃ申す、大き過ちいうはこのことにてあるを先ず先ずに知りておくれ。初発に正位正順〔火・水〕の火のハタラキの構えありたによりて、正位正順〔水・火〕の水のハタラキの構え産み成されたが基のコトワリでござるよ。こは勿体なくも、尊き無限絶対力徳を顕じなさる、元つ天地の御祖の大神様の、真釣る真中に鳴り鳴る響きにて鳴り成りた、元つ構えにござるから、マコト、マコトのスミキリありて、組み真釣り結びあれば汝等も、無限絶対力徳の汝の真中の岩座の、岩戸を開くが出くるのぞ。

 初源の時、元つ火タチ有りて元つ水生じたのであるぞ。元つ火水(カミ)二つで真釣り構えたるお姿が、元つ〈陰の構え〉の素型の事にてあるのぞ。陰で支える隠身(カクリミ)にて、御ハタラキは元つ火の御ハタラキにあらせられる。火水、正位正順に組み真釣り結び構え、新たに火の御ハタラキを顕じ成さるが〈陰の構え〉と申すなり。元つ〈陰の構え〉の火の御ハタラキによりて水生じ、水生じた由火タチ生ず。こが元つ〈陽の構え〉の素型の事にてあるのぞ。御ハタラキは火の隠れたる御ハタラキを隠身にて現しなさる、元つ水の御ハタラキにあらせられるのぞ。水、火と正位逆順に組み真釣り結び構え、新たに水の御ハタラキを顕じ成さるが〈陽の構え〉と申すなり。水先ヨコに有りて後火タテに組み結ぶ言えど、構えた素型は、火タチ有る正位なるによりてマコト正しき〈陽の構え〉なり。

 火水や構えの言の葉に、囚われありてはならぬ由、今、今、今に気を付けて、三真釣り持ち行く行いの、響き鳴るため今、暫し、心の囚われ落とすため、使うが言葉の役目にて、鳴り出す響きが汝等の、日々変える宝にて、言の葉自体のこだわりは、逆に魔釣りを呼ぶ由に、真釣るマコトに帰一する、心スミキルそのために、取るがこ度のこのフミの、響き鳴り鳴る願いなり。解りて下されよ。

 よう聞きあれよ。地のへにある、汝等も、天の構えのご守護にて幾久しく育み生かされありたは、解りてござるな。天の構えは母なる如く汝等の育つ姿を楽しみに、守り育てて参りたのでござろうが。なれど、天をも含む汝等を陰で支えてご守護する、汝の父はどこに居るのぞ。日々に顔も見ぬ由、段々に無きが如くに思い成し、母なるミにてはタテワケも、段々甘く成り行きて、母子揃いて今今に、下にて支えるハタラキに、気付くも難く成る程に、曇り苦しむザマと成る。

 この方の構えし天、申すは〈陽の構え〉を先ヨコに、後から〈陰の構え〉をタテに組む、正位逆順に結びある、大き陽の構え〈〔水・火〕+〔火・水〕〉でござるのぞ。水のハタラキを先ヨコに、後から〈火のハタラキ〉をタテに組みた。いう事でござるよ。そはこの方が初めに大き陰の構え〈〔火・水〕+〔水・火〕〉なる大地を創りたがその後に、汝等の申す天を構えたからでござるよ。火立ち昇りて水生ず。天の〈陽の構え〉水のハタラキを、大地〈陰の構え〉の火のハタラキが内からご守護致し、大地〈陰の構え〉の火のハタラキを、天の〈陽の構え〉水のハタラキが外からご守護致して真釣り合うてござるのじゃ。火の御ハタラキ立ち昇りありて後、水の御ハタラキ生じある。万古末代変わらぬ神のオキテじゃ。こがマコト、マコトの元つ天地の仕組みある正位正順の真釣りにてあるのじゃ。なれど神々も汝等も始源の時、逆十字の《快欲》に囚われたが由に見失い、取り違い致し、逆様と成さしめしもうたのぞ。この方が、逆様じゃ逆様じゃ。申し参りたのはこの事にてあるのぞ。神の大元のところが曇りて違うて居りたから、マコトのものは何一つ産まれはせんと、くどう申し伝えあろうがな。天の神々が間違うて居りた由、汝等も間違うてしもうたいうは、無理無きことにて聞こえあるが、神々にあれ汝等にあれ、人民様にはマコトにきつい申し様にござるが、マコト真釣りにスミキリて向こうてあれば、ス直に取れる元つ仕組みでござりたのぞ。汝ご自身が身欲に走りたが、マコトに至らぬことでありたのじゃと、ハラの底から今今に詫びて真釣り下されよ。

