前回、「ヴォーカリーズ」について記事にしました。
その中で書き忘れたことがありました。
カタカナ表記では「ヴォーカリーズ」なのですが、クラシック音楽の場合は「Vocalise」となることは、前回説明しました。
そして、ポピュラー音楽でジャズ名演のアドリブにまで歌詞を付けて歌うことは、「Vocalese」という綴りになって、明確に区別されているのです。
私が80年代にはまって追いかけていたのは、「Vocalese」なのです。
The Manhattan Transferは、そのものズバリ「Vocalese」というタイトルのアルバムまで制作していますよね。
で、今回の本題です。
大野方栄(おおのまさえ)の、1983年リリース「Masae A La Mode」です。
ちょっと前に記事にしたHarvey Masonの「Stone Mason」と同じくAlfa Recordからリリースされていて、未だにCD化されていません。
今のところCD化される気配もありませんので、全曲動画サイトを貼付けておきます。気になった曲だけを聴いてもらえればありがたいです。
このアルバムは、おぼろげな記憶を辿ってみると、「アドリブ」誌の記事を読んでレンタル・レコード店に走ったように覚えています。
それまでに彼女の名前さえ聞いたことがなかったんですが、当時でも「CMの女王」と呼ばれるほどたくさんのCMソングを歌っていたようです。
アルバムのプロデューサーは、ユーミンのデビューからの数枚でディレクターとして音楽的完成度に多大な貢献をした有賀恒夫氏です。
もともととんでもなくウマい大野方栄ですが、現在聴いても全く古さを感じさせない完成度の高さは、間違いなく有賀氏の功績でしょう。
この作品についての当時の最大の話題は、人気絶頂だったCasiopeaが全面的にバックアップしていることでした。
アレンジとシンセサイザーは佐藤博氏で、ギターに鳥山雄司氏が加わっています。
では、早速A面から聴いていきましょう。
最初は、ジャズのスタンダード「Four Brothers」のヴォーカリーズで、「For Darling」です。そうそう、全曲の作詞は大野方栄さんです!
大野方栄 「For Darling」
一般的に「キャンディ・ヴォイス」と言われている大野方栄のヴォーカルですが、多くのCMで様々な声を使い分けていることを証明するかのように、ここでは変幻自在のヴォーカルを聴かせてくれます。ひとりコーラスも、とても効果的です。
Casiopeaのフォービートもとても珍しいのですが、ジャズのノリとはちょっと違ったグルーヴがゴキゲンです。ちなみに野呂一生氏は、ここではリズム・カッティングだけです。
演奏の主役は鳥山雄司で、アコースティックとエレクトリックのユニゾン(オーヴァーダビング)で驚異的なソロを聴かせてくれます。
この曲のオリジナルは、Woody Hermanのヴァージョンです。
「Four Brothers」というタイトルどおり、4人のサックス奏者のアドリブの競演が楽しい作品です。
Woody Herman 「Four Brothers」
アドリブのフレーズをよく聴いてから大野方栄のヴァージョンを聴きなおしてみると、より一層楽しめます。
こんな聴き比べが、ヴォーカリーズを聴く最大の楽しさだと思っています。
2曲目は、Michel Legrandの「シェルブールの雨傘」からのスタンダード、「Watch What Happens」です。
大野方栄 「La Femme Fatale (Watch What Happens)」
これは、Wes Montgomeryのヒット作「A Day In The Life」に収められているヴァージョンのアドリブ部分にまで詞を付けた、見事なヴォーカリーズになっています。
鳥山氏のボサノヴァ・ギターが良い雰囲気を作っています。また、佐藤博アレンジの上品なストリングスが印象的です。
さて、3曲目はCasiopeaファンは聴き逃せない「Take Me」です。
大野方栄 「Take Me」
オリジナルと比較すると1オクターヴ下げて歌う部分があって、一部で厳しい評価があります。けれども、詞の内容から考えて、この処理は妥当だと思います。彼女の力量からすれば、オクターヴ下げなくても歌えるはずですので、意識してこのメロディ・ラインを作ったと思われます。
この曲のバックはCasiopeaの4人だけで、とてもリラックスした演奏が魅力的です。
