傷ついたって構わない。

それを覚悟の上で、好きになったんだ。

むしろ…

お前に傷つけられて終わらせてもらえるなら、

本望だ—…




『どう思ってた?』なんて、恋愛の意味合いを含めて自分が誰かに聞くことなんて無いと思ってた。
それも、女相手ならまだしも、男に。

思わず笑ってしまった。
背を向けているのに、後ろの斗真の様子が目に浮かぶ。

最後まで俺は、最悪だな。

「あーおいおい、そんな詰まんなよ。
そこまで躊躇われると、返事分かってても流石にへこむ!」

今までの重い空気を変えたくて、明るい声音で言った。

『カラゲンキ』

正直、いつまで持つか分からない。
でもほぼ確実なのは、このミセカケの明るさが保てなくなった時、俺は俺を保っていられないと思う。

「あ…えと……」

何とか俺へのダメージが少なくなるように言葉を選んでくれているらしい。

でもさ、斗真。
もういいよ。
そうやって、お前が気にしてくれた、それだけで俺は満足だよ。

そもそもこれは、斗真が側に居る…その事を当たり前に思って、欲が出て。
高望みした俺が悪いんだ。
分かってると言いつつ、自分の感情をコントロールできなかった自分が。

「斗真、いーこと教えてやるよ」

「…?」

首だけを後ろに向けた。
視界のはしに斗真が写る。

「こう言うときは、ヘタに言い回し考えないでストレートに言った方が、相手は長く引きずらずにすむんだぞ!」

思い切り笑顔って言った。
そんな顔するなよ斗真。
俺、ちゃんと笑ってるだろ?
最後くらい、いつもみたいに笑ってくれよ。

そのくらい望んだって、いいだろ?


「じゃ…行くわ」

荷物は今度取りに来る、とだけ言って、再び玄関までの数歩を進もうと足を踏み出す。

しかしそれも、殆んど進まないうちに引き止められた。
上着の裾を掴まれ、強制的に足を止める。

「…だからさ、やめろって。こう言う事されると誤解するし期待しちゃうからさ」

「ズルいよ」

「…?」

「そうやって、自分の気持ちだけ言って、俺の気持ちは思い込みで決めつけて。
自分で俺に聞いたんだからさ、俺が答えるのくらいちゃんと聞けよ!」

斗真の言うことが当たっていて言い返せなかった。
自分の中で決めつけていたかもしれない。
でも、どのみち斗真の口から言われる事を予測しただけで。

「俺……嫌じゃなかった。
昨日、淳季にキスされても、嫌じゃ…なかった」

「………」

「ビックリし過ぎてワケわかんなかっただけかと思って、だからさっき…もっかい…した…けど……」

裾を掴んでいる斗真の手が微かに震えている気がする。

「やっぱり、嫌じゃなかった。それに、好きって言われて、ドキドキした…ってかしてる!」

予想外な言葉に、俺は目を見開いた。
だってそれって…

「自分でも…よく分かんないんだけど…多分、淳季の事は嫌いじゃない。
このドキドキが淳季のと一緒のヤツかどうかも分からない。
けどさ……?
昨日、淳季がいない事考えたら、凄い寂しくなって…一人なんか平気だと思ってたのに、急に怖くなった」

「………」

「だから…淳季の事友達としては今も好きだよ!?けどこれが、そういう意味の好きになるか分かんないけど…」


これからも一緒にいたい、って言うのは、残酷ですか?


斗真の声は、今にも泣きだしそうなそれになっていた。

『好きになる保証は無いけど、側に居ろ』…か。

クスッと笑って言った。

「斗真って酷いね」

「あ……」

斗真の方に向き直った。
溢れそうなほどの涙がかろうじて瞳にとどまっているようだった。

「ねぇ斗真」

すっと手を伸ばし、頬を滑らせた。

「それって俺に、脈はあるって事だよね?」

頑張れば、俺次第では、振り向いてくれる可能性があるってことだよね?

