見られた。

絶対にバレない自信があった。
隠し通せると思っていた。

それが、たった3ヶ月…

不覚だった。
しばらく…見なくなってたのに。
ここのところ、繰り返しまた、“あの夢”を見るようになって、寝付けなくて。

睡眠薬の量を間違えて、挙げ句、夢からも逃げられなくて。

門倉に、見られてしまった。






「はぁ~…」

「オイ庸(ヨウ)、いー加減にしろよ。良い声で溜め息つきやがって。喧嘩売ってンの?」

先程から、呼吸同然に吐かれる俺の溜め息に、一緒に昼御飯を食べていた友達からついに牽制を入れられた。

「わりぃ………」

しかし謝りつつ、俺の口からはやはり空気が抜けた。

原因はひとつ。
今朝の出来事だ。

俺はただ、善意から柳瀬を起こしてあげようとしただけだった。
そりゃ…ちょっとはふざけたけど…
でもそれも、全く会話のないルームメイトとの、俺なりの関係打開策で…

プラスに考えようとすればするだけ、朝の光景…取り分け、体を縮ませて弱々しく震える柳瀬の姿が蘇る。

あんなに勢いよく飛び起きて震える程、俺の事嫌いなのか…?

「はぁー…」

「庸、お前な…」

「なぁ藤ー、自分の事明らかに嫌ってる感じのヤツと平和に過ごすのって、どうすればいいと思う?」

言葉を遮った上に、状況説明の一切をハショった突然の問いかけに、友達からは盛大に疑問と苛立ちを含んだ「は?」の一文字を返された。


嫌われているならそれでも良い、そう思っていたが…
嫌いと言うか恐れの滲むあそこまでの反応は、流石に凹む。
俺が部屋に戻ったあと、柳瀬は教科書一式を纏めた鞄を持って、擦れ違うタイミングで俯いたまま「さっきはごめん、起こしてくれてありがとう」、とだけ言って、さっさと出ていってしまった。
お陰で、俺は朝からずっとモヤモヤしたままだ。


夕方、何となく気持ちが重いまま部屋に戻った。
いつも通り、笑顔で。
そう心に決めて部屋の戸を開けたが、図書館にでも寄っているのだろうか?
柳瀬はまだ戻っていなかった。

「はー…っ」

部屋に入るまで変に力が入っていたせいで、一気に疲れが込み上げてきた。ハンパない脱力感を感じる。

「嫌いなら嫌いって、はっきり言えよ…」

そしたら、俺だってもう少し配慮するし。
何が気に入らないのか言ってくれりゃ、全部は無理でも多少は直せる…と思うし。

「………」

“普通にする”、という緊張感から解放されたお陰か、徐々に頭が冷静さを取り戻してきた。
と同時に、自分が悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなってきた。

そもそも。
俺がここまで悩む必要なんかない。
文句があるなら、柳瀬に直接はっきり言ってもらえば良いんだ。

柳瀬が戻ってきたら、全部、聞いてやろう。






夕飯の時間は決まっているから、それまでに戻ってくるとばかり思っていた、
しかしその実、消灯時間になっても柳瀬は戻ってこなかった。

正直かなり眠くなっていたが、俺も半ば意地になって、柳瀬が戻るまで待ち続けた。

だから、扉を開けたとき、油断していたんだろう。
まだ起きていて、ベッドに深く座って壁にもたれた姿勢で本を読んでいた俺を見て、柳瀬の表情が一瞬ひきつった。

「遅かったな」

俺は読んでいた本を閉じて脇に置いた。

別に、怒ってる訳じゃない。
ただ、知りたいだけ。だから、いつもと同じ調子の声で、問いかけた。

「俺に、言うことあんじゃねーの?」




深夜2時の出来事だ。
「あ゛ー…」

朝。
いつもと同じ時間に、合わせていた携帯電話のアラームが規則正しく俺を起こした。
コイツはほんと、よくやってくれてる。
なんてったって朝起きるのが苦手な俺にとっては、もはやこの携帯電話に内蔵されたアラーム機能は、なくてはならない重要な支えになりつつある。

