【今日の1枚】Estructura/Mas Alla De Tu Mente(思考の彼方) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Estructura/Mas Alla De Tu Mente
エストルクトゥラ/思考の彼方
1978年リリース

ナレーションを含む15部の組曲からなる
壮大なシンフォニックオペラの傑作

 中南米の国ベネズエラの最初期のプログレッシヴロックグループとして位置づけられているエストルクトゥラのデビューアルバム。そのアルバムはナレーションでつながる15部の組曲で構成されており、男性と女性の凛としたヴォーカルとコーラス、ストリングスやシンセサイザーを縦横無尽に駆使して繰り広げられる荘厳なシンフォニックロックとなっている。彼らが残した2枚のアルバムはいずれも傑作とされているものの、枚数の少なさと流通の問題で長らく幻の逸品として語り尽くされてきた貴重なアルバムでもある。

 ベネズエラはかつて1950年代、マルコス・ペレス・ヒメネス大統領の独裁下にあり、検閲のもとメレンゲやマンボのような音楽がポップスであって、欧米のロックやポップスが入ってきたのは、ヒメネス大統領が失脚して民主体制となった1957年頃と言われている。その頃にはベネズエラのロックのパイオニアとして知られるエドゥアルド・モレルやオスワルド・イエペスがラジオ番組で欧米のロックやポップスを紹介したことにより、1959年になるとセルバンド・アルザッティという国内初のロックグループが誕生している。1960年代はサイケやソウルなどのジャンルも定着し、レコード会社がより商業的な音楽を目指したことでベネズエラ・ポップスは旺盛を極めたという。1970年に入ると「Gente Joven」という音楽雑誌やウッドストックに影響されたコンサートが開催されるようになり、アフロ・キューバン音楽とブラスを導入したPANやポップロックグループであるBloodなど多くのロックグループが誕生。この頃に欧米のプログレッシヴロックがベネズエラにも上陸することになり、1974年にはベネズエラの音楽シーンの需要人物に1人となるゲリー・ワイルがジャズやロック、実験的な音楽の融合を試みたサウンドを追求したのを皮切りに、La Banda Municipalや Nucleo Xというグループが活躍している。その後、ドイツ出身でベネズエラで活躍したビタス・ブレネルが、デビュー作で同国の伝統音楽と電子的な要素を組み合わせた進歩的なロックを披露し、クレオール系のミュージシャンを中心としたプログレッシヴロックムーヴメントが起こることになる。このようにエストルクトゥラは、ちょうどベネズエラの音楽シーンが多様化した時代に誕生したことになる。

 エストルクトゥラは1977年にベネズエラのバレンシア湖に面したマラカイという都市で結成されたグループである。中心となったのは女性ギタリストであるマリア・エウゲネ・シルベルトである。彼女はベネズエラのロックシーンで著名なギタリストであり、複数のグループを渡り歩くセッションミュージシャンであったという。シルベルトは英国のイエスやジェネシス、イタリアのPFMといったプログレッシヴロックをはじめ、米国のフォークロックを聴いており、当時ベネズエラで流行りつつあったシンフォニックロックの美しさに魅了してグループの結成に動いたと言われている。彼女はグループの結成に際して最初にダビド・マーマン(キーボード、ヴォーカル)に声をかけている。彼は英国のリック・ウェイクマンに影響されたピアノやクラヴィネットを使用するキーボーディストであり、シルベルトとは旧知の間柄である。シルベルトはマーマンと共にアントニオ・ラッシ(ギター)、アグニ・モゴロン(ベース、ヴォーカル)、ドメニコ・プリオレッティ(ドラムス、ヴォーカル)、ウォルトン・デ・ホング(パーカッション)というメンバーを集めており、シルベルトが最も力を注いで招聘しようとしていたのが、当時女性ポップシンガーとして活躍していたマリセラ・ペレスである。彼女の歌声は自身が目指すシンフォニックロックの要素に不可欠であったとされている。こうしてシルベルトがリズムギターとして収まった7人編成となり、ベネズエラの大手レコード会社であるWEAと契約している。作曲はシルベルトとマーマン、そしてラッシの3人で制作し、リック・ウェイクマンの『地底探検』にも通じる朗読(ナレーション)を挟んだ壮大なロックオペラの構想を考えたという。そのため、ナレーターにラジオ司会者であるグスターボ・ピエラルを迎え、ルーベン・ブラスコ指揮の合唱隊も加わってレコーディングを行っている。完成したアルバムの演奏時間は実に1時間以上もあり、ベネズエラでリリースされた中でも最も長いレコードの1枚とされている。こうして1978年にデビューアルバム『思考の彼方』がリリースされることになる。そのアルバムはナレーションでつながる15の組曲で構成されており、男女の美しいヴォーカルとコーラス、縦横無尽に繰り広げられるストリングスやシンセサイザーを駆使したシンフォニック性の強いロックオペラとなっている。

