平成が終わり、令和が始まって3日経ちました。2019年に終わる場末のブログですが、今のところ5月中は続ける予定です。6月以降は未定です。
もしかしたら、新たなブログに移動して活動を続けるかもしれませんし、これを機会に辞めてしまうかもしれません。
でも、今やめてしまうと、作文の練習場所が無くなってしまい、急に何かの理由で作文を強いられた時に、変な出来のものができそうで不安なので、今ほどの更新頻度ではなく、別の場所で継続することが濃厚です。
それに、アイドル部の配信を見るようになって、ツイッターを始めましたが、1枠140字は本当に物足りなくて、言いたいことの2割も記せないことに、少し不満があるので、どこかで長々とババンと綴って出したいのです。
ツイッターの利点は短文ゆえにいろいろな意見を見やすい点ですが、表現する側からしてみれば、なるべく私の思いを正確に出したいのに、字数制限で割愛する場所が出てきて、それ故に変な受け取り方をするのではないかという不安が常に付きまとっています。
まあ、ツイッターする内容のほとんどは、アイドル部関連のものなので、別に問題ないのですが。
そんなわけで、そろそろ本題に入ります。というか、ブログでの記事は、アイドル部の配信における雑談枠みたいなもので、フリートークの感覚で作っています。なので、当初の作文の練習という目的はほとんど失われています。まあ、退屈させない文書の練習という意味では、かろうじて残っていますが。
でも、面白さという点では、アイドル部の雑談に完敗です。声の調子とか喋り方とか、いろいろな情報があって、それらがまとまって、面白さを醸し出すわけですから。
一方で、無機質な文字の羅列であるブログの文章は、どう表現しても、読み手側が脳内で声を作ったり、読み方を工夫したりしないと、面白みはほとんど伝わりません。なので、必然的にまじめな内容になってしまうのです。
変な表現をすると批判の温床になりかねませんし。
まあ、言い訳はこの辺でいいや。
さて、アイドル部ですが、4月27日で活動開始から1周年を迎えたそうです。これは、「アイドル部」としての活動開始ということで、それ以前から活動していたもこ田めめめさんと花京院ちえりさんはすでに1周年を3月中に迎えています。
いうなれば、アイドル部として12人そろい踏みでプロジェクトがスタートしてから1年が経過し、そして5月3日の時点で、配信開始から1年を迎えたメンバーもいるようです。
私は2018年12月から、アイドル部のカルロ・ピノさん、以後「ピノ様」と表記しますが、偶然見つけたのをきっかけに見るようになり、配信を追うようになってからまだ半年も経っていないのですが、アーカイブ動画を残してくださっている方もいらっしゃり、残っている動画については大分見ました。
この記事は4月28日の夜に作っているのですが、今は夜桜たまさんのアーカイブを追っています。ただ、麻雀については検討中といったところです。麻雀全くやったことがないので。麻雀の動きは見ないで、その中でのトークを楽しめばいいのか、麻雀の勉強がてら牌の動きも見るべきなのか…。
私が麻雀に、パソコンを通じて触れたのは、雀卓を囲ってのものではなく、麻雀牌を山積みにして、同じ牌を、まるでババ抜きで数字を合わせるように2つ選んで、徐々に山を崩していくゲームをプレイしたくらいです。
もしかしたら、夜桜たまさんの麻雀動画を見れば、気が付けば麻雀ができるようになってますかね?
でも、最近は動画を見ながら寝落ちすることが多いので、出来の悪い学生みたいな感じになりそうです。
そのあとで、木曽あずきさんの動画を見る予定です。木曽さんの動画はどうやらそれほど多くない、尺も長くないようなので、すぐに見終わるでしょう。
とはいえ、夜桜さんの動画が、麻雀配信を含めるとかなりの数なので、当面時間がかかりそうですが。
それに、ほかの人の動画も、見ている間に寝落ちしていて、見逃した部分が結構あるので、見直さないといけませんし。
とまあ、アイドル部配信あるいは動画については、今のところそんな感じです。
そして、5月18日でしたかね、アイドル部のイベントがあるようです。
私は見に行く気が最初からありませんでした。
いや、本当は行きたかったのです。ただ、チケット代がどうしても捻出できなかったのです。
なにしろ、今月はバイクの修理費が結構かかる予定で、金銭的余裕がなかったのです。タイヤとブレーキ前後共に交換で約4万円です。
そして、この先遠出する予定があるので、このタイミングでやらなければならなかったのです。タイヤとブレーキの交換は、数か月前から、この5月にやると決めていました。その時点で、アイドル部のイベントの情報は出回っていませんでした。
確かに、イベントについては、配信を見て面白くて、見ているうちにだんだんとメンバーの個性が気に入って、可能な範囲で生配信を見るようにするくらい、生活リズムにすっかりアイドル部配信が組み込まれましたし、それくらいなので何かあれば見に行きたいとは思っていました。でも、5月は無理です。資金面的にかなり厳しく、また、畑仕事の都合もあって、日付的にかなり厳しいのです。ツイッターではそこまでツイートしませんでしたが…。
ちなみに、ツイッターとブログとで、名前を変えています。別に理由はありません。ツイッターのアカウントを取得した最初の理由は、ゲームアプリ「駅メモ」の機種変更時のデータ移行に対応させるためだったからで、ここまで頻繁にツイートするとは、当初全く思っていなかったからです。なので、適当に名前を付けたのです。
で、話を戻しますが、バイクの修理のほか、6月と8月にバイクでのロングツーリングを予定していて、そのための軍資金もそれなりに確保しなければなりません。とりあえず1万もあればなんとかなりますが…。
ガソリン代が大体3000~4000円で、宿泊費が5000~6000円です。後は食事代です。そこに土産代とかほかの何かの用途が加われば、もう少し予算が必要になりますし、天候の都合でバイクが難しい場合は軽トラになるため、ガソリン代が最大3倍に膨れ上がります。高速を利用するつもりはありませんが、業を煮やして利用する可能性もあります。まあ、その場合はETCなので、請求は少し後になりますが。
なるべく金のかからない1泊2日のロングツーリングを昨年実行して、味をしめたのです。で、個人的にまだ行ったことのないところにそういうパターンで行こうと。これは、年始に決めたことです。今年2か所に行くというのは、年始に決めていたのです。
その時点で、アイドル部の配信を見ていましたが、ピノ様、ごんごんさん(金剛いろは)、めめめさんくらいしか見ないだろうと思っていたのですが、気が付くとヤマトイオリさん、八重沢なとりさん、北上双葉さんと、ほかのメンバーの配信や動画を見るようになっていて、今の時点でアイドル部メンバーについてはほとんど、どんなキャラクター(個性)なのかが分かるようになりました。アイドル部学力テストを見たことで、より一層。
そこからは随分とアイドル部の活動が活発になりました。ピノ様の「ぴのらぼ」本。虫の本ですが、親しみやすいイラストをピノ様と八重沢なとりさんが描いて、リアルな写真は一切ないのと、虫にまつわるクイズを解きながら生態を学んでいくという、楽しく勉強ができる本が発売され、学力テスト関連のグッズが発売され、いろいろな場所での活動があって、そしてアイドル部イベントです。
あのチケットが、せめて5000円台だったら、かなり迷ったと思うのですが、8500円とかでしたからね。すぐに諦めました。理由は先述の通りです。
そして、アイドル部発足だけでなく、各メンバーの活動開始から1年を迎えるわけで、これからは2年目となるわけですが、それぞれのメンバーの新たな活躍が期待されます。
