露久左庵音楽出版 Rockza Music Edition

「音楽で癒しを」なんてクソくらえ!
そんなことはどうでもいい。
主にピアノのレパートリーで、今までになかったの新しい編曲作品やオリジナル作品の楽譜をどんどん増やしていきます。
古い記事はどんどん削除していますこと、どうかご了承ください。

露久左庵音楽出版 Rockza Music Edision では2台ピアノ・アンサンブル用のレパートリーを広げるように、新たな編曲作品を生みだし扱ってまいります。
どしどしご活用ください。

テーマ:

お金が落ちていたら必ず拾います。

もちろんムダにならないように自分の財布に入れます。

 

今週の収穫。

 

 

フィリピンの10セント。

なんか道具を作るときのオモリにでもつかえるでしょ。

 

パチンコ屋の近くを通ると玉が時々落ちてます。

あれも周りに人がいなけりゃ拾います。

なんに使うわけでもないのに。

パチンコしないし。

 

昨日の帰宅時の電車の中で。

帰宅電車はほとんどの人が疲れているんで不機嫌になりやすいんでしょうけどね。

練馬駅で乗り継ぎ電車を待っているとき。

自分は立っていましたが。

けっこうな混雑ぶり。

それでも朝のラッシュ時ほどではなく。

 

でもねぇ。

ぎゅ〜ぎゅ〜でなくても、やめてくんないかなと思うのが混んだ電車内でのいくつかの行動。

今の世の中、もうどうしようもないんでしょうし諦めてますし。

列挙すると。

 

●座ってるやつの無駄な場所取り

ケツを浅く座って足が立ってる人のジャマになりますよね。

 

●座ってるやつの足組

論外ですけど、いるんですよね。

けっきょく「自分のそばに来るな」ってことでしょうけど。

立ってる人間は余計に疲れるし、立ってる場所が狭いからねぇ。

 

●背負いのリュック等

相変わらず年々ひどくなりますね。

どんなに薄くて小さな背負いバッグだろうが、背負ってるものはジャマになるっちゅ〜のに。

 

●肩掛けバッグ

●腕かけバッグ

これはある程度仕方ないですね。

でもね、明らかに「しかたない」というのを隠れ蓑にして他人を押しのけるための道具にしている人間がけっこ〜いますね。

女性の半分はそうしているでしょうし。

学生のほとんど全部がその行動を取っていますもんね。

 

●持ち物の床置き

頼むからやめてほしい。

以前はなかったし。

でもガキがひどいのですが、そのひどいガキがどんどん大人になってるんでもう目も当てらんない状態になりつつあります。

気にしないようになりましたけど、やはり時々踏みつけてやりたくなるし、杖で撲殺したくなります。

 

●背中から気づかないふり

●扉付近からの不動明王

ここ数年すっげ〜勢いで増えてしまって今ではこういう人間しかいなくなっちゃったんではないかと思うような状況ですが。

どうして奥へ詰めてくんないんでしょうね。

いや、理由もわかるし気持ちもわかりますよ。

でも詰めろって思いますよね。

思わないのかなぁ。

思わないのでしょうね、だから詰めてくれる人間がどんどんいなくて。

そして、奥へつめなきゃいけないときにみんな背中から押すようになりましたね。

以前は「仕方ないんです」ってことだったのですが。

最近の人間は「仕方ないんです、ってことにしておこう」という行動で。

仕方ないじゃなく、ちゃんと周りの状況を見ながらお互い「すみませんね」と一言言うとかできないんだろか。

・・・できないからこうなってんでしょね。

 

●網棚

これは電車会社への要望。

みなさんで折に触れて投書やHPへの書き込みや要望メールしませんか?

網棚が狭すぎるようになってきたし、その高さが高すぎる。

明らかに女性には手が届かない高さ。

座ってる人間が立ち上がるときに頭をぶつけないようにとでも考えているんでしょうが、そんな愚かな人間はほっときゃいい。

網棚が使いにくすぎるし、あみだなに置ける量が少なすぎる。

 

●スマホ

そして。

他にもいろいろありますけど。

電車内でのスマホ。

するのはいいけど、節度がなさすぎでしょぉ。

なんでラッシュ時にする?