★曲目★
01.En Su Busca(彼を探して)
02.En El Tiempo(時の中で)
03.Mas Alla De Tu Mente(思考の彼方)
04.Como Un Sueño(夢のように)
05.Confusion(混乱)
06.Hacia Donde(何処へ)
07.La Gran Ciudad(偉大なる都市)
08.Sueños(夢)
09.Su Gente(人々)
10.Su Presencia(あなたの存在)
11.Irrealidad(非現実)
12.Un Niño(少年)
13.El Regreso(家路)
14.El Mensaje A Nuestra Humanidad(人類へのメッセージ)
15.La Llegada(帰着)

 アルバムの1曲目である『彼を探して』は、スペイシーなシンセサイザーから始まり、2曲目の『時の中で』は荘厳なコーラスによるオペラ調のロックとなり、ラッシのギターとマーマンのシンセサイザーによるテーマが紡がれる。3曲目の『思考の彼方』でピアノの導入から、凛とした美しいマリセラ・ペレスのヴォーカルとなる。男性ヴォーカルも加わったコーラスは素晴らしく、7分過ぎのラッシのギターソロ、後半にはエレクトリックピアノやシンセサイザーをバックにした朗読「始まり」で終えている。4曲目の『夢のように』は、前曲のまさに夢心地なエレクトリックピアノをバックにした男女のヴォーカルコーラスとなり、フォルクローレっぽい流れからキーボードを中心とした中南米らしいリズミカルなテンポのアンサンブルとなる。5曲目の『混乱』は静寂なエレクトリックピアノをバックにした朗読「旅の途中」から、ヘヴィなギターとキーボードを中心としたスピーディなインタープレイとなっており、意外にもテクニカルなラッシのギターソロが堪能できる。ドラムソロもあり、ラテンアメリカらしい安定感のあるリズムセクションは圧巻のひと言である。6曲目の『何処へ』は、流麗なピアノをバックにした朗読「洞窟の中へ」を経て、クラヴィネットを使用したキーボードによるリズミカルな演奏になっている。7曲目の『偉大なる都市』は、朗読「洞窟の終わり」を経て、男性ヴォーカルによるメロディアスなバラード曲であり、ストリングスやピアノを駆使したシンフォニック仕様になっている。8曲目の『夢』は、スティーヴ・ハウ張りのシルベルトのクラシカルなギターソロを中心とした美しい楽曲となっており、バックにストリングスが加わるなど夢の中にいるような錯覚に陥ってしまう。9曲目の『人々』はクラヴィネットの音色から始まり、リズムとギターが加わると端正なアンサンブルによるインストゥメンタル曲となる。10曲目の『あなたの存在』はヴァンゲリスを彷彿とさせるシンセサイザーによるスペイシーなサウンドから、ラッシの朗々としたギターによるインタープレイとなっている。11曲目の『非現実』はピアノをバックにしたヴォーカル、そしてリズムやキーボード、ギターが加わると合唱隊による荘厳なコーラスとなる。後半にはストリングスを中心としたラッシの哀愁のギターソロが展開している。12曲目の『少年』はピアノをバックにした朗読「街の中で」を経て、美しいマリセラのヴォーカルが始まる。ストリングスとピアノの調べからメロディアスなポップロックへと昇華する流れが素晴らしい。13曲目の『家路』はクラシカルなピアノの音をバックに朗読「家路」を経て、ピアノとヘヴィなギターをバックにしたマリセラのヴォーカル曲となる。今度は伸びやかで力強いマリセラのヴォーカルに、ラッシのギターや合唱隊が呼応する形となったロックシンフォニーである。14曲目の『人類へのメッセージ』は朗読「使命とは愛すること」を経て、今度は優しい男性ヴォーカルを中心としたコーラス隊によるポップロックになっている。後半には哀愁のギターソロがあり、コーラスはより力強く盛り上がっていくのが印象的である。15曲目の『帰着』は、前曲から続くようにギターソロから始まり、スペイシーなシンセサイザーと共にアルバムのオープニングを飾ったテーマが演奏され、壮大とも言えるロックオペラの幕が下りることになる。こうしてアルバムを通して聴いてみると、リック・ウェイクマンの『地底探検』から借景したと思える部分もあるが、全体としてオリジナリティが高く、中南米ならではのグループらしい安定感のあるリズムセクションに支えられたキーボードとギターが織りなすアンサンブルになっていると思える。女性ヴォーカルを中心とした哀愁のヴォーカルやフォルクローレ感覚もあり、演奏力だけではない高いアレンジ力も彼らの大きな魅力となっている。

