今回取り上げる作品は『新米姉妹のふたりごはん』というマンガです。
親の再婚で姉妹になった二人の、ご飯を通じての交流を描いた作品。
かなり簡単なあらすじとしてはそんな感じです。ちょっと『高杉さんちのおべんとう』に似ているところがありますが、本作は新しく姉妹になった二人の女子高生を主軸に据えて話が展開していきます。
記事制作時点で第2巻まで読みましたが、この時点で姉妹の両親は登場していません。世界一周の旅に出ているとのことで、二人の元に帰ってくるのがいつになるのかわかりません。世界を飛び回る仕事をしているらしく、二人が一緒に暮らし始める前からこんな状況のようです。
さて、姉のサチと妹のあやりが一緒に暮らすことになって最初の頃は、ぎくしゃくしたもので、特に妹のあやりは機嫌が悪いのか、怖い顔をしていました。サチはこの生活に不安が募りましたが、二人の元に親から贈り物が届きました。中身は何と、生ハムでした。
そん所そこらの生ハムではなく、ハモン・セラーノの原木と呼ばれるものです。私も世界の料理に詳しいわけではないので、どんなものなのかよくわかりませんが、作中の絵を見る限り、豚の体の一部を丸ごと塩漬けにして熟成させたものとのことですが、肉の塊です。スーパーなどで売られている物とはだいぶ印象が違います。ハモン・セラーノの原木は豚の後ろ脚を使っていますが、ほかの部位を使った生ハムもあるようです。解説によると「ハモン」が後ろ脚を表しているとのことです。
そんな生ハムを前に、あやりは目を輝かせて、テキパキと支度を整えて、刃渡りの長い包丁でスライスしていきます。そこに、サチが学校帰りに買ったパンが。
サチとあやりそれぞれが用意した食材が一緒になって、美味しい食事になり、そこから意気投合して、姉妹生活が本格的に始まります。
本作は、CMで知りました。
それまで、私も少しばかり、食に関するマンガは手に取っていました。先述の『高杉さんちのおべんとう』を筆頭に、『く~ねるまるた』、『幸腹グラフィティ』が該当します。
私が読んでいない作品はもっと多く、ここで挙げるのも辟易するくらいです。何しろ、本作で解説を寄稿している杉村啓さんの肩書が「料理漫画研究家」です。それくらい、世の中に料理に関するマンガが多く出回っているということです。
その杉村さんいわく、本作の魅力を第1巻の巻末で3つに分けて記しています。料理の楽しさを前面に出していること、一見すると手が届きそうにない料理が実は少し手を伸ばせばできるということを示していること、あとはキャラがかわいいということです。
ただ、私も杉村さんほどではないにしても、少しばかり同じようなテーマのマンガを読んでいますが、極端に本作が突出してこういうパターンだと言い切れるような要素は無いと思います。
親世代がいない中での同年代の女の子の一つ屋根の下での同居という点では、新たに姉妹になったか、少し離れた親せき同士かの違いはあれど、すでに私は見ていますし、なじみの無いものや手が届きそうになさそうな料理という点では別の作品で見た覚えがあります。登場人物の愛らしさは他のどの作品でもほとんど共通しているでしょう。少なくとも、私が見てきた作品においては共通しています。
つまりは、いろいろと論理的に本作の良さを紹介しようとしても、他の作品でも同じような特徴があるわけで、この作品だけの魅力というわけではありません。
だとしたら、私は本作の良さをどうやって伝えるかというと、一言、フィーリングとだけ言います。
緊張すると怖い顔になってしまうあやりのほころんだ表情とのギャップ、サチの姉としての振る舞いを模索し奮闘する姿の愛らしさ。
料理は言わずもがな、作品においては小道具にすぎないのです。その小道具が、制作においてたとえば実際に作って見てから作品に反映させるように、かなり凝っているのです。調理の過程や食べるシーンも見ごたえがありますが、料理が前面に出てしまうと、キャラクターの魅力が半減してしまいます。そのあたりのバランスが心地よいのです。
こればかりは、感性によるところなので、いくらそれを文章にするために、また、多くの人を納得させるために論理的に説明しようとしても、私には無理です。何しろ、読むことで私が言いたいことがやっと伝わるわけですから。
