【今日の1枚】Darryl Way's Wolf/Canis Lupus | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Darryl Way's Wolf/Canis Lupus
ダリル・ウェイズ・ウルフ/カニス・ループス
1973年リリース

ヴァイオリンとギターの格調高い
リリカルなメロディを奏でた傑作

 カーヴド・エアを脱退した天才ヴァイオリニストのダリル・ウェイが、ギタリストのジョン・エサリッジらと共に結成したダリル・ウェイズ・ウルフのデビュー作。ダリルの艶やかなヴァイオリンだけではなく、ジョンのブルースからアコースティックまでをカバーしたギターが冴えた絶妙のクラシカル&ジャジーなサウンドが堪能できる。プロデューサーは元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルド担当しており、シンプルな曲想でありながら豊かな想像力で仕上げた名盤である。

 グループの中心人物であるダリル・ウェイは、1948年12月17日にイギリスの南西部にあるサマセット州トーントンで生まれている。彼は幼少のころから両親の影響でクラシックを聴いており、16歳の時に奨学金を獲得してダーティントン芸術大学に入学し、ヴァイオリンを学んでいる。18歳でギルドホール音楽院への奨学金を断り、英国王立音楽大学で19世紀の名ヴァイオリニスト兼作曲家であるサラサーテの弟子として有名なアントニオ・ブローザに師事。大学を卒業した後、今度は英国王立音楽アカデミーに入学し、ヴァイオリンとピアノ、そして作曲を学んだという。ウェイはこの頃から在学中にロンドンにあるアンプ製造会社兼中古楽器店であるオレンジ・ミュージック・エレクトロニック・カンパニーに何度も足を運んでいる。理由は自身のヴァイオリンの音を電気的に増幅させるアンプの制作を依頼しており、電子ヴァイオリンのテストを行っていたという。その時、同店で中古の楽器を探していた英国王立アカデミーのチェンバロ兼オルガニストのフランシス・モンクマンと出会うことになる。モンクマンは電気増幅型ヴァイオリンをテストしている音に興味をそそられ、ウェイに接近。何度か出会ううちにお互いの音楽的共通点があることを知り、1969年にピアニストのニック・サイモンを招き、ベーシストのロブ・マーティン、ドラマーのフロリアン・ピルキントン=ミクサと共にシーシュポスというグループを結成する。サリー州リース・ヒルのボールルームで行われたギグでステージデビューを果たし、後にロンドン西部のノッティングヒル通りにあるマーキュリー劇場で、作曲家であるガルト・マグダーモットの戯曲「Who the Murderer Was」のピットバンドを務めている。このショーを見て感激したマネージャー志望のマーク・ハナウがグループのマネジメント担当となり、Sisyphusと共に行動することになる。一方、ロンドンでは同じくマグダーモットが作曲したロックミュージカル『ヘア』が注目を集めていたという。その過激さ故、ミュージカルの新境地を切り開いたと言われた『ヘア』のクリシー役に、13歳からソーニャという愛称で親称で親しまれているフォークミュージシャンのソーニャ・クリスティーナが出演していたという。マネージャーのマーク・ハナウはそのステージで歌う彼女を見て、今のグループに欠けている要素だと知り、1970年1月に興行主であるロイ・ゲストを通じて彼女に連絡。ソーニャは彼らが制作したデモテープを聴いて感動し、脱退したピアニストのニック・サイモンと入れ代わる形でグループに加入している。この時にグループ名をアメリカの革新的な作曲家であるテリー・ライリーのアルバム『A Rainbow in Curved Air』にちなんでカーヴド・エアと変えている。このグループ名はテリー・ライリーの大ファンだったというモンクマンによって提案されたという。

