【今日の1枚】Camel/Rain Dances(キャメル/雨のシルエット) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Camel/Rain Dances
キャメル/雨のシルエット
1977年リリース

ジャズ&フュージョン要素が加わり
至高のメロディが散りばめられた名盤

 前作でベーシストのダグ・ファーガソンが脱退し、代わりにベース兼ヴォーカルに元キャラヴァン、ハットフィールド&ザ・ノースのリチャード・シンクレアや元キング・クリムゾンのサックス奏者にメル・コリンズが参加したキャメルの5枚目のアルバム。そのアルバムは充実なインストゥメンタル曲を含めたプログレッシヴロックの味わいを残しつつもジャズ&フュージョン的な要素が加味され、捨て曲無しのキャメルらしい極上のメロディが散りばめられた逸品となっている。名盤と誉れ高い『スノー・グース(白雁)』の抒情的世界を越えるべく、カンタベリー&ジャズミュージシャンを迎えて時代の波を乗り越えようとする彼らの意気込みが感じられる素晴らしいアルバムである。

 1960年代から1970年代において、ムーディー・ブルースやキャラヴァン、エッグといった多くの才能あるプログレッシヴグループと契約し、優れたアルバムを輩出してきたデッカレコードの中で、最も順調なセールスを記録し、最も長く寿命を保ったグループのひとつがキャメルだろう。キャメルは1971年に結成し、デッカレコードのプログレッシヴロックグループの中でも後発組であるが、『ミラージュ』や『スノー・グース(白雁)』といったアルバムで一躍人気グループとなり、その卓越した抒情性のあるメロディは多くのロックグループに影響を与えている。しかし、そんなキャメルも4枚目のアルバム『ムーンマッドネス~月夜の幻想曲~』のリリース後、オリジナルメンバーであるダグ・ファーガソンが脱退したことで転換期を迎えることになる。元々、ファーガソンはリリース後のツアーでサックス奏者のメル・コリンズが参加させ、より抒情的な音楽を強めようと考えていたという。しかし、ドラマーのアンディ・ウォードがジャズの転向を推し進めていたため、よりジャズ的なドラムを叩くようになり、キャメルのサウンドに抒情性が失われることに悲観して脱退することになる。一方のピーター・バーデンスやアンドリュー・ラティマーは、メル・コリンズを迎えて変化していく時代の波を乗り越えるべく次なるステージを模索していたということだろう。残った3人はファーガソン脱退とレーベルからのヒットアルバムの要請というプレッシャーの中で、ベーシスト不在のままレコーディングを行うことになる。そんな危機的な状況の中、レコーディング中にメンバーは、元キャラヴァン、ハットフィールド&ザ・ノースのメンバーであったリチャード・シンクレア(ベース、ヴォーカル)が、どこのグループにも属さずに地元に帰っているという噂を聞きつける。シンクレアはハットフィールド&ザ・ノースが解散した後、地元のカンタベリーに戻って大工仕事やキッチン設備の仕事をしながら、シンクレア&ザ・サウスというユーモラスな名前で控えめな音楽活動を続けていたという。すぐにシンクレアを説得してメンバーに引き入れることに成功したものの、ほぼセミリタイア状態だった彼を再度プロの音楽世界に引き戻したことは、キャメルにとってもプログレッシヴロック界にとっても大きな成果であっただろう。さらにツアーではゲスト扱いだったサックス奏者のメル・コリンズを正式にメンバーとし、1977年の2月から8月まで6ヵ月間をかけてレコーディングを行っている。レコーディングの曲によってはマーティン・ドローバー(トランペット、フリューゲルホルン)、マルコム・グリフィス(トロンボーン)、ブライアン・イーノ(ミニモーグ、ピアノ)、フィオナ・ヒバート(ハープ)も参加し、1977年9月に5枚目となるアルバム『雨のシルエット』がリリースされることになる。そのアルバムはカンタベリー&ジャズ出身のメンバーが加わったことでジャズ&フュージョン的な要素が加わったインストゥメンタル曲をはじめ、ピーター・バーデンスのシンセサイザーやエレクトリックピアノといったキーボードを駆使したキャメルらしい至高のメロディが散りばめられた逸品となっている。特にリチャード・シンクレアのクールなヴォーカルと、存在感のあるメル・コリンズのサックスは本アルバムに与えた影響は大きい。
 