座っている人間ならまだしも、立ったままで他人を押しのけながらでもやめようとしない。

とくにゲーム。

ゲームに限らずニュースも見るなって。

家に帰ってからやれってば。

男がバカなのは仕方ないにしても(ゆるしてるわけじゃなく)、女性のゲームはこの世の終末を感じますって。

女性の皆さん、やめなさいって、女が人前でゲームするのは。

「女性である」だけでも「男より節度があるように見える」という特権があるのに。

 

とまぁ様々なことを常々思っていますが。

それでもまぁ東京に暮らしているんで気にしすぎていても精神が病んでしまうだけなんで視界に入らないようにしています。

 

で、昨日の話。

練馬で乗り継ぎ電車待ちで。

待ち電車が来て待っていた電車も発車しそうなのに。

発車ベルが鳴ってんのにタラタラとスマホ画面を見ながら電車に乗るのもダラダラとしてる男が。

アナウンスで「速やかにご乗車願います!💢」と。

 

で。

自分のそばにいた別の男性、自分くらいの年齢でしょか。

少々アルコールが入ってもいたんでしょうけど。

乗車して扉口にいた男性がその男の行動にカチンときたんでしょう。

 

「タラタラとスマホしてんぢゃねぇよ!

 待ってんだからさっさと乗れよ!」

 

当然スマホをしていた人間はスマホをやめないし、顔も見ず相手も当然確認せず何も気づかなかったかのようにして別の扉に逃げて。

しかも「びびってねぇもん」って感じで。

こういうのが今の人間のイヤなとこですね。

人を不快にさせてんだから相手の顔を見て頭を下げて一言「ごめんなさい」を言えばいいのに。

今の東京にいる人間でそんなことを言う男は自分くらいのもんなんでしょうか。

自分はそういうことをしたのであれば必ず謝りますが。

自分は謝る人間をまったく見たことがありませんね。

少なくとも自分の記憶する限り、ホントにまったくいません。

せいぜい相手も見ずに少々頭を下げる人もいることはいますが、それだって100人中1人2人いればいい方じゃないでしょか。

 

とにかく。

その行動に注意した方はがまんならなかったらしく。

カチンがブチンとなってしまったらしく。

 

「まったくよ!

 スマホなんてがまんできねぇのか!

 電車の中でやってんぢゃねぇよ!」

 

ここで常々感じていたんだろうストレスに引火してしまったようで。

怒りの矛先が電車内へ。

 

「まったくどいつもこいつもよ!

 バカのようにスマホやってんぢゃねぇよ!

 やめろっていうのがわかんねぇか!」

 

と。

とにかく電車内でスマホ見てる人間全員に対して吠え始めてしまったのです。

これは大多数の人間にとっては迷惑行為。

自分のやってることを反省せず「なんだ、この迷惑オヤジは」となっちゃいますね。

 

すかさず乗客のひとりの男が無言のうちに電車外の駅員に向かって手を振り「迷惑男がいる」と排除すべく行動をとって。

これはこれで理解できますが。

それはそれで逆に自分は酔っ払いオヤジの方の肩を持ちたくなりますし。

オヤジがどうして怒鳴っているか理解してやれないのか。

なだめてやりゃいいじゃねぇか。

でもできない、スマホしてるから。

 

当然オヤジはその男の行動の意味を読み取るわけです。

そこで「おめぇ、なんだよ!」となる。

 

手が出るようなことになれば仲裁に入るつもりでしたけど。

自分の背後でのできごとでしたからね。

ギリギリまで待とうとしたのは、自分が杖つき人間で見るからに「病人です」って感じに人に見えるのはわかっているんで。

そんな病人に仲裁に入られたら、仲裁された双方とものプライドを傷つけるでしょうからね。

 

まぁそれ以上にはなりませんでした。

ホームの駅員も気づかなかったし。

ホントに目の前だったら自分はオヤジに対して「よくわかるよ」と声かけていたでしょうけど。

背後の上に数人挟んだ距離でしたしね。

 

電車にいた人間の、たぶんほとんどは「ウザいオヤジが迷惑だ」と思って、自分の行動を恥ずかしいとは思ってないのでしょうね。

むしろ恥ずかしい人間はオヤジだけ。

確かに大声でどなりはじめたのはかわいそうだけど。

でもねぇ。

その原因は大多数のスマホをやめない側にあるんですけどね。

しかも。

今の人間のホントに多くがスマホをやめない側だし。

民主主義は大多数となる方が正義で、正義がある限りそちらが正しくそちらが道徳となるんでしょう。

 

でも、オヤジ、絶対にいいやつだぜと。

背中側なんで、そう思う自分の雰囲気がオヤジに伝わったわけではないのでしょうけど。

準急だった電車は次の駅の石神井公園駅に到着。

オヤジはそこが降車駅だったらしく。

降り口扉は練馬駅とは変わりオヤジの立つ位置の反対側、自分はそちらに近い方にいたのですが。

 

相変わらず少々ぶつくさと呟いていたオヤジだったのですが。

自分のすぐ背後まで来て、杖つく自分に気づいたようで。

 

