死にたくはありませんよ。死んだあとどうなるのかわかりませんし。
 ファンタジーものの作品にみられるように、転生するのなら、それもありかとも思いますが、リアルではないでしょう。憧れはしますが。
 もちろん、生まれ変わったところで、現世と同じような体たらくになる可能性はあります。それどころか、もっとひどい目に遭うかもしれません。
 でも、ファンタジーものの作品みたいな世界が、本当にどこかにあって、次の人生はそこで・・・という感じに本当になるのなら、死ぬのも悪くないとは思います。
 もちろん、せっかくなので、現世もなるべく面白おかしく生きていきたいとは思います。実際にできるかどうかは別として。
 で、今の人生が、私が転生した世界では、フィクション作品として描かれていて、生まれ変わった私は、それに憧れを抱いていたりして・・・。
 ともあれ、三十路を迎えると、徐々に迫りつつある死に、漠然とした不安や恐怖をより強く感じるようになっています。だから余計に、そんなことを考えたくなるのかもしれません。(436字)
 このブログでは、数日前に記事を作り、日時指定を使って掲出をしているので、どうしても取り上げる話題について、少し新鮮さを失ってしまいますが、今回は「新しい話」ということで、2つ、話題を取り上げます。

 まずは、やはり避けられない、新元号のことです。

 新元号は「令和」に決まりましたね。

 この言葉、私は耳慣れないですし、初めて知ったものですが、ワードで入力してみると、一回で変換できました。ということは、言葉自体はあるようですね。
 でも、1日の発表の際に説明された由来は、『万葉集』の中の、梅について歌った句からとったそうですが、その句で「令和」という言葉が出ているわけではなく、「令月」とかなんたらかんたらとかいった具合に、漢字を抜き出して組み合わせた印象でした。
 それを見た時に、私はなんだか、随分とこじつけているなと感じました。

 そもそも、ひねくれ者の身としては、漢字の意味というか、印象からして、何となく、かつての日本に戻そうとしているのではないかと、そんな疑念を抱きました。

 例えば、多くの人が予想しそうな漢字、「清」とか「泰」とか、まあ「和」は入っているのですが、他にも「光」とか「隆」とか、そういったものならまだ印象としていいのですが、「令」というのは、すぐに連想されるものとして「命令」とか「戒厳令」などのように、上の者が下の者を押さえつけるようなイメージがあって、なぜこの漢字を用いたのだろうと、発表の瞬間、違和感を覚えました。
 で、そのあとに、「のどか」とか「なごやか」など、穏やかなイメージのある「和」です。

 なんだか、裏ではあれな意味合いが込められているような気がしてならないのです。

 改めて表記しますが、私はだいぶ、ひねくれ者です。それ故に、そういう疑念を抱いてしまうのです。
 考えすぎなのだと思います。でも、一瞬でも抱いた不安というのは、なかなかぬぐえないものです。

 その後の、「令和」と名付けた理由についての説明においても、梅の花がどうのとか、そんな話でしたが、梅って、花を咲かせた後、果実がなって、それを食用などに利用しているよな…と。

 考えすぎかもしれませんけどね。

 でも、そう考えてしまうと、なんだか恐ろしい意味に見えてしまうのです。

 願わくば、私の考えすぎな部分が、現実のものにならなければと思います。


 さて、新元号のことはこれくらいにして。本題に入りましょう。前置きと本題が、「新しい」ということで共通していたので、タイトルを決めました。

 やっぱり鉄道関連の話です。相模鉄道、通称「相鉄」とJRとの相互直通運転が、11月30日でしたっけね、開始されるそうです。
 まだ半年以上先の話ですが、この相互直通運転は、10年くらい前から私も把握していて、いつ実現するのかとずっと待っていました。

