「わりー、シャンプー取ってくんねー?」

四月に全寮制の高等専門学校に入学した。
そりゃもう、入りたくてしょーがなかったから、この上なく嬉しかった。

授業も毎日、一般教養プラス選択授業で、大好きなロボット工学を勉強。
勉強は…ぶっちゃけ好きじゃない。
けど、機械にさわれりゃそれで幸せ。

友達もできたし、授業は楽しいし。
大袈裟かもしんねーけど、毎日最高!!

…と、言いたいところだが。
全部が全部最高、なんて事には世の中ならないようで。
ただひとつの不満。それは…

「なー柳瀬、聞いてる?俺の荷物に入ってっからー」


同室のルームメートと上手くいかないことだ。



君のひみつ




いくら呼び掛けても返事が返ってくる気配はない。
これもまぁ…予想はしていた。
だから俺は諦めて、仕方なし室内に備え付けられているこのシャワー室から出たのだった。

「もしもーし、観月くーん?返事くらいしてくれって、俺昨日も言ったよね?」

パジャマ代わりのTシャツと短パンに着替え、ルームメートの背中に声をかける。
が。

「…………」

返ってくるのは返事ではなく、着けているヘッドホンからの音漏れ。
つまり、無視とかそういうの以前に、コイツには俺の声は聞こえてない。
且つ、聞く気もない。



ヘビメタとおぼしき曲を、側に立っていれば聞けるくらいに、馬鹿みたいな大音量で聞いてるコイツ、柳瀬観月は、ルームメートにして多分俺のことが相当嫌いだ。

俺が柳瀬に対して持った第一印象は、一言で言うなら、“華奢”。
体の線がとにかく細くて、運動嫌いが一目で分かるくらい色が白い。
加えて、制服を脱ぐといつも黒っぽい服ばっかり着てるのと、日に焼けていない漆黒の髪が、色の白さをより際立たせている。

最初はまぁ、見た目がそんなだから。
物静かで内気なヤツなんだろうな、と思って、口数が少ないのも特に気にしていなかった。
だが、2ヶ月過ごして6月に足を踏み入れた今、未だに会話らしい会話は数える程度しかしたことがない。

内気そうだからと言って、声をかけていない訳じゃない。
そりゃかけづらいな、とは思ったけど、同室だし?同学年だし。
少なからずあと4年は顔を会わせる機会があるんだ。
最初から懸念したってよくないと思って、冗談とか笑い話とか、一応には言ってみた。
けど、柳瀬は大抵、今みたいに爆音をヘッドホンで聞いてるし、外してるときだって生返事ばかり。

人と関わりたくない、と言うのなら、それもまぁ…個性だし。
俺が口を出していい領域じゃないと思ってるから何も言わない。
けど!
取り敢えず、今年度中はこの部屋で一緒に過ごすんだから!?
柳瀬の側も、もう少し室内空気を清涼に保つために手を貸してくれたってバチは当たんないだろ!?

と。
敢えて本人には言わないけど。
ここのところ心内でずっとそう思っている。

「嫌いなら嫌いでもいいけど、あそこまで露骨にすんならハッキリ言ってくれた方がいいっつの」





このときの俺は、何も知らなかった。

柳瀬が、どんな秘密を隠しているのか、なんて—…

ちょっと若干弱ってる。


から、


しばらく携帯触りたくない病。





バイトしたくない!!

『…―と言うように、明日も継続的に雨が降り続き…』

適当に点けたテレビから知らされる不幸な天気。

“雨”…

俺は雨の日が大嫌いだ。
ジメジメするし濡れるし五月蝿いし。
というか、俺に限らず、たいてい誰だって晴れが好きに決まってる。

それなのに、よりにもよって。
俺の大嫌いな雨の日は、いつもそれを連れてくる。

ほら。
今日も、例外なく。
降り頻る雨の中、雨音でも消しきれない、その自慢の単車の轟音が微かに響く。


『ピンポーン』

来訪者を知らせるチャイムが、密閉された室内の空気を揺する。

本来、それは客が来ているから対応しろ、と言うものだから、出ていって何かしらアクションを起こすべきとは思う。
でも俺は敢えてそれをしなかった。

カーテンが閉めてあったのをいいことに、テレビを消して室内から気配を消す。
所謂“居留守”だ。
これについては俺の得意分野で。
たいていの輩はこうすることで、大人しく帰っていく。