「にいちゃん、

 大変そうだね。

 うるさくしてごめんね、

 気をつけて帰ってね」

「いえいえ、お気持ちわかりますよ。

 ありがとうございます」

 

ほら、優しいいい人だった。

 

しかし。

みんな、せめて混んだ電車内でのスマホはガマンできないでしょかね。

できないんだろな。

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杖をそろそろ手放していいのかなと思う毎日ですが。

今日小一時間?二時間?の散歩から帰りました。

普通に歩けるならたぶん20分ほどのルート。

時間かかるなぁ。

 

 

ちょっと驚き。

普通の道とか室内では普通に歩けているつもりだったので、もう運動機能も全快しているつもりだったのですが。

全然ダメ。

大腿骨と骨盤の間の関節ありますよね。

関節の中で一番でかいとこ。

ジジィになるとあの部分が骨折して歩けなくなるという、あの部分。

マジでそこがガクガクしや〜がってまともに歩けねぇ。

だからパーキンソン病の人みたいな状態になるのか?

 

半年経ってまだこんな?

治らんのかぁ?

ヨタヨタ生活なんてイヤだなぁ。

ポスティングで介護のスタッフを募集しているチラシが入っていたんでリハビリしてそういう仕事しよかと思ったんですが、無理だな。

育てられる植物から採取できる眠るように死ねる毒ってありましたっけ?

 

ま、それはともかく。

散歩途中に時々見かけていた種を持ち帰ってみました。

 

 

サイカチということで。

エンジュとサイカチって同じ『槐』という字を書くことに初めて気づきました。

エンジュの木は知ってましたけど。

小説などに出てくる『サイカチの花』って、どんな花なんんだろうと思ってましたけど。

もしかして同じ植物?と思って調べてみたら。

 

字は同じ字を書くけど違うらしい。

とにかく途中で見つけたのはエンジュではなくサイカチの方ですね。

さらに調べてみたらサイカチの種は皮が硬すぎてこのままでは水を吸うことができずに発芽しないんだそうです。

で、これだけに産卵するサイカチマメゾウムシという虫が卵を産みつけるとそれで種の硬い皮が傷つけられるんだとか。

それで、ちょうど発芽時期に雨がたっぷり降るとゾウムシの幼虫が溺れ死んで発芽するんですと。

 

 

ホント?

このままじゃ発芽しねぇの?

ちょっと鉢で試してみましょかね。

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過日に4月21日に小さな演奏会をしようかと思っていましたが。

ちょっとそれはやめておいて。

4月15日に集中しようかと思います。

 

プログラムはまだ決まってませんけど。

とりあえずバッハの『半音階幻想曲とフーガ』は弾こうかと。

ほんの数日前までまったく候補じゃなかったのに。

 

いかがチラシです。

まだ完璧じゃありませんけどね。

 

 

 

タイトルを考えたのは他のお二人の女性。

二人とも自分なんかとは比べ物にならないすごい経歴です。

 

『4月には間に合わないだろうな』と思いつつ、いろいろプログラムに入れたいとたくらんでいます。

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それから基準音の振動数について。

よくいわれる、基本のラの音。

現代は440Hzが当たり前になっていますけど。

さらに今ではクラシック音楽界では442Hzでチューニングするのが一般的になりつつありますし、自分もそうしていましたけど。

 

大概の楽器は調整がきくのでいいけど。

打楽器、特に絶対に変えられないマリンバとか鉄琴とか、Hz数が変えられないですもんね。

 

最近自分でする調律が多くなって。

あたりまえと考えていたこのHz数がどこに根拠があるのか調べてみました。

もちろんネットで検索。

 

 

そしたら。

やっぱ根拠なんてどこにもないことがよくわかりました。

自分は今までも笑い者にしていましたが、絶対音感ってものが何の根拠もないしすっげぇとろくせぇことだということがよくわかります。

440になったのは20世紀でしょうし、他の国際基準と一緒で「このくらいにしときましょう」ってことらしいですねぇ。

ちょうどキリのいい数字だし。

 

邦楽の世界でも最近は基準音が決まりつつあるんですけど、結局は演奏家のその日の気分で決めればいいんでしょうね。

チェンバロの基準音を調べてみたら、だいたい三つに絞られるようで。

392、415、440のいずれかで決めるのが多いらしい。

自分が編み出した方法、「作治は良い子でよいよいポン」と覚えましょう。

440Hzの音で考えると415Hzはラのフラット、さらに392Hzはソの音になります。

つまり昔から徐々に音が高くなっているんですね。

「だいたい三つに絞られる」ってことは、ど~でもえぇってことですね。

ここでも日本人特有で「これ以外は許さない!」とするバカがいるらしい、笑っちゃうぜ。

 