 …待っていただけで、別に利用するわけではありませんが。

 なにしろ、その頃なら私もまだ大学に通っていて、海老名を素通りしていました。でも、これは例えば、小田急で新宿~相模大野が人身事故などで運転見合わせとなった時に、今までは小田原を回ってからJRという振り替え輸送だったのが、海老名から相鉄で新宿まで1本で行けるようになり、だいぶ時間短縮されるはずです。
 なかなか限定的なパターンですが、それでも、万が一の時の別ルートが増えるというのは、利用者であった私にとっては、うれしい話だったことでしょう。
 今は、JRの電車であちこちに行くことはあっても、私鉄に乗ることはだいぶ減りました。ほら、休日フリーパスみたいなのを使って、日帰りで遠出することが多く、その際に他社路線に乗ると、その分お金がかかってしまいます。懐がさみしい私には、それは結構大きいことで、ゆえに、なかなか私鉄を利用しないのです。場合によっては、バイクで行ってしまいます。
 そのため、相鉄との相互乗り入れが始まったとしても、私はそれを利用することはおそらくないのです。

 でも、JRの線路を相鉄の車両が走ることになるはずです。ということは、JRの路線を利用しながら相鉄の電車に乗ることができるということで、それは楽しみです。
 つい最近も、新型車両が完成し、これから運転し始めるそうですし。

 で、私が一番気になっているのは、この先の話です。

 一応、相鉄とJRの相互乗り入れについては、新宿までは運転されるようです。例えば、海老名発新宿行き(武蔵小杉経由)という感じになるのでしょう。あるいは、途中の大和始発あるいは終点という列車も設定されるでしょう。
 …一度だけ、相鉄は利用したことがあるのと、あとはモーターマンで相鉄のことを取り上げた楽曲をよく聞いていたので、ある程度ならわかります。
 そりゃあ、海老名から新宿は、小田急が最速です。特に快速急行なんかは、1時間かかりません。距離も多分小田急の方が短いです。
 でも、先述のように万が一の時の振り替え輸送に対応できるのはうれしい話です。
 で、海老名から新宿まで運転されるわけですが、その先はどうなのでしょう?

 私としては、新宿から先、大宮くらいまでは運転しないかなと、そう思っているのです。

 つまりは、埼京線とも相互直通運転しないかなと。

 今、埼京線は各駅停車を中心に、新宿で折り返し運転をしています。で、新宿の1~4番線までを使っているわけですが、そのうちの2,3番線で、折り返し運転をしています。
 で、今はどうだかわかりませんが、その2,3番線両方とも、新宿始発の各駅停車が止まっていることがあるのです。
 とすると、相鉄からの列車はどこで折り返すのでしょう?
 私としては、今、新宿どまりになっている電車を、そのまま相鉄直通に切り替えてしまった方がいいのではないかと思うのです。
 もちろん、ダイヤの乱れが生じた場合は、今まで通り新宿折り返しが復活しますが。

 ただ、ここで問題になるのは、新宿~横浜の線路容量です。いや、新宿~大崎ですね。
 新宿~大崎は、湘南新宿ライン、埼京線、りんかい線、そして成田エクスプレスなどのいくつかの特急が走っていますが、そこに相鉄線からの列車が加わるわけです。
 一体どれくらい増えるのかは分かりませんが、せっかく相互乗り入れするのに1時間に1本というのは、利便性があまりにも悪い気がします。
 まあ、利用状況によって今後増やす可能性はありますが。
 でも、相鉄線からの列車に対応でいるくらいの余裕がまだあるなら、新宿で折り返すのはもったいないと思うのです。
 それならば、大宮まで運転してもいいのではないかと、で、各駅停車の一部を相鉄線乗り入れにしてしまえばいいのではないかと。