 こ度よりはこの方が、表に出張りて天地を構え致して、大地の〈陰の構え〉をスクリと立てて、天の〈陽の構え〉を副い和して、元つ仕組みに真釣り戻すなれば、これよりは天の神様は地のお手伝いじゃ申して居るのぞ。こを陰陽逆転申すのであるぞ。マコト、マコトに神真釣る元つ仕組みに神カエル、陰陽正位正順に真釣り和したる響きもて、真中スミキル、マコトもて汝等皆々守護致す、元つ天地のお仕組みに戻すのであるぞ。これからは人民様には楽しき善き代と成りて参りて、神々様には厳しき代と成りて参るのぞ。汝等とミロクの御代を共に迎えん。

 なれば今より汝等は、大地のご守護をタテにして、天のご守護をヨコにして、地天真釣ろうて崇めておくれ。そが正位正順マコト真釣るいうことにてあるぞ。

 陽の構えの水のハタラキをタテたまま、この世がミロクへ結のなれば、それはそれで善いのじゃが、逆位逆順の魔釣りと成りて居るなれば、そは万古末代適うまい。末は滅ぶしか無い世でござるが今今の世でござるぞ。今今が末の世ざ申して居るのじゃ。ざからこ度は三千世界を元つ仕組みにタテカエ、タテナオス由、元つ正位正順の陰陽に、逆転致す申して居るのぞ。《逆位》の《体主心従霊属》に魔釣る世を、【正位】の【霊主心従体属】に真釣る世にタテカエ、タテナオシ一挙に致して、万古末代滅びぬ嬉し、嬉しのミロクの御代と致すのじゃ。

 今までの思い様サラリと捨てて聞いて下されよ。天地の正位正順申すものは総ての基で座しまする、総てのすべてで座しまする、至誠至善の座すところ、至慈至愛の座すところ、元つ天真中の大神様の、ミロクに結ぶ神真釣り、鳴り鳴る響き鳴り出されたが、元つ〔火・水〕の組み結ぶ、元つ〔水・火〕の組み結ぶ、元つ陰陽の構えにて組み組み成したが、神をも含む汝等の、真釣るマコトの始まりでありたのじゃ。この世の初め思うが善いぞ。先ず先ずにこのお方がハタラキ、奉り顕して、ミロク代の鳴り成る基を創りたが、汝等が日々持ち荒らし、足蹴に致して居る地でござる。天をも含みた地にござるよ。今今は、天地お創りの元つ生き神様、総出でスクリとお出まして、ミロクに結ぶ神真釣り、鳴り鳴る響き成る手前。成るは一時の間にござるが汝等の、危うき幕開け成るを知りて下されよ。

 この方がハタラキ、先ずに大地〈陰の構え〉を創りて後、外から守護する小天の〈陽の構え〉を創りた申し伝えたであろうがな。何事も創りた順序が真釣る基でござるのぞ。元つ天に見そなわし座す大神様と、〈陽の構え〉の小天なるを、今今にハキリ、タテワケなさるが肝腎でござるぞ。これ解るか、元つ天、大地、小天の正位正順キッチリ、タテワケ知りて下され申して居るのぞ。あろう事か大地の後に創りし小天と、天地の御祖の元つ天を、真釣り外してゴチャ混ぜに、天は一つと取り違え〈陽の構え〉の小天を、マコトの元つ天と思い込みたがが、逆様の、体主心従霊属の、悪き魔釣りの世を開く、今世の基と成りたのぞ。このこと決っと今今にシカリと解りて取ることが、マコト、マコトの神真釣り知るがイロハの足場なり。天地の御祖の大神様のおわし座す元つ天と、〈陽の構え〉の小天の、天とハキリ、タテワケ区別致し、取り違えんで下されよ。

 正位正順申すものが解りて無くれば、マコト、マコトの神真釣りが出来ぬ由、マ素直に取りて下されよ。くどう申すが今今の世申すは、神も人も昔より快欲に走りたが招きし魔釣りの世でござるのぞ。元つご苦労の無い、中つ神々が快欲に走りたのであるから、元つご苦労を知らぬ人民様が身欲に走りたのは、ご無理の無い事でござりたが、そがために、元つ天地の御恩にサッパリ気付けぬ様に成りてしもうたから、大地、天の正位正順を逆様に取り違える様な不始末を起こすのじゃ。天、大地の逆位逆順と成してしもうては、もはや元つ天地の御祖に気付くは叶うまい。挙げ句の果てに、天ばかりを元つ天の如きに崇め魔釣る様に成りたのじゃ。元つ真釣りの仕組みを外して居るから、魔釣ると申して居るのじゃ。こ程曇れば、陰陽の元つ構えのお仕組みの、正位正順も解からなくなるのが道理でござるよ。何事も〈陽の構え〉〈陰の構え〉の逆様に、逆位逆順に魔釣りてホドケの世と成さしめしもうた申すも、今世を見ゆれば解かるであろうが。

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