「あ…えと…」

まっすぐに斗真の瞳を覗くと、斗真は赤くなって目を逸らした。

「…た……ぶん」

聞こえないくらい小さな声で言うと、限界に達した斗真の瞳から涙がポロポロと零れた。

「何で斗真が泣くの」

「自分でも何で泣いてンのかわっかんねーよッ……!」

苦笑混じりに言うと、泣きながら斗真は怒った。
乱暴に目元を擦る手を遮り、コツン、と額を合わせる。

「好きだよ」

「~~~~!!!」

ドン、と俺を押し退け、真っ赤になった顔、力の入らない目で俺を睨む。

「淳季がそんなバカだったって知らなかった!」

それだけ言うと、逃げるように自室にこもってしまった。

去っていく姿を見て、また笑ってしまった。



斗真、俺も知らなかった。
斗真がそんなに、他人に対してだけじゃなく、自分の気持ちにも鈍感だったなんて。



これからも一緒に居てもいいって、斗真が言ったんだ。

一緒に居たら、いつか…


分かってくれるのかな。

想い合えるようになるのかな。



返事はずっと待つよ。


君が、君自信の気持ちに気付いて、伝えてくれるまで。



君が、好きだから。




‐End‐
「………………」

「………………」

沈黙という時間をここまで苦痛だと感じた事は、今まで…いや、きっとこの先も無いだろう。


斗真に引っ張られ、取り敢えずリビングまで連れられた。
しかしそれから座るわけでも俺に向き直るわけでもなく、唯背を向けたまま俺の前に立ち尽くし、斗真は何も言わないし動かない。
多分、連れてきたのは良いが、自分でも何を言うつもりか決めていなかったらしい。

せっかくこうして斗真と話せる場所ができた。
何か言うべきだとも思った。
でも、俺自身も、何から言えばいいのか、何て謝ればいいのか分からず、口を開きかけては閉じる、の繰り返しだった。

「あの…さ…」

意を決して声を絞り出した。

「その……」

何か言わないと、と、開いた口に紡がせる文章を探し出すため脳ミソをフル回転させた。
しかし俺のそれは一瞬で粉々に弾けた。

言葉の続きを探す俺の方に、くるり、と勢いよく向き直る。

瞬間。

大きな音がしたかと思うと、俺の首は右方向に向いていた。
いや、正しくは『向かされた』、だ。
一瞬にして変わった景色、次いでじわりと左頬に痛みが沸き上がる。
その状態を理解するより先に、冷たく冷えきったモノに顔を挟まれ、目の前が斗真でいっぱいにになって…

「ばぁーーーかッ!!!」

それが離れた刹那、思い切り力強く言われた。
でもそれを含めて状況を把握するより先に、触れた唇の感触に気を取られている俺は、やっぱり馬鹿なんだと思う。

つまり。
俺はいきなり左頬に張り手を食らわされ、そしてすぐに…何故かキスされて、罵声を浴びせられた…らしい。

行動にあまりにも一貫性が無さすぎて、どれにどう対応していいのか正直分からない。

「昨日の仕返しと嫌がらせと悪口ッ」

困惑した俺に、もの凄く雑な説明を斗真が早口に言った。
ふいと顔を逸らし、口を尖らせる。

「…ビックリした」

ポツリ、と。
独り言のような小さな声で、斗真は話始めた。

「淳季っていっつもあんま思ってること言わないし…
せっかく遊び誘ってくれたり飯準備してくれんのに、俺からなんもお礼とかしてなかったから…怒ったと思った。っていうか…押さえつけられんの、めっちゃ怖かった」

