火星の過酷な環境に合わせて脳髄を機械の体に移し替える火星開拓士というサイボーグが出てくる手塚治虫先生の『はるかなる星』(『ライオンブックス』所収)の、自分の生身の身体が行方不明になった主人公大和路明を大和路亜紀という若い女性に置き換えたパロディっぽいストーリーです。

イラスト:(特別編)火星開拓士・大和路亜紀その1

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火星を居住可能にするためのテラフォーミング計画は、現在火星に大気を作り出すための炭酸塩を含む鉱物の採掘及び特殊な磁場を発生させるための鉄塔の建設を中心に進められています。
火星の環境を改造するのに必要な気の遠くなるような年月を短縮するため開発された火星開拓士と呼ばれるサイボーグ体は、寒冷で空気の薄い火星の上でも宇宙服なしで活動でき、その作業効率は生身の人間の10倍以上にもなります。大和路亜紀は、そんな火星開拓士の1人です。
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「うおおおっ!それはどういうこっちゃ!…いや…どういうことですか?一体私の肉体はどこに!?この女狐!泥棒猫!私の彼氏を返しやがれ…じゃなかった…私の肉体を早く取り戻してきてください!」
「あなたのその反応を見ると、二股を発見したときどんな修羅場があったのか、その光景が目に浮かぶわ…」
「いや、そんな無責任に落ち着いて…さすがにクールビューティなんていう域じゃなくてドン引きなんですけれど…」
「サイボーグ体なので感情の表出が難しいだけよ。こう見えても思いがけない大失態に焦っているし、あなたには申し訳なく思っているのよ。とりあえず事案について説明させてね。あなたの肉体は『行方不明』になったというよりは、正確には『脱走』したの」
「脱走…というと、逃げ出したってことですか?肉体だけで?」
「ご存じのとおり私たち火星開拓士は、火星の、このきびしい環境にあわせるため、肉体から脳髄だけをとりだしサイボーグ体に移植してこんな姿になっています。そしてしばらくのあいだ使わなくなった肉体は、電子頭脳をはめこんで保存してあります。私たちの任務が終わって、また元の肉体に戻してもらうまで…」
「最低でも10年後にね!」
「ずいぶん根に持っているわね…その保存室はこの下にあります。212人の肉体が保存されているわ。その保存室の扉が今朝、中からこじあけられてこわれていたの…」
「えっ、保存室の扉ってずいぶん頑丈…」
「ええ、外からわね。でも中からは簡単に開くわ。保存してある肉体の1つが動きだして逃げたのよ。番号を調べたらあなたの体だったってわけ…」
「そんな馬鹿な!…そんなことが起こるはずはありません!!」
「ええ、こんな事件はめったにないわ。きっとあなたの肉体に入れた電子頭脳が優秀だったのね」
「面白がっている場合ですか!はやく…はやく何とかしてさがしてください!!」

「一応心当たりはあるのよ。どうやら輸送ロケットにまぎれて地球へ逃げたらしいの」

「ええっ、地球へ!?」

『ライオンブックス(Wikipedia)』

『火星(Wikipedia)』

『テラフォーミング(Wikipedia)』

【今回描いた絵】

大和路亜紀(火星開拓士)