それはともかく。

いつも聞いている音楽をチューニングをすこし高くすると明るく輝かしく聞こえるのです。

「この演奏家の演奏を聴くと明るく華やか」と誤解させる効果があるわけですね。

それを最大に利用したアホ男、それが前世紀特に有名な指揮者のひとり、カラヤン。

カラヤンの監督した音楽は好きですよ。

自分、指揮者のことは監督と考えていまして。

あくまで「指揮者である」ことに固執するバカはどうでもいいのです。

ほとんどの指揮者はバカでしょうしね。

あんなものになりたがること自体アタマが悪い証明みたいなもんです。

それはいいとして。

カラヤンは音楽の監督者としてはそれなりにいいとこもあったと思いますが。

でもそれは指揮者の才能というよりもともと質の高い演奏家の集団のオーケストラの指揮者になるチャンスがあっただけの話、指揮者の才能なんてどうでもいい。

どちらかといえば、才能もないけど人を蹴落として客を奪ってアピールの上手な詐欺師でしょうね。

ビル・ゲイツみたいな。

バカのくせに「自分はすごいんだ」と思わせるのがうまかった。

 

そしてカラヤンの演奏の手法の一つ、基準音が異様に高かったらしいです。

ネットで見ると444Hzもあったとか。

そりゃ明るく聞こえるでしょぉねぇ。

でも、この「明るく輝かしく聞こえる」ってこと自体が眉唾で。

結局は「他の演奏家と比べると」「これまで知っている音と比べると」という比較論ですもんね。

比較対象がいなければ明るく聞こえるもへったくれもない。

 

自分でチューニングメーターを見ながら調律するようになってわかりましたけど。

調律のHz数は1Hzどころか5セントの狂い、つまり0.05Hzの違いでも若干の狂いを感じるのです。

0.1Hzの違いがあったら間違いなく「完全に違う音で調律がめちゃくちゃ」と感じますから。

444Hzなんていったらまったく違う音の響きの世界になっちゃいますからねぇ。

たぶんそんなズルをした詐欺師カラヤンに倣って今のクラシック界では442Hzを採用しているのでしょう。

ってことは。

442にしなくちゃならない根拠はまったく存在しない。

 

まったく。

つまらんことを考えるもんですね。

さすが偏差値40の人間ばかりの業界だけのことはある。

 

うちのCPはまだ442にしてありますが。

徐々に落としていこうと思います。

バカバカしい。

小型ピアノとチェンバロはすでに440に落としました。

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今度は椅子について。

 

楽器の演奏家の椅子、この時代にあってもまだ時代遅れなんですよね。

まず形。

長時間練習ですわりっぱなしなのに、未だに硬いただの椅子。

せめてケツの形に少し座面を考えればいいのに、誰も変えようとしないしメーカーも「楽器本体じゃないから」とまったく手付かず。

 

ちゃんとしたホールなら、座面が革製でクッションが深いものが置いてあるのですけど。

事務椅子のように人間工学はまったく無視。

おまけにあれ、とてつもなく重い椅子で通常の家庭には向かない。

すんげ〜値段が高いし。

 

 

今のちゃんとした事務椅子のように、少しくらいは前傾にさせないから姿勢の悪い演奏家が多いのだと思うんですよね。

自分のいうのは特にピアニストのことですけどね。

顔面が真下に向いて弾いているのは明らかに椅子が悪いとしか思えない。

若いうちにはそのかっこうがかっこいいと勘違いしている人間も多いのですけどね。

 

さらにその高さ。

別の人のとこでも話題になっていましたけど。

座面をすごく高くする人もいますが、失礼ながらそれはピアノの練習をサボってる人だと思いますね

おまけに高くすれば高くするほど姿勢も悪くなるし。

 

ピアノ椅子は高さを変えられるようになっていますが。

その最低高が高すぎると言われ続けて数十年。

未だにどこのメーカーもちゃんとしてない。

前述にもある、立派なホールに置いてある超重量の値段も高い椅子はけっこう低くできるのですけど。

学校などにある背もたれのある高さ調節のできるタイプ、あれは最低高が高すぎる。

あと5センチくらい低いところから調節できるようにしてほしい。

しかも、あの背もたれのあるやつは座面が硬すぎて、ケツの皮が床ずれを起こして固くなっちゃうんですよね。

自分は100均の座布団などを利用してますけど。

 

家ではいいんです。

画像のように、以前背もたれの壊れてしまったオフィス椅子を自分は使っています。

座面も傾斜があるし柔らかいし、座面高も低いんです。

座面高は40cmより低くできないと。

 