その内容は私にも予想できません。なぜならば、私がまだアイドル部の動画を見るようになって半年未満ということもあるのですが、一方で、もっと前からV-Tuberのことを知っていて、アイドル部の活動についても最初から見続けていたとしても、八重沢なとりさんの江戸糸あやつり人形の司会進行など、予想できませんからね。
でも、予想できないからこそ、平時は生配信やアーカイブ動画を見て過ごして、コラボ配信を楽しみにしたり、別の動画サイトでのスペシャル配信への参加を見たり、大きなイベントの発表があったり、出版物があったり、リアルにCDデビューとかもあるかもしれません。特に猫乃木もちさんと八重沢なとりさん。4月27日、28日のニコニコ超会議の中で、お二方の迫力ある美声による歌声が披露され、大評判だったようです。そして、猫乃木もちさんに至っては、4月27日に2本、歌の動画が配信されました。そんじょそこらの歌手よりもうまいかもしれません。
猫乃木もちさんは、ホラー配信での絶叫も見どころですが、この先は歌がメインの仕事になるかもしれませんね。
一方で、八重沢なとりさんは、多才です。イラストは上手ですし、歌もうまいですし、QWOPという100Mを走るだけのゲームも成功率が高いですし、涙もろいですし、ホラーゲームは苦手ですし…。なんというか、マルチタレントですね。(掲出時追記:令和最初のアイドル部の配信が八重沢なとりさんでしたが、この5月1日の朝の雑談配信は本当におすすめです。八重沢家の日常を暴露したり、ママリ(=なとりさんの母)に謀反を企てたりと、面白い部分があちこちにあります。アイドル部を知らない方でも、楽しめるものと思います)
それに、ピノ様は虫を筆頭に生き物関連に強いのですが、子供にもわかりやすい説明ができるので、その方面に番組を持つかもしれません。私の見てみたいコラボの一つである「カルロ・ピノ×香川照之」は、そう遠くないうちに実現されると、結構本気で思っています。
ほかにも、今までとは違う方向に活路を見出す可能性は十分にあります、ごんごんさんも、もこ田めめめさんも、ヤマトイオリさんも北上双葉さんも、牛巻りこさんも木曽あずきさんも。
そして、夜桜たまさんは先述の通り麻雀が好きな方で、2月でしたかね、プロの雀士と対局(でいいのですかね?)を果たしました。それに加えて、学力テストではぶっちぎりの1位に輝きました。もしかしたら、勉強系のクイズ番組に、V-Tuberとして初めてゲスト出演するのではないでしょうか?特にテレビ朝日系列は。(掲出時追記:執筆後もたまさんの動画を見ているのですが、麻雀にどっぷりつかるまでは勉強第一だったのが、麻雀にはまってからは勉強してこなかったということで、中2レベルくらいまでなら強いのですが、それより上の学年の範囲についてはかなり怪しいそうです。天皇制について誤解していたくらいです)
いずれにせよ、2年目はさらなる活躍が期待されるわけですが、一方で、最近はごんごんさんが発掘するような、STEAMで500円以下で買えるゲーム実況みたいな感じの配信がほとんどなく、任天堂系のゲームやバイオハザードなどの有名どころのゲームがほとんどで、リアルタイムで「なんじゃこりゃ?」なゲームの配信がほとんどないのが、少し寂しいところです。アーカイブでは見ましたが、リアルタイム、生配信でも見てみたいのです。
おそらく近いうちに、もこ田めめめさんが、『マザー・シミュレーター』というゲームをプレイするはずです。覚えていれば。母の日に。
でも、個人的にはそれを含めた、ワンコインで買えるゲームの実況は結構好きで、今でもアーカイブで見直すことがあります。新しいゲーム発掘しませんかね?
ちなみに、同じ企画で発掘された、『エミリー・ウォンツ・トゥ・プレイ』というゲームは、衝撃的でした。ごんごんさんの絶叫が。
そして、のちにアイドル部や電脳少女シロさんもプレイして、泣きを見るという…。
果たして、八重沢なとりさんが騙されてプレイする日が来るのでしょうか?…猫乃木もちさんは騙されてプレイさせられたようです。もこ田めめめさんに至っては、VRでのプレイでした。
進化がある一方で、原点を振り返るという試みにもちょっと期待している。自分勝手な視聴者の一人の私です。
でも、この先の進化は本当に見逃せません。
今回の記事が、平成最後の掲出となります。次回は令和に入ってから、5月3日の予定です。
5月1日を迎えた瞬間に令和になるのですかね?それとも、皇位継承の儀式があって、その中で継承された瞬間から、令和が始まるのですかね?
退位とか新元号とか、そのあたりの話題ばかり耳にしていながら、いざ新しい元号が始まるという直前になって、ふと、そんな疑問が湧きました。
なにしろ、前回の昭和から平成の時は、私は生まれてはいたものの、物心ついておらず、気が付いた時には平成でしたから。
多分、元号を意識したのは4~5歳くらいで、平成2年とか3年とかだったと思います。なので、元号が変わる瞬間というのを、私は知らないのです。
ただ、前回は昭和天皇崩御があって、そこからの新天皇即位、新元号に…という流れだったかと思いますが、今回は様子が違います。今上天皇が生きている中で、新天皇即位と新元号切り替えですから、では、どのタイミングで新元号になるのか、厳密なタイミングがわからないなと。
おそらくは、便宜上は5月1日になった瞬間に変わると思うのですが…。
というわけで、月末恒例且つ平成最後の蔵出し企画は、皇族も元号も関係ない内容でございます。
若者にケチ付ける風潮?
今回の記事は2017年8月末に作っているのですが、そのほんの少し前、具体的には2~3日前に、スマホであるニュース記事を見たのですが、今回それを取り上げるにあたり、その記事を探したのですが、見当たらず、参考記事として挙げることができませんでした。
まあ、その内容については少しばかり触れますが、大体は全体を見ての感想なので、そんなに問題ないと思います。
さて、その記事というのは、若手社員の問題行動についての話で、たとえば、ことあるごとに状況を口に出す(些細なミスを犯した時に「あ、失敗しちゃったよ」と声に出すなど)、上司から仕事を頼まれたときに「そんなの無理に決まってるでしょ」と大声で怒鳴るように反発する、といったことが挙げられていました。
ほかにもいくつかの事例をその記事では示していましたが、その記事を見つけられなかったので、忘れました。仕事中の短い休憩時間にざっと読んだだけなので、あまり頭に入っていなかったのです。
で、そういう問題行動ですが、これ、別に若手社員に限らないことだと思います。私より年上の人で、具体例の2番目の、上司に対して大声で反発する人は身近にいますし、あと、確か記事では「かまってちゃん」と揶揄していましたが、状況を口に出すことについては私だってやっています。これは、周りにかまってほしいというよりは、独り言です。
その独り言が出るときには、たいていストレスが伴っています。イラっと来ているのです。
どんな結論になっていたかまで忘れていますが、ただ、前にも同じような記事が出ていたと思います。若手社員の問題行動、年に1回は必ずヤフーニュースの記事に出てきます。
ことあるごとに、「今年の新入社員は使えない」とか、「若手社員の感覚に呆れた」みたいなことが、主にネット上で、そしてそれに触発されてテレビなどで触れられています。
私も、唖然とすることはあります・・・といっても、実体験では皆無です。そもそも、新入社員に接したことがないからです。
私の経歴からして、そもそも同期の新入社員というものがいませんし、さらに言うと、会社員経験がありませんから。パート先でも新入社員というよりは、大半が中途採用の人です。
なので、テレビなどで言われている、常識はずれの新入社員に接したことがないのです。
