【今日の1枚】Caravan/夜ごとに太る女のために | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Caravan/For Girls Who Grow Plump In The Night
キャラヴァン/夜ごとに太る女のために
1973年リリース

ロック的ダイナミズムとポップセンスが
最高の形に昇華した歴史的な名盤

 カンタベリーミュージックの筆頭格であるキャラヴァンの通算5作目となるアルバム。ジャズ的アプローチの強かったカンタベリー色は減退したが、よりダイナミズムなロックサウンドが目立ち、さらにオーケストラによるトラディショナルな雰囲気を漂わせたブリティッシュポップ&ロックに昇華している。また、ディヴ・シンクレアの復帰をはじめとするメンバーチェンジがあり、グループにとって大きな転換期となった作品だが、彼らの持つ旺盛なクリエイティビティを世に指し示した屈指の名盤でもある。

 キャラヴァンは英国のケント州カンタベリーで1968年に結成されたグループだが、その母体はカンタベリーシーンで重要な存在として知られるワイルド・フラワーズに遡る。ワイルド・フラワーズは1964年にブライアン・ホッパー(サックス)、ヒュー・ホッパー(ベース)、リチャード・シンクレア(ヴォーカル、ベース)、ケヴィン・エアーズ(ヴォーカル)、ロバート・ワイアット(ヴォーカル、ドラムス)によって結成され、後にメンバーチェンジを経てディヴ・シンクレア(キーボード)、パイ・ヘイスティングス(ヴォーカル、ギター)、リチャード・コフラン(ドラムス)が加わりながら活動をしてきたグループである。その最後のメンバーだったパイ・ヘイスティングス、リチャード・シンクレア、リチャード・コフランを軸に1968年に結成されたのがキャラヴァンである。キャラヴァンはソフト・マシーンと共にカンタベリーミュージックの雄として活躍していくが、カンタベリー特有のジャズロック趣味は、キャラヴァンの方に継承されていくことになる。1968年10月に契約したヴァーヴからファーストアルバム『キャラヴァン』を発表するが、リリースして1ヵ月も経たないうちにMGM/ヴァーヴのイギリス部門が閉鎖し、アルバムの出荷も止まるという不運に見舞われる。グループは一度解散も考えたというが、新たにテリー・キングというマネージャーを得たことで転機を迎える。テリー・キングはワーナーをはじめとした様々なレコード会社と交渉する一方、グループには多くのライヴコンサートの機会を作っていたという。そのため、ロンドンのライシーアム・シアターで演奏するキャラヴァンを見ていたデッカレコードのアート部門の従業員だったデヴィッド・ヒッチコック(後にジェネシス、ピンク・フェアリーズ、キャメルをプロデュース)が上司に勧めたのがきっかけとなり、デッカレコードと契約することに成功している。そして1970年9月にテリー・キングとグループの共同プロデュースによるセカンドアルバム『キャラヴァン登場』をリリースすることになる。1971年にデッカレコードは新進気鋭のグループを輩出するために、新たにプログレッシヴ・レーベルであるデラムを設立。同年にリリースされたサードアルバム『グレイとピンクの地』は、デラムのデラックスシリーズ(ゲイトホールドジャケット仕様)の1番目となる記念碑的な作品となっている。

 サードアルバムはこれまでやや難解でアヴァンギャルドなジャズロックから親しみやすいポップなジャズロックとなり、キャラヴァンはカンタベリーミュージックの雄となっただけではなくプログレッシヴロックの新星として一躍脚光を浴びることになる。しかし、その人気をさらに本格的にしようとした矢先にキーボーディストのディヴ・シンクレアが、ソフト・マシーンを脱退したロバート・ワイアットが結成したマッチング・モウルに加入するために脱退。キャラヴァンの音楽性を担っていたディヴ・シンクレアの脱退は、グループに一度は暗い影を落としたが、すぐにリチャード・シンクレアの紹介でジャズの素養のあるスティーヴ・ミラーが招かれる。そのワーリッツァーピアノを弾くスティーヴ・ミラーと、彼の親友であるサックス奏者のロル・コックスヒルがゲストとして招かれた4枚目のアルバム『ウォータールー・リリー』は、キャラヴァン史上もっともジャズロック色の強い作品となったという。しかし、キーボーディストのスティーヴ・ミラーは本アルバムリリース後にグループから離れ、リチャード・シンクレアと共に、かつて在籍していた元デリヴァリーのフィル・ミラーとロル・コックスヒルと合流し、ハットフィールド&ザ・ノースというグループが結成される。残ったメンバーはゲスト扱いだったジェフ・リチャードソン(ヴィオラ、フルート)を正式に加入させ、また、脱退後にマッチング・モウルやハットフィールド&ザ・ノースで演奏してきたディヴ・シンクレアがグループに復帰。そして新たに元グリンゴのジョン・G・ペリー(ベース)が加入し、メンバー5人となった新生キャラヴァンが誕生する。彼らは次作に向けてトリントンパークスタジオやチッピング・ノートン・レコーディング・スタジオ、デッカ・スタジオを利用しながらレコーディングを開始。また、録音時にはフランク・リコッティ(コンガ)やバリー・ロビンソン(フルート)、ルパート・ハイン(ARPシンセサイザー)、ジミー・ヘイスティングス(フルート)など多くのゲストが迎えられ、さらにオーケストラの指揮者にはマーティン・フォードが担当している。こうしてメンバーチェンジを経たものの豪華なゲスト陣に支えられ、1973年10月に5枚目のアルバム『夜ごとに太る女のために』がリリースされることになる。
 