 大宮駅なら、ホーム2本の4線で、今も大宮折り返しの各駅停車が設定されていますし、新宿よりも発着する列車は少ないので、そういう点では余裕があると思うのです。
 それでなくても、新宿駅は発着本数が多く、朝なんかは池袋~新宿がノロノロ運転で、西武新宿駅の横で信号停止することもあります。そこに、折り返しの列車を設定する余裕はないのではないかと思います。
 なので、日中はともかく、朝のうちは埼京線の大宮から相鉄線の海老名まで直通運転する列車を複数設定して、新宿駅での列車さばきを円滑にしたほうがいいのではないかと思うのです。

 とまあ、いろいろと理屈をかましましたが、一番の理由は、埼京線の路線内で相鉄の車両に乗ってみたいという、単なる欲求なのですが。

 でも、相鉄線との相互乗り入れ、どんな感じになるのでしょうかね?まだダイヤの詳細は発表されていないのですが、発表を楽しみに待つことにします。

 ニュース記事などでは、ハイフンを入れていませんが、この辺は私の勝手なこだわりです。

 さて、いつも私が場末のブログでV-Tuberのことを取り上げると、やれピノ様がかわいいだとか、ごんごんさんが「きんたまこらぼ」って言ったと騒いだりして、私の中では面白おかしく綴っているのですが、今回はちょっと真面目な話をします。

 どう真面目かというと、V-Tuber界隈の動きについてです。

 まず、3月26日に我らがピノ様による『ぴのらぼ~おいしい虫さんたち~』が販売されました。予約受付期間中に重版がかかるという快挙も果たした、注目度の高い(と、少なくとも私は思っている)児童書です。
 児童書といっても、大人でも十分に楽しめますし、意外と知られていないこともつづられていて、参考にもなります。
 他にも、本作で絵を担当した八重沢なとりさんは、江戸糸あやつり人形の解説…というか、実際には司会進行みたいな位置づけだったのですが、携わっていましたし、さらには花京院ちえりさんともこ田めめめさんとともに、バスケットボールのプロチーム、「YOKOHAMA B-CORSAIRS」の後任応援V-Tuberに抜擢されました。
 また、メディアへの進出も、主にテレビ朝日系列ですが、『超人女子戦士ガリベンガーV』にも、毎回誰かしら参加しています。

 そして、活動の拠点であるYouTubeにおいては、チャンネル登録者数を順調に伸ばしていて、もこ田めめめさんは10万人を達成しました。
 他にも、3月中は節目を迎えた方が何人かいました。ごんごんさんこと金剛いろはさんは8万人、八重沢なとりさんと神楽すずさん、猫乃木もちさんは5万人をそれぞれ達成しました。

 そんな状況下、V-Tuber界隈では、2017年のキズナアイさんの成功を機に、アイドル部も含められると思いますが、雨後の筍のごとく、数多のV-Tuberが登場し、果たしてこの記事が掲出される4月1日時点で、どれだけの数のV-Tuberが存在するのかわかりません。記事執筆の3月30日から4月1日までの間にも、多くのV-Tuberが登場しているかもしれません。
 そして、V-Tuberとして成功を収めている人もまた、ごくわずかで、この点は、自身の姿を堂々とさらしているユーチューバーと同様とのことです。

 そりゃあ、基本無料視聴可能なYouTubeでの活動をメインとしていれば、収益はほとんどないどころか、やればやるだけ赤字になるでしょう。
 どういう方法で収入があるのかは、私はユーチューバーにもV-Tuberにもなったことがないのでわかりませんが。

 でも、ちょっと考えてみてください。

 例えば、お笑い芸人。こちらも毎年数多くの芸人やコンビがデビューしていますが、その中で10年後も活動を続けている人、10年後には売れて第一線ではないにしてもそこそこ仕事がある人、大ヒットして第一線で活躍している人は、ほんの一握りどころか、一つまみと表現しても多すぎるかもしれません。
 それでなくても、昨今は、一部を除いて芸人のテレビにおける入れ替わりも激しいですから、積極的に芸人を追っていない私にとっては、いきなりテレビ画面に出てきても、「だれやねん?」となってしまい、それ故に関心がどんどん低くなってしまいます。