まあ、説明ができないなど記してしまうと、このコーナーの存在意義が失われてしまいますが、ただ、突出して特徴があるわけではなく、というか、料理漫画と言われるものは見る限り展開が似ていて、違いがあるとしたら登場人物くらいなわけで、そんな中で他と違うところの魅力となると、キャラクターの生き生きとした姿しかないわけで、それだって下手すると他のマンガでも描かれているので、その作品の強みにはなりません。
そうなると、もはや絵柄が好きかどうかの話になってくるわけで、私は本作の絵柄、好きなので、話も割と面白いので、続きを楽しみにしています。でも、絵柄を文字で説明など、できません。ゆえに、説明を放棄したのです。
変な感じの流れになってしまいましたが、この先いろいろな展開が考えられますし、登場する料理も次は何が出てくるのか楽しみです。たこ焼きのエピソードの時など、久々にたこ焼き作ろうかなと思ったくらいです。なんだかんだで、本作を読んだ時点で、もう2年くらいたこ焼きを作っていないので、久しぶりにやってみようかなと。解説にあった火力調整機能は付いていないのを使っているのですが・・・。
というわけで、今回は『新米姉妹のふたりごはん』を取り上げました。この記事が掲出される頃には、あるいはアニメにでもなってるのかなと思いますが、個人的には実写ドラマでは見たくないかな。記事制作時点で、未だにとある小説の実写ドラマ化の際のトラウマが抜けていませんから。それに、動くキャラクターの魅力が最大限に発揮されるのは、やはりアニメだと思いますから。
なにはともあれ、興味をもたれた方は是非一読を。
(掲出時追記)
掲出時点では第6巻まで刊行されています。両親の登場もありましたし、ちょっとしたことも起こりました。それでも、今のところは二人の関係は続いていますし、共通の友人となった女の子もたびたび登場するようになりました。
時間ができたら、また1巻から読み返そうと思います(この追記からもお分かりの通り、だいぶ内容を忘れているからです)。
親の再婚で姉妹になった二人の、ご飯を通じての交流を描いた作品。
かなり簡単なあらすじとしてはそんな感じです。ちょっと『高杉さんちのおべんとう』に似ているところがありますが、本作は新しく姉妹になった二人の女子高生を主軸に据えて話が展開していきます。
記事制作時点で第2巻まで読みましたが、この時点で姉妹の両親は登場していません。世界一周の旅に出ているとのことで、二人の元に帰ってくるのがいつになるのかわかりません。世界を飛び回る仕事をしているらしく、二人が一緒に暮らし始める前からこんな状況のようです。
さて、姉のサチと妹のあやりが一緒に暮らすことになって最初の頃は、ぎくしゃくしたもので、特に妹のあやりは機嫌が悪いのか、怖い顔をしていました。サチはこの生活に不安が募りましたが、二人の元に親から贈り物が届きました。中身は何と、生ハムでした。
そん所そこらの生ハムではなく、ハモン・セラーノの原木と呼ばれるものです。私も世界の料理に詳しいわけではないので、どんなものなのかよくわかりませんが、作中の絵を見る限り、豚の体の一部を丸ごと塩漬けにして熟成させたものとのことですが、肉の塊です。スーパーなどで売られている物とはだいぶ印象が違います。ハモン・セラーノの原木は豚の後ろ脚を使っていますが、ほかの部位を使った生ハムもあるようです。解説によると「ハモン」が後ろ脚を表しているとのことです。
そんな生ハムを前に、あやりは目を輝かせて、テキパキと支度を整えて、刃渡りの長い包丁でスライスしていきます。そこに、サチが学校帰りに買ったパンが。
サチとあやりそれぞれが用意した食材が一緒になって、美味しい食事になり、そこから意気投合して、姉妹生活が本格的に始まります。
本作は、CMで知りました。
それまで、私も少しばかり、食に関するマンガは手に取っていました。先述の『高杉さんちのおべんとう』を筆頭に、『く~ねるまるた』、『幸腹グラフィティ』が該当します。
