【今日の1枚】MIA/Cornonstipicum(ミア/魔法の壺) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

MIA/Cornonstipicum
ミア/魔法の壺
1978年リリース

クラシカルな幻想美とジャズ的な繊細さを持った
叙情派シンフォニックロックの名盤

 Musicos Indepedientes Asociados(インディペンデント音楽協会)の略で、シンフォニックな性質を持つプログレッシヴな音楽を作るためにアルゼンチンのミュージシャンや音楽関係者たちが集まって結成されたMIAのサードアルバム。そのアルバムは全ディスコグラフィー中最もシンフォニック色の強い作品となっており、リリカルな音色のピアノや雄大な響きのムーグシンセサイザーをはじめ、繊細なアコースティックギター、優しいフルート&リコーダーによる室内楽的なアプローチのあるプログレッシヴロックとなっている。その若い才能が集まったダイナミックでテンション溢れる演奏は、アルゼンチンのみならず南米屈指の傑作として誉れ高い。

 MIAはアルゼンチンのプログレッシヴロックがピークを迎えた1975年に、ドラマー兼キーボード奏者のリト・ヴィターレとヴォーカル、フルート奏者のリリアナ・ヴィターレの呼びかけによって結成されたグループである。当時のリト・ヴィターレは15歳、リリアナ・ヴィターレは17歳である。1970年代初期のアルゼンチンはアコースティックなロックが中心だったが、アルゼンチンプログレの重要人物であるチャーリー・ガルシアの最初のグループ、Sui GenerisやPastralが誕生し、エレクトリックなサウンドに移行。1975年9月にSui Generisが解散コンサートが行われたのを転機とし、アルゼンチンのロックはより洗練されたコンセプチュアルな内容へと変貌していくことになる。しかし、1976年3月24日にアルゼンチンで勃発したホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍による軍事クーデターにより、アルゼンチン史上最悪の軍事独裁政権が誕生してしまう。当然、アルゼンチンのロックも厳しい弾圧と検閲の下に置かれる状況になり、コンサートやライヴといったイベントも制限されることになる。ロック音楽そのものはアンダーグラウンド化してしまうが、依然としてプログレッシヴロックは根強く興隆を極め、軍事政権下でも小さなクラブやバーなどでライヴを続けていたという。このような水面下に置かれた多くの音楽関係者の中で、1975年に10代のリリアナとリト・ヴィターレの兄妹がアルベルト・ムニョス(ギター、作曲)と一緒になってトリオを結成し、『サトゥルノ』という作品を発表した頃、自由闊達な精神の下で音楽活動をするべく前例のないプロジェクト的な音楽集団を作ろうとMIAというグループを立ち上げる。

 2人の父親はアルゼンチンの音楽プロデューサーであるルーベンス・ヴィターレであり、母親は詩人であるエスター・ソトである。彼らはアルゼンチンでも著名な両親の協力の下、クラシックやジャズ、ロックといった幅広いミュージシャンだけではなく、スタジオエンジニアや作曲者、デザイナーといった音楽関係者を集め、独自の方法でコンサートを開いて活動を進めている。その音楽性はヴィターレ兄妹が影響していたエマーソン・レイク&パーマーやジェントル・ジャイアント、オランダのフォーカスといった複雑なプログレッシヴロックに、アルゼンチンの伝統的なフォークを加味した音楽を目指したものだったという。この時に集められたメンバーはリト・ヴィターレ(ドラム、シンセサイザー、キーボード、フルート、ヴォーカル)、リリアナ・ヴィターレ(フルート、パーカッション、ヴォーカル)、ノノ・ベルヴィス(ベース、ギター、ヴォーカル)、ダニエル・クルト(ギター)、フアン・デル・バリオ(ピアノ、オルガン、ドラム)の5人であり、強力なリズムセクションと多彩なキーボードをメインに据えた編成になっている。彼らは自分たちのアルバムをリリースするためにレコーディング技術者やアルバムデザイナーを集め、母親でプロデューサーであるエスター・ソトが立ち上げた独自レーベル、サイクル3より、1976年にデビューアルバムである『Transparencias(クリスタルの海)』を発表する。そのアルバムはピアノやオルガンを中心としたキーボードによる精巧なクラシカルロックとなっており、フルートやリコーダーによるアルゼンチンの伝統音楽を加味した優れた作品となっている。デビューアルバムはほとんど宣伝が無かったにも関わらず、様々なスタイルのミュージシャンと音楽関係者によって制作されたものとして注目され、高く評価されたという。彼らは次のアルバムの制作に取り掛かり、1977年に『Mágicos Juegos Del Tiempo(魔法の言葉遊び)』がリリースされる。このアルバムは音楽性はそのままに、ヴォーカリストにアルベルト・ムニョス、リト・ヴィターレ、リリアナ・ヴィターレを中心に作詞家を起用した歌モノとして評判となる。この時のMIAは20代の学生を中心とした60人規模のグループになっており、ミュージシャンだけではなくレコーディング技術者やステージ照明者、イラストレーター、広告クリエイターなどを含んだ協同組合になっていたという。彼らは1978年4月にBSのNetto Studioに入り、次のアルバムのレコーディングを開始している。こうして同年にリリースされた3枚目のアルバム『Cornonstipicum(魔法の壺)』は、17分を越える大曲を擁しており、全ディスコグラフィー中最もシンフォニック色の強いアルバムとなっている。
 