演奏の時に困っちゃいますよね。

小さなホールでは立派な椅子なんて置いてないし。

これもいずれかんがえていかないといけないですねぇ。

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なんか、もしかしたら何十年も無駄な時間をかけてしまったかも知れません。

まぁそれならそれで仕方ないことで。

 

いつもまったく触れないCP−80というピアノですけど。

CPをまともなピアノというのには疑問があるものの、ハンマーアクションはまぁ普通のグランドピアノと一緒ということで普通のピアノとここでは呼びますが。

以前はそれしか練習する楽器がなかったのでそれでやっていたのですけど。

ずっと前にはちゃんとしたグランドピアノも持ってました。

しかも2台も。

 

で。

CPも含めてそれらのグランドピアノで練習するのが苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。

大学に入る前は一番安物のアップライトピアノを使っていて、もっとさいて〜ではありましたけど。

まぁグランドピアノでないと獲得できないテクニックもあって、そういう意味では完全に無駄な時間とも言えないでしょうか。

それに、今まで過ごしてきた以外の自分の人生があるわけがないし。

だから今気づけただけでもいいかもね。

 

今回CPを自分で調律してわかったことですけど。

自分はもちろんアプリのチューナーを使ってチューニングしています。

目盛が「音がぴったり合ったよ」ということを教えてくれるんで。

自分の耳で合わせても時間がかかるだけで、おまけにかなり調子外れになってしまうのも避けられませんし。

だから、プロの調律師である知り合いにすっかり任せていたわけです。

以前は金を出してちゃんと普通の調律師を頼んでいましたし。

 

しかしながら。

わかったことが。

わかってしまったのですけど。

実は、「プロに金出して頼んでいるから」「知り合いに頼んでいるから」と少々音に疑問を持っていても気づかなかったと自分に言い聞かせてやってきたのですけど。

それに自分で調律できるわけではないと思い込んでいましたし。

 

 

でも。

今日チューニングメーターを見ながら調律してみたら。

デジタル値より少しずつ狂っていたんでしょうね、これまでずっと。

当たり前と言えば当たり前。

人の耳で聞き分けて調律していたわけですから。

それに今回自分でやったのは当然デジタル平均律。

 

それがですね。

チェンバロも小型ピアノも一緒ですが、もちろんデジタル平均律なんですけどね。

どうやら完璧。

ここんとこ「ピアノなんか弾く気にならない」「チェンバロの音の虜」と言っていましたけど。

もちろんピアノの音は嫌いな部分もありますけど。

チューニングメーターを使ったデジタル平均律による調律のおかげかも。

今日チューニングしたCP、弾いてみたら気持ちがいい。

この楽器を入手して35年以上こんなに気持ちが良かったことはない。

 

もしかしたら。

自分がピアノを弾くことが好きになれなかったのって、ホンの僅か若干でも調律が自分が感じる音律とは違い狂っていたから?

どんなに大きな会場のすんげ〜高価なピアノで弾いても狂ってるように感じて演奏に集中できずにいたのは、もしかして、マジで狂っていることにイラついていたんでしょかね?

調律直後の高価なピアノでさえも、ちょっとでも弾くと「もぉ狂っちゃってるよ」と思っていたのは、たぶん最初っからちゃんと合ってない調律だったからじゃないでしょかね。

調律師が間違えているという意味ではなく、自分の感覚とは違うということですけどね。

 

これは仮説ですが。

もしかしたら人によってはちゃんとチューニングが合った楽器で練習したら、もっともっと上達できるんぢゃね?

どうやら自分はそういう人間らしい。

いろんな調性がありますけど、自分は平均律だけで十分です。

バロック以降あらゆる調で音楽は演奏できるわけで、逆に平均律でなければ演奏できないわけですから。

 

でも、これには矛盾があり。

耳で完璧に調律できる調律師なんて「いない・存在しない」に等しいでしょう。

専属に契約しているちょ~腕のいい調律師が調律した有名な大きなホールのとんでもねぇ高価なピアノでさえも狂ったように聞こえるわけですからえね。

鑑賞する側に立てば気にならなくても、演奏する側に立った時に感じるストレス。

これは困ったものです。

 

ピアニストも調律師もチューニングメーターを使って調律するのがいいのかも。

どちらにしても、これから自分は自分の弾く楽器は自分で調律していくことにします。

まぁね、他の会場を使う場合はそういうことを許してくれるとこは少ないでしょうけどね。

 

 

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先日入手させてもらったチェンバロが自分を虜にしています。

これからチェンバロ演奏家としてやっていきます。

 

ということで。

 

急遽ですが。

初夏に長野で演奏会しますぅ。

決定です。

上田、記念すべき第一回公演は!