★曲目★
01-a.Memory Lain, Hugh(メモリー・レイン、ヒュー)
   b.Headloss(ヘッドロス)
02.Hoedown(ホウダウン)
03.Surprise, Surprise(サプライズ、サプライズ)
04.C'Thlu Thlu(シースルー・スルー)
05.The Dog, The Dog, He's At It Again(ドッグ、ドッグ、ヒーズ・アット・イット・アゲイン)
06-a.Be All Right(ビー・オール・ライト)
   b.Chance Of A Lifetime(チャンス・オブ・ア・ライフタイム)
07-a.L'Auberge Du Sanglier(イノシシの館)
   b.A Hunting We Shall Go(狩りへ行こう)
   c.Pengola(ペンゴラ)
   d.Backwards(バックワーズ)
   e.A Hunting Shall We Go~Reprise~(狩りへ行こう~リプライズ~)

 アルバムの1曲目の『メモリー・レイン、ヒュー』は、コンサートの冒頭で演奏されることが多い名曲のひとつ。軽快なパイ・ヘスティングのギターリフレインのカッコよさとヴォーカル&コーラスのメロディラインの美しさが堪能できる楽曲になっている。次の『ヘッドロス』ではジョン・G・ペリーの友人でありゲストで参加したルパート・ハインのARPシンセサイザーによる共演であり、ロック的なワイルドな一面と管楽器によるリリカルな一面が同居した最高のアンサンブルとなっている。2曲目の『ホウダウン』は、8分の7拍子を軽快に聴かせたテンポの速いフォーク調のナンバー。中間にはジグやリールが登場するなどトラディショナルな雰囲気を与えており、さらにポップ色の強めている。3曲目の『サプライズ、サプライズ』は、アコースティックギターとオルガンをメインに優しい歌い口が特徴の牧歌的な楽曲。ヴィオラのソロがあるなどカントリー調になっているが、ベースを含めたリズムセクションが力強くロック的なアプローチが加味されている。4曲目の『シースルー・スルー』は、変拍子や難解なギターリフがキング・クリムゾンを想起させ、エフェクト処理がサイケデリックな浮遊感を与える楽曲。後にジル・プライヤーのヴォーカルによるR&B調のサウンドに変化し、ファズのかかったオルガンとハードエッジなギターリフが飛び交っている。5曲目の『ドッグ、ドッグ、ヒーズ・アット・イット・アゲイン』は、1960年代の古き良きブリティッシュポップとなった楽曲。変質者を題材にしたユニークな内容になっており、ヴィオラ、オルガンがユニゾンしていくバッキング上で、ジョン・G・ペリーのヴォーカルが沁み入る素晴らしい曲である。6曲目の『ビー・オール・ライト』は、サイケデリック的なシンセサイザーから躍動感あふれるアンサンブルに変化する楽曲。ヴォーカルはジョン・G・ペリー。『チャンス・オブ・ア・ライフタイム』では、ゲストのフランク・リコッティの効果的なコンガと軽快なギターやヴィオラの絡みがラテン的な雰囲気にさせてくれる。こちらのヴォーカルはパイ・ヘイスティング。7曲目の『イノシシの館』から『狩りへ行こう~リプライズ~』はメドレー形式になっており、オーケストラを導入した静と動のメリハリとドラマティックな展開が堪能できるシンフォニックな楽曲。アコースティックギターとヴィオラをフィーチャーした『いのししの館』は、彼らがフランス滞在中に訪れていたゲストハウスの名前が由来となっている。『狩りに行こう』は、『ペンゴラ』と共にジョン・G・ペリーが書いた作品。『バックワーズ』に至ってはソフト・マシーンのマイク・ラトリッジが書いたとされている。この楽曲にはマーティン・フォードが指揮、ジョン・ベルの編曲による壮麗なオーケストレイションが加えらえており、名盤にふさわしいクライマックスにしている。

