ただし、渋滞がなく、信号もほとんどなく、カーブも緩やかで人の飛び出しもほとんどないという道路を走行するという条件が付きますが。
ネットの動画で、道路走行の様子を延々と車載カメラで撮影したものがたくさんありますが、それを見る限り、日本海側の国道は、私にとってはユートピアです。
何しろ、海でいえば太平洋のほうが近い地域に住んでいることもあり、とにかく国道が混雑するのです。とりわけ埼玉県は、私の中では道路後進国・・・もとい、県と認識しているくらいに、有料道路や高速道路は首都圏のほかの県に比べて少ない印象です。
実際の道路延長などを比較しているわけではないので、その印象が正しいかどうかはともかくとして、例えば千葉県なんかは総武線沿線など人口が集中している地域については、一般道の渋滞を避けるという目的でどんどん有料道路や高速道路を作っていくのは納得できますが、それほど人口密度が高くない地域でさえも、高速道路に接続する有料道路が見受けられます。以前、観光バスでその有料道路を走っていたのですが、そんなに車は走っていませんでした。なのに、有料道路なのです。
また、神奈川県は、首都高速を延長する形だったと思うのですが、つい最近(2017年5月の末にこの記事を作っています)も、新たな道路が開通していたかと思います。横浜市内だったかその近辺だったと思うのですが、新たな道路が次々とできています。
一方の埼玉県はというと、ようやく、首都高速大宮線を延伸する形で、上尾市に少し入ったかなというところまで建設を決めたところです。いわゆる「新大宮上尾道路」といったでしょうか、その一般部分の「上尾道路」も、圏央道まで開通したのはつい1年くらい前の話です。
でも、圏央道まで伸ばしたところで、現在の国道17号の本線である、元の大宮バイパスの区間は、長年にわたり渋滞に悩まされています。関越道も254号線沿いにできたので、17号の交通量を分散させるには至っていません。
254号線も、川越から都心寄りは交通量が多いですが、そこから北、東松山・寄居方面はだいぶ交通量が少なく、のろのろ走る車さえいなければ快適な移動ができます。おそらくは、もともとの交通量はもっと多かったのかもしれませんが、それが関越道の存在によりうまい具合に分散されているのではないかと思います。
しかしながら、埼玉県内では中山道とほぼ重なる国道17号については、今でこそ現道になりましたが、もともとこれが大宮バイパスということで、しかしそれでさえも交通需要に対して供給がまったく間に合っておらず、渋滞を気にしないで走行できるのはかなり朝早い時間帯や夜くらいです。日中は大宮から熊谷の間はどこかしらで渋滞が生じています。何しろ、さいたま市の旧大宮地域の吉野町(ここで国道16号と新大宮バイパスが現道と接続しています)から北は、現道については立体交差が皆無です。鴻巣市箕田からは熊谷バイパスがありますが、そっちなら立体交差が多少あります。さらに深谷バイパスから分岐する形で上武道路があるのですが、こちらは利根川を渡ると群馬県に入り、立体交差がずいぶんとあります。県が変わるだけで道路の様子がだいぶ変わります。この点からしても、埼玉は道路後進国だと私は認識しているのです。
ゆえに、17号線を利用することの多い私としては、車の運転というのは、だいぶストレスがたまるものなのです。
これはバイクでも同様で、馬鹿な車がいきなり割り込んできたり、飛び出してきたりと、何度も殺されかけているのです。もちろんそういう馬鹿に対して、私はことごとく死ねと強く念じていますが。見てみるとよそ見をしていたりスマホを片手に運転していたりしているのです。
まあ、そういうやつらがことごとく免許取り消しになれば、交通量がだいぶ減って、今の道路環境でも運転しやすくなるのかもしれませんが、どうせそうはならないでしょう。
というか、車依存の社会の限界ではないかと思います。なぜならば、関東圏内においても、道路整備が進んでいるところとそうでないところに分かれるのですから。ちなみに、埼玉県は他県に比べてかなり遅れていると私は思います。
そのくせして、電車網もそんなに密ではありません。縦方向はともかくとして、横方向がどうしようもありません。せめて大宮と熊谷の間のどこかにもう1本、横の路線を作るべきです。そうすれば、道路において国道や幅員の広い県道でさえもあまり多くない中でも、どうにか交通をさばききれると思うのです。渋滞による経済損失も、どれくらい抑制できるかまでは専門家ではないのでわかりませんが、相応に効果が期待できるのではないかと思います。
でも、縦の移動でさえも高まる需要にこたえられていないのです。横移動に対する道路の拡充などまず無理でしょう。
したがって、仕事で車の運転をするケースもあるとは思いますが、そうでない人は、無理に免許を取る必要はないと私は考えます。
ということで、2000字使ってようやく本題に入りますが、今回は免許の話です。
そもそもの話として、免許更新をつい最近した際に、30分ほどの講義を受けたのですが、免許を持つ人というのは、車の運転に際して、3つの責任を負います。具体的な責任の名前は、更新を受けて1か月経ってすでに忘れてしまったので割愛しますが、これは教習所で最初に習うことでもありますし、何よりも、気を引き締めて運転しなさいよという話です。3つの責任の内容は、後で講習の時にもらった冊子を読み返せば思い出します。
とにかく、少なくともスマホを見ながら運転するというのは言語道断な話であり、同レベルで飲酒運転などもってのほかであるのです。
初めて免許を取る際に、学科で30時間近く、技能で30時間以上かけてみっちり身に着けているはずなのに、教習内容の多くを忘れることは仕方ないとしても、運転における責任を負っているという自覚さえも忘れて自己の欲求を最優先して、酒飲み運転やスマホいじり運転などをするという体たらくは何なのでしょうか?