 

 

●2018年6月2日(土)

●中澤ホール(上田市)

●チェンバロで聴くろくざの世界

●15:30 または 16:00 開演

 

でっす!

チェンバロ演奏会です。

席数は最大でも70ほどのこじんまりしたところ。

いずれ詳細は出しますが、検索すればどんなとこかなんとなくわかっていただけますよ。

 


画像はホールのチェンバロ、自由に調律していいというので自分で調律します。

二段鍵盤、いいですねぇ。

演目詳細はこれから決めていきますけど。

 

◆ろくざ

 十二刻から

 Avesから

◆バッハ

 編曲版無伴奏バイオリンソナタ&パルティータから

 

予想に違わずそんなとこです!

 

(● ̄▽ ̄●)

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夏の入院時、そんな治療費など出せる余裕なんてねぇから「治療すんな」って暴れたのですけど。

それで、あることが決まったのです。

あれですよ、あれ。

なんちゃら保護ってヤツ。

 

申請が通るまでの数日を除いてそのおかげで治療費はそちらで賄ってもらえることになって。

でも、そうならそうで暴れた最初っからきちんと対応してほしかった。

数日は申請が通る前の数日は対象外になってしまうわけで。

たった数日なのに。

別に外科手術をしたわけではない、集中治療室に拘束状態で入れられて。

びっくりするほどの抗生物質の点滴をぶちこまれて。

それで50万ほど。

びっくり。

保護が決まらなかったら、いったい退院までに何百万かかったんでしょうか?

 

そんなにかかることを最初に言うべきです。

だから「治療すんな!」って言ったのに。

結局それは払わなくてはならない。

アホらしい。

 

で。

その後の話も。

結局は収入があるので、保護というのも名ばかりでほぼ何の援助もない。

別にいいんです、それで。

おめぐみが欲しいわけじゃないんで。

でもあまりにバカバカしいので、先月末に自宅に監査というかケースワーカーさんが訪問が来た時に打ち切ってくれと申し出たわけです。

それで打ち切りになると思ってました。

 

 

そして。

今週月曜、保護はまだ終わってない関係で市役所に月に一度の収入申告に行ってきました。

めんどくさいので今回で打ち切ってもらえるのかと思ったら。

 

思いのほか低所得らしく。

保護を終えるには打ち切りか辞退ということで、自分は辞退の形になるらしいのですが。

たとえ本人の希望で辞退しても、国民として最低所得になっていない場合は辞退できないんですと。

 

笑っちゃうぜ。

オレの所得って、そんなに低いんだ?

浴びるほどチョコ食ってんのに。

 

まぁチョコしか食ってねぇけど。

 

(● ̄▽ ̄●)

 

まったく。

救急救命ってなんでしょうね。

バカバカしい。

せっかく何の苦しみもなく終われるはずだったのに。

余計なことをする人間が。

その人が悪いわけではない、世の中が「倒れている人を見たら救急車を呼ぶ」というシステムになってますしね。

救急搬送されてきたら、医者は「助けなければいけない」ということになっているからでしょうけど。

 

世の中に「ヘルプカード」などというものがあるように。

自分で「倒れていても救命しないでね」カードをデザインして首からさげておこうかと思うのです。

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テレビで救命救急の番組やってます。


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もちろん立派なことですけど。

こゆの、真剣に断る方法ってないんでしょかね。


他人から自分の思考が理解しがたいように、ある程度人生を過ごした人間がいつまでも生にしがみついていることが自分には逆に理解しがたい。

そういう方が圧倒的多数なのもわかってるんで、非難してるわけじゃないですけどね。

変人は自分の方ですから。

自分は次は間違いなく終わらせたいです。


入院中にドクター達を困らせた通り、何が何でも命を救うんだ!という思い込みは医療関係者のエゴだと云うのが自分の考えです。

自分みたいにたとえ意識を失って救急で搬送されても本人の承諾なしに救命しないでほしい。

でも大半の人は救命して欲しいんですよね?きっと。


ゆっくり【救命しないでね】カードとかデザインしてみましょう。


(● ̄▽ ̄●)

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ちょっと日が開きましたが。

 

いろいろとありまして。

チェンバロが自分の部屋に来ています。

このままずっと自分のとこにいます。

もちろん本物です。

ボロですが。

 

どういうことかと言いますと。

Facebookをブログの中心にしているのはおわかりでしょうけど。

その関連で上田市の知り合いが増えまして。

上田に意味はないです、ただの偶然です。

だんだんと仲良くなって、来年あたりに上田市でちょっとした小さな演奏会をやろうかねなんて話になっています。

トイピアノとか電子トイピを使って。

もうピアノを探してセットしてって環境で演奏するのは疲れました。

結局実現せずに数年に一度望まぬ状態でやっているばかりですから。

だから持ち運びのできる小型の楽器で演奏できるように、トイピの曲を作ったり編曲したりして。

 

