【今日の1枚】The Keith Tippett Group/Dedicated To You… | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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The Keith Tippett Group/Dedicated To You, But You Weren't Listening
キース・ティペット・グループ/デディケイテッド・トゥ・ユー、バット・ユー・ワーント・リスニング
1971年リリース

アグレッシヴなロック感覚とフリー志向が
激突した先進的ジャズロックの名盤

 キング・クリムゾンのセッションに参加するなど、英国ジャズ界の新世代の旗手として活躍するキース・ティペット率いるジャズロックグループのセカンドアルバム。そのアルバムはソフト・マシーンのドラマーであるロバート・ワイアットやサックス奏者にエルトン・ディーン、ギタリストにゲイリー・ボイルが参加しているなど、幾重にも強化されたパワフルなリズム上でアグレッシヴなホーンが吹き荒れ、熱狂的インプロゼーションが激突する猛烈な演奏を繰り広げた内容になっている。その新たな時代を切り開く重厚なサウンドは、後のプログレッシヴロックやジャズロックシーンで大きな影響を与えることになる稀代の名盤である。

 グループの中心的な存在であるキース・ティペット(キース・グラハム・ティペッツ)は、1947年8月25日にイギリスの都市ブリストルのサウスミードで生まれている。父親はイギリス人の警察官であり、母親はアイルランド人である。ティペットは3人兄弟の長男で子供の頃はピアノや教会のオルガン、コルネット、テナーホルンを好んで演奏したという。しかし、サウスミードのグリーンウェイ中等学校に通うようになった頃に母親を亡くし、彼は母に捧げる曲を書いている。14歳になった時、学校の友人であるリチャード・マーチやマイク・ミルトン、テリー・プラット、ボブ・チャード、エリック・コンデルと共に、トラディショナルジャズを演奏する最初のグループ、KTトラッド・ラッズを結成する。その後、彼はモダンジャズトリオを結成し、ブリストルのパーク・ロウにあるダグアウトクラブで定期的に演奏したという。1967年、20歳になったティペットは音楽家としてのキャリアを追求するためにロンドンに移住。ジャズクラブで演奏しながら雑用をこなし、奨学金を得てウェールズのバリー・サマースクールのジャズコースに参加している。そこでティペットはパット・エヴァンスのリハーサルバンドで演奏する機会を得て才能を認められ、1968年の第1回バリー・サマー・スクールにおいて、最優秀ピアニストに選ばれている。彼はスクールでエルトン・ディーン(サックス)やニック・エヴァンス(トロンボーン)、マーク・チャリグ(コルネット)と出会い、また、ベーシストにギラン・リオンズ、ドラムスにレス・サークルが加わり、彼らと共にキース・ティペット・セクステット(後にキース・ティペット・グループ)を結成。同年8月にバリー・サマー・スクールでデビューコンサートを行っている。1969年1月からは英国ジャズ協会の100Clubで演奏活動を開始し、8月からはマーキークラブに進出して常連となっている。ベーシストにジェフ・クライン、ドラムスにアラン・ジャクソンという新たなリズムセクションと交代し、9月にアルバムの初レコーディングが行われ、ポリドールからデビューアルバム『ユー・アー・ヒア・アイ・アム・ゼア』を1970年10月に発表。その頃、ティペットはキング・クリムゾンといったロックグループのメンバーと知り合い、後にセッションをはじめアルバム『ポセイドンのめざめ』や『リザード』にも参加している。また、エルトン・ディーンやニック・エヴァンス、マーク・チャリグの3人をソフト・マシーンのメンバーとして派遣させ、ジェフ・クラインはイアン・カー・ニュークリアスのメンバーとなっている。ティペットはセカンドアルバムをレコーディングするにあたり、再度エルトン・ディーンをはじめとするメンバーを招集。こうして1971年1月にヴァーティゴからセカンドアルバム『デディケイテッド・トゥ・ユー、バット・ユー・ワーント・リスニング』がリリースされる。そのアルバムのメンバーはキース・ティペット(ピアノ、エレクトリックピアノ)をはじめ、エルトン・ディーン(アルトサックス)、ニック・エヴァンス(トロンボーン)、マーク・チャリグ(コルネット)、ロイ・バビントン(ベース)、ネヴィル・ホワイトヘッド(ベース)、ゲイリー・ボイル(ギター)、ロバート・ワイアット(ドラムス)、ブライアン・スプリング(ドラムス)、フィル・ハワード(ドラムス)、トニー・ユタ(コンガ、カウベル)といった若きミュージシャンが集い、強力なリズムセクションとアグレッシヴな管楽器によるインプロゼーションがぶつかり合う壮絶なジャズロックとなっている。