 これは、声優においても同様でしょう。

 第一線で活躍し続ける人というのは、やはりほんのひとつまみです。

 例えば、私でも名前を知っている沢城みゆきさんは、私が大学生の頃にはすでに活躍していて、デビューがいつ頃なのか分からないのでキャリアについては言及しませんが、それでも少なくとも10年以上のキャリアがあり、今もなお活躍を続けています。
 その10年くらい前のアニメの続編が今も作られていたり、最近になってようやく完結を迎えたりしているものもあり、そして、その10年くらい前のアニメでメインキャラを演じていた方はほとんど今も活動を続けています。
 でも、ここ5年は、本当にわかりません。名前が出ても、「何の役をやってた人だっけ?」と思うことも結構あります。
 もちろん、それだけ私が年を取ったというのもあるのですが、それ以上に、第一線で活躍する声優の入れ替わりが激しいというのもあるのではないかと思います。
 下手すると、2018年にはあるアニメで主役に抜擢されたのに、2019年になったとたんに、脇役にすら名前が挙がらない…という人さえもいるのではないかと思います。もちろん、推測ですが。

 で、声優とV-Tuberはいろいろと似ているところがありますね。

 二次元のキャラに声を当てている点はまさしくそうです。でも、違うのは、ストーリーに則ってセリフをしゃべるのではなく、完全に自分で喋ったり、身振り手振りなどの動きを入れたりすることです。
 そして、それ故に、V-Tuberの方が、表現においてはかなり自由度が高いです。ある作品のあるキャラクターを「演じる」のではなく、二次元キャラの中身となって、ある時は演じて、ある時は素のまま喋ることができるわけです。

 なんというか、声優の副業としてV-Tuberをやっている人の場合は、オーディション以外の場で自分を表現できるわけで、そういう意味では、声優として新たな仕事、あるいは別分野での仕事を得るチャンスが、この活動を通じて手に入れることができるわけです。
 そういう意味では、採算度外視での活動ではあるものの、次につなげる活動と見ることができ、有益ではあります。
 ただ、世の中のV-Tuberのうち、どれくらいの人が副業として活動していて、声優業の維持のために動画配信をしているのかはわかりませんが。
 もしかしたら、中には単純に趣味として、採算度外視で活動している人もいるかもしれません。
 でも、その方が案外、長続きするのかもしれません。利益追求を考えたら、長く続けるだけ赤字になる可能性の方が高いですからね。

 それこそ、ピノ様みたいに、好きなことが高じて(あまり良い表現ではありませんが)本を出版して、それで印税が入るなどの形で収益がないと、きついですからね。

 しかしながら、企業発の、それこそアイドル部みたいなV-Tuberの場合は、徐々に活動の場が広がりつつあり、あまたいるV-Tuberの中でも、比較的成功をつかみやすいのではないかと思いますが。
 何しろ、虫を筆頭に生き物が大好きで、しかも結構知識が豊富なピノ様のほか、歌が上手いベイスターズファン、モデリングのスキルがあるカラフル靴下な人、平気で下品な言葉を発することができる巫女など、個性が豊富ですからね。それでいて、画面の向こうの人柄(映像に頼らず、声だけ聴くと、まるでラジオのように、話している人の人柄が、何となく見えてくるのです)もちゃんとしていますからね。

 ちなみに、私はピノ様を筆頭としたアイドル部のメンバーの配信を主に見ていて、それ以外のV-Tuberの配信はほとんど見ていません。
 理由は、それでなくても、ほぼ毎日誰かしらの配信があり、しかもアーカイブもまだ見終えていないからです。そして、今はごんごんさんの、チャーハン食べながら配信がどの動画なのかを探しているところです。なんとなく見た覚えがあったのですが、どの動画だったか忘れてしまったのです。
 で、他のV-Tuberに手を出し始めるときりがなく、到底時間が足りないというのもあります。なので、誰かから勧められたり、私にとって興味深いゲームの配信をしていたりしない限りは、新たにほかの人の配信を見るという気が起こらないのです。