だからかもしれませんが、そこまで問題かね?と思ってしまうのです。
そりゃあ、昨今は上下のつながりが希薄になっていて、同世代の人と接することが濃厚になっていて、さらには、1~2年先輩の人と接する機会すら減っています。部活動などではあっても、例えばより多様性のある人々の集まりである地域社会へ参加することは減っていますし、下手すると社会に出るまでに一度もそういうのに参加したことのない人さえいるかもしれません。
まあ、私も偉そうなことは言えない立場ですが。地元の青年団や消防団には参加していませんし。
ただ、地元ではない地域、農業の研修先の地域で4Hクラブというのに、わずかな期間参加したことはあります。20~40代の若手農家が集まって、他地域の農家を視察したり、交流したり、年に数回飲み会を催したりしていました。コンパニオンの女性3人を呼んでの食事会もありました。
若手農家とはいっても、いろいろな人、いろいろな年代が集まっていて、私には思いもしないような話も聞くことができました。
地元については、その4Hクラブがあるかどうかすら怪しいですし、青年団とかに誘われたこともないので、参加する気もありませんが。それに、4Hクラブの時は、事あるごとに会費を募られて、少ない家計から捻出するのが大変でした。青年団も、いろいろ飲み会とかあって、都度、会費が募られると思うので、今の私には無理ですね。
話を戻しますが、子供会も最近は機能しているのかどうか怪しいものです。
これも、上は高校生くらいまでの人がいたかと思うのですが、私も小学校中学年くらいのあたりで、いつの間にか行かなくなっていました。なんか集会所でいろいろ遊んでいたと思うのですが、常に何がなんだかよくわかっていませんでした。
というか、上の学年になるほど人が少なかったです。
まあ、自分より上あるいは下の年代の人と集まって何かやるよりも、同級生とゲームボーイやスーパーファミコンで遊んでいる方がよっぽど楽しかったと思いますし、実際私もそうでした。
そんな具合なので、おそらく中学高校の、最大2年の年の差でもつながりが希薄で、それ以上離れるとほとんどつながりがないのだと思います。そもそも、部活動などに入っていないと、上級生あるいは下級生とのつながりもありません。
へたすると、学校をリタイアして、でも引きこもりにはならずに外に出て同じような境遇の人とつるんでいる人たちのほうが、上下のつながりがあるかもしれません。実際に、シャブやら窃盗やら暴行事件やらでその手の集団が捕まると、最年長と最年少との間で、平気で5~6年くらいの年の差がありますからね。
そんな具合なので、そう大差ない価値観の中で中学、高校、人によっては専門学校や大学と生活していき、社会に出て多様な価値観がある中に入ると、その人たちと社会人との間で常識の乖離が起こるのだと思います。
少しでも学生時代に違う年代の人と接する機会があれば、少しは違うのではないかと思います。こういう場合、教師ではあまり役に立ちません。学生たちを理解しているからです。その理解の度合いはわかりませんが、少なくとも、一般の会社員や労働者よりかは、学生たちに近い立場にいるわけで、歳の離れた学生に対してある程度の理解を示すことができます。
本当は、教師たちも、生徒の人気を気にすることなく、社会に出るうえで必要になる常識をしっかり教えるべきなのです。もちろん、それは教師に限らず、親を中心とした身近にいる大人がそうするべきなのです。
それを放棄して、常識はずれを「個性」と尊重して立ててしまっているから、世間の常識とうまくなじめないのだと思います。
もちろん、言って直す人がいれば、言葉でわからなのでぶん殴ってでも直そうとしても頑なに直さない人もいます。
そして、そういう人は、何も今に限らず、昔からいたはずです。
へたすると、今ほど医療やら何やらが発達していない頃は、今で言うと「発達障害」や、精神的に病んでいる人に対しても、「あの人はそういう人だから」という具合に、それほど気にせずに扱っていたのではないかと思います。
先ほど「問題行動」として挙げた、上司に対して怒鳴るように反発する人だって、「癇癪持ち」ということで片づけられていたかもしれません。そして、「あの人はそういう人だから」ということで、深刻な感じに受け止められていなかったと思うのです。
というわけで、若手社員や新入社員の問題行動については、確かにそういう行動をとる土壌ができつつあるというか、ほとんど出来上がっているのかもしれませんが、一方で、私たち上の世代(気が付けば私も上の世代ですよ、三十路ですし・・・)も些細なことで目くじらを立てすぎているのではないかと思うのです。
少なくとも、私たちも10年近く前には、私たちより上の世代から、「使えねえ」とか「常識がない」とレッテルを貼られているわけですから。
そもそも、社会人経験がほとんどない中で、10や20を求めること自体がおかしいのです。1できれば上等です。それを2、3に増やしていって、1年後に20くらいできるようになるようにさせるのが、上司を含めた先輩たちの役目です。
まあ、態度については、なかなか難しいところがあるかもしれませんが。これは、社会に出る前にどうにかするべき問題ですが、ただ、歳を重ねることでかえってそういうのが出てきてしまうということもあるので、これは若手に限らず、誰もが起こすかもしれません。それでなくても、私も昔に比べるとだいぶ短気になっているので、この先どうなることやらです。
そんなわけで、ネットの風潮では若手や新入社員をけなす感じですが、気にすることないというのが、私の結論です。
若かろうが、年配だろうが、使えない人は使えないですし、素晴らしい人だっています。それだけの話です。
というわけで、若者の言動に対して問題視するニュース記事を取り上げての私観でした。
使える人、使えない人は、年代関係なくいるものです。政治家だってそうじゃないですか。失言を繰り返しまくっていた元五輪相とか、忖度したとうそぶいていた人もいましたね。
教師にだっていますよね?生徒に対して人格を否定するような暴言を浴びせる人とか、女子生徒の着替えを盗撮する人とか。シャブを使っていた校長なんてのもいましたね。
ほら。仕事云々はともかくとして、いや、仕事も関係しているケースもありますが、ろくでもない奴は、老若男女いるものです。
そして、私だって人様に誇れるような人生を歩んでいるわけではありませんから、あまり大きなことは言えません。そんなものです。
というわけで、平成最後に、自分で自分にダメージをクリティカルヒットで与えたところで、蔵出し企画、この辺で終わります。
5月1日を迎えた瞬間に令和になるのですかね?それとも、皇位継承の儀式があって、その中で継承された瞬間から、令和が始まるのですかね?
退位とか新元号とか、そのあたりの話題ばかり耳にしていながら、いざ新しい元号が始まるという直前になって、ふと、そんな疑問が湧きました。
なにしろ、前回の昭和から平成の時は、私は生まれてはいたものの、物心ついておらず、気が付いた時には平成でしたから。
多分、元号を意識したのは4~5歳くらいで、平成2年とか3年とかだったと思います。なので、元号が変わる瞬間というのを、私は知らないのです。
ただ、前回は昭和天皇崩御があって、そこからの新天皇即位、新元号に…という流れだったかと思いますが、今回は様子が違います。今上天皇が生きている中で、新天皇即位と新元号切り替えですから、では、どのタイミングで新元号になるのか、厳密なタイミングがわからないなと。
おそらくは、便宜上は5月1日になった瞬間に変わると思うのですが…。
というわけで、月末恒例且つ平成最後の蔵出し企画は、皇族も元号も関係ない内容でございます。
若者にケチ付ける風潮?