 彼らはソーニャのヴォーカルが映えるような曲作りをはじめ、ロンドンの西部のグロスターシャーにあるベーシストのロブ・マーティンの実家でリハーサルを行っている。その後、ブラック・サバスのサポートを含む英国ツアーを開始し、そこにはサウンドエンジニアであるショーン・デイビスも同行。ショーンの父が作成したというパースペックスのヴァイオリンをダリル・ウェイに弾かせ、独特ともいえるステージサウンドミックスを達成している。そのエキサイティングなステージと熱狂的なファンの数に、カーヴド・エアに対して多くのレコード会社が獲得に動き、最終的にワーナー・ブラザースと契約。ワーナーは英国のミュージシャンと契約するのは初めてであり、多額の契約金を用意したという。こうして1970年11月に英国で最初の商業的に入手可能な LPピクチャーディスクとなったデビューアルバム『エア・コンディショニング』をリリース。ジョン・ピールのラジオセッションやラウンドハウスのインプロージョンのイベントに出演するなどの宣伝効果もあり、英国のアルバムチャートで8位となる快挙を成している。後にベーシストのロブ・マーティンが手の怪我のために脱退し、代わりにイアン・エアが加入。1971年にリリースした『セカンドアルバム』は英国アルバムチャート11位となり、シングルとなった『Back Street Luv』は英国のシングルチャートで4位になるなど、グループ最高のヒット曲となる。後にアメリカツアーを行い、さらなる熱狂的なファンを築き上げていたが、絶え間ないツアーの過程でドラマーのピルキントン=ミクサが病気となり、数か月間バリー・デ・スーザが担当。彼らはBBCのクリスマスラジオ番組に出演するなど、まさに人気絶頂の頃にサードアルバムのレコーディングを行っている。このレコーディング時にイアン・エアが脱退し、後任にベーシスト兼ギタリストのマイク・ウェッジウッドが加入したアルバム『ファンタスマゴリア~ある幻想的な風景~』がリリースされる。しかし、レコーディングから曲にクラシックをベースにした完璧さを求めるダリル・ウェイとシンセサイザーを駆使した幅広い音楽を求めるフランシス・モンクマンの音楽性の相違によって険悪となり、リリース直後に解散することになる。ウェイは1973年に自身の名を冠にしたダリル・ウェイズ・ウルフを結成し、そのグループに参加したのは元イカルスのジョン・エサリッジ(ギター)、元ウォルラスのイアン・モズレー(ドラムス)、カナダ出身のデク・メセカー(ベース、ヴォーカル)の3人である。3人が揃うと共にすぐにファーストアルバムのレコーディングに入り、この時に極めて重要な役割を果たす人物が関わることになる。それは元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドである。イアン・マクドナルドはキング・クリムゾン脱退後、同僚のマイケル・ジャイルズとマクドナルド&ジャイルズを結成してアルバムをリリース。その後セカンドアルバムを制作する予定だったが頓挫し、ダリル・ウェイらの招聘によってプロデューサーとなっている。こうしてデビューアルバムの『カニス・ループス』が、契約したデラムより1973年にリリースされる。そのアルバムはレコードでいうA面をヴォーカルサイド、B面をインストゥメンタルサイドと色分けしたクラシカル兼ジャジーなサウンドになっており、イアン・マクドナルドのプロデュースの影響もあってか、彼らの作品の中でも非常にプログレッシヴロック色の強い内容になっている。

★曲目★
01.The Void(ヴォイド)
02.Isolation Waltz(アイソレーション・ワルツ)
03.Go Down(ゴー・ダウン)
04.Wolf(ウルフ)
05.Cadenza(カデンツァ)
06.Chanson Sans Paroles(無言歌)
07.McDonald's Lament(悲しみのマクドナルド)
★ボーナストラック★
08.Spring Fever(スプリング・フォーエヴァー)
09.Wolf ~Single Version~(ウルフ~シングル・ヴァージョン~)

