推測と言うものだけを見て行くと、
やはり、何かしら間違いが多く、今まで何度も
その間違いが正されてきています。

なので、新しい発見があるたびに、
すそくは間違いであったことが証明されていて、
正しいことが分かったことのほうが
少ないくらいです。


一番のウソつきは科学者であると言われるくらいですから、
こうしたものは、常識ともなっているのですが、
やはり、仮説というものだけで、物を言うことは
あくまで仮説であると言う事を頭にいれて考えていかなければいけません。

実際に原人や旧人の脳や、その他の体の部位、
さらにはその生活というのは、
どのようなことであったのか
というのはだれにもわからないので、こればかりは
常識を疑う事も必要なようです。

例えば、同じ新人であっても、人類の歴史を知らない人が、
いきなり地球にやってきて、古代のエジプト人の
つくったものと、古代の日本人のつくったものを
見比べたとします。

そうすると、恐らくほとんどの人は、まるで違い能力を持っている
人類がいて、同じ時期に生きていても、
これだけの文明の違いが起きていたということを
推測するかもしれません。

実際に二つの国を見比べてみると、実に大きな違いがありますが、
どちらも同じ新人であっても、知らない人が見ると、
全く違う人種が生きていたとも言うかもしれません。
こうした事も現代でも言われていますが、
しかし、これが本当に正しいのかというと、
実に怪しいものがあります。


これも、ネアンデルタール人の習慣とおなじことで、
あくまで骨や化石を見て決めたことであり、
それが実際にどのような体系であったのかということは
おおよその推測でしかありません。


なので、その推測の上でモノを考えているに過ぎないのですが、
しかし、それが正しいことであると現代では思いこまれてしまっていアンす。

もしかすると、実際のネアンデルタール人は、
新人とさほどかわらない体つきをしていたかもしれませんし、
また、原人においても、あそこまで体が体毛に覆われている事もなく、
新人に近い体毛であったかもしれません。


これは誰も見たことがないので
どうにもわからないことであるのですが、
しかし、いつのまにか誰かが勝手に言い出したことが常識となって
しまっていて、そうして作られたものが独り歩きしてしまっている
というのが現実のようです。

なので、原人や旧人というのは、
もっと新人と似たものがあったかもしれませんし。
また体毛なども、本当はもっと薄く、
生活においても、異なるものがあったのかもしれません。

とにかく本当の所は誰にもわからないということを
良く考えて置いた方が良いようです。
これを見て行くと、本当に大きくネアンデルタール人が
大きく誤解されていたと言う事がわかりますが、
しかし、こうしたことが当たり前のように行われているというのが、
現実のことになっています。

何となく、骨や化石だけを見て、これは〇〇していたんだろう
という事があっても、それはほとんどの場合、
仮説に過ぎず、推測にしか過ぎません。

なので、ネアンデルタール人のように、
新人に進化する途中の種族だから、あまり知能も
高くはなくて、死と言う事もわからずに、
動物と同じような生活をしたいたのだろうと
言われても、実際にはすではなくて、
しっかりと死というものを理解していて、
死者を弔うと言う事をしていたので、
今まで考えられていたことが、
大きな間違いであったと言う事がわかるんですが、
こうしたことが本当に起きていたと言う事で、
あきれてしまいますね。


このネアンデルタール人の生活については、
未だにわからないことが多いのですが、
しかし、死と言う概念以外にも、
いろいろと間違ったことが考えられていて、
それが徐々に間違いであったということが
わかってくるかもしれません。


例えば、姿勢にしても、新人は、背筋が伸びて、
現代人と変わらない姿ですが、
しかし、旧人、原人と下がるごとに、
まるで猿のようになっていく姿が良く描かれています。
現代に生きる新人と言うものは、
死者を弔うと言う事をしていて、
死という芸年を理解していたと言う事であるのですが、
しかし、少し前まではネアンデルタール人は、
そうした事をしていなかったということで、
あまり知能は高くはなく、死というものが
わからない人類であったと言われています。


こうしたことが実際に、少し前までは
言われていたのですが、
しかし、どうもネアンデルタール人は、
死者を弔うと言う事をしていて、
しっかりと死という概念を
理解しているということがわかり、
かなり高度な人類であったことが分かっています。

また、脳についても頭蓋骨を見て行くと、
どうも新人のものよりも大きかったということが
わかっていて、そこのところも、
本当はどのような影響があるのか
というのはわかっていません。


頭がい骨が大きく、脳の容量が大きいからと言って、
それがそのまま知能に結び付くと言う事はないのですが、
しかし、本当にサルから進化し、
新人に行く間の進化の途中であって、
より原始的な人類であると考えられていた
ネアンデルタール人ですが、
しかし、実際の所は、どうもそうではなくて、
かなり知能が高く、新人とそれほど変わらないものを
もっていたのではないかと言われてきています。





この宗教的な儀式と言うのは死者を弔うということであるのですが、
以前のネアンデルタール人というと、あまりそういう事をせずに
非常に原始的な生活をしていたと言う事が言われていました。


なので、あまり知能も高くはなく、現代の人間である
新人とは大きく異なる人類であったといわれています。

これはかなり長い間言われていたことであるのですが、
しかし、よく調べて行くと、どうもネアンデルタ―ル人には、
死という概念があり、それによって、死者を弔ったり、
墓を建てていたという事がわかりました。


これによって、今まで考えられていたネアンデルタール人の
行動というものは、大きく変化していったのですが、
やはり、化石や骨だけを見て、それだけで、生活を判断していくと、
どうしてもわからないことが多く、こうした間違いが多く存在してしまうようです。


なので、始めに考えられていたネアンデルタール人の生活と、現在考えられている
ネアンデルタール人の生活と言うのは、随分と異なっていて、
以前、考えられていたものは、今では、ほとんどが間違いであったということになっています。


こうしたことが実際に起きていたのですが、骨や化石だけを見て行くと、
どうしてもこうした間違いが起きてしまうようです。