でも、それを実現させようとは思ってなかったのですが。

まず2017年今年にの年初に実家地元でのあの講演会で弾いて、大きめのホールでもマイクなしでできることがわかり。

以前からの知り合いの関係で小さな会での合同演奏会に出るようにして、そこでトイピの演奏を実現させて「あぁ、実演可能なんだ」ということがわかりましたし。

 

その上田の人の中に古物商してらっしゃる女性の方がいて。

トイピの演奏を報告したりしているうちに「上田でも」って話になっているわけなんですが。

古物商さんってのは、一般の人は参加できない専門業者による古物商市ってのがときどきあるってのは以前テレビでも見たことがありますが。

埼玉のある場所で行われた古物商市に来たとかで。

そこでボロボロのボロの山の中に、そこにボロボロになった鍵盤楽器が脚ももげた状態であるのを発見して。

 

 

冗談交じりで「こんなもの発見」と報告してくれたのです。

こっちも軽く「いいですねぇ」「いや、予算が足りなくて落とせなかった」「そんなもんですよねぇ」なんてやりとりしていて。

 

 

そのボロ楽器は4万5千円で他の業者に落とされたとか。

ボロはボロだけど、その人も触ってみてぐちゃぐちゃではあるけどすべての鍵盤の動作確認もできているし音も出ることもわかっている。

それが4万5千円、もちろんそれは業者の引き取り価格なので市場に出るときには倍額以上になるんでしょうけど。

チェンバロ、残りの人生の中で自分が弾けるどころか触ることができる機会もないだろなとは思ってましたが、それが5万弱で手に入るようなものが目の前を通り過ぎていったんだなぁと。

そのことをその人ともやり取りしていて、「惜しいことをしました、もっと予算を多く持っていけばよかった」って話になっていたのです。

古物商市は現金取引しかしないので、カネを持っていなければ落札することはできないわけです。

いやいや、別にマジで欲しがっていたわけじゃないんです、5万や10万でもどっちみちそんなカネは自分にはないわけですから、だから最初っから「楽しい夢を見させてもらいましたぁ」ってことで良かったんです。

 

が。

今の古物商さんのほとんどが、店での実際の販売はほとんど商売にならないので。

大概の業者さんはネットオークションなどで営業している。

その上田の方も同じです。

だから。

「もしかしたらヤフオクで出てる?」となんとなく思いついて、その夜帰宅して検索してみたのです。

 

・・・ビンゴ。

上田の方が送ってくれた画像と見比べてみて、傷の位置もまったく一緒のものがすぐに見つかりました。

たしかに汚れてきたねぇ。

で、開始価格が・・・1万。

最初に連絡をくれた古物商さんにすぐに連絡をして。

 

こんなに何度も何度も自分の目に触れるってことは「わたしをあなたのものにして」って言ってるようなもんだよねぇって。

これも冗談で話して。

まぁ最終的には10万を超えてしまうんだろなと思いつつ、最初の一人として入札はしておきました。

これも笑い話で「いい夢見たよ」ってことにするために。

 

入札期間最終日になってやはりレイズアップされてきて。

自分は諦めていたのです、でもねぇ、ボロとはいえ腐っても鯛、本来100万以上も出さなければどんな小型の楽器でも手には入らないものがたった数万で他人の手に渡るのは口惜しい。

でも、仕方ない。

 

そしたら。

冗談で済ませておいてよかったのですが。

知り合いのお一人が「自分が出資します」って連絡を。

断るべきなんですけどね。

この先返せる見込みもなく、連絡をくれた人も「返してほしいとは思っていない、永久貸与って形で」という冗談のような話を。

気持ちの中では何年かけても少しずつ返すつもりですが。

その話を受けることになって。

 

落札できなくていいんです。

ただたった数万で他人の手に渡るのはやっぱ口惜しくて、せめて10万くらいに競り上げてから渡したいもので。

だから入札には参加するけど、10万を超えるだろうし超えた時点でやめておきましょぉってことになり。

 

結果、落札できたのです。

しかも予想金額をずっと下回った状態で。

たぶん最後まで競り合っていた相手は、音楽マニアかあるいはやはり古物商の同業者かってとこだと思います。

日本人の鼻持ちならないちゃんとしたプロならこんなボロを欲しがりゃしないでしょうし。

自分みたいな貧乏でも参加する人間はまずいないでしょうし。

でも弾けない手入れもできない、そんな奴らが手を出すなよな!