★曲目★
01.La Coronacion Del Farre(戴冠式)
02.Imagen Ⅲ(イメージⅢ)
03.Crifana Y Tamilstenes(クリファーナとタミルステンス)
04.Las Persianas No(盲目)
05.Piedras De Color(七色の石)
06.Cornonstipicum(魔法の壺)
★ボーナストラック★
07.Melusina(メルシーナ)
08.Joe Pirata(海賊)
09.Iridio Puro(イリジウム)
10.La Caja Del Viento(風の器)
11.Los Gatos De Zully(ズリーの猫)

 アルバムの1曲目の『戴冠式』は、アコースティックギターとピアノで構成されたコードと、シンセサイザーによるオーケストレーションという、2つの側面から広がる素晴らしい楽曲。フルートを加味させた牧歌的な要素とクラシカルな雰囲気がイタリアのプログレを感じさせる。2曲目の『イメージⅢ』は、アコースティックギターをベースにした緩やかな楽曲だが、そこに美しいリリアナ・ヴィターレのスキャットやピアノ、アコーディオンが織り交ぜられ、民俗的なタッチが見え隠れするサウンドになっている。後半のリト・ヴィターレによるシンセサイザーやメロトロンの奥ゆかしい響きが、何か新しい情景を示唆しているようである。3曲目の『クリファーナとタミルステンス』は、魅力的なリトとリリアナの2人のスキャットをフィーチャーしたジャズ的な側面を持った楽曲。メロディラインの抒情的な色彩と速いセクションのバリエーションはカンタベリーミュージックを彷彿とさせ、間奏のアコースティックギターやシンセサイザー、フルート、コーラス、リズムセクションは、神秘的な雰囲気と古典的な作法による流動的なコントラストを生み出している。4曲目の『盲目』は、50秒足らずのバロックのオペレッタと昔ながらのコミカルなダンス曲を組み合わせた楽曲。不協和音ともいえる内容だが、奇妙さの中に抒情性が垣間見える不思議さがある。5曲目の『七色の石』は、リト・ヴィターレによって書かれたピアノの夜想曲。一服の清涼剤のような美しいピアノ曲だが、後の壮大な曲のインタールードを感じさせる。6曲目の『魔法の壺』は17分に及ぶ、レコードでいうB面を活用した大曲。神秘的なシンセサイザーとリリカルなピアノを中心としたキーボード類とギター、そして天上の響きがあるリリアナのスキャットなど、ジャズロックとシンフォニックロックを融合したような摩訶不思議な世界観が広がった内容になっている。1曲の中に静と動、変拍子、そして狂気と内省といった複雑で多様な音楽アイデアが含まれており、混沌としているように見える領域でさえ、知性が感じられるリト・ヴィターレの才能が遺憾なく発揮された名曲である。ボーナストラックの5曲は1978年にサンタ マリア劇場でライヴ録音したアルバム『コンシェルトス』から抜粋した楽曲。7曲目から10曲目までの4曲は、ギタリストであるダニエル・クルトとノノ・ベルヴィスの2人によるアコースティックなテーマ曲になっている。『メルシーナ』は独特のリズムを持つアコースティックギターの音色が聴ける曲。『海賊』はジョン・マクラフリンやパコ・デ・ルシアを彷彿とさせるギターの練習曲。『イリジウム』は休止を挟みながら落ち着いたギターのストロークを中心とした楽曲。『風の器』は、パット・メセニー風のリリカルなアコースティックギターの音色が聴ける楽曲。『ズリーの猫』はバンジョーをフィーチャーした古典的な楽曲。コミカルな中で曲の途中で拍子が重なってメロディを抽象化しており、独特の雰囲気を与えている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、リト・ヴィターレの作曲と多種多様なキーボードを主軸としたジャズロック&シンフォニックロックだが、緩急を織り交ぜながらも他の楽器をうまく活かした優れた内容になっている。少ない楽器によるシンフォニックセクションはより壮大に聞こえ、決して技巧的とは言えないジャズセクションはより豊かに聞こえてしまうなど、まさに「魔法」にかけられたような驚くべきアルバムである。