今回の記事は2017年8月末に作っているのですが、そのほんの少し前、具体的には2~3日前に、スマホであるニュース記事を見たのですが、今回それを取り上げるにあたり、その記事を探したのですが、見当たらず、参考記事として挙げることができませんでした。
まあ、その内容については少しばかり触れますが、大体は全体を見ての感想なので、そんなに問題ないと思います。
さて、その記事というのは、若手社員の問題行動についての話で、たとえば、ことあるごとに状況を口に出す(些細なミスを犯した時に「あ、失敗しちゃったよ」と声に出すなど)、上司から仕事を頼まれたときに「そんなの無理に決まってるでしょ」と大声で怒鳴るように反発する、といったことが挙げられていました。
ほかにもいくつかの事例をその記事では示していましたが、その記事を見つけられなかったので、忘れました。仕事中の短い休憩時間にざっと読んだだけなので、あまり頭に入っていなかったのです。
で、そういう問題行動ですが、これ、別に若手社員に限らないことだと思います。私より年上の人で、具体例の2番目の、上司に対して大声で反発する人は身近にいますし、あと、確か記事では「かまってちゃん」と揶揄していましたが、状況を口に出すことについては私だってやっています。これは、周りにかまってほしいというよりは、独り言です。
その独り言が出るときには、たいていストレスが伴っています。イラっと来ているのです。
どんな結論になっていたかまで忘れていますが、ただ、前にも同じような記事が出ていたと思います。若手社員の問題行動、年に1回は必ずヤフーニュースの記事に出てきます。
ことあるごとに、「今年の新入社員は使えない」とか、「若手社員の感覚に呆れた」みたいなことが、主にネット上で、そしてそれに触発されてテレビなどで触れられています。
私も、唖然とすることはあります・・・といっても、実体験では皆無です。そもそも、新入社員に接したことがないからです。
私の経歴からして、そもそも同期の新入社員というものがいませんし、さらに言うと、会社員経験がありませんから。パート先でも新入社員というよりは、大半が中途採用の人です。
なので、テレビなどで言われている、常識はずれの新入社員に接したことがないのです。
だからかもしれませんが、そこまで問題かね?と思ってしまうのです。
そりゃあ、昨今は上下のつながりが希薄になっていて、同世代の人と接することが濃厚になっていて、さらには、1~2年先輩の人と接する機会すら減っています。部活動などではあっても、例えばより多様性のある人々の集まりである地域社会へ参加することは減っていますし、下手すると社会に出るまでに一度もそういうのに参加したことのない人さえいるかもしれません。
まあ、私も偉そうなことは言えない立場ですが。地元の青年団や消防団には参加していませんし。
ただ、地元ではない地域、農業の研修先の地域で4Hクラブというのに、わずかな期間参加したことはあります。20~40代の若手農家が集まって、他地域の農家を視察したり、交流したり、年に数回飲み会を催したりしていました。コンパニオンの女性3人を呼んでの食事会もありました。
若手農家とはいっても、いろいろな人、いろいろな年代が集まっていて、私には思いもしないような話も聞くことができました。
地元については、その4Hクラブがあるかどうかすら怪しいですし、青年団とかに誘われたこともないので、参加する気もありませんが。それに、4Hクラブの時は、事あるごとに会費を募られて、少ない家計から捻出するのが大変でした。青年団も、いろいろ飲み会とかあって、都度、会費が募られると思うので、今の私には無理ですね。
話を戻しますが、子供会も最近は機能しているのかどうか怪しいものです。
これも、上は高校生くらいまでの人がいたかと思うのですが、私も小学校中学年くらいのあたりで、いつの間にか行かなくなっていました。なんか集会所でいろいろ遊んでいたと思うのですが、常に何がなんだかよくわかっていませんでした。
というか、上の学年になるほど人が少なかったです。
まあ、自分より上あるいは下の年代の人と集まって何かやるよりも、同級生とゲームボーイやスーパーファミコンで遊んでいる方がよっぽど楽しかったと思いますし、実際私もそうでした。
そんな具合なので、おそらく中学高校の、最大2年の年の差でもつながりが希薄で、それ以上離れるとほとんどつながりがないのだと思います。そもそも、部活動などに入っていないと、上級生あるいは下級生とのつながりもありません。
へたすると、学校をリタイアして、でも引きこもりにはならずに外に出て同じような境遇の人とつるんでいる人たちのほうが、上下のつながりがあるかもしれません。実際に、シャブやら窃盗やら暴行事件やらでその手の集団が捕まると、最年長と最年少との間で、平気で5~6年くらいの年の差がありますからね。
そんな具合なので、そう大差ない価値観の中で中学、高校、人によっては専門学校や大学と生活していき、社会に出て多様な価値観がある中に入ると、その人たちと社会人との間で常識の乖離が起こるのだと思います。
少しでも学生時代に違う年代の人と接する機会があれば、少しは違うのではないかと思います。こういう場合、教師ではあまり役に立ちません。学生たちを理解しているからです。その理解の度合いはわかりませんが、少なくとも、一般の会社員や労働者よりかは、学生たちに近い立場にいるわけで、歳の離れた学生に対してある程度の理解を示すことができます。
本当は、教師たちも、生徒の人気を気にすることなく、社会に出るうえで必要になる常識をしっかり教えるべきなのです。もちろん、それは教師に限らず、親を中心とした身近にいる大人がそうするべきなのです。
それを放棄して、常識はずれを「個性」と尊重して立ててしまっているから、世間の常識とうまくなじめないのだと思います。
もちろん、言って直す人がいれば、言葉でわからなのでぶん殴ってでも直そうとしても頑なに直さない人もいます。
そして、そういう人は、何も今に限らず、昔からいたはずです。
へたすると、今ほど医療やら何やらが発達していない頃は、今で言うと「発達障害」や、精神的に病んでいる人に対しても、「あの人はそういう人だから」という具合に、それほど気にせずに扱っていたのではないかと思います。
先ほど「問題行動」として挙げた、上司に対して怒鳴るように反発する人だって、「癇癪持ち」ということで片づけられていたかもしれません。そして、「あの人はそういう人だから」ということで、深刻な感じに受け止められていなかったと思うのです。
というわけで、若手社員や新入社員の問題行動については、確かにそういう行動をとる土壌ができつつあるというか、ほとんど出来上がっているのかもしれませんが、一方で、私たち上の世代(気が付けば私も上の世代ですよ、三十路ですし・・・)も些細なことで目くじらを立てすぎているのではないかと思うのです。
少なくとも、私たちも10年近く前には、私たちより上の世代から、「使えねえ」とか「常識がない」とレッテルを貼られているわけですから。
そもそも、社会人経験がほとんどない中で、10や20を求めること自体がおかしいのです。1できれば上等です。それを2、3に増やしていって、1年後に20くらいできるようになるようにさせるのが、上司を含めた先輩たちの役目です。
まあ、態度については、なかなか難しいところがあるかもしれませんが。これは、社会に出る前にどうにかするべき問題ですが、ただ、歳を重ねることでかえってそういうのが出てきてしまうということもあるので、これは若手に限らず、誰もが起こすかもしれません。それでなくても、私も昔に比べるとだいぶ短気になっているので、この先どうなることやらです。
そんなわけで、ネットの風潮では若手や新入社員をけなす感じですが、気にすることないというのが、私の結論です。
若かろうが、年配だろうが、使えない人は使えないですし、素晴らしい人だっています。それだけの話です。
というわけで、若者の言動に対して問題視するニュース記事を取り上げての私観でした。
使える人、使えない人は、年代関係なくいるものです。政治家だってそうじゃないですか。失言を繰り返しまくっていた元五輪相とか、忖度したとうそぶいていた人もいましたね。