これは、教習時間が無駄に多いせいなのか、それともそれだけの時間を費やしても忘れてしまうということなのか。なんにせよ、より効果的な教習内容に改善していくことが求められます。
ただ、責任云々については、少なくとも免許更新のたびに改めて講習で話を聞くわけで、そのたびに再認識して、運転に生かせばいいと思います。
それを根底に、交通ルールを覚えることは絶対に必要です。
自分ルールではない、日本人として車の運転をする上では共通するルールを覚え、それを守ることで、事故発生を最低限に抑制し、人死にも最低限に減らすことにつながるからです。それに、万が一事故が起こったとしても、双方がどれだけルールを守っていたかによって、責任の所在も明らかになります。その基準という役割も持っているのです。
それを覚えるには、いったいどれくらいの時間があればいいのでしょうか?
それに、実技については、教習車で練習するわけですが、用意される教習車はある程度の大きさがなければなりません。
そりゃあ、「どうせ軽自動車しか乗らないのに、なんでこんな大きな車で練習しなければならないのか」という不満を持つ人もいるかもしれません。ですが、残念ながら、普通自動車免許において、「軽自動車限定」というものはありません。ゆえに、軽自動車のような小さな車で練習して、それで免許を取ったとしても、人生何が起こるかわからないもので、3ナンバーの乗用車、例えばレクサスの大きめの車に乗ることだってあるわけで、そんなときに、軽自動車サイズの車しか運転したことがないというのでは、話になりません。
それに、5ナンバーの乗用車のサイズにかろうじて収まるサイズのバンを運転することだってあります。そういった車を運転することになっても対応できるためには、やはりある程度の大きさの車でないとだめなのです。
もちろん、バンやトラックと乗用車とでは、運転時の目線の高さや乗車位置などがだいぶ変わるので、慣れるまでに少し時間がかかりますが。
そんな感じで、運転技術を取得することも必要ですが、それよりも、学科で覚えた交通ルールに従った運転を身に着けるということが肝心で、それが果たして10時間ほどでしっかりと身に着くのかというと、こればかりは慣れによるところが大きいので、人によると思います。ただ、8割くらいの人の場合は、30時間くらい(仮免以前と仮免取得後の路上教習合わせて)かかるのではないかと思います。
もちろん、実技と学科の時限数が実態に即しているかどうかを判断する機会を設けるべきだとは思います。ただ、時限数を減らすうえで、その際に実態として、7割以上の人が時間を持て余しているとか、そういう調査結果が求められます。
それが例えば、免許を取ろうとする人が減ってきて、教習所の経営が厳しいというところがだいぶ増えてきたので、もうちょっと免許を取りやすくしたほうがいいのではないかというような、利益追求のための規制緩和というのであれば、私は断固反対です。
これは、経済を優先して安全を犠牲にしているということの証明だからです。
例えば、私が乗っているバイク、カワサキのエリミネーターは125佞如運転するには「普通自動二輪(小型限定)」免許が必要です。マニュアル車なので、AT限定では乗れません。
この125侫ラスは、「原付二種」ともいわれていて、一般道における最高速度は時速60キロで、高速道路は走れませんが、一部を除いて有料道路を利用することは可能です。
つまりは、法定速度の国道の流れに乗ることが可能なのです。
ですが、バイクの販売、特に原付二種の売り上げが昔から少ないのは、現行の免許制度によるところがあるということで、二輪車業界は、普通自動車免許取得時に運転できる二輪車の幅を、原付二種まで拡大するよう要望しているらしいのです。
冗談じゃないと、私は言いたいです。
これは私の経験ですが、確かに、バイクにまたがって、アクセルグリップを回して走ることは、最初の1時間で身に着きます。
ですが、狭路や急制動など、慣れないと危ない動作もありますし、Oの字や8の字に動く際のバランス感覚や微妙なアクセルとブレーキの加減といった、より高度な技術は、数時間の練習が必要です。
私は教習時代、この8の字やOの字の動きが大の苦手で、これで技能教習が1時間くらい追加されました。微速時のバランス感覚と半クラッチや後輪ブレーキ(ペダルブレーキ、マニュアルなので)の微妙な加減は、今になってわかりますが、必要な技術です。渋滞時における微速前進は、2輪で動くバイクにとっては最も技術を要するものです。ある程度の速度が出れば、バランスは簡単に取れますが、時速10キロ以下の微速走行ではバランスを保つのは、慣れないと結構難しいのです。