 なにしろ、ピノ様の配信を見るようになったのも、いくつかの偶然が重なったからなのです。
 衛星の特番でどういうものかを見て知り、ではどういう動画を配信しているのか見てみようという気になり、候補に挙がった中にピノ様の「ポケモンスナップ」の生配信があって、何となく見始めたのです。その時点では、まさか全部のアーカイブ動画を見ようとは思っていませんでした。
 でも、最初に接したときが、私でも知っているポケモン関連だったこと、そのゲームを楽しそうにプレイしていたピノ様に、何となく興味が湧き、気が向いた時に動画を探すようになり、そして、ピノゴンコラボの生配信を偶然見つけて、ピノ様の別の一面を見て、ごんごんさんの煽り、そしてお茶こぼし事件に大笑いしたのが、私の動画視聴の方向性を決めました。

 それから、ごんごんさん、めめめさんと、ほかの人の配信も見るようになり、それぞれの魅力を知った次第です。
 で、アイドル部の面々は、多方面での活動について、すでに照準を定めているのではないかと思います。特に2019年は、大きな動きが続くのではないかと思うのです。
 夜桜たまさんのプロ雀士との対決や、お三方のプロバスケチームの公式応援V-Tuber任命、「ぴのらぼ」本、テレビへの出演…。
 続くのは、猫乃木もちさんの知名度がもっと上がれば、ベイスターズの公式応援V-Tuberになるのが先か。それとも、ごんごんさんの映画レビュー(本かミニ番組かはわかりませんが)が先か。
 なんにしても、一芸に秀でている人が結構いるので、そういう意味では、キャラクター(個性)一点突破というわけではない分、活躍の幅を広げやすいのではないかと思うのです。

 もしかしたら、落語に手を出すV-Tuberなんかも出てくるかもしれませんし。…もういるかもですが。

 個人的には、アイドル部の人たちの歌う楽曲はアニソンにだいぶ偏っているので、私が知らないものが多く、何の歌?と思うことが多々あるので、昭和歌謡曲とか、歌謡浪曲に挑戦してほしいと思います。
 でも、そうすることで、比較的年配の人をファンとして取り込むことにもつながるかもしれません。また、逆に若い世代には、そのV-Tuberが昭和歌謡を歌うことで、新鮮に感じるのではないかと思います。
 ・・・猫乃木もちさんの歌うピンクレディーメドレーとか(めめめさんとのデュエットもいいかも)、ごんごんさんの歌う『演歌チャンチャカチャン』とか。

 意外なところに活路を見出すことも、もしかしたら求められているのかもしれません。

 でも、それが成功した暁には、例えば声優業の副業としてV-Tuber活動が存在しているのが、今後はV-Tuberがあこがれの対象になるかもしれません。
 特に、昨今の声優さんは、顔出しがもはやデフォルトとなってしまい、下手すると声の演技よりも見た目で人気を得ているような人すらいますからね。その外見で判断されないという意味では、ラジオ的な特徴が強いV-Tuberとしての活動は、意外と長く、歴史が続くのかもしれません。

 今回取り上げる作品は『新米姉妹のふたりごはん』というマンガです。

 親の再婚で姉妹になった二人の、ご飯を通じての交流を描いた作品。

 かなり簡単なあらすじとしてはそんな感じです。ちょっと『高杉さんちのおべんとう』に似ているところがありますが、本作は新しく姉妹になった二人の女子高生を主軸に据えて話が展開していきます。
 記事制作時点で第2巻まで読みましたが、この時点で姉妹の両親は登場していません。世界一周の旅に出ているとのことで、二人の元に帰ってくるのがいつになるのかわかりません。世界を飛び回る仕事をしているらしく、二人が一緒に暮らし始める前からこんな状況のようです。