教師にだっていますよね?生徒に対して人格を否定するような暴言を浴びせる人とか、女子生徒の着替えを盗撮する人とか。シャブを使っていた校長なんてのもいましたね。
ほら。仕事云々はともかくとして、いや、仕事も関係しているケースもありますが、ろくでもない奴は、老若男女いるものです。
そして、私だって人様に誇れるような人生を歩んでいるわけではありませんから、あまり大きなことは言えません。そんなものです。
というわけで、平成最後に、自分で自分にダメージをクリティカルヒットで与えたところで、蔵出し企画、この辺で終わります。
おそらくこれが、場末のブログにおいて最後の「旅日記」となります。あと、今回は予定を変更して、「旅日記」をお送りします。最終日曜恒例の「エンタテインメント」は来週お送りいたします。
ヤフーブログ終了までの間に大きな旅行を2つ予定していますが、これらは記事にして掲出しません。ただ、私が備忘録として、日記という形で作文はしますが、公開はしません。
さて、2019年4月は何かにつけて「平成最後」という言葉を付す潮流ができていますが、私もその流れに乗る…つもりはなかったのですが、しかし、平成などの元号は天皇即位から始まるもので、そして神道において最高位に坐するのが天皇であり、三峯参拝においては天皇と全く関係ないとは言い切れないので、この記事については「平成最後」という冠を付けました。
というか、「平成最後」とか「令和最初」とか付しても、ヤフーブログの運営期間残り少ないので、正直どうでもいいのです。少なくとも、この場末のブログにおいては。
さて、前置きはこれくらいにして、もはや私にとって恒例となっている三峯参拝の話です。
行くたびに、何かしらの変化のある秩父の三峯神社ですが、今回は、駐車場から階段を上り、お土産屋の手前に新しく看板ができましたね。
まあ、今回はそれくらいでしたが。
では、旅の思い出です。
関東の平地では桜がだいぶ散ってしまい、葉桜と装いを変えていますが、標高1000メートル近くの三峯神社付近は今まさに見ごろを迎えている桜もあり…といっても、記事執筆と掲出とでタイムラグがあって、掲出時にはすでに葉桜となっていると思いますが。
ただ、行ってきたのは4月下旬とだけ記しておきます。
で、ゴールデンウィークを避けて行ったのですが…って、もうこの表記でほぼ、いつ行ったのかがバレバレですが。しかし、それでもそこそこの混雑でした。
駐車場は9割がた埋まり、拝殿への参拝も、時間帯によりけりだったものの、少しだけ列ができていました。まあ、4列に…と看板があるのに2列で並んでいたのですが。
そして、何よりも、昨年夏に営業を始めたお店で、以前から気になっていたグリーンカレーを食べました。ココナッツミルクを主体とした味付けで、具材は野菜がメインです。最初はそのココナッツミルクによるものと思われるほのかな甘みがあって、しばらくするとピリッと辛さが押し寄せてくる感じです。一般的なカレーとは味が異なり、まろやかな口当たりです。
当初のイメージは、ゴーヤとか緑黄色野菜をミキサーか何かで細かくして、苦みでもあるのかなと思ったのですが、全く苦みはなく、先述の通り、ほのかな甘みからのピリッとという具合でした。
これは癖になる味わいです。また食べるつもりです。
ちなみに、帰りの道中、グリーンカレーの味というか食感というか、どう表現したらいいのかわからないのですが、ずっと残ってましたね。
というわけで、いつにもまして、新たなことが少なく、言いたいことはこれだけなのですが、巷では埼玉を「駄埼玉」をばかにする風潮があるようですね。
で、埼玉の、とりわけお役所関係はこれを歓迎している節があり、まるで埼玉県民はディスられることに対して寛容だとか、ドM気質ドバドバだとか、そんな印象を、特にメディアが積極的に植え付けようとしていますが、ざけんじゃねえよ。
あの映画については、私は一切見る気がないので、作品に対する感想は、良くも悪くも評価しるつもりはありませんが、テーマソングが気に入らねえ。
埼玉と無関係の人間が、なんで埼玉をばかにする歌を歌って、金もうけしてるのかって話ですよ。
挙句は、その芸人、埼玉とはかろうじて無関係ではないみたいな話を、とってつけたように言い訳していますが、関係ないね。
生まれてから今まで、ほぼずっと埼玉で暮らしてきた身としては、その芸人と埼玉のつながりは希薄どころか、ほとんどないと言ってもいいくらいです。そんな奴に馬鹿にされるのははなはだ心外なのです。
というか、それをメディア全体があおるというか、埼玉の人は心が広い的なこじつけで、では埼玉県民に対しては何を言ってもいいみたいな風潮を作り出しているのもまた、いらだつのです。というか、NHKですらその動きですからね。受信料返せって話ですよ。そんなつもりで私は受信料を払っているつもりはないですからね。全額は無理でも、そういう動きをした分くらいは還元を求めますよ。2銭くらいになると思いますが。
…ふう。今までずっとため込んでいたことを、やっとつづれましたよ。今くらいならほとぼりも冷めている頃なので、大丈夫でしょう。
それに、どうせ年末にはこの記事も消えますからね。…オリジナルファイルはパソコンに残りますが。
なので、埼玉をばかにする風潮が強い中でも、私は埼玉三峯の魅力を、少しだけ紹介しようと思います。
…本当は紹介したくないのです。だって、所詮は場末のブログなので、大した情報発信力はありませんが、十数年前に比べて三峯神社の参拝客が、年間を通して増えてしまい、楽しみの一つである興雲閣の日帰り入浴も、以前はほぼ貸し切り状態だったのが、最近は必ず2~3人はいますからね。少ない?日帰り入浴ですよ?朝っぱらから温泉に入るだけに来る人なんて、そもそもそう多くないでしょう?都心とかでない限り。もともとは宿泊施設なのですから。
まず、興雲閣のシイタケ丼です。これは、私の勝手な印象ですが、シイタケが大きいです。
親指と人差し指でわっかを作ってみてください。それくらいのサイズの傘だと思っていたのですが、少なくともそれよりも大きいサイズ©です。で、それが3つもご飯の上に載っているのです。味付けは、私は料理をあまりしないので、食べるたびに砂糖としょうゆとみりんかな?とは思うのですが、家で作ってみると同じ味にならず…。ただ、しょうゆベースで、甘さとしょっぱさが絶妙なバランスのたれというのは、合っていると思います。
ごはんにもかけて、キャベツの千切り、その上にシイタケのフライが3つ。そのシイタケのフライは、たれに一度漬けるのだと思います。全体に味が染みわたっているので。これが850円でしたかね。
次に、グリーンカレーです。これは先述したので割愛します。おそらく、テレビや雑誌などで紹介されていないと思います。されていたら、店でその旨を宣伝したり、あとは私自身が店の主人から話を聞くはずですから。
ほかにも、わらじカツどんがありますが、こちらは大分有名になりました。三峰神社以外にも、小鹿野町でも食べることができますし、他のちちぶの地域でも提供しているところがあるかもしれません。
さらに、興雲閣で、最近新たに開発したそば(そばそのものではなく、そばを使った創作料理)もあるようで、これは次回行ったときに食べてみようと思っています。まだ食べていません、行くたびにシイタケ丼を食べていたので。
とまあ、どれもB級グルメではあるのですが、そもそもの話として、B級ってなんなん?
…最近はまっているV-Tuberのアイドル部メンバーである北上双葉さんの口癖がうつってしまいましたが、地元で試行錯誤の末開発された新たな料理に対して、B級って、格下に据えるのは失礼じゃないかと思うのです。
トマトカレーも、わらじカツどんも、今回食べたグリーンカレーも、うまかったですよ。うまければそれでいいじゃないですか。
私はこれらの料理について、B級とは思いませんし、私自身がおいしいと素直に感じたのですから、他の人が何と言おうが、私はまた食べますし、記事を作っている時点でまた食べたいと思っています。
思うのですが、テレビや雑誌で評価の高いものって、果たして本当にそれは正当なものなのですかね?
例えば、某有名ホテルの昼のビュッフェでのバイキング。機会があったので何度か行ったことがありますが、別段うまいとは思いませんでした。何というか、普通?
