———お前がいけないんだ。

俺の気も知らないで。

そうやって、俺の事を誤解してた、お前が———……



「よっし!そんじゃ見よーか!」

ちゃっかりソファーに座ってくつろぐ準備万全な斗真が、俺にディスクの再生を促した。

「ハイハイ」

俺はそれに従い、ディスクをデッキに入れた。

本当なら、もう寝たいところだと思う。
いつもなら斗真は、バイトから戻ったらすぐに寝てしまう。
それなのに、わざわざ俺に気を使って、一緒に映画を見る、なんて。

斗真と居られるのは嬉しいけど。

「…無理しなくていいのに」

「ん、何?」

「なんも」

軽く笑い、間を少し空けて欠伸をする斗真の横に腰を下ろした。

「途中で寝んなよ?」

「寝ねーよ」

言いながらも眠気からか目元を擦る斗真に苦笑しつつ、俺は再生ボタンを押した。




寝ないと言いつつ、再生をはじめて一時間もしないうちに、案の定斗真はうとうとし始めた。


視界の隅で、斗真の頭がコクコクと揺れる。
それでも寝てはいけないと言う意識が働くらしく、何度も何度も閉じそうになった瞼を無理やり開けていた。

俺に気なんか使わないで、眠いなら素直に寝ればいいのに。

いっつもいっつも。
クタクタになるまで働いて。
それなのに無理して俺にあわせて。

気にかけてくれるのは嬉しい。
例えそれが、ルームシェアをしているからという建前から来るものだったとしても。
斗真の好意と俺の好意の意味が違っても。

でもやっぱり、好きなヤツに無理させるのは、辛い。

不意に肩に重さを感じて、俺はドキリとした。
斗真の匂いがする。
小さいはずの寝息がすぐ側から聞こえる。

ゆっくりと顔を向けた。
睡魔に負けたらしく、力の抜けた斗真がくたりと俺に寄りかかっていた。

「———!!」

近い。
近すぎ。

斗真は知らない。
自分の笑顔を、声を、何気無い仕草一つ一つを、俺がどういう目で見てるかを。
斗真の全てに、俺が一々一喜一憂してることを。

だから俺の横で、こんな無防備な姿で居られるんだ。


『ムカつく』

ガタン、と大きな音がした。
何が起こったのか分からず、斗真は目を見開いて、自分の両腕を抑えて覆い被さっている俺を見つめていた。

「じゅん…き?」

不安げな、戸惑ったような声で俺の名を呼ぶ。

「ごめ…俺、寝てた…よね」

「………」

俺の無言を苛立ちと捉えたらしく、声に困惑の色が滲む。

「あの…ごめん、一緒に見るって言ったの俺なのに……」

「……」

「ホントごめん、謝るから……淳季怒ってる…?なぁ、なんか言えよ……」

何を言っても返事をせず、じっと自分を見る俺に、斗真の不安の色がいっそう濃く染み出る。

「痛ッ……」

斗真の手首を押さえつけるのに力がこもった。
片方の手を解放し、そっと斗真の頬を撫でると、ビクッと肩が強張る。

「なんか機嫌悪いの…?俺何かした?言ってよ、謝るから」

スッと斗真の顎を掴み、上を向かせた。
ゆっくり、斗真に顔を近づける。

「じ、淳季!?ちょ、まッ…じゅ………」




ずっと望んでいた。

欲しかった。



重なった斗真の唇は、想像なんかよりずっと。


柔らかかった。
『斗真のどこが好き?』

声に出さずに自問自答した。

目が、好き。
灰色がかった色素の薄い、それでいて力強くまっすぐに俺を見てくれるあの目が。
その目を細めてふわりと笑う顔が、頬にかかる柔らかそうな髪が、日に焼けていない肌が。
斗真の容姿の全てが好き。


『見た目だけが好きなのか?』

違う。
最初はそりゃ…噂を真に受けて人の部屋に押し入る、自分勝手で強引なヤツだと思ってた。
けど、同じ空間で過ごして分かった。
斗真はいつも周りに気を配って、わざと空気を読んでいないような発言や行動をして、場の空気が悪くならないようにしている。
自分勝手でも強引でもない。
むしろ、他の誰かの為に無理して、それでも何でもないと笑おうとする、凄く他人思いなヤツで。
そう言う、思いやりの強いところ、辛くても音を上げないで一人で乗り越えようとする努力家なところに、凄く惹かれて。

