昨日は大会の応援。
そして今日はその反省ミーティング。
今回、内容•結果は良かったといい難いものであった。(ただトレーニングの内容は明確になった分、私的には非常にいって良かった。)
本人は満足していないだろう。
そして、私自身は少しげんなり。
コンペティターの匂いと発言を懐かしく感じるも、相変わらずの嫌悪感で、時や人は変われどやってることは同じだなと感じた。(長年携わっている人々は流石に手慣れており特に嫌悪感はなかったが、水ものと言われるコンペ会には必ず数年で能力のみ発達したグループが誕生する。)
そして今日のミーティング。
どんな顔をしてくるのか少し不安もあった。
凹んでいるのだろうか?変に影響を受けてたのではないだろうか?
そして、
それは結局杞憂に終わったことを知った。
数値や過去の栄光、今後誰を負かす計画をしている将来図や、活躍するであろう舞台を語る子供達や若き指導者。
影響を受けないはずがない、そう思って覚悟して臨んだミーティングは、
私の発送は検討はずれであったことを知った。
本人の反省内容は、ひたすら忠実にその日のクライミングの内容で、
結果にしても純粋に正確な数値を捉えており、
そして何より、
目指すべく方向を見失っていなかった。
寧ろ逆に、
私の方が今回は惑わされてしまったことを知った。
勝たせてあげたい
その日の夜は、その気持ちだけで今後のスケジュールを組もうとしてしまっていた。
思い直せて良かった、
コンペティターを育てる羽目にならなくて良かった。
ずっと向き合ってきて良かった。
過程の中で、競技に真摯に取り組んだときに結果が出せれば良い。
最終地点•最大目標に据えるものは揺らいではならない。
私が反省。
さて、他の子もぼちぼち育ってくれればいいけど。
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