ソーセージとか、サイボクハムのウインナーのほうがうまいですしね。プレーンの卵焼きだって、私は甘めの味付けが好きなのですが、砂糖を使っていないためか、微妙でしたしね。
ほかの人にとっては絶品かもしれませんが、私には合いません。
あと、それこそ夕方のニュースで取り上げられて、レポーターが大げさに「おいしい」と言っていた、洋菓子だったかパンだったかも、言うほどうまくありませんでした。だいぶ前のことだったので、何という名前の商品だったかは忘れましたが。
一方で、テレビなどで紹介されたかどうかは、少なくとも私は知らないので、私の中では自分が偶然見つけて出会ったものとしているのですが、菓実の福という、こぶしよりも一回りくらい小さいサイズの見た目が大福で、中に果物が入っているお菓子があるのですが、これはおいしいです。イチゴが1粒丸ごと入っていたり、小さめのサイズのミカンが丸ごと1つ入っていたりするのです。1個300円か400円するので、私の中ではぜいたく品の部類に入りますが、贈答用にはうってつけと思います。近所に売り場が常設されていないので、なかなか買いに行くことすらできませんが、見かけたら、懐ぐあいにもよりますが、大体買おうと思っているくらいのものです。
テレビなどで知って食べるもののほとんどは、チェーン店のものです。ステーキとか寿司とか。要するに、CMですね。
で、それを一度は食べてみて、私が気に入ったらリピーターになって、気に入らなければそれきりです。
そうして、私なりのグルメブック的なものが出来上がるのです。結局は、私の舌の好み次第で、そのグルメブックの編集において、例えばグルメ評論家の発言とかは一切入り込む余地はないのです。
なので、今回の記事の後半、私なりのおすすめポイント(料理ばかりですが)を、信じるも信じないも、これを読まれているあなた次第です。
また、私の言うことを信じて実際に食べてみて、言うほどおいしくないと感じれば、それは私と好みが違うだけのことです。気に入らなければ、二度と食べなければいいのです。そこに私の好みを押し付けるつもりは毛頭ありません。
そして、私の記事を二度と信用しなければいいのです。それだけの話です。
どうせブログがあと半年ほどで閉鎖されて、閲覧すらできなくなると思うと、随分と思い切ったことをつづるものだと、われながら思います。
でも、半分は、ブログの閉鎖云々関係なく、年のせいです。三十路過ぎれば、ある程度批判覚悟で主張できるみたいです。性格的なところもありますが。
なので、偶然この記事をご覧の、悩み多き十代の方、いましばらくの辛抱です。もうちょっと年を取れば、神経が太くなって、多少のことは気にしなくなります。
まるで、金剛いろはさんのように。
いや、これは別の枠を使って記事にしたほうがいいな。
というわけで、かなり内容的にアレになってしまいましたが、当ブログ最後の旅日記でした。
ヤフーブログ終了までの間に大きな旅行を2つ予定していますが、これらは記事にして掲出しません。ただ、私が備忘録として、日記という形で作文はしますが、公開はしません。
さて、2019年4月は何かにつけて「平成最後」という言葉を付す潮流ができていますが、私もその流れに乗る…つもりはなかったのですが、しかし、平成などの元号は天皇即位から始まるもので、そして神道において最高位に坐するのが天皇であり、三峯参拝においては天皇と全く関係ないとは言い切れないので、この記事については「平成最後」という冠を付けました。
というか、「平成最後」とか「令和最初」とか付しても、ヤフーブログの運営期間残り少ないので、正直どうでもいいのです。少なくとも、この場末のブログにおいては。
さて、前置きはこれくらいにして、もはや私にとって恒例となっている三峯参拝の話です。
行くたびに、何かしらの変化のある秩父の三峯神社ですが、今回は、駐車場から階段を上り、お土産屋の手前に新しく看板ができましたね。
まあ、今回はそれくらいでしたが。
では、旅の思い出です。
関東の平地では桜がだいぶ散ってしまい、葉桜と装いを変えていますが、標高1000メートル近くの三峯神社付近は今まさに見ごろを迎えている桜もあり…といっても、記事執筆と掲出とでタイムラグがあって、掲出時にはすでに葉桜となっていると思いますが。
ただ、行ってきたのは4月下旬とだけ記しておきます。
で、ゴールデンウィークを避けて行ったのですが…って、もうこの表記でほぼ、いつ行ったのかがバレバレですが。しかし、それでもそこそこの混雑でした。
駐車場は9割がた埋まり、拝殿への参拝も、時間帯によりけりだったものの、少しだけ列ができていました。まあ、4列に…と看板があるのに2列で並んでいたのですが。
そして、何よりも、昨年夏に営業を始めたお店で、以前から気になっていたグリーンカレーを食べました。ココナッツミルクを主体とした味付けで、具材は野菜がメインです。最初はそのココナッツミルクによるものと思われるほのかな甘みがあって、しばらくするとピリッと辛さが押し寄せてくる感じです。一般的なカレーとは味が異なり、まろやかな口当たりです。
当初のイメージは、ゴーヤとか緑黄色野菜をミキサーか何かで細かくして、苦みでもあるのかなと思ったのですが、全く苦みはなく、先述の通り、ほのかな甘みからのピリッとという具合でした。
これは癖になる味わいです。また食べるつもりです。
ちなみに、帰りの道中、グリーンカレーの味というか食感というか、どう表現したらいいのかわからないのですが、ずっと残ってましたね。
というわけで、いつにもまして、新たなことが少なく、言いたいことはこれだけなのですが、巷では埼玉を「駄埼玉」をばかにする風潮があるようですね。
で、埼玉の、とりわけお役所関係はこれを歓迎している節があり、まるで埼玉県民はディスられることに対して寛容だとか、ドM気質ドバドバだとか、そんな印象を、特にメディアが積極的に植え付けようとしていますが、ざけんじゃねえよ。
あの映画については、私は一切見る気がないので、作品に対する感想は、良くも悪くも評価しるつもりはありませんが、テーマソングが気に入らねえ。
埼玉と無関係の人間が、なんで埼玉をばかにする歌を歌って、金もうけしてるのかって話ですよ。
挙句は、その芸人、埼玉とはかろうじて無関係ではないみたいな話を、とってつけたように言い訳していますが、関係ないね。
生まれてから今まで、ほぼずっと埼玉で暮らしてきた身としては、その芸人と埼玉のつながりは希薄どころか、ほとんどないと言ってもいいくらいです。そんな奴に馬鹿にされるのははなはだ心外なのです。
というか、それをメディア全体があおるというか、埼玉の人は心が広い的なこじつけで、では埼玉県民に対しては何を言ってもいいみたいな風潮を作り出しているのもまた、いらだつのです。というか、NHKですらその動きですからね。受信料返せって話ですよ。そんなつもりで私は受信料を払っているつもりはないですからね。全額は無理でも、そういう動きをした分くらいは還元を求めますよ。2銭くらいになると思いますが。
…ふう。今までずっとため込んでいたことを、やっとつづれましたよ。今くらいならほとぼりも冷めている頃なので、大丈夫でしょう。
それに、どうせ年末にはこの記事も消えますからね。…オリジナルファイルはパソコンに残りますが。
なので、埼玉をばかにする風潮が強い中でも、私は埼玉三峯の魅力を、少しだけ紹介しようと思います。
…本当は紹介したくないのです。だって、所詮は場末のブログなので、大した情報発信力はありませんが、十数年前に比べて三峯神社の参拝客が、年間を通して増えてしまい、楽しみの一つである興雲閣の日帰り入浴も、以前はほぼ貸し切り状態だったのが、最近は必ず2~3人はいますからね。少ない?日帰り入浴ですよ?朝っぱらから温泉に入るだけに来る人なんて、そもそもそう多くないでしょう?都心とかでない限り。もともとは宿泊施設なのですから。
まず、興雲閣のシイタケ丼です。これは、私の勝手な印象ですが、シイタケが大きいです。
親指と人差し指でわっかを作ってみてください。それくらいのサイズの傘だと思っていたのですが、少なくともそれよりも大きいサイズ©です。で、それが3つもご飯の上に載っているのです。味付けは、私は料理をあまりしないので、食べるたびに砂糖としょうゆとみりんかな?とは思うのですが、家で作ってみると同じ味にならず…。ただ、しょうゆベースで、甘さとしょっぱさが絶妙なバランスのたれというのは、合っていると思います。
ごはんにもかけて、キャベツの千切り、その上にシイタケのフライが3つ。そのシイタケのフライは、たれに一度漬けるのだと思います。全体に味が染みわたっているので。これが850円でしたかね。
次に、グリーンカレーです。これは先述したので割愛します。おそらく、テレビや雑誌などで紹介されていないと思います。されていたら、店でその旨を宣伝したり、あとは私自身が店の主人から話を聞くはずですから。
ほかにも、わらじカツどんがありますが、こちらは大分有名になりました。三峰神社以外にも、小鹿野町でも食べることができますし、他のちちぶの地域でも提供しているところがあるかもしれません。
さらに、興雲閣で、最近新たに開発したそば(そばそのものではなく、そばを使った創作料理)もあるようで、これは次回行ったときに食べてみようと思っています。まだ食べていません、行くたびにシイタケ丼を食べていたので。
とまあ、どれもB級グルメではあるのですが、そもそもの話として、B級ってなんなん?