同時に俺が支えになれたらって、思った。


いつも外で無理してるくせに、帰ってからも俺に気を使って。
ときどき、布団の中で声を殺して泣くのを知ってしまった。

斗真が好きなんだ。
斗真の全部が。
斗真が気を使わなくていいくらい、心を許せる場所に。

俺が、なってあげたい。




「たっだいまー」

斗真の声で現実に引き戻された。

「ぉ、お帰りッ」

同じ部屋に住んでるんだから、斗真が帰ってくるのは当たり前だが、直前に考えていた事が事なため動揺し、声が上ずった。

「何、どったの?」

俺の様子に不信感を抱いたらしく、斗真が俺の顔を除き込む。

「何でもないって」

平静を取り繕って言ったが、その実心臓がいつもよりウルサくなっていた。
そんな俺の顔を、斗真はじっと見つめ、ニヤリと笑った。

「はっはーん、さてはホントに借りてきたとかか?」

「あのなぁ…」

「安心しろ!俺割りとどういう感じのでも見れるから!」

何でもこい!と、自分の胸をドンと叩いてみせる。
一々動揺した自分が馬鹿みたいだ。
大きくため息をつき、用意していた斗真の分の食事を机に出した。

「そんなことより、早く食えよ。俺その間にCD落としてくる」

そう言って、俺はCDを持って自分の部屋に向かった。

「待ちきれないとか言って先に見始めんなよー!」

「わーってるよ」

パタン、と扉を閉め、大きく息を吐いてそこに凭れた。

「………俺ってそんなにスケベに見えるのか……?」


自分の呟きに肯定も否定もできない自分が、凄く複雑だ。
「ありがとうございましたー」

会計を済ませ、店員の定型文的挨拶を背にして、自動ドアの隙間から吹き付ける風に逆らいつつ店を出た。
結局、映画2本とCDを3枚借りた。
もちろん、普通の映画…SFと推理モノ。
斗真は散々言っていたけど、AVなんて借りてない。
と言うか、興味ない。
物凄く顔が良いわけでも、まして好みでもない男女が裸で抱き合ってハアハア言ってるのなんて見て、何が楽しいってんだよ。
そんなのより、俺が興味あんのは斗真の……

「————!!!」

俺は何を考えてるんだ。

自分の思考に恥ずかしくなり、ため息をついて手で顔を覆った。
こういう時、回りの人は全然自分のことなんか見ていないと分かっているはずなのに、視線が痛いような気がする。
そして同時に、その事に一抹の後ろめたさを感じるのは、俺の中にまだ少なからず正常なモラルと理性が保たれているからだろう。

その場から逃げるようにして、家への歩みを速めた。


夏目斗真は男。
そんなの、分かっているつもりだ。

柏原淳希も男。
何年この体で過ごしてきたと思ってる?
それこそ、当の本人である俺が一番分かってる。

斗真は男で、俺も男で。
つまり、『恋愛感情』、なんてモノを持つには、お互い余計なものがついてる訳で。
そもそも凸凹ってのは、凸と凹が違う形だから噛み合う訳で。同じ形ではあり得ない。間違ってる。

「………間違ってる」

自らに言い聞かせるように、ポツリと呟いてみた。
この感情は『間違ってる』。
斗真相手に持つべきモノじゃない。持ってはいけない。

「そんなの分かってる…」

分かっていても、どうにもならない。
人を好きになって、振り回されるのを『恋の病』なんて言うけど。
分かっていてもどうにもできないから、『病』って言うんじゃないか?

もし本当にそうだったら。
恋が病気で、薬で治るのなら。
処方される薬はきっと、本来『相手に気持ちを伝える勇気』だと思う。

けど、俺のは違う。
唯の病気じゃない。

ふと、自分の下腹の辺りに視線を落とした。
紛れもなく男である自分に、思わずため息が漏れた。

俺が女だったら、こんなことで悩むなんてあり得なかったのに。
いや、あんな綺麗な顔してるんだ。
斗真が女なら良かった。

しかしいくら望んだって現実は変わらない。

この病を治すために俺がとるべき最善の方法…

絶対に気付かれちゃいけない。口にしない。

斗真の近くに居たいのなら、自分の中に仕舞い込んで、ずっと一人で耐えること。

側に居るために何も言えない。
手の届くところにいるのに、触れることは許されない。


それでも、好きなんだ。





これは、

間違った恋をした俺への



罰だ。