 アルバムの発表に先立って、彼らは3ヵ月に及ぶコンサートツアーに出発し、ゴードン・ギルドラップやホークウィンド、ピーター・ハミル、アーサー・ブラウンといったアーティスト&グループと競演している。10月にリリースした本アルバムはアメリカでもリリースされ、1974年には『メモリー・レイン、ヒュー/ヘッドロス』のシングルがリリースされている。チャート入りこそ果たせなかったが、ヘイスティングによるとラジオでやっとキャラヴァンの曲が流れるようになったと語っており、本アルバムがキャラヴァンの新たな音楽の方向性を指し示したことは間違いないだろう。そして1974年4月にフルオーケストラと共演したライヴアルバム『キャラヴァン&ニュー・シンフォニア』、1975年7月には全米チャート入りを果たした7枚目のアルバム『ロッキン・コンチェルト』といった傑作をリリースし、キャラヴァンの黄金期とも言える5年に及んだデラムとの契約を満了している。その後はディヴ・シンクレアが脱退し、後にキャメルに参加するヤン・シェルハースが後任として迎えられる。1976年にBTMレコードと契約した7枚目のアルバム『聖ダンスタン通りの盲犬』は、シェルハースの影響からグループのサウンドはより軽快なポップ曲と変化していくことになる。しかし、その急激な音楽的スタイルの変化はグループの存在価値が問われることになり、1977年にアリスタレコードからリリースした『ベター・バイ・ファー』を最後にキャラヴァンは解散することになる。3年後の1980年にディヴ・シンクレアとパイ・ヘイスティングスが顔を合わせ、ドラムスのリチャード・コフラン、ヴィオラのジェフ・リチャードソン、新たにデク・メッセカー(ベース、ヴォーカル)を加えた『ザ・アルバム』を発表。シングルカットされた『ハートブレイカー』は、英国のシングルチャートを果たし、キャラヴァンの名を再浮上させている。1982年にはオリジナルメンバーであるベース兼ヴォーカルのリチャード・シンクレアが復帰し、サックス奏者のメル・コリンズを迎えたアルバム『バック・トゥ・フロント』をリリース。しかし、このアルバムを最後にキャラヴァンは長い活動休止に入ることになる。彼らが再び始動するのは、テレビ向けに一回限りの再結成が企画された1990年である。これをきっかけに長期のツアーが組まれ、2000年代もメンバーチェンジを行いながらアルバム制作やライヴ活動を続けていくことになる。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は名盤である『ピンクとグレイの地』とはまたひと味違う音楽的センスに満ちた、キャラヴァンの5枚目のアルバム『夜ごとに太る女のために』を紹介しました。カンタベリーミュージック特有と言われるジャズロック的なアプローチは減退し、ロック的なダイナミズムと英国のトラディショナルをベースにしたポップ性の高いサウンドに生まれ変わった本アルバムは、多くのメンバーチェンジを経た新生キャラヴァンが生み出した奇跡的な1枚とされています。よく初期の傑作である『ピンクとグレイの地』がキャラヴァンの名盤として扱われますが、本アルバムの方が好きだという方も多いと思います。初期のキャラヴァンのアルバムから順に聴いてきた私にとって、当初ジャズロック的でもなくプログレッシヴロック的でもない本アルバムのサウンドは衝撃的でしたが、聴けば聴くほどサイケデリックとトラディショナル性を持つ英国ロックの要素とジャズをベースにした軽妙なポップの要素を巧みに利用したサウンドになっています。かなり垢抜けた感じも受けますが、ジャズミュージシャンが本格的にロックやポップスを演奏すると、これだけ聴き応えのある味のあるサウンドとなるという証となった作品とも言えます。より超絶的な技巧を凝らしていくプログレッシヴロックやカンタベリーミュージックより先に洗練されたポップ性を打ちだしたキャラヴァンは、後にアメリカで初のチャートインを果たすアルバム『ロッキン・コンチェルト』へと繋がることになります。そういう意味では集合離散の多いカンタベリーシーンの中で、新たなサウンドで踏みとどまったキャラヴァン史上重要な作品でもあります。私は実際に聴いて一時は戸惑ったものの、それを上回るほど素直にカッコいいサウンドだと思いました。

 さて、『夜ごとに太る女のために』というユニークなアルバムタイトルに合わせるように、アルバムのジャケットには出産を間近に控えた妊婦の寝姿を描いたマーク・ロレンスの作品が使用されています。英国らしいユーモア感覚にあふれたアルバムデザインになっていますが、当初、ジャケットには裸の妊婦の姿が描かれていたそうです。さすがにデッカレコードが難色を示したため、着衣の妊婦に変更したそうですが、場合によっては発禁もあり得たので、これはこれで良かったのかも知れません。直訳すると『夜にむっちり成長する女の子たちへ』という意味ですし、内容は充実したアルバムとはいえ、間違いなく誤解を与えることになったでしょうね。

 本アルバムは前作の『ウォータールー・リリー』まで、よりジャズ色の強いグループを目指そうとしたリチャード・シンクレアとロック色に戻したかったディヴ・シンクレアの長年のせめぎ合いの中から生まれた奇跡的な1枚です。ロック色の強い作品ですが、カンタベリーミュージックやプログレッシヴロック好きな方も、彼らの洗練されたサウンドをぜひ聴いてほしいです。

それではまたっ!