バイクの教習で一本橋があります。幅30僂らいの板の上を、落輪することなく最後まで渡り切るのですが、大型車ほどその時間が長く設定されます。小型限定なら5秒、普通なら8秒、大型が11秒で、それより長い時間かけて渡り切るのです。
私は400佞覆匹離丱ぅを運転したことがなのでわかりませんが、たぶん車重が大きい分、バランスがとりやすいのではないかと思います。ゆえに、一本橋の時間設定は、大きいものほど長いのかもしれません。あるいは、推進力の兼ね合いかもしれません。バランス崩しそうになったらアクセルを開くことで立て直すことができますが、125侫ラスだとどうしてもその力が弱いです。でも、それ以上の排気量のものは当然ながら力も強いので、倒れようとする力に反発できるのだと思います。
でも、普通自動車免許を取得しただけでバイクに乗ったことがない人の場合、そういったことはほとんど知らないと思います。当然です。私だって、バイクに乗るようになってわかったのですから。
そのあたりのことを知らずに、いきなり時速60キロまで出せるバイクに乗ったとして、果たして安全面は問題ないのか?
というか、今だって、原付一種で馬鹿な運転する奴が結構います。道路交通法を無視した運転です。それこそ、歩道を走ったり、並んでいる車の列を縫うように走って前に出たり、一時不停止なんか自転車並みに見受けられます。逆走もね。
それを、原付二種のバイクでやられたら、せっかくここ50年で交通事故死者数が最低水準まで下がっているのに、また上がりますよ。
そもそもの話として、原付一種の免許が、筆記試験だけで取れるというのがおかしいと私は考えています。
バイク運転の特性などを教わらず、おそらくは道路交通法の習熟度を試す試験しか課されていないと思うのですが、バイクがほか車からどう見えているのかとか、車の死角とか、そういうのを熟知していない人が無謀運転をすると思うのです。
むしろ、原付の一種と二種を統合して、教習内容などを二種のものに一本化するべきだと私は思います。そのほうが、運転技術をしっかりと学べますし、バイク運転の注意点などもきめ細かに教わることができるでしょう。交通ルールの順守の徹底も図れます。歩道を走ったり一方通行を逆走したりするということは、今よりかは減ると思います。
というか、歩道や一方通行の逆走、郵便や新聞配達のバイクでかなり見受けられます。少なくとも、私の家の近所では毎日繰り返されています。
この光景を見ているので、原付一種が筆記試験だけで免許が取れたり、普通自動車免許の取得で乗れるようになったりすることに、疑問を感じているのです。
でも、二輪車業界の業績回復を優先して、そのあたりの規制緩和をするとなれば、我々、私の場合もバイクに乗らずにその辺を歩いているときが該当しますが、市民生活は安心安全の域をさらに逸脱することでしょう。
というか、私の感覚としては、運転免許を取得する若者が減っていると仮定して、ただでさえ少子化が進行しているのに、さらに免許を持つ人が減れば、車がさらに売れなくなるということで、教習受講コストの削減とそれに伴う授業時限数削減で運転免許が取りやすくなるようなもので、卒業時までにしっかりと技術が身に着いていなかったり、交通ルールもしっかりと覚えていない中で、免許は簡単に取れてしまい、いざ車を運転したら、未熟な中でのことで、あっという間に事故を起こしたりあるいは巻き込まれたりすると思います。
要するに、必要な知識と技術を確実に身に着けたと断じる前に免許が取れるようになるということであり、そこから先は事故を起こしたり、あるいは自己判断で勝手にルールを作ってしまったり、そうなりかねません。自分勝手にルールを作るというのは、交通ルールを確実に把握していない中で遭遇した状況において、自分なりにルールを設けてしまうことです。
果たして、経済重視の規制緩和はやるべきなのでしょうか?
私は、それをやった後に起こるであろう事故発生件数の増大やそれに伴う死傷者数の増加による経済損失のほうが大きいような気がしてなりません。
むしろ、生活道路で横行している交通ルール無視を抑制するためにも、原付一種の免許取得時に実技と学科の教習を設けることのほうが必要だと思います。
飲酒運転などについては、教習時間をいくら増やしたところで、やる奴はやります。おそらくは、原付によるルール無視も、完全になくすことはできないでしょう。でも、減らすことはできると思います。
より安全を求める免許制度にするのか。それとも、経済重視でどんどん緩和していくのか。・・・まあ、今の政府は後者を選ぶでしょうな。物流業界の要望を聞いて、準中型免許なんか新設しているくらいですから。