吉川晃司が「モニカ」でデビューしたのが1984年、尾崎豊は前年に「十七歳の地図」を発表しており2人とも当時のティーンエイジャーのハートをわしづかみにしていた。皆、夢中だった。





BOOWYのリズム隊とコラボ。



その頃わたしは20歳の大学生。

1980年前半、ワタシが大阪南河内で学生してた頃、たむろしていた学生マンション(通称: 学マン)には浜田省吾ファンの一派がいて浜省をオマージュした浜省テイストのオリジナル曲を演奏するバンドがいた。

バンド名は仮称:SOS(SOUTH OSAKA SOUTH)

ボーカルはレイバンのサングラス🕶️に赤いバンダナ。メンバーのステージ衣装はデニムジャケット(ジージャン)でまぁダサかった。身内をライブハウスに集めて浜省風の曲を楽しく披露するパーティバンド。


ボーカルの「浜省先輩」は歳上で大学の4回生。

ファッション🕶️やヘアスタイルなど見た目を思いっきり浜省に寄せて普段から生活していた。


ボーカルの「浜省先輩」が先に卒業することになり仮称:SOS(SOUTH OSAKA SOUTH)は新しいボーカルを迎えて活動を続けます。

春に新入学してきた一年生の「安藤くん(通称:アンディ)」が当時人気のデビュー当時の吉川晃司にそっくりだったのです。


ハンサムで背が高く肩幅が広いアンディをボーカルに迎え入れ、女の娘の客を集めてバンドの人気を高めキャーキャー言われよう、という魂胆でした。


阿倍野アポロの「パイナップルハウス」というライブスペース。

新生SOS アンディのデビューライブ。

肩パッド入りのピンクのスーツ姿がカッコいいアンディに女子の歓声が飛ぶ。イエローハーツラブラブ


ギターで曲づくり担当のキンちゃんが浜省風のオリジナル曲を尾崎豊風にアレンジ。疾走感にあふれてスプリングスティーンみたいだ。❗️

そして吉川晃司風のダンサブルな新曲を書き下ろしていた。

カッコいい❗️キンちゃん才能あるな…


しかしアンディの声が出ていない。

声量が小さい。口先で鼻歌を口ずさむよう。

気分は吉川晃司でアクションとダンスはノリノリに決まっており、MCは尾崎豊のように語りかける。


ボーカリストとしては致命的に声がか細い。

ささやくようなウィスパーボイス。

次第に女の子からの歓声は消えライブは盛り下がったまま終了。


リーダーでベースのジョージがライブの打ち上げで一言「アンディはクビだな…」


次にボーカリストとして白羽の矢が当たったのが学生マンションに住む「ハヤミくん」。

カールスモーキー石井に見た目そっくりでジムモリソンのような掘りの深い整った顔立ち。

彼とナンパに行くと女の子の食いつきは凄く良かった。

スタジオ練習初日に見学の女の子をゾロゾロ引き連れてきた。演奏がはじまり「HEY❗️行くぜ」…うむ。様になっている。ロックスターのようなオーラがある。

カールスモーキー石井ぐらい歌えそう❗️





ところが歌に入るとキーを下げてささやくような歌声。本気で歌ってない感じ。低音のラップ。立ち姿だけは一流のボーカリストの様に決まってる。

演奏がストップされ「どうした❓」と皆が心配すると「スタジオ練習だけど今日はギャラリーがいるけん、セーブさせてもらうわ」「浜省とか吉川みたいな曲は好みじゃない」「俺、BOOWYのヒムロみたいな曲を歌いたい」とのたまう。


次のスタジオ練習前にキンちゃんは早速BOOWY風の曲を仕上げメンバー全員に多重録音でキンちゃんが鼻歌で仮歌を入れたカセットテープと歌詞カードとコード譜のコピーをメンバー全員に配る。

曲は完璧にBOOWYしてる。

キンちゃん天才❗️

音合わせがはじまる。

ハヤミくんの歌は今日も低音のラップだ。

歌詞カードを棒読みしてつぶやくような歌声。

シャウトすることも歌いあげることもしない。


この日の練習で皆が気づいた。

(…ハヤミくんはコレが全力なんだゲッソリタラー

彼はただの「音痴」だったのです。


……この話、まだ続きます。