★曲目★ 
01.First Light(光と影)
02.Metrognome(メトロノーム)
03.Tell Me(君の心に)
04.Highways Of The Sun(太陽のハイウェイ)
05.Unevensong(心のさざ波)
06.One Of These Days I'll Get An Early Night(夜のとばり)
07.Elke(白鳥のファンタジー)
08.Skylines(スカイライン)
09.Rain Dances(雨のシルエット)

 アルバムの1曲目の『光と影』は、これまでオルガンをメインに弾いていたピーター・バーデンズが、シンセサイザーを大々的に導入して作られたインストゥメンタル曲。キャメルらしい美しいメロディセンスはさすがであり、最後のメル・コリンズのむせび泣くようなサックスは彼らの抒情性のあるサウンドを一層高めている。2曲目の『メトロノーム』は、リチャード・シンクレアのクールなヴォーカルをフィーチャーした楽曲。中盤ではムーディーな雰囲気から一転して、変拍子を交えたジャズロック的なアプローチのあるアンサンブルになっていく。ラティマーの飛翔するギターと煌びやかなバーデンスのシンセサイザーが躍動感のあるサウンドに昇華している。3曲目の『君の心に』は、フレットレスのベースをバックにした静謐なムードが漂うヴォーカル曲。ここではアンドリュー・ラティマーの柔らかなフルートが、より夢心地な雰囲気を創り上げている。4曲目の『太陽のハイウェイ』は、ポップなシンセサイザーとエレクトリックピアノをバックにしたキャッチーなヴォーカル曲。ソフトでありながらスペイシーなキーボードや美しいフルート、そしてシンクレアの存在感のあるベースを中心としたリズムセクションが曲に重厚さを与えている。5曲目の『心のさざ波』は、手数の多いドラミングによるリリカルなイントロから起伏のあるスタイルのヴォーカルが印象的な楽曲。中盤には多彩な音色のシンセサイザーのソロが展開し、エキサイティングな曲から最終的にはメロディアスとなってフェードアウトしていく流れは、まさにキャメルらしい美しい瞬間でもある。6曲目の『夜のとばり』は、ファンキーなベースライン上で、トランペットとトロンボーン、サックスが加わったジャズ風味の楽曲。煌びやかなエレクトリックピアノと伸びやかなギターが後のフュージョンを想起させるクールなサウンドである。7曲目の『白鳥のファンタジー』は、ブライアン・イーノのミニモーグとピアノ、そしてフィオナ・ヒバートのハープが加わった幻想的な楽曲。アルバム『スノー・グース(白雁)』を彷彿とさせる儚さと神秘性があり、彼らの原点である抒情派たるサウンドメイキングの強みを活かした内容になっている。8曲目の『スカイライン』は、ラティマーのベース&ギターとバーデンスの柔らかなシンセサイザーとミニモーグが主導するフュージョン系の楽曲。バックにはフリューゲルホルンやトロンボーンが響いており、煌びやかな中でジャズの雰囲気を醸し出している。9曲目の『雨のシルエット』は、荘厳なストリングスシンセサイザーにフルートを乗せたキーボードメインの楽曲。ピーター・バーデンスのキーボードによるもうひとつのシンフォニックの探求ともいえるサウンドである。こうしてアルバムを通して聴いてみると、インストゥメンタル曲とヴォーカル曲が混じり合った変則的な曲構成となっているが、彼らの求める音楽性はジャズ要素を加味した新たな表現力だったのだろうと思える。その願いはリチャード・シンクレアとメル・コリンズという2人の類まれな表現力の持ち主によって、新たなキャメルの魅力が引き出されている。後にキャメルはこのアルバムの成功によって、怒涛の1970年代の音楽シーンを乗り越え、メンバーを替えながらも1990年代まで活動を続けることになる。