他にも数人入札に参加してきた人間はいたようですが、ボロだからかなり手を入れないといけないし、チェンバロはピアノと違って持ち主が自分で手入れをしなければいけない、そういう心得がない人間はムリな楽器で、だからかなり安めの時点では数人いた入札人数も4万を超えたあたりでみんな諦めてくれて。

 

そして。

相手の出品業者も、偶然ろくざの自宅からそんなに離れた場所ではなく。

その出資者さんと二人で引き取ってきました。

 

 

かなりきたなく、ボロ。

手入れをしてちゃんと演奏ができる状態にするのに数か月はかかると予想しましたが。

 

オレって、天才?

やっぱ天才だよねぇ。

そういうことにしといてください。

 

解体できるところはすべて解体し、鍵盤もアクションも外し。

 

 

蝶番の壊れた蓋も外し。

 

 

蝶番の土台部分もすぐに修復。

 

 

鍵盤下のゴミやホコリもすべてすぐに掃除、ボディもきれいに拭いて油で磨き、もげた脚もきっちり合うボルトを見つけて買ってきて装着し。

 

 

ボルトとかの知識、肉体労働を何年もやってきたおかげの知識で、それがなかったら買ってきたボルトも何の意味もなく、むしろ余計に壊していたことでしょう。

たった0.0数ミリでもネジ山のサイズが合わないボルトであっても、ボルトナットはネジ山を破壊して使い物にならなくなりますから。

 

そして、最後の調律。

ムリかと思ったんですけどね。

ちょっとでも間違えれば、弱々しいチェンバロの弦は切れてしまう。

最低音群はギターと同じような太さですが、あとはギターやヴァイオリンなどと比べ物にならないほど弦が細くて。

最高音群は髪の毛くらいの太さしかない。

切れてしまったら代用品をどこで手に入れられるかまったく未知の世界で。

それに、チューニングハンマーと呼ばれる道具、自分が持っている普通のピアノ用のハンマーが使えないことがわかり。

サイズが全然違う、チェンバロのピッチピンはピアノよりずっと小さく。

でもそれも5ミリの六角レンチがなんとか代用ができるだろうと。

 

 

もっとも、後になって弦もチューニングレンチ(呼び方がピアノと違う)も扱っているチェンバロ業者が見つかったので、そういったとこがつぶれない限り今後は大丈夫になりましたが。

ピアノ道具の業者はチェンバロ用品部品は扱ってないということも発見です。

 

 

とりあえずは自分で何とかしないと。

調律も・・・慣れるもんなんですね、当たり前のことですが。

 

 

そして、今、ちゃんとした状態で復活しています。

たった二日ほど、他の仕事もしながら。

 

 

専門的な話になりますが、内部のアクション構造がやはりかなり傷んでいて、素直に音が出ないキーもありますが。

ピアノと違い、強弱はまったくつけられないのだということもわかりました。

よく知ったかぶりした評論家が「チェンバロは強弱がつけにくいので」とほざいているのは目にしていましたけど、評論家なんぞ結局自分で何もできない愚か者なのだということは例の盗作騒ぎのときにもよくわかりました。

「強弱がつけにくい」のではなく、まったくつけられない、それがチェンバロの構造でした。

 

弾き方もピアノや電子キーボードのようにはいかない。

力は要らないのですけど。

チェンバロはピアノの仲間というよりも、鍵盤のついたギターみたいなものだと考えた方がいいと。

鍵盤の奥先に「ジャック」と呼ばれる道具がのっかっていまして。

鍵盤を押すとそのジャックが飛び上がる。

そして、ジャックの先にはプレクトラムと呼ばれる爪が仕込んであって、それが弦をひっかいて音を出す仕組み。

プレクトラムなんて言葉がめんどくさい、耳慣れないから「エクトプラズム?」なんて言い間違えそう。

幽体離脱はしません。

プレクトラムはイギリス英語での言葉、アメリカ英語では「ピック」、つまりエレキギターを弾く時の爪と同じ意味。

ピックがうまくひっかからないと音がでないので。

もちろんきちんとした調整がいつもできている楽器ならそんな不都合はないのでしょうけど。

うちに来たのはとにかくよれよれの老人と考えなくては。

 

大人の男が二人いれば運ぶことができるので。

まぁ1・2年はムリかと思いますが。

いずれ公開で演奏することもあるかと。

 

とりあえずは、自室でひいてみました。

 

バッハと。

 

 

自作の「Aves」から。

 

 

これまで作ったトイピのための作曲とか編曲、チェンバロでぴったりです。

 

(● ̄▽ ̄●)

 

 

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