やってみると微妙な変化が見えてくるという話です。



去年初めて小玉スイカを栽培して

いつ収穫するか

ヤキモキし

ハサミを入れるときも

ドキドキしました。


今年は2年目。

去年と全く変わらない状況です。


(2023年6月 朝霞市 収穫時期を迎えたこだまスイカ)



今日もハサミを入れるか迷って

もう数日待つことにしました。



【まとめ】
動画を見ては

小玉スイカの収穫がいつなのか

見極めようとしている自分がいます。


30年も小玉スイカを栽培している方の動画で

「スイカの肩の張り」

という表現がでてきました。


よく見ると

確かに肩が張り出してきています。


(2023年6月29日 本日)


(2023年6月19日 10日前)



これが

よくかめちゃんも使う

「解像度が上がる」

ってことなのかな

って思いました。


さて、いよいよ収穫です。




ーおしまいー











サウンドヒーリングというセッションがとても良かったという話です。




今日は、妻のサトちゃんに誘われて


「かるらヒーリングユニット」の


サウンドヒーリング(弁財天編)


に行って来ました。



(2023年6月 荒川区 日暮里舎人ライナー)




〜かるらヒーリングユニットとは?〜

かるらさんがシンギングボウルの演奏とヒーリングを担当し

ヒロちゃんがアルケミークリスタルボウル演奏を担当し

2人のコラボ演奏をベースに、ヒーリングやセッションをする2人組のこと。



妻のサトちゃんは何度かこのヒーリングセッションを受けていて

「岩ちゃん、かるらさんのとこのセッションがいいから一緒に受けに行かない?」

とずっと誘われていました。


「うん、サトちゃんがそんなに言うなら」

と4月に申し込んでいたのでした。


いろいろな事情で延期が繰り返され

今日のセッションとなりました。


シンギングボウルとクリスタルボウルの音の響きは

本当に身体をリラックスさせてくれました。



「地には足がしっかりとついているので

これからは上の方へエネルギーが抜けるよう

大きな木に両手を触れながら

梢を仰ぎ見るといい」


とアドバイスをいただきました。


(2023年6月 荒川区 大木の梢を仰ぎ見るイメージ)



【まとめ】
シンギングボウルを身体にあててもらい

音の響きを感じているとき

ちょっとした映像が見えました。


一人の髪を結った力士が広場の地面から回転しながら湧き出てきて

そしてその様子をたくさんの見物人が見ている


というものです。


このことを

お二人に伝えると

「何を意味しているのかは、ちょっと分かりませんね」

とのことでした。


「力士が見えた」

と言った瞬間

隣でクリスタルボウルのヒーリングを行っていたサトちゃんは吹き出していました。


実は

もう一つ明確なビジョンが見えていたのですが、

かるらヒーリングユニットのお二人には伝えず

サトちゃんと2人になったバスの中で

サトちゃんにだけ伝えました。


それは

「チョコレートパフェ」

でした。


バスを降り、最寄りの駅に着いたらすぐに

2人はパフェを求めて

カフェに吸い込まれて行きました。


かるらさん、ヒロちゃん

ありがとうございました。



ーおしまいー












「怒り」について考えたら、感情との付き合い方に思いを巡らすことになったという話です。



犬飼ターボさんが開発した

人間心理学「センターピース」の中で扱う

5大マイナス感情の一つに

「怒り」

があります。

センターピースの中では

「怒り」は

「『意欲』が『妨害』されたと感じたときに出る感情」

と定義されます。


(2023年6月 さいたま市 中山神社)



今日は、ある方との会話の中で

この「怒り」について思い出す機会がありましたので記してみたいと思います。


それは自分がまだ4〜5才の頃。(少なくとも小学校に上がる前の時期)

年も押し迫った12月31日の午後

母親は自分に

「あの時計の短い針が『8』のところに来る頃に帰るから、それまでは私がいないのを我慢していい子にしていてね。」

と言って父親と集金に出かけました。

当時両親が自営業で仕事をしていることは理解していて

「うん、分かった。いい子にしている。」

と幼いながら了解しました。


しかし、午後7時になり8時になっても帰って来ません。

おそらく大晦日なので、両親以外の兄弟は揃っていたと思います。

なだめられたりしたのでしょうが

午後9時を知らせる9回の「ボーン」という時計の音を聞いたとき

「怒り」が爆発して

数日前に張り替えたばかりの障子の紙を

障子の骨(框や組子)によじ登り

上から下まで全て破くという

暴挙に出たのでした。


幼少期の自分は

いわゆる「キレる」と誰も手に負えず

諦めてただその衝動が収まるのを見届けるしかない

という子どもでしたので、

自分が全ての障子(8枚ほどあったでしょうか)の障子紙を破き終わるまで

誰も止められなかったのでした。


10時30分頃に帰宅した両親は、

枠組みだけになった障子の惨状を見て

驚き呆れ

それでも自分に対して叱るということはしませんでした。


幼いながら

「悪いのは母親!自分は悪くない!!」

との信念があったので

微塵もこんな惨状を創り出した自分が

叱られるようなことは起きないと

確信していました。

また、親にも約束を破った負い目があったものと思われます。


今から考えると

せっかく大掃除で綺麗に張り替えた障子を

バカ息子がビリビリにして

あと1時間ほどで新年なのに

どうしてくれるんだ

と、両親特に母親は

どれほど落胆したか知れません。


逆に、父が怒り出し

それはもう大変な折檻をされても

おかしくはなかったとも思います。


今、自分を擁護すると

「怒りの感情を抑え込まず爆発させることができて偉かったね」

「隅から隅まで全ての障子紙を破く意欲が素晴らしい」

と褒めてあげたいです。


また、両親特に母親に対しては

「よくぞこの怪獣のような

手のつけられない自分を

認め育ててくれました」

と感謝の思いが込み上げます。



【まとめ】
上記のエピソードから掬い上げられるべきエッセンスがあるとすれば

それは

「我慢には限度がある」

ということかなと思います。


そして

怒りに限らず湧き起こる「感情」は自然現象で

その感情を否定せずに感じ切る

抑えることもときに必要な場合もあるかも知れないが、そこは限度を越えない


ここに

生きづらさを解消する秘訣が隠されているように

今更ながら感じたのでした。




ーおしまいー