 アルバムの1曲目の『ヴォイド』は、虚空ともいえるデク・メセカーのヴォーカルと躍動感あるリズム、シャープなギターがコントラストを描いた不思議な世界観のある楽曲。ダリル・ウェイが奏でるピアノの鮮やかなグリッサンドやジョン・エサリッジのギターによるオブリガードが効果的であり、起伏の少ないヴォーカルがどこか夢見がちな雰囲気を創り上げている。2曲目の『アイソレーション・ワルツ』は、ヘヴィなベースラインを中心としたブルージーな楽曲。重いリズムとヴァイオリンのリフレインの対比が続き、目が覚めるような抜けのよいヴァイオリンのソロが展開される。ヘヴィな演奏の中でクラシカルなヴァイオリンの風格さは、思わず英国らしさを感じずにはいられない。3曲目の『ゴー・ダウン』は、エレクトリックピアノとギターによる柔らかなイントロから牧歌的なフォークソングとなった楽曲。甘い雰囲気の中で適度な緊張感をもたらすアコースティックギターのソロ、小気味の良いリズムセクション、そして少し頼りなさ気なヴォーカルが切ない世界を醸成している。4曲目の『ウルフ』は、シンセサイザーを駆使したサイケデリックなイントロから始まり、軽やかなフレージングのの中でミステリアスな雰囲気が漂うヴォーカル曲。次第に緊張感が高まり、鮮やかなヴァイオリンのソロを経て、後半では一気にギターを中心とした高速アンサンブルが展開される。5曲目の『カデンツァ』は、ヴァイオリンとシンセサイザーのイントロから、まさしくウェイのヴァイオリンによるパガニーニ風の華麗なフレーズを繰り返し、チェンバロやエサリッジの高速ギターソロが加わった超絶技巧のアンサンブル。ヴァイオリン、ギター、ベース、ドラムスの順でソロが展開し、彼らのテクニカルなプレイが堪能できる逸品。6曲目の『無言歌』は、牧歌的なヴァイオリンと饒舌なベースライン、ギターの巧みなカッティングが織りなす楽曲。中盤から曲調が変わり、緊張感のあるピアノとジャジーなドラミング、バックで響くヴァイオリンの音が宇宙的であり、ロマンチックな中でも知性が漂った内容になっている。7曲目の『悲しみのマクドナルド』は、プロデューサーであるイアン・マクドナルドをテーマにした楽曲。抒情的なヴァイオリンの音と余韻のあるエレクトリックピアノの響きを中心としており、ヨーロッパ的なエレガントさが漂う美しいメロディが印象的である。ボーナストラックの『スプリング・フォーエヴァー』は、シングル『ウルフ』のB面に収録した楽曲。ダリル・ウェイが作曲しており、力強いドラミングとヴァイオリンのオープニングから始まり、英国らしい牧歌性のあるヴォーカルが特徴の内容になっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、メンバー全員が凄腕のミュージシャンながら演奏自体は非常に抒情的であり、ロマンチックともいえる幻想性を秘めたサウンドになっていると思える。ダリル・ウェイの奏でる鮮やかなヴァイオリンとキーボードが中核を成しているものの、もう1人のジョン・エサリッジの超絶技巧とも言えるギターが双璧となっているのが本アルバムの最大の魅力となっている。

 アルバムはイアン・マクドナルドがプロデュースしたことと、天才ヴァイオリニストのダリル・ウェイを中心としたグループということで好意的に受け入れられ、高く評価される。その中でも注目されたのは後にジャズフュージョンの名ギタリストとなるジョン・エサリッジの存在だろう。彼らは同じメンバーでセカンドアルバム『サテュレーション・ポイント(飽和点)』を同年にリリースし、エサリッジのギターが冴えたジャズロック志向のサウンドになっている。1974年にリリースした3枚目のアルバム『ナイト・ミュージック』は、ジョン・ハドキンソンをヴォーカルとして新たに迎え、5人となって臨んだ完成度の高い作品となっている。しかし、思うほどウケが良くなかったことと、アルバムの売り上げが芳しくなかったことに落胆し、ダリル・ウェイはグループの解散を決意。解散後、ギタリストのジョン・エサリッジはソフト・マシーンに加入し、その後、師であるジャズヴァイオリニストのステファン・グラッペリと共に演奏。1980年代には様々なジャズフュージョングループに所属して、名ギタリストの地位を得ることになる。1997年にグラッペリが89歳で死去すると、トリビュートの意味を込めてスウィートコーラスという自らのグループを結成している。2000年代にはギタリストであるジョン・ウィリアムズと共演し、現在でもジャズギタリストとして貢献している。ドラマーのイアン・モズレーはオランダのリック・ヴァンダー・リンデン率いるトレースを経て、マリリオンに加入。ベース兼ヴォーカルのデク・メセカーはキャラバンに加入し、9作目のアルバム『ベター・バイ・ファー』に参加することになる。ダリル・ウェイはスターク・ネイキッド・アンド・ザ・カー・シーブスというグループを立ち上げたが、一時解散していたカーヴド・エアが再結成されたのを機に復帰。しかし、『カーヴド・エア・ライブ・アルバム』リリース後に再度グループが解散したため、グループを存続させるためにウェイは主にスターク・ネイキッド・アンド・ザ・カー・シーブスのメンバーを使って再結成している。ウェイは再結成後に2枚のアルバムを残したが再び脱退。後に彼はトレースの『鳥人王国』で1曲、ジェスロ・タルの1978年のアルバム『逞しい馬』で2曲で演奏し、その後、1978年にロイヤル・フィルハーモニア管弦楽団とのサウスバンク・ショーで初演された『エレクトリック・ヴァイオリンのための協奏曲』などを含むソロアルバムをリリースしている。1996年11月には彼自身のオペラ『ロシアン・オペラ』がロンドンのザ・プレイス・シアターで初演するなど、彼のソングライティングの高さが評価されている。主にクラシック界に身を置いていたウェイだったが、2008年に離れ離れになっていたソーニャ・クリスティーナ、フロリアン・ピルキントン=ミクサと再会し、新たなメンバーと共に新生カーヴド・エアを再結成。イギリスをはじめとするヨーロッパと日本でのツアーを行い、アルバム『リボーン』を発表している。最近ではクラシック作品を再考したコンピレーションロックアルバムを制作しており、2021年5月にリリースした『ディスティネーション2』が最新のアルバムとなっている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は天才ヴァイオリニストのダリル・ウェイ率いるプログレッシヴロックグループ、ダリル・ウェイズ・ウルフのデビューアルバム『カニス・ループス』を紹介しました。ジャケットの狼がかわいいですよね。犬好き(狼ですが…)にはたまりません。表紙の写真はブルース・コールマン、裏表紙の写真はジェーン・バートンが撮影していて、それぞれ写真家が違うと共によく見たら犬種も違うようです。ちなみにジェーン・バートンは野生動物と自然を専門とする英国の有名な写真家だそうです。