 本アルバムは英国のアルバムチャートで8週間も居座り続け、最高位20位を記録する大ヒットとなっている。アルバムリリースした2週間後には『太陽のハイウェイ/君の心に』がシングルカットされている。その後、プロモーションの一環として1977年の10月に行われた英国ツアーでは、全日程のチケットがソールドアウトとなり、キャメルのコンサートにおいて最も成功した出来事になったという。この頃の英国ではパンク/ニューウェーヴが席巻しており、多くのプログレッシヴロックグループが解散や音楽の方向性を変えていったが、ことキャメルにおいては影響もなくレコードセールスも良好だったというから驚きである。このように非常に充実した時期を過ごした彼らだったが、次のアルバム『ブレスレス』がジャズやポップ、プログレといったバラエティ過ぎる内容に対してファンの間で物議を醸す作品となる。そこにはデッカレコードからのヒットシングルの要求といった重圧によってグループ内で音楽の方向性の相違が顕著になり、不幸なことに『ブレスレス』のレコーディング中にピーター・バーデンスとアンドリュー・ラティマーとの間で軋轢が生まれ、アルバムの完成直前にピーター・バーデンスがグループを去るという事態に陥ってしまう。その後はアンディ・ラティマーを中心にキーボード奏者のキット・ワトキンスとヤン・シェルハース、ベーシストのコリン・パスが新たにメンバーに加わり、1979年には『リモート・ロマンス』、1981年に『ヌード -Mr.Oの帰還-』といった優れたアルバムをリリースし、1999年までメンバーを替えながら14作品を残すことになる。キャメルにとって本アルバムは、メンバーの脱退の危機感からカンタベリー系のリチャード・シンクレアとジャズ出身のメル・コリンズがメンバーに加わったことで、抒情派のプログレッシヴロックから大きく転換を成し遂げた奇跡的なアルバムなのかも知れない。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はオリジナルメンバーであったダグ・ファーガソンが脱退して危機的な状況だったところに、リチャード・シンクレアとメル・コリンズを迎えて大ヒットにつなげたキャメルの5枚目のアルバム『雨のシルエット』を紹介しました。『雨のシルエット』はキャメルファンの間でも人気が高く、過去の名盤『ミラージュ』や『スノー・グース(白雁)』よりも推す人が多いそうです。個人的にはダグ・ファーガソンが在籍していた時代の抒情性の高いキャメルサウンドも好きですが、あまりにも美しいメロディと繊細過ぎた演奏による“軽さ”が全体に漂っていた気がして、そこにアンドリュー・ラティマーの時折奏でるハードなギターが重石になっていた感じがします。そんなキャメルサウンドの行く末に危うさを感じていたのが、ドラマーのアンディ・ウォールです。彼はメンバーに対してジャズの転向を推し進めていた1人だったのですが、ダグ・ファーガソンが音楽の裾野を広げるために呼んだジャズ出身でサックス奏者のメル・コリンズが参加したのを機に、一気にジャズ&フュージョンにシフトしていきます。このジャズの方向性に異を唱えたのがダグ・ファーガソンであり、最終的に彼は脱退してしまうことになります。キャメルの抒情的な音楽をより高めるために自身がゲストとして呼んだサックス奏者が、まさか自分の意図とはしなかったジャズ路線にシフトしてしまうとは思ってもみなかったでしょうね。結果として危機感を持った残りのメンバーが、これも時代が良かったのかタイミングが良かったのか、セミリタイアしていたリチャード・シンクレアを引き入れたというのは奇跡的です。

 私は本アルバムが人気が高い理由のひとつとして、元キャラヴァン、ハットフィールド&ザ・ノースでベース兼ヴォーカルを務めたリチャード・シンクレアと元キング・クリムゾンでもプレイしたサックス奏者のメル・コリンズの高い表現力が、トラディショナル性が強いがゆえに軽さが致命的だったキャメルサウンドに広がりと重厚さをもたらしたことが大きいと考えています。実際、緻密なプレイを望んでいたドラマーのアンディ・ウォールと表現力豊かなリチャード・シンクレアとのリズムセクションは完璧にフィットしていて、アンドリュー・ラティマーの伸びやかなギターとメル・コリンズの彩りのあるサックスは明らかに曲の広がりと厚みがあります。また、ピーター・バーデンスもこれまでオルガン中心だったキーボードが、シンセサイザーやミニモーグ、エレクトリックピアノをメインに導入していて、キャメル本来の抒情性を保ちつつ、新たなキーボードの可能性を探索しています。とはいえ、何よりもリチャード・シンクレアのクールなヴォーカルはグループの魅力を倍増していて、特に3曲目の『君の心に』は彼だからこそ素敵に歌えたのだろうと思っています。

 本アルバムはそんな新たなメンバーによって、これまでのキャメルの音楽性に大きな変化をもたらした画期的な作品です。素敵なフィーリングがいっぱいのキャメル風のポップソングとタイトなジャズロックが混在した本作は、今聴いても全く色褪せない彼らのメロディメイカーぶりが堪能できるオススメのアルバムです。

それではまたっ!