★曲目★ 
01.This Is What Happens(ディス・イズ・ホワット・ハプンズ)
02.Thoughts To Geoff(ソーツ・トゥ・ジェフ)
03.Green And Orange Night Park(グリーン・アンド・オレンジ・ナイト・パーク)
04.Gridal Suite(グリダル・スイート)
05.Five After Dawn(ファイヴ・アフター・ドーン)
06.Dedicated To You, But You Weren't Listening(デディケイテッド・トゥ・ユー・バット・ユー・ワーント・リスニング)
07.Black Horse(ブラック・ホース)

 アルバム1曲目の『ディス・イズ・ホワット・ハプンズ』は、ニック・エヴァンスが作曲しており、容赦のないドラミング上でキャッチーなピアノとホーンが鳴り響くファンキーなジャズロック。中間では即興的で舞うようなティペットのピアノとあおるようなドラミング、そして威勢の良いホーンセクションが交互にぶつかり合うのが心地よい。2曲目の『ソーツ・トゥ・ジェフ』は、10分過ぎの大曲となっており、オープニングから溌溂としたインプロヴィゼーションとなっており、不協和音的な要素がしばしば見られるが、曲が進むにつれて流動的になりメロディアスになっていく不思議なジャズ曲になっている。高速のピアノに間髪入れずに挿入するボイルのギターが素晴らしい。3曲目の『グリーン・アンド・オレンジ・ナイト・パーク』は、メロディアスで悠々としたホーンに対して高速のピアノと手数の多いドラミングがバックで鳴り響く楽曲。エルトン・ディーンが最高のソロを披露したスタイリッシュでクールなプレイに酔いしれる。4曲目の『グリダル・スイート』は、エルトン・ディーンによる即興曲であり、激しいドラム上で熱狂的なホーンが激突する楽曲。ストリングスベースとピアノが縫うように割って入るなど難易度の高い演奏を貫いている。この曲はソフト・マシーンの『Neo-Caliban Grides』への敬意を表している。5曲目の『ファイヴ・アフター・ドーン』は、ホーンやパーカッション、エフェクトなどが取り巻くサイケデリック性の高いフリージャズ。湧きあがるようなホーンの響きにヴォイス、ノイズが入り、異国情緒が感じられる不思議な感覚に陥る。6曲目の『デディケイテッド・トゥ・ユー・バット・ユー・ワーント・リスニング』は、ヒュー・ホッパー、マーク・チャリグ、エルトン・ディーンの共作のホーンを中心とした短い楽曲。7曲目の『ブラック・ホース』は、リズミカルなドラムスとボイルのギターから始まり、端正なホーンセクションによるジャズロック。非常にメロディアスな音作りになっており、ロック色の強いジャズフュージョン的なニュアンスの強いサウンドになっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ピアノやホーンセクション、ギターのパートによる即興演奏だが、前者の豊かな美しさのあるジャズロックと後者の即興的で生々しいエネルギーのあるフリージャズがシームレスにミックスされているという、ユニークなサウンドのコラージュとなった作品である。ほとんどの楽曲がフェードアウトで終了していることを考えると、ずっと演奏していたいというジャズミュージシャンらしい充実感がアルバムの中にあるのだろう。