向谷実氏は生ピアノ中心の音色が気持ち良さを増幅してくれていますし、野呂氏のソロもエモーショナルで彼らのアルバムとは一線を画している演奏です。
4曲目は、このアルバムのためのオリジナル、滝沢洋一作曲の「ドーナッツショップのウェイトレス」です。
大野方栄 「ドーナッツショップのウェイトレス」
これは、良い曲ですねー。大好きです。大野方栄がキュートです。
結構レトロな雰囲気もあって、Paul Williamsのサウンドトラックが素晴らしい「ダウンタウン物語」に出て来そうな感じの曲です。
リズムとテンポの変化を楽しみましょう。
A面ラストは、Shakatakのヒット曲「Invitations」をCasiopeaが演奏するという「掟破り!」です。
大野方栄 「さよならの風景(Invitations)」
もちろん主役は大野方栄のヴォーカルなんですが、ここはCasiopeaの演奏を楽しみましょう。
Shakatakのオリジナルと(たぶん、意識的に)ほとんど同じアレンジにしています。
けれども、Shakatakがポップなのに比べて、Casiopeaの演奏はグルーヴ感が凄いですね。
両者のカラーの違いが鮮明に出ている、興味深いナンバーです。
B面トップは、スタンダードの「Lover, Come Back To Me」です。
大野方栄 「Eccentric Person, Come Back To Me」
これは、野呂氏が参加していませんが、鳥山氏のギターと佐藤博氏のシンセが良い感じです。
オリジナルはStan Getzの名演らしいんですが、残念ながら私は聴いたことがありません。
それでも、アップテンポでスリリングな演奏と歌は、オリジナルを知らなくても十分に楽しめます。
2曲目は、同じ年にリリースされたCasiopeaのアルバム「Photographs」に収録の「Long Term Memory」のヴォーカリーズです。
大野方栄 「朝のスケッチ(Long Term Memory)」
大野方栄がCasiopeaのデモテープを聴いて、向谷氏のソロをヴォーカリーズしたらしいのですが、元がデモテープなのでオリジナルと比較することはできません。
けれども、そんなこと関係なく、正統派のスロー・バラードに仕上がっています。
3曲目は、二つ目のオリジナルで再び滝沢氏の曲で「Xmasの夏」です。
大野方栄 「Xmasの夏」
こちらは、クオリティは高いですが、典型的なポップ・ソングです。
このアルバムの中では、ちょっと異質な感じがします。
4曲目は、Antonio Carlos Jobimのスタンダード「Desafinado」のヴォーカリーズです。
大野方栄 「個人教授(Desafinado)」
この曲はGal Costaのヴァージョンを元にしているようですが、元がインストゥルメンタルではないので、「ヴォーカリーズ」というわけではないですね。詞は大野方栄のオリジナルですが。
佐藤博の生ピアノが印象的な、素敵なヴァージョンになりました。
アルバム・ラストは、ちょっと毛色が変わって、PICOこと樋口康雄氏のオリジナルです。
大野方栄 「人魚とサファイア」
お聞きのとおり、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」の「あし笛の踊り」を元にして、樋口氏がカウンター・メロディを新たに付けたものです。
バックの演奏は、樋口氏のシンセ・オーケストラにストリングスやホルンの生音を重ねたものになっています。
従来のポップスにはなかった、全く新しい形のポップスだと思います。
樋口氏のロマンティシズム全開の、「ネオ・ポップ」とでも名付けましょうか。
と、とても長くなってしまいましたが、私の思いを少しでも感じてもらえれば嬉しいです。
実は、数年前まで大野方栄さん公認のMP3ダウンロードのサイトがありました。
ところが、理由不明でそのサイトは閉じられてしまいました。
まさか、楽曲管理会社としてのAlfaの圧力とは思いたくないんですが・・・。
正式にCD化してくれるのなら、全く文句はないんですけどね。
レコードも、かなりのプレミアが付いているようです。
ということで、日本におけるヴォーカリーズの名盤をご紹介しました。いかがでしたでしょうか?
これからも、CD化すべき傑作を紹介していこうと思っています。
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