 さて、ダリル・ウェイズ・ウルフはクラシックやフォークといった多彩なジャンルと詩的なヴォーカルが魅力的だったカーヴド・エアとは違って、自身のヴァイオリンとギターを中心とするテクニカルな演奏が冴えた内容になっています。その中でもプロデューサーに元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドを迎えて作られた本アルバムは、レコードでいうA面をヴォーカルサイド、B面をインストゥメンタルサイドと色分けしており、ブリティッシュロックらしいロマンティックな一面と彼らの腕前を魅せつけたテクニカルな一面が味わえる作品になっています。個人的にはギタリストのジョン・エサリッジの名手ともいえるテクニカルなギターが素晴らしく、ダリル・ウェイのヴァイオリンによって醸成されるクラシカルな雰囲気にジャジーな要素を吹き込んでいてとても新鮮に聴こえます。一方のダリル・ウェイはヴァイオリニストとしての演奏だけではなく、エレクトリックピアノやチェンバロ、ピアノといったキーボードも果敢に演奏しており、楽曲にこれ以上ないエレガントさを創り上げています。リズムセクションやギターのダイナミックさ、そしてヴァイオリンやヴォーカルの繊細さが一体となって、シンプルな曲想であるにも関わらず、刺激的な要素が多分にある傑作だと思います。しかし、技巧的で実験性のあるサウンドになったものの、カーヴド・エア時代と比べて注目度も売上も低かったため、たった2年ほどの活動で終止符を打つことになりますが、各メンバーのその後の活躍は目覚ましいものがあります。

 最後の曲である『悲しみのマクドナルド』は、そのタイトル通りプロデューサーであるイアン・マクドナルドに捧げた曲です。ウェイの抒情的なヴァイオリンの美しい響きは、40年以上経っても全く色褪せることなく、この1曲を持って残した3枚のアルバムの中でも最高傑作とするファンも多いと聞きます。ダリル・ウェイはアルバムリリース後にこの曲のことを“典型的な恋人たちのためのムードミュージック”と言ったそうです。きっと揶揄した言葉だろうと思いますが、この曲を作った意図はわからずじまいです。たぶん、ロバート・フリップと袂を分かってキング・クリムゾンを脱退したマクドナルドと、同じくフランシス・モンクマンと対峙してカーヴド・エアを脱退した自身を重ねて、何かを感じたのでしょう。それを悲しみと表現したのは天才的なミュージシャンであっても、どこまでも孤独であると言いたかったのかもしれません。ウェイ自身もグループ解散後に一度カーヴド・エアに復帰しますが、結局脱退して孤高の道に進むことになります。

 本アルバムはダリル・ウェイの叙情性あふれるヴァイオリンが、英国的な陰影を生み出した格調高いメロディになっています。ぜひ、聴いたことの無い人は一度堪能してほしいアルバムです。

それではまたっ!