…最近はまっているV-Tuberのアイドル部メンバーである北上双葉さんの口癖がうつってしまいましたが、地元で試行錯誤の末開発された新たな料理に対して、B級って、格下に据えるのは失礼じゃないかと思うのです。
トマトカレーも、わらじカツどんも、今回食べたグリーンカレーも、うまかったですよ。うまければそれでいいじゃないですか。
私はこれらの料理について、B級とは思いませんし、私自身がおいしいと素直に感じたのですから、他の人が何と言おうが、私はまた食べますし、記事を作っている時点でまた食べたいと思っています。
思うのですが、テレビや雑誌で評価の高いものって、果たして本当にそれは正当なものなのですかね?
例えば、某有名ホテルの昼のビュッフェでのバイキング。機会があったので何度か行ったことがありますが、別段うまいとは思いませんでした。何というか、普通?
ソーセージとか、サイボクハムのウインナーのほうがうまいですしね。プレーンの卵焼きだって、私は甘めの味付けが好きなのですが、砂糖を使っていないためか、微妙でしたしね。
ほかの人にとっては絶品かもしれませんが、私には合いません。
あと、それこそ夕方のニュースで取り上げられて、レポーターが大げさに「おいしい」と言っていた、洋菓子だったかパンだったかも、言うほどうまくありませんでした。だいぶ前のことだったので、何という名前の商品だったかは忘れましたが。
一方で、テレビなどで紹介されたかどうかは、少なくとも私は知らないので、私の中では自分が偶然見つけて出会ったものとしているのですが、菓実の福という、こぶしよりも一回りくらい小さいサイズの見た目が大福で、中に果物が入っているお菓子があるのですが、これはおいしいです。イチゴが1粒丸ごと入っていたり、小さめのサイズのミカンが丸ごと1つ入っていたりするのです。1個300円か400円するので、私の中ではぜいたく品の部類に入りますが、贈答用にはうってつけと思います。近所に売り場が常設されていないので、なかなか買いに行くことすらできませんが、見かけたら、懐ぐあいにもよりますが、大体買おうと思っているくらいのものです。
テレビなどで知って食べるもののほとんどは、チェーン店のものです。ステーキとか寿司とか。要するに、CMですね。
で、それを一度は食べてみて、私が気に入ったらリピーターになって、気に入らなければそれきりです。
そうして、私なりのグルメブック的なものが出来上がるのです。結局は、私の舌の好み次第で、そのグルメブックの編集において、例えばグルメ評論家の発言とかは一切入り込む余地はないのです。
なので、今回の記事の後半、私なりのおすすめポイント(料理ばかりですが)を、信じるも信じないも、これを読まれているあなた次第です。
また、私の言うことを信じて実際に食べてみて、言うほどおいしくないと感じれば、それは私と好みが違うだけのことです。気に入らなければ、二度と食べなければいいのです。そこに私の好みを押し付けるつもりは毛頭ありません。
そして、私の記事を二度と信用しなければいいのです。それだけの話です。
どうせブログがあと半年ほどで閉鎖されて、閲覧すらできなくなると思うと、随分と思い切ったことをつづるものだと、われながら思います。
でも、半分は、ブログの閉鎖云々関係なく、年のせいです。三十路過ぎれば、ある程度批判覚悟で主張できるみたいです。性格的なところもありますが。
なので、偶然この記事をご覧の、悩み多き十代の方、いましばらくの辛抱です。もうちょっと年を取れば、神経が太くなって、多少のことは気にしなくなります。
まるで、金剛いろはさんのように。
いや、これは別の枠を使って記事にしたほうがいいな。
というわけで、かなり内容的にアレになってしまいましたが、当ブログ最後の旅日記でした。
人類にとって、最も偉大な発明の一つと言われている、と私が勝手に思っているだけなのか、実際にそうなのか、そのあたりの確認をするつもりはありませんが、これにより科学が発展したと言っても過言ではないはずです。
確か、アラビア数字だけが「0」を表現していたそうで、この存在により数学が急速に発展というか、研究が加速したとか何とかと言った話を聞いた覚えがあります。当時、他の数字で「0」は表現されていなかったと思います。ゆえに、物の数を数えることくらいにしか使われなかったとか何とか。
まあ、すべてずいぶん前に見聞したことなので、記憶はあいまいです。最近だと、やはりその数字に振り回されていることにばかり目が向きます。
やれ視聴率、やれ支持率・・・。その値を気にしてばかりで、その値を示す側にいる人たちのことを見据えているのか、怪しいものです。
あとは、ナンバリングですかね。外国人観光客にわかりやすさをということで、駅に番号を振る動きが見られますが、なんでもっと前からやらなかったのですかね?疑問です。
外国人のことは気にするのに、日本人(ナンバリングについては上京した人たち)のことは気にしないのですかね?(495字)
確か、アラビア数字だけが「0」を表現していたそうで、この存在により数学が急速に発展というか、研究が加速したとか何とかと言った話を聞いた覚えがあります。当時、他の数字で「0」は表現されていなかったと思います。ゆえに、物の数を数えることくらいにしか使われなかったとか何とか。
まあ、すべてずいぶん前に見聞したことなので、記憶はあいまいです。最近だと、やはりその数字に振り回されていることにばかり目が向きます。
やれ視聴率、やれ支持率・・・。その値を気にしてばかりで、その値を示す側にいる人たちのことを見据えているのか、怪しいものです。
あとは、ナンバリングですかね。外国人観光客にわかりやすさをということで、駅に番号を振る動きが見られますが、なんでもっと前からやらなかったのですかね?疑問です。
外国人のことは気にするのに、日本人(ナンバリングについては上京した人たち)のことは気にしないのですかね?(495字)
大学生だった頃のことです。私は突然、違和感のある状況を体験しました。
それは、就職活動です。
私も見様見真似で、それなりに準備をして就活に参戦しましたが、結果は今の体たらくぶりを、この場末のブログを通じて、この記事をご覧の皆様に披露している次第ですが、それはさておき。
その時に、例えば面接のときに、ほかの就活生が、「○○株式会社様」と、企業名の後に「様」をつけているのです。
これ、私が知らなかっただけで、社会常識なのですかね?
もしもそうだとしたら、私は今、ものすごい恥をかいているわけですが、ただ、仮にそれが社会常識であろうとなかろうと、私の中で腑に落ちないところがあるのです。
そもそもの話として、企業に対して敬いの気持ちを込めるとき、「御社」という言葉を使うはずです。手紙の宛名では「御中」を用います。少なくとも、例えば懸賞に応募するときに、「○○会社○○係様」と宛名に書いたことはありません。「御中」を使います。
それに、テレビやラジオの提供クレジットの時に、放送局にとってはスポンサーというのは大事なお客様に当たるはずですが、「様」をつけていません。普通に、「この番組は、コカ・コーラ、アシックス、ご覧のスポンサーの提供でお送りします」という具合に、会社名に「様」をつけていません。
もちろん、視聴者も放送局にとっては大事なお客様に変わりありませんが、てんびんに視聴者とスポンサーを載せた時に、どちらの方が重いかは、はかりかねるとおもいます。でも、社会常識などの観点から、企業名の後にも「様」をつけるべきだというのなら、提供クレジットの時にも、「様」をつけるか、あるいは「敬称略」と記載するはずです。でも、そうなっていないでしょう?