 アルバムリリース後、彼らは独自にコンサートやリサイタルを定期的に開き、1979年に実際にライヴで録音されたトリプルアルバム『Conciertos』をリリースし、多くの学生メンバーが共演したことで注目される。後にMIAは一貫して独立した制作の道を続け、音楽以外でも劇団を構成し、『La Compañía del Circo Mágico』というステージ劇も取り組んでいる。1979年の後半にはブラジルのマルチプレイヤーであるエグベルト・ジスモンチのサポートを行い、後にメンバーはレーベルであるサイクル3の多くのアーティストのセッションミュージシャンとして活躍することになる。中でもリト・ヴィターレの活躍は目覚ましいものがあり、1980年代で壊滅状態であったアルゼンチンのプログレッシヴロックシーンにおいて、ソロプロジェクトやカルテットを率いて良質の作品を立て続けにリリースしている。1982年にはリト・ヴィターレの提案によってCentro de Cultura Independiente(CECI )を立ち上げ、芸術的および創造的な取り組みや新興アーティストを奨励し、アルゼンチンの若者を中心に独立した文化空間や文化的供給を行う組織を設立。その一環として多彩なアーティストがアルゼンチン国内で誕生し、リト・ヴィターレ自身も2000年代に入っても作曲家兼ミュージシャンとしてロックやジャズ、クラシックなどの幅広い分野で活躍している。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はアルゼンチンの多彩なミュージシャンや音楽関係者、はたまた芸術家が集まって作られたインディペンデント音楽協会=MIAのサードアルバム『Cornonstipicum(魔法の壺)』を紹介しました。前回、デビューアルバムの『Transparencias(クリスタルの海)』を紹介していますが、MIAは3枚のスタジオアルバムをリリースしていて、ファーストがクラシカルロック、セカンドが歌モノ、サードがシンフォニックロックの位置づけになっています。最後の作品となった本アルバムは主にシンフォニックロックですが、カンタベリーシーンに関連したジャズロックの要素と、南米ならではのアコースティックフォークの要素のセクションを含んだ大規模な進行で展開していくのが特徴です。つまり、リト・ヴィターレが目指していた古典的なエマーソン・レイク&パーマーの構造に基づいており、そこにジャズやクラシック、フォークといった考えられるエッセンスを加味して、あらゆる方向性を示した音楽性になっています。そのダイナミックでテンションあふれる演奏は、10代から20代という若いミュージシャンやクリエイターの才能によって産み落とされたものですが、今なおアルゼンチンのみならず、南米屈指のプログレッシヴロックの1枚とされているのは、クオリティの高さだけではない自分たちの目指したい音楽を実現し、未来を切り開いた若いエネルギーが感じられるからだろうと思います。特に6曲目の17分に及ぶタイトル曲は、混沌としているように見える領域でさえ、知性が感じられる当時18歳のリト・ヴィターレの才能が発揮された楽曲になっています。今聴いても鳥肌が立つほど素晴らしいプログレの逸品です。

 さて、前回のレビューでも触れましたが、MIAは音楽的な観点だけではなく、グループ全体のビジネスモデルの実現という観点でも当時としては非常に革新的です。メンバーは音楽教室で教える傍らグループの取り組みを行い、その学生の演奏披露という名目でリサイタルやコンサートを開催していたそうです。さらにそこでカセットやレコードを販売して資金に充てていたそうです。当時のアルゼンチンはホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍による軍事政権下です。MIAはプロジェクトの資金を調達するために、実際に録音前にアルバムを販売しています。それはさまざまなコンサートを通じて結成した約1,000人の人々によって管理され、評判のあったアルバムを正式にリリースするために、ヴィターレの家族の家を抵当に、両親の協力の下でレコードプロデュースを行い、多くのミュージシャンやレコーディング技術者、イラストレーターという芸術志向のある20代の協会のメンバーたちの手でアルバムが作られたそうです。3枚目のアルバムリリース時はインフレの問題で中々リリースに至りませんでしたが、国内の多くの人からのアドバイスや資金援助もあって実現できたと言われています。軍事政権下のアルゼンチンでも水面下で根強くプログレッシヴロックの人気が高かったという証拠でもありますね。

 本アルバムはアルゼンチンの民間伝承のルーツを離れることなく、クラシックからジャズまで、あらゆるジャンルとトレンドを融合させた傑作です。若い50人のミュージシャンの才能を集めて制作された芸術的な1枚をぜひ聴いてほしいです。なお、1978年にサンタマリア劇場でライヴ録音したアルバム『コンシェルトス』から抜粋したボーナストラック5曲が収録されたCD盤がオススメです。

それではまたっ!