 さて、姉のサチと妹のあやりが一緒に暮らすことになって最初の頃は、ぎくしゃくしたもので、特に妹のあやりは機嫌が悪いのか、怖い顔をしていました。サチはこの生活に不安が募りましたが、二人の元に親から贈り物が届きました。中身は何と、生ハムでした。
 そん所そこらの生ハムではなく、ハモン・セラーノの原木と呼ばれるものです。私も世界の料理に詳しいわけではないので、どんなものなのかよくわかりませんが、作中の絵を見る限り、豚の体の一部を丸ごと塩漬けにして熟成させたものとのことですが、肉の塊です。スーパーなどで売られている物とはだいぶ印象が違います。ハモン・セラーノの原木は豚の後ろ脚を使っていますが、ほかの部位を使った生ハムもあるようです。解説によると「ハモン」が後ろ脚を表しているとのことです。
 そんな生ハムを前に、あやりは目を輝かせて、テキパキと支度を整えて、刃渡りの長い包丁でスライスしていきます。そこに、サチが学校帰りに買ったパンが。
 サチとあやりそれぞれが用意した食材が一緒になって、美味しい食事になり、そこから意気投合して、姉妹生活が本格的に始まります。

 本作は、CMで知りました。
 それまで、私も少しばかり、食に関するマンガは手に取っていました。先述の『高杉さんちのおべんとう』を筆頭に、『く~ねるまるた』、『幸腹グラフィティ』が該当します。
 私が読んでいない作品はもっと多く、ここで挙げるのも辟易するくらいです。何しろ、本作で解説を寄稿している杉村啓さんの肩書が「料理漫画研究家」です。それくらい、世の中に料理に関するマンガが多く出回っているということです。
 その杉村さんいわく、本作の魅力を第1巻の巻末で3つに分けて記しています。料理の楽しさを前面に出していること、一見すると手が届きそうにない料理が実は少し手を伸ばせばできるということを示していること、あとはキャラがかわいいということです。
 ただ、私も杉村さんほどではないにしても、少しばかり同じようなテーマのマンガを読んでいますが、極端に本作が突出してこういうパターンだと言い切れるような要素は無いと思います。
 親世代がいない中での同年代の女の子の一つ屋根の下での同居という点では、新たに姉妹になったか、少し離れた親せき同士かの違いはあれど、すでに私は見ていますし、なじみの無いものや手が届きそうになさそうな料理という点では別の作品で見た覚えがあります。登場人物の愛らしさは他のどの作品でもほとんど共通しているでしょう。少なくとも、私が見てきた作品においては共通しています。

 つまりは、いろいろと論理的に本作の良さを紹介しようとしても、他の作品でも同じような特徴があるわけで、この作品だけの魅力というわけではありません。

 だとしたら、私は本作の良さをどうやって伝えるかというと、一言、フィーリングとだけ言います。

 緊張すると怖い顔になってしまうあやりのほころんだ表情とのギャップ、サチの姉としての振る舞いを模索し奮闘する姿の愛らしさ。
 料理は言わずもがな、作品においては小道具にすぎないのです。その小道具が、制作においてたとえば実際に作って見てから作品に反映させるように、かなり凝っているのです。調理の過程や食べるシーンも見ごたえがありますが、料理が前面に出てしまうと、キャラクターの魅力が半減してしまいます。そのあたりのバランスが心地よいのです。
 こればかりは、感性によるところなので、いくらそれを文章にするために、また、多くの人を納得させるために論理的に説明しようとしても、私には無理です。何しろ、読むことで私が言いたいことがやっと伝わるわけですから。