 アルバムはベネズエラの音楽シーンでは見ない壮大なコンセプトアルバムとして評価され、同国のロックシーンにあらゆる境地を開拓したと言われている。彼らはアルバムリリース後に、40人の合唱団と共に特殊効果を加えたステージ上で、オペラ的、または演劇的な方法でライヴを行ったという。その後、1978年にベネズエラの首都カラカスで設立されたWEAインターナショナル傘下の新興のレーベル会社、CAワールド・レコーディングスに移籍し、パーカッショニストのウォルトン・デ・ホングを抜いた6人で次のアルバムのレコーディングを行っている。1980年にリリースしたセカンドアルバム『構造』は、女性ヴォーカリストのマリセラ・ペレスを中心としたヴォーカル曲をはじめとしたクラシカルなナンバーやフュージョンにも通じる楽曲が収録されており、こちらも前作とはまた違った味わいのある傑作とされている。しかし、1970年代後半になるとベネズエラの音楽シーンも大きく変わり、プログレッシヴロックも下火となった流れからアルバムも思うような売り上げが立たず、同年にグループは解散することになる。ヴォーカルを務めたマリセラ・ペレスはソロアーティストとなり、1980年から1985年まで5枚のアルバムをリリースしている。中心メンバーであったマリア・エウゲネ・シルベルトは、1986年にMadu'sというロックグループを結成して1枚のアルバムをリリース。その他のメンバーは同国のアーティストをサポートするセッションミュージシャンとして活躍している。1980年代はヘヴィメタルやパンクが主流となり、ベネズエラのプログレッシヴロックシーンは絶滅したかと思われたが、21世紀となるとライムンド・ロドゥルホやRC2、Ficcion、Parthenen、Syriakといったアーティストが登場し、再度プログレッシヴロックが活況を呈している。その流れからベネズエラのプログレッシヴロックシーンが注目され、長らく幻の逸品として君臨していたエストルクトゥラの本アルバムが脚光を浴びて再発することになる。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はベネズエラ初のロックオペラとして長らく幻の逸品とされてきたエストルクトゥラの『思考の彼方』を紹介しました。エストルクトゥラはスペイン語で「構造」という意味を持ちます。このアルバムは同時に発売されたベネズエラのグループ、エクイリブリオ・バイタルとほぼ同時期に購入して聴いたアルバムです。実際に聴いてみて、どちらも中南米のグループとは思えない欧米のエッセンスが込められていて、特に本アルバムを含むエストルクトゥラの作品はシンフォニックロックとして傑作になっています。本アルバムの全体的なスタイルとしては、スペースロックやフュージョン、コーラス、ナレーションを加えたロックオペラとなっていて、ストリングスやピアノ、クラヴィネットを使用した多彩なキーボードと哀愁のギター、そして何よりもマリセラ・ペレスの可憐な歌声が印象的です。リック・ウェイクマンの『地底探検』やラッテ・エ・ミエーレの『受難劇』にも通じるアルバムの構成になっていますが、ラテンアメリカらしい安定感のあるパーカッションやリズム隊に支えられたグルーヴィーなアンサンブルやインタープレイが聴きどころになっています。15曲1時間以上の演奏になっていますが、テクニックで押すようなことはなくメロディを主体としているため、最後まで聴ける素晴らしいアルバムです。ちなみにセカンドアルバムはコンパクトにまとめられたクラシカル兼フュージョンの作風となっていますがヴォーカル曲が多く、マリセラ・ペレスの美しい歌声が聴きたい人にはオススメです。

 エストルクトゥラのアルバムはコレクターの間でも幻の逸品として語り継がれてきた作品です。1970年代後期に中南米のベネズエラからこれだけシンフォニックなコンセプトアルバムが作られていたという驚きだけではなく、当時のベネズエラの自由な音楽シーンと感性が垣間見えます。聴いたことの無い人はぜひ一度堪能してほしいです。

それではまたっ!