「怒り」について考えたら、感情との付き合い方に思いを巡らすことになったという話です。
犬飼ターボさんが開発した
人間心理学「センターピース」の中で扱う
5大マイナス感情の一つに
「怒り」
があります。
センターピースの中では
「怒り」は
「『意欲』が『妨害』されたと感じたときに出る感情」
と定義されます。
今日は、ある方との会話の中で
この「怒り」について思い出す機会がありましたので記してみたいと思います。
それは自分がまだ4〜5才の頃。(少なくとも小学校に上がる前の時期)
年も押し迫った12月31日の午後
母親は自分に
「あの時計の短い針が『8』のところに来る頃に帰るから、それまでは私がいないのを我慢していい子にしていてね。」
と言って父親と集金に出かけました。
当時両親が自営業で仕事をしていることは理解していて
「うん、分かった。いい子にしている。」
と幼いながら了解しました。
しかし、午後7時になり8時になっても帰って来ません。
おそらく大晦日なので、両親以外の兄弟は揃っていたと思います。
なだめられたりしたのでしょうが
午後9時を知らせる9回の「ボーン」という時計の音を聞いたとき
「怒り」が爆発して
数日前に張り替えたばかりの障子の紙を
障子の骨(框や組子)によじ登り
上から下まで全て破くという
暴挙に出たのでした。
幼少期の自分は
いわゆる「キレる」と誰も手に負えず
諦めてただその衝動が収まるのを見届けるしかない
という子どもでしたので、
自分が全ての障子(8枚ほどあったでしょうか)の障子紙を破き終わるまで
誰も止められなかったのでした。
10時30分頃に帰宅した両親は、
枠組みだけになった障子の惨状を見て
驚き呆れ
それでも自分に対して叱るということはしませんでした。
幼いながら
「悪いのは母親!自分は悪くない!!」
との信念があったので
微塵もこんな惨状を創り出した自分が
叱られるようなことは起きないと
確信していました。
また、親にも約束を破った負い目があったものと思われます。
今から考えると
せっかく大掃除で綺麗に張り替えた障子を
バカ息子がビリビリにして
あと1時間ほどで新年なのに
どうしてくれるんだ
と、両親特に母親は
どれほど落胆したか知れません。
逆に、父が怒り出し
それはもう大変な折檻をされても
おかしくはなかったとも思います。
今、自分を擁護すると
「怒りの感情を抑え込まず爆発させることができて偉かったね」
「隅から隅まで全ての障子紙を破く意欲が素晴らしい」
と褒めてあげたいです。
また、両親特に母親に対しては
「よくぞこの怪獣のような
手のつけられない自分を
認め育ててくれました」
と感謝の思いが込み上げます。
【まとめ】
上記のエピソードから掬い上げられるべきエッセンスがあるとすれば
それは
「我慢には限度がある」
ということかなと思います。
そして
怒りに限らず湧き起こる「感情」は自然現象で
その感情を否定せずに感じ切る
抑えることもときに必要な場合もあるかも知れないが、そこは限度を越えない
ここに
生きづらさを解消する秘訣が隠されているように
今更ながら感じたのでした。
ーおしまいー