ロックジャイアントの死 | Rockin' days of my own ~僕のロッキンディズ~

ロックジャイアントの死

前から書こうと思ってた事を休日の夜、時間がありますよって。



ロックの歴史がいつから始まったかってのは諸説ございますでしょうが、

自分の好きな60年代後半からの、プライマルなロックバンドを創りあげた巨人たち。

昨今、彼らの訃報が続いてます。



今日、ランチ中に携帯を見たらジャック・ブルースが天に召されたと。

93年頃、大学に入り、バイトでお小遣いもちょっとできて、CDをむさぼり聴きました。

その中でロッククラシックを好きになり、その中でもクリームは相当ハマって聴きました。

当時、10代後半だった僕はなかなか早熟な音楽を好きになったもんだと振り返ってます。

60年代後半から70年代後半くらい、自分の生まれた頃のロックが大好きになりました。



ロック黎明の巨人たちは現在60歳オーバーくらいなのかな?

70歳を超えた人もいますね。

スーパースターも同じ人間なので、やはり同じ時間軸で生きています。

これからの何年かで同じ様に天に召されるロックスターは後を絶たないのは事実ですもんね。

これから僕らは地球上初めてのロックジャイアントの死を受け入れる時代に突入するのだなーと、訃報を聞く度いつも思います。



数いた戦国武将が今はひとりもいない様に、

数いた明治の偉人が今はひとりもいない様に、

いつかロック黎明期の巨人もいなくなるのは自然の摂理なので。



話はちょっとそれますが、カバーアルバムとかってあるでしょ?

カバー曲でもいいし、ライブのカバー曲でもいいし、コピーバンドでもいいんだけど。

これね、誤解されるのは怖いんですけど、(自分も演奏するし、否定してる訳じゃ決してございません)

『どうせなら本家、本人が演奏してるのを聴きたいなー』って思っちゃうんです。

もちろん、本家を超えるカバーもあるし、自分の好きなバンドがアレンジしたカバー、ルーツの見えるカバーで感激した事もありますよー。

でも、本家のライブで聴いた経験ってのは他に置き換えられないものですもん。



話は戻りまして・・・

それを踏まえると、これからのロックの歴史に残る名曲も近い将来には

本人の演奏で聴けなくなる時が来るって事なんだなー、って思うのです。

ロッククラシックが本当に(俗に言う)クラシックの様に、各人の解釈を経て演奏される様になるのかなぁ、と。

大好きなロックミュージシャンが亡くなるのは悲しく、残念な事ではあるのだけれど、

そうやって歴史に残る名曲が文化的に成熟して、刻まれる、進化していくのはいい事なんじゃないかなぁ、と思うのです。



今回のニュースのリンク先にあった記事で、ジャック・ブルースは

『サンシャイン・オブ・ユア・ラブがあるから、自分はいつ死んでも悔いはない』

みたいな事を言ってたみたい。

いいなー、そんな事言ってみたいわー。