 まあ、説明ができないなど記してしまうと、このコーナーの存在意義が失われてしまいますが、ただ、突出して特徴があるわけではなく、というか、料理漫画と言われるものは見る限り展開が似ていて、違いがあるとしたら登場人物くらいなわけで、そんな中で他と違うところの魅力となると、キャラクターの生き生きとした姿しかないわけで、それだって下手すると他のマンガでも描かれているので、その作品の強みにはなりません。
 そうなると、もはや絵柄が好きかどうかの話になってくるわけで、私は本作の絵柄、好きなので、話も割と面白いので、続きを楽しみにしています。でも、絵柄を文字で説明など、できません。ゆえに、説明を放棄したのです。

 変な感じの流れになってしまいましたが、この先いろいろな展開が考えられますし、登場する料理も次は何が出てくるのか楽しみです。たこ焼きのエピソードの時など、久々にたこ焼き作ろうかなと思ったくらいです。なんだかんだで、本作を読んだ時点で、もう2年くらいたこ焼きを作っていないので、久しぶりにやってみようかなと。解説にあった火力調整機能は付いていないのを使っているのですが・・・。

 というわけで、今回は『新米姉妹のふたりごはん』を取り上げました。この記事が掲出される頃には、あるいはアニメにでもなってるのかなと思いますが、個人的には実写ドラマでは見たくないかな。記事制作時点で、未だにとある小説の実写ドラマ化の際のトラウマが抜けていませんから。それに、動くキャラクターの魅力が最大限に発揮されるのは、やはりアニメだと思いますから。
 なにはともあれ、興味をもたれた方は是非一読を。


(掲出時追記)
 本稿は2017年5月初旬に作りました。作ってから掲出まで約2年のブランクがあるわけで、その間に第6巻まで刊行されています。
 その中で、大きな節目というか、転機というか、そういう場面がありました。おそらくは、その辺で完結を迎える予定だったのかもしれません。でも、好評だったために、当面継続することになり、そして今に至るというのが実際のところなのかもしれません。
 で、6巻まで読んだ時点で、ではなにか突出して個性があるかというと、やはりありません。しいて言えば、姉のサチのキャラがかわいらしくて、見ていて癒されるという点です。6巻を読んだ時点で、だいぶブランクが開いていたのですが、久しぶりに読んで、第一印象というか、真っ先に思ったのはそれでした。こういう表裏がなくて素直な子、本当に好きです。
 それを言ったら、妹のあやりも、裏表はなく、ただ人見知りのきらいがあって、緊張すると表情がこわばってしまうだけなのですが。そして、料理のことになると饒舌になるという一面もあって、彼女もまた素直ないい子です。
 なんというか、偶然姉妹になった二人ですが、良い部分が共通していて、作品を読んでいて安心できるのです。
 その部分において、さらに磨きがかかったというか、より一層魅力が増していると、6巻読了時点でそう思いました。
 この視聴率、一体いつまで続けるのですかね?
 ネットのニュースの中には、視聴率至上主義のテレビ制作現場に対して批判的な声も出始めています。
 確か、発表される視聴率には、録画は含まれないそうで、リアルタイム視聴しか計算されていないらしいです。
 これじゃ、たとえば深夜帯の番組が視聴率低いのも当然です。アニメとか、バラエティーとか。で、1%行けば高視聴率だって。ンなわけあるか!
 潜在視聴率というのもあるでしょう。たとえば私なんかは、ゴールデンタイムの時間帯は、リアルタイムで番組を見ることはほとんどありません。シリーズ物のドラマや欠かさず見ている衛星の番組など、ごく一部だけです。あとは、家にいない時間とか深夜帯の録画した番組を見ています。
 でも、そういう番組は、視聴率には計上されないのでしょう?見てるのに。
 深夜帯のアニメ、視聴率的には1%行ってるかどうか怪しいものです。でも、それなりにスポンサーは付いています。
 スポンサーさえ付けばいいのなら、日中の時間帯もアニメをやればいいのではないかと思うのです。昔の作品でも何でもいいです。下手なバラエティーよりも面白いと思いますし。
 視聴率、意味あるのですかね?(496字)