しかしやはり、コイツには通用しなかった。

ソファーに凭れ、ぼんやり天井を眺める。

『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンッ』

小学生(ガキ)のイタズラのようなチャイムの連打が止まらない。

「…だー、クソッ」

ガリガリと頭を掻くと、勢いをつけて立ち上がり、ズカズカと玄関に向かった。


「や!」

扉を開けるなり、そいつは片手を挙げてニコニコと微笑む。
そのツラを目を細めて一瞥すると、そのまま扉を閉めようと引く。

「わーちょ、まったまった!!」

慌ててそいつは扉に体を捩じ込む。

「ちょっと鐇(タツキ)!!イキナリそれは酷いっしょ!!」

酷い?
どっちが。

「生憎俺は、お前みたいな“非”常識人に使う優しさなんて持ち合わせてねーの」

扉の隙間に捩じ入れられた体を押し返しながら淡々と述べる。

「どうせ用事なんて無いんだろ。さっさと帰れ」

漸く押し出し、俺はドアノブを勢いよく引き寄せる。
しかしあと数センチのところで、扉の閉口を妨げられた。

「いつも言ってるけど、用事があるから来てるんだってば!!」

見ると、扉の下の方に、そいつの靴が挟み込まれていた。
さながらいつぞやのセールスマンの様だ。

「お前の用事なんて、どうせくだらない事だろが。とっとと帰れよ」

「くだらなくない!!」

扉の隙間に顔を寄せると、そいつは真剣な顔をする。

「どうしても会いたかったから、わざわざ恋人に会いに来たのに、何でいつもそんな風に言うの?」

真っ直ぐな視線を俺に向けて訴える。

「麻郷(マサト)…」

その熱ぽっい視線に、表情に、俺は力を抜いて扉を開き…

とか言うことはなく。

「俺は別に会いたくない。から、足退けろ」

と無感情に言うと、再び扉を閉めようと奮闘する。

「いたたたッ!!鐇!痛いってば!!」

「足退けてみろ、すぐ楽になれるぞ」

しかしどちらも譲らぬやり取りに、湿気った空気が部屋に流れ込むばかり。
すると、扉の向こうで少し涙目になりながら、そいつは大きく息を吸い込んだ。
そして…

「みなさーん!この部屋に住む大学生の増田鐇は、雨の中わざわざバイクでずぶ濡れになりながら会いに来た恋人を、部屋どころか玄関にも入れない極悪非道ドS男でーす!!」

大幅に脚色して、ありもしない事実を大声で叫ぶ。

「ばっおま…!!」

それには流石の俺も、慌てて扉を開けて中に引っ張り込み、そいつの口を塞ぐしかなかった。



「お前な…時間と場所を考えろよ」

「鐇がさっさと入れてくれればよかっただけの話じゃん」

夜中1時の迷惑訪問者は、俺の一切の都合を無視して言う。

「としても、最低限近所迷惑考えろ。後から隣の人とか大家とかに小言言われンのは俺なんだから……ッ!?」

文句を連ねていた俺の口は、そいつのそれに塞がれた。

行為ではなく、俺の口を塞ぐことが目的だったようで、すぐに離れていったが。


『池田麻郷』
幼馴染み兼、俺の恋人。

家が近くてずっと一緒につるんでいたが、大学に入ったのを期に一人暮らしの為俺が引っ越し。
唯の幼馴染みだった真郷に告られて、一応恋人だが。
お互い忙しくてそんなに頻繁に会っている訳でも、連絡を取りあっている訳でもない。
それに、ずっと幼馴染みだったそいつが、急に恋人…と言われても、正直実感がない…と言うか…


はぁ、と深く息を吐き、
「この時間だから、どうせ明日までウチにいるつもりなんだろ?着替えと布団用意するから、ちょっと待ってろ」
と伝えて背を向ける。

部屋には俺一人が寝るのに十分なサイズの安いベッドしかないから、一応ある敷布団を広げなければ二人は寝れない。
し、どうせ麻郷の野郎は「ベッドじゃないと寝れない」、とか抜かすから、俺が寝るためにも布団を敷かなければならない。
それからずぶ濡れの麻郷の為に何か適当に服を…と、面倒なことをあれこれ考えると溜め息がでる。

肺の中の空気を全て吐ききった時、そいつの様子がおかしい事に、俺はようやく気づいた。

「……麻郷?」

雨に濡れて冷たくなった手が、俺の手を掴む。
心なしか震えている…様な気も…する。

振り返ると、傍若無人でいつもマイペースに笑う麻郷が、今にも泣き出しそうな顔で、一言。

「鐇と…一緒に寝たらダメ…ですか」




タンスの中から無理矢理引っ張り出したTシャツとズボンに着替えさせ、ベッドの端に座らせる。

あれから麻郷は、とりあえず着替えることには従ったが、ベットに座わらせてからは何も喋らなくなってしまった。


濡れた服を乾燥機に突っ込んで乾かし、麻郷のいる部屋に入る。

相変わらずベッドに腰掛けたままうつむき、髪を拭くようにと渡したタオルも握ったまま使った形跡がない。

その様に軽く息を吐き、麻郷の正面に膝建ちになって握られたタオルを回収した。

こうすると、低いベッドに腰掛けた麻郷と目線が同じくらいになる。


「どうしたんだよ」


タオルを広げて頭に掛けると、上からわしゃわしゃとかき回してやる。


「用事あってきたんだろ?言ってみ」


しばらくされるがままになっていたが麻郷だが、安心したのかなんなのか、頭にタオルを被ったまま、俺の首にぎゅっとしがみついてきた。



「…麻郷?」



そしてそのまま。


「う…うぁ…ッ」


声を上げて泣きはじめた。



これはまぁ…麻郷についてはたまにある事。


普段、良く言えばマイペースというか…自分勝手に振る舞っているって、まわりにはそう言われている。


でも、違う。



本当は…、まわりが嫌な空気にならないように、敢えて空気を読んでないように振る舞ってるだけ。

何の考えもなく好きかってしてる訳じゃない。



けど、実際そこまでちゃんと分かってくれるヤツなんて滅多にいなくて。

結局見た目の「自分勝手」な部分しか評価されなくて、色々言われて。



タチが悪いのは、言われた分言い返せばいいのに、全部ため込みやがる事。


おかげで、雨の日は憂鬱になる、とかいうのが悪化してたまに、“こう”なる。


「おまえってさ、ほんっとバカだよ」


漸く泣きじゃくるのが収まってきた麻郷の背をさすりながら、そう言ってやった。


「…ウルサイ」


相変わらずしがみついたままのその手をひっぺがし、赤くなった目をまっすぐに見る。


「毎回言ってるけど、せめて家出る前に電話ぐらいしてこいよ」


「……電話してる時間が勿体ない」


冷静になってきて、恥ずかしくなったのか、視線を思いっきりそらされた。

だから、頬に手を沿わせて、無理矢理正面を向かせて。


「俺が、お前に色々準備したくてもできないだろーが」


お互いの唇をそっと重ねた。





雨は嫌いだ。


だって、


折角会いに来てくれる恋人を、




雨が泣かせるから。