まだ眠さの残る目を擦りつつ起き上がり、のそのそと身仕度を始める。

何かが違う。

漠然とそう気づいたのはその時だった。
朝御飯を食べて戻ってから着る制服を引っ張り出して、ベッドに安置する。

…あぁ、そうだ。
いつもなら俺が起きて仕度を始めるこのタイミングで、柳瀬が俺に小声で一言声をかけて食堂に行くんだ。

それが、今日はない。

先に行ったのか、とも思ったが…
前に俺が中々起きなかった時、何も言わず柳瀬は俺が起きるのを待っていてくれた。
振り返って部屋の反対にある柳瀬のベッドに目をやると、そこには恐らく中が空ではない布団の塊が丸まっていた。

寝坊…?

いや、俺と違って時間管理がしっかりしている柳瀬に限ってそれは…

でも一応、遅刻させるわけにもいかないし。
一声かけてやることに決めた。

「柳瀬ー?寝てンの?時間だよ?」

沈黙。
呼び掛けに対して返事はない。

シカト…いやいや。
いくら俺を嫌いとはいえ、聞こえてさえいればちょっとは返事するし。
寝てンだよな、これ。
本当に寝坊なんだよな…?

「おーい、柳瀬ー?」

柳瀬のベッド脇に近づいて声をかけるが、やはり返事はない。
オマケに、全身顔まですっぽり布団に収まっているから、なんだか本当にシカトされているのでは、という気さえしてきた。

自分の空想思想に苛立ちを覚えた俺は、柳瀬の布団を力任せにひっぺがした。

「おりゃっ」

豪快にバサッと宙を舞う布団の下からは、壁の方を向き小動物のように体を丸めてうずくまる柳瀬が顕れた。
どうやら本当に寝ているらしい。

「やーなせー」

肩口を軽く揺すりながら再度声をかけてはみたが、変わらず反応はない。
反応はないけど、違和感はあった。

「え…?」

動揺してすぐに手を離してしまったが、触れたその肩が、微かに震えて…いるような気がした。

注意してじっと見てみたが、やはり気のせいだったようだ。
相変わらず、柳瀬は丸まったまま微動だにしない。

そんな俺の困惑に構わず、机の上の時計は確実に時を刻んでいる。

仕方なく、普通に声をかけても起きる気配の全くない柳瀬を起こすため、片膝をベッドにつき、頭の後ろ辺りに手をついて、半ば覆い被さるようにして覗き込む。

「やーなーせっ」

その体制から、嫌がらせの如く…いや、俺としてイタズラの一種のつもりなんだけど…耳元で大声で名前を呼んでみた。

効果覿面。

漸く目が覚めたらしい柳瀬は、ガバッと言う効果音が文字で浮き出してきそうなくらいの勢いで飛び起きた。
それに巻き込まれないように、俺自身もさっと後ろに下がる。

「おはよ。珍しいな、柳瀬が寝坊なんてさ?」

笑って、そう言った。

これで俺の役割は終了。あとは一言言って、先に食堂に行くだけ。
柳瀬の反応を見るまでは、そのつもりだった。

「柳瀬…?」

飛び起きた柳瀬は、そのままベッドの上を壁際まで飛びすさり、両耳を押さえて身を縮めていた。
俯いているせいで表情は分からないが、カチカチと歯が鳴っている。

確かに、驚かせたのは俺だ。
けど…

「え、大丈夫…?」

予想を遥かに越えた反応に戸惑いつつ手を伸ばした。

「大丈夫だからッ!!」

張り上げられた声に、伸ばした手が宙で止まった。

「ちょっと…ビックリしただけだから、本当に大丈夫だから」

見るからに大丈夫ではなさそうな柳瀬だったが、本人が強く否定するから。

「…分かった、先…行くな」

柳瀬をその場に残したまま、俺は部屋をあとにした。