言われて、昨晩を含め、今までの自分の行動を振り返って苦い気分になる。
斗真を意識しすぎて、確かに変な距離をあけていた場面があった。

「絶対キレられると思ってたのに、…きす…してくるし、出てけとか言うし。…訳わかんねーよ」

力無い声音で言う斗真。
本当に、怖かったのだろう。
助けになりたい、そう言っていたくせに、全く逆のことをしている自分が馬鹿馬鹿しい。

「…ごめん」

「あのさ……嫌なら、言ってよ。迷惑なら俺出てくから。淳季が出てくこと無い」

笑って言った。
しかし斗真のその笑顔は、限り無く辛そうだった。

「………ムカつく」

「え…?」

ギュッと斗真を抱き寄せた。
反射的に、固く体に力を込めている斗真の体は冷えきっていた。

「…好きなんだ、斗真が」

男だって分かってて、それでも。

「お前のこと好きなくせに、気遣わせたり怖がらせたり。
困らせるようなことばっかしてる自分がムカつく」

こんなに冷たくなってるのも、多分行く所が無くて一晩中部屋の前にいたせいだ。
好きなのに、そんなことをさせた自分が許せない。

「本当にごめん、好きとか…男に言われても気持ち悪いよな」

俺の話を斗真は唯、黙って聞いている。
手を放し、袖で斗真の唇を強く擦った。

「…変なことしてゴメン」

これでナシになる訳じゃない。
でも、少しでも忘れてくれるなら。

自分がしていることが辛い。
でも、そうすることがきっと、斗真にはいい。
一歩下がって、心を決めた。

「ここからは、俺が出てく。
俺のしたことと、今言ったこと、全部忘れて」

本当に、ごめん。

極力明るく笑った。
どうせこの想いはどうにもならないし、やり直しも利かない。

だったらいっそ、全部無かった事にした方が、俺も斗真も、楽だと思うから。

少し強引だったかもしれない。
自分の気持ちだけ伝えて。
それでも斗真は、何も言わずに黙って聞いていてくれた。
斗真に背を向けた。
お別れだ。

「最後にこれだけ聞いていい?」

だから最後に。
期待しちゃいけないのは分かってるけど、これくらい聞いたって、良いよな?


「斗真は俺のこと、どう思ってた?」
「え………あ……あの……」

自分の口元を抑えて、斗真が困惑した眼差しを向けている。
立ち上がり、斗真を解放してから背を向けた。

「あ…あの……じゅん…」

「……けよ」

「え……?」

俺は、馬鹿だ。

「…出てけよ」

斗真は何も悪くないのに。

「今すぐ俺の前から消えろッ!!」

いきなり起こされて、男に無理やりキスされて、訳も分からないままに怒鳴られて。

「…………ごめん」

逃げるようにして斗真が出ていくの音が、凄く遠くでしたような気がした。


片手で自分の顔を覆った。
空いた手を握り締め、思い切り壁を殴り付けた。

耐え続けるって決めたはずだった。
今までだってそうしてきた。
それを、いつもよりちょっと距離が近くなっただけで我慢できなくなって、無理やり怖がらせるようなことして。
俺が悪いのに、斗真にキツく言ったりして。

でもあのまま斗真が居たら、他にも何かしていたかもしれない自分が怖かった。
斗真をもっと傷つけていたかもしれない。
そんな自分に嫌気がする。

「……サイアクだ」

たった一度のキスと引き換えに、全部がダメになった。

………当然、か。

「自業自得……だな」

自嘲じみた乾いた笑いが部屋に響く。


もう、斗真とは住めない。




結局、朝になっても斗真は帰ってこなかった。
怒鳴って怖がらせたのは自分だが、逃げるように出ていったんだ、何も持っていないはず。
現に、斗真の携帯は机の上に転がったままだし、この分ならきっと財布も持っていないだろう。

今、どこでどうしているか。
気になっても確かめる術がない。
探しに行く資格も、無い。

自室で適当な鞄に荷物を詰めた。
取り敢えず、すぐに必要そうなものを纏める。
その他は…新しい部屋が見つかってから、宅配しよう。

斗真じゃない。
俺が、ここを出ていく。
逃げるみたいかもしれないけど、それが一番いい、そう思った。

何も言わずに出ていったら、斗真は怒るかな。
いや…面倒事が減ったって喜ぶかな。

自分の考えに心を抉られた。

斗真にとって、俺はなんだったのかな。

色々考えると辛いから、さっさと出ていこう。


「どこ行くんだよ」

部屋から数歩歩いただけで呼び止められた。

「……バイトに」

「そんな大荷物でいくバイトってなんだよ」

鋭いところを突かれて言葉に詰まった。

「っ…関係ないだろ」

「どうせ」

間髪入れず、怒気を孕んだ鋭い口調が追ってきた。

「自分が黙って出てって、それで無かったことにしよう、とか思ってんじゃないの」

背を向けたまま、黙ってしまった。
何か言わないと、そう思っても言葉が出てこない。


「ちょっとこいよ」

腕を引っ張られ、そのまま部屋に連れ戻された。


当たり前だろうけどやはり、斗真は怒っていた。