私が読んでいない作品はもっと多く、ここで挙げるのも辟易するくらいです。何しろ、本作で解説を寄稿している杉村啓さんの肩書が「料理漫画研究家」です。それくらい、世の中に料理に関するマンガが多く出回っているということです。
その杉村さんいわく、本作の魅力を第1巻の巻末で3つに分けて記しています。料理の楽しさを前面に出していること、一見すると手が届きそうにない料理が実は少し手を伸ばせばできるということを示していること、あとはキャラがかわいいということです。
ただ、私も杉村さんほどではないにしても、少しばかり同じようなテーマのマンガを読んでいますが、極端に本作が突出してこういうパターンだと言い切れるような要素は無いと思います。
親世代がいない中での同年代の女の子の一つ屋根の下での同居という点では、新たに姉妹になったか、少し離れた親せき同士かの違いはあれど、すでに私は見ていますし、なじみの無いものや手が届きそうになさそうな料理という点では別の作品で見た覚えがあります。登場人物の愛らしさは他のどの作品でもほとんど共通しているでしょう。少なくとも、私が見てきた作品においては共通しています。
つまりは、いろいろと論理的に本作の良さを紹介しようとしても、他の作品でも同じような特徴があるわけで、この作品だけの魅力というわけではありません。
だとしたら、私は本作の良さをどうやって伝えるかというと、一言、フィーリングとだけ言います。
緊張すると怖い顔になってしまうあやりのほころんだ表情とのギャップ、サチの姉としての振る舞いを模索し奮闘する姿の愛らしさ。
料理は言わずもがな、作品においては小道具にすぎないのです。その小道具が、制作においてたとえば実際に作って見てから作品に反映させるように、かなり凝っているのです。調理の過程や食べるシーンも見ごたえがありますが、料理が前面に出てしまうと、キャラクターの魅力が半減してしまいます。そのあたりのバランスが心地よいのです。
こればかりは、感性によるところなので、いくらそれを文章にするために、また、多くの人を納得させるために論理的に説明しようとしても、私には無理です。何しろ、読むことで私が言いたいことがやっと伝わるわけですから。
まあ、説明ができないなど記してしまうと、このコーナーの存在意義が失われてしまいますが、ただ、突出して特徴があるわけではなく、というか、料理漫画と言われるものは見る限り展開が似ていて、違いがあるとしたら登場人物くらいなわけで、そんな中で他と違うところの魅力となると、キャラクターの生き生きとした姿しかないわけで、それだって下手すると他のマンガでも描かれているので、その作品の強みにはなりません。
そうなると、もはや絵柄が好きかどうかの話になってくるわけで、私は本作の絵柄、好きなので、話も割と面白いので、続きを楽しみにしています。でも、絵柄を文字で説明など、できません。ゆえに、説明を放棄したのです。
変な感じの流れになってしまいましたが、この先いろいろな展開が考えられますし、登場する料理も次は何が出てくるのか楽しみです。たこ焼きのエピソードの時など、久々にたこ焼き作ろうかなと思ったくらいです。なんだかんだで、本作を読んだ時点で、もう2年くらいたこ焼きを作っていないので、久しぶりにやってみようかなと。解説にあった火力調整機能は付いていないのを使っているのですが・・・。
というわけで、今回は『新米姉妹のふたりごはん』を取り上げました。この記事が掲出される頃には、あるいはアニメにでもなってるのかなと思いますが、個人的には実写ドラマでは見たくないかな。記事制作時点で、未だにとある小説の実写ドラマ化の際のトラウマが抜けていませんから。それに、動くキャラクターの魅力が最大限に発揮されるのは、やはりアニメだと思いますから。
なにはともあれ、興味をもたれた方は是非一読を。
(掲出時追記)
掲出時点では第6巻まで刊行されています。両親の登場もありましたし、ちょっとしたことも起こりました。それでも、今のところは二人の関係は続いていますし、共通の友人となった女の子もたびたび登場するようになりました。
時間ができたら、また1巻から読み返そうと思います(この追記からもお分かりの通り、だいぶ内容を忘れているからです)。