 アルバムはアグレッシヴなロック感覚と急激に拡大するフリー志向が激突した新時代ともいえるジャズロックとなっており、また、平和や連帯について力強くスピリチュアルに歌い上げるテーマがあるなど、多くのジャズ&ロックミュージシャンが注目したという。アルバムリリースする前の1970年には、キース・ティペットの企画によって、ソフト・マシーンやキング・クリムゾン、ニュークリアスを含む、数多くのグループから若き英国のジャズやロックに携わるミュージシャンを50人以上を集めたセンティピードを結成。ティペットが取り組んでいた楽曲『セプトーバー・エナジー』を拡張した楽曲を演奏している。センティピードは英国でコンサートを行い、その後にはフランスをツアーし、1971年末の解散を前に、ロバート・フリップがプロデュースした2枚組アルバム『セプトーバー・エナジー』をレコーディングしている。ティペットは1970年に英国の歌手であるジュリー・ドリスコルと結婚。その後もセンティピードを通じて多くのミュージシャンと交流を深め、1972年にはソロアルバム『Blueprint』を皮切りに2000年代まで英国のジャズミュージシャンだけではなく、アフリカのミュージシャンや現代クラシックのミュージシャンとコラボををするなど、コンスタントにアルバムをリリースしている。1980年代後半には並行してポール・ダンモールのサックス、ポール・ロジャースのベース、トニー・レヴィンのドラムスとともに、純粋に即興的なジャズを演奏するカルテット、ムジシアンを結成し、2002年の間に6枚のアルバムをリリースしている。1990年代には故郷のブリストルで、ジャズや現代クラシック、ルーツ&民族音楽の演奏家が同じプログラムに参加するレア・ミュージック・クラブ・コンサート・シリーズの創設者兼ミュージシャン、芸術監督として任命され、英国の現代音楽運動のリーダーとして活躍することになる。その一環としてクロイツァー弦楽四重奏団は、ティペットにピアノ五重奏曲の新曲を依頼。彼は1995年10月にノッティンガムでクロイツァー弦楽四重奏団と初演し、続いて1996年のバース国際音楽祭でBBCラジオ3向けに録音している。また、1991年には、故アンジェラ・カーターが脚本とナレーションを担当して物議を醸したテレビ番組『ホーリー・ファミリー・アルバム』の作曲を依頼され、映画やテレビ番組の音楽も着手。同年にはバイオリニスト兼作曲家のアレックス・バラネスクとコラボレーションし、5本の短編アニメーションシリーズ『カウボーイズ』の音楽も制作している。晩年の2005年にはエディンバラで演奏されるスコットランド・ジャズ・オーケストラからの委嘱作品を手掛けるなど、彼の英国ジャズ界における貢献度は凄まじく、キース・ティペットはダーティントン芸術大学、および王立ウェールズ音楽演劇大学の名誉フェローとなっている。2013年と2015年に来日を果たしており、同年にソフト・マシーン・レガシーのサポートとしても再来日している。2018年に心臓発作と肺炎を患ったが、2019年に演奏活動を再開するなど意欲的だったティペットだったが、2020年6月14日に再度心臓発作を患い、72歳で亡くなっている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はジャズ界だけではなく、ロック界にも多大な影響を与えたフリージャズピアニストのキース・ティペット率いるグループのセカンドアルバム『デディケイテッド・トゥ・ユー、バット・ユー・ワーント・リスニング』を紹介しました。タイトルを直訳すると『あなたに捧げる、しかしあなたは聞いていなかった』という意味になり、ソフト・マシーンのセカンドアルバムにも収録されているタイトルです。しかし、当時、末期的だった英国のジャズシーンの置かれた立場に皮肉を込めたユーモアのあるタイトルだと思います。ジャケットデザインはロジャー・ディーンと彼の兄弟で写真家兼デザイナーでもあったマーティン・ディーンが描いています。イラストを見ると女性の脳の中に胎児が見えており、たぶん「覚醒」を意味しているのではないかと思います。それだけティペットは混沌としたジャズ&ロック界に自分の手で新たな風を吹き込もうとしたのだろうと考えています。1970年前後はキース・ティペットにとって最も充実した時期であり、英国の歌手であるジュリー・ドリスコルと結婚し、キング・クリムゾンのアルバム『ポセイドンのめざめ』に参加しています。また、多くのジャズ&ロック界の若きミュージシャンを50人以上集めてセンティピードを結成し、4つの楽章とグループが即興で作った概念で構成された楽曲『セプトーバー・エナジー』を演奏しています。面白いことにこのセンティピードに参加したロバート・フリップをはじめとするキング・クリムゾンやイアン・カー率いるニュークリアス、エルトン・ディーンやニック・エヴァンス、マーク・チャリグがメンバーとなったソフト・マシーンが、その後、よりジャズ色を強めた即興的な演奏をするようになったことです。キング・クリムゾンが『リザード』以降、そしてソフト・マシーンが『3』以降、即興的なジャズロックに移行していったのは、明らかにキース・ティペットの意向が働いたと言っても過言ではないと思います。

 さて、アルバムのほうですが、ロバート・ワイアットをはじめとする3人のドラマーとロイ・バビントンをはじめとする2人のベーシストを起用した強力なリズムセクションに、グループのメンバーでもあるエルトン・ディーンやニック・エヴァンス、マーク・チャリグのアグレッシヴな管楽器によるダイナミックでスリリングなジャズロックとなっています。こうしたメンバーや曲のタイトルなどから、かなりソフト・マシーンへの配慮が見られる内容になっていると思います。そんなパワフルなリズムセクション上でティペットの鋭いピアノやエレクトリックピアノが挿入されており、彼の作曲スタイルであるハーモニーとダイナミクスへの意識、即興との慎重なバランスが曲の中にしっかりと表れています。また、忘れてはならないのがテクニカルにリフを刻むゲイリー・ボイルのギターです。ジュリー・ドリスコルが連れてきたというボイルの技巧的なギタープレイは後に彼が結成するアイソトープを彷彿とさせます。個人的には1曲目の『ディス・イズ・ホワット・ハプンズ』の沸き立つリズム上で吹き上げるコルネット、そして舞うようなピアノがとてもカッコ良く、2曲目の『ソーツ・トゥ・ジェフ』のインプロヴィゼーション全開でソロも充実したジャズ作品、そして最後の『ブラック・ホース』でのギターやエレクトリックピアノのリフをベースにエネルギッシュにぶつかり合うホーンセクションが素晴らしいです。何気に実験的な音づくりが図られていますが、それ以上にスピード感と自由を謳歌したようなサウンドに心が躍りっぱなしです。

 本アルバムはニュークリアスの『エラスティック・ロック』やソフト・マシーンの『サード』と並ぶジャズロックの傑作とされています。ぜひ、スリリングなキース・ティペットの鍵盤プレイを中心としたダイナミックなジャズサウンドを聴いてみてほしいです。

それではまたっ!