それに、私も曲りなりに、漫画やアニメ、ドラマもそこそこ見てきましたが、その一部に就活、あるいはバイトの面接のシーンがあって、その時にも「○○会社様の経営方針にうんぬんかんぬん」というセリフはなかったと思います。少なくとも、今よりもドラマを見ていた15年くらい前には。
面接に限らず、会社を舞台にしたドラマでも、同僚や上司と話をするときに取引先について「○○会社様」とは言っていません。それはまあ、まだ許せる範囲なのかもしれませんが、その取引先の社員と話をするときも、「○○会社様云々」とは言っていませんでした。その担当者の名前に「様」をつけているのは聞いています。「○○会社のだれだれ様」という具合です。
そうそう、思い出しました。面接のときに、別の就活生が、面接官から、「差し支えなければ、今までわが社以外にどういった会社の採用試験を受けてきましたか?」と問いかけられたときに、企業名に「様」をつけて列挙していたのです。
たぶん、その就活生の中では、丁寧な表現を心掛けているつもりなのだと思いますが、今になって思うのは、たぶん面接官は、その「企業名に様付け」に対して、あまり良い印象を持っていないと思うのです。だって、その就活生は自分たちの会社とほかの会社を同列か、あるいはほかの会社の方を優先しているのではないかと、そうとらえうるからです。
あの場では、別にほかの企業に気を使う必要はなく、普通に様付けすることなく企業名を、言い方を悪くすれば呼び捨てにしてもよかったのではないかと、私は思います。
というか、あの場に限らず、別に企業名については様付けする必要はないと思うのです。だって、一応形式的には「法人」ということで、人扱いするケースもありますが、それはあくまで行政やら法律やらの兼ね合いの話であって、別にごく普通の一個人が気にする必要はないと思うのです。なぜならば、会社名ではあるものの、それは組織であって、人ではないからです。
組織という点だけに着目すれば、例えばスポーツチームも同様の扱いになります。サッカーや野球などのチームです。あるいは、学校名だって同じです。どれにも「様」をつけて読んでいないでしょう?
例えばとある新聞社が、とあるスポーツチームからスポンサー料をもらっていたとして、そのチーム名に対して「様」をつけるということはしていません。堂々とその名前だけを出しています。
それと同じことだと思うのです。ゆえに、私は会社名に「様」をつける呼び方に対して、違和感があるのです。たとえそれが社会常識であろうとなかろうと。
本来、「様」をつけるべきところは、企業名や会社名の後ではなく、そのさらに後の所属部署のさらに後ろの担当者名の後ろのはずです。
青空運輸株式会社運輸部配送課課長山田太郎
こういう人がいたとして、「様」をつけるのは、名前の後でしょう。この場合は、「山田様」あるいは「山田太郎様」になるはずです。
実は、私の副業の仕事先で、事務員がとある取引先からの電話応対をしているときに、近くにいた別の人が、たまたまその取引先の会社名を口にしたのです。「様」をつけることなく。そしたら、その取引先から、「おたくのところでは客に対して丁寧な扱いをしないのか?」と。まあ、その取引先のセリフを私は聞いていないので、こんな感じかなと想像しながら例文を作りましたが、つまりは、様付けしなかったことに対してクレームが出たのです。
その一件があって、就活時代に抱いていた違和感が再び目覚めてしまったのです。
ちなみに、その近くにいた人というのは、私ではありません。私はその一連の話を後で聞いたのです。
でも、その会社名のことをそのままそう呼ぶのは、普通だと私も思います。それが、担当者名を呼び捨てにしていたというのであれば問題ですが、企業名については、それはあくまで組織であって、組織に様付けするというのは、私はどうしてもおかしいと思ってしまうのです。
あくまで、「様」をつけるのは、人に対してであって、この場合は担当者の名前に「様」をつけるものだと私は認識しています。担当者名が山田太郎なら、「山田様」あるいは「山田太郎様」と呼ぶべきです。たとえそれが事務所の中であっても、電話の向こうでその担当者の人が、自分の名前を呼び捨てにしているというのを耳にしてしまったとき、不快に感じるでしょう。
でも、会社名や企業名は、もともと呼び捨てにされているわけで、それが前提になっているところもあるでしょう。むしろ、そこに「様」をつけないのはどういうことだと憤る人こそが、私の中では非常識に感じられるのです。
企業名の後に「様」をつけることについて、それが常識か非常識かはさて置いたとして、違和感はありませんかね?
お客さんに対して、人ならば「様」をつけて名前を呼ぶのは普通だと思います。でも、組織名であるところの企業名や会社名に対して「様」をつけるのは、私はどうしても納得できないのです。
もしもそれが常識ならば、例えば「柏レイソル様」とか、「大宮アルディージャ様」とか、「埼玉西武ライオンズ様」と称さなければなりませんし、テレビ局などの提供クレジットだって、いちいち全部の企業名の後に「様」をつけなければなりません。ナレーションもそうです。「他各社の提供で」と省略するのも許されませんよ。無視はさらに失礼ですからね。
観光バスなんかは「様」つけてますね。会社名やその団体旅行のイベント名の後に。でも、その場合は「御一行様」としています。イベント名に「様」というのは不自然だということでしょう。
ただ、バス会社によって違うのかもしれませんが、会社や学校の名前の後に「様」をつけるのか、それとも「御一行様」とするのか、割れると思います。ただ、その名前を記載するシートにすでに「様」とあしらわれていることが多いので、バス会社側が企業名の後に「様」をつけることに違和感があるかどうかは判別できません。
でも、「御一行様」という言葉があるわけですから、その組織名に「様」をつけるというのは、本来はおかしな表現だったのではないかと、私はどうしても思うのです。
いったいどうなってるんでしょうかね?
・・・解決?しませんよ。だって、わからないからこの記事をしたためているのです。詳しい方からのコメントの投稿(=回答)、お待ちしております。
それは、就職活動です。
私も見様見真似で、それなりに準備をして就活に参戦しましたが、結果は今の体たらくぶりを、この場末のブログを通じて、この記事をご覧の皆様に披露している次第ですが、それはさておき。
その時に、例えば面接のときに、ほかの就活生が、「○○株式会社様」と、企業名の後に「様」をつけているのです。
これ、私が知らなかっただけで、社会常識なのですかね?
もしもそうだとしたら、私は今、ものすごい恥をかいているわけですが、ただ、仮にそれが社会常識であろうとなかろうと、私の中で腑に落ちないところがあるのです。
そもそもの話として、企業に対して敬いの気持ちを込めるとき、「御社」という言葉を使うはずです。手紙の宛名では「御中」を用います。少なくとも、例えば懸賞に応募するときに、「○○会社○○係様」と宛名に書いたことはありません。「御中」を使います。
それに、テレビやラジオの提供クレジットの時に、放送局にとってはスポンサーというのは大事なお客様に当たるはずですが、「様」をつけていません。普通に、「この番組は、コカ・コーラ、アシックス、ご覧のスポンサーの提供でお送りします」という具合に、会社名に「様」をつけていません。
もちろん、視聴者も放送局にとっては大事なお客様に変わりありませんが、てんびんに視聴者とスポンサーを載せた時に、どちらの方が重いかは、はかりかねるとおもいます。でも、社会常識などの観点から、企業名の後にも「様」をつけるべきだというのなら、提供クレジットの時にも、「様」をつけるか、あるいは「敬称略」と記載するはずです。でも、そうなっていないでしょう?
それに、私も曲りなりに、漫画やアニメ、ドラマもそこそこ見てきましたが、その一部に就活、あるいはバイトの面接のシーンがあって、その時にも「○○会社様の経営方針にうんぬんかんぬん」というセリフはなかったと思います。少なくとも、今よりもドラマを見ていた15年くらい前には。
面接に限らず、会社を舞台にしたドラマでも、同僚や上司と話をするときに取引先について「○○会社様」とは言っていません。それはまあ、まだ許せる範囲なのかもしれませんが、その取引先の社員と話をするときも、「○○会社様云々」とは言っていませんでした。その担当者の名前に「様」をつけているのは聞いています。「○○会社のだれだれ様」という具合です。
そうそう、思い出しました。面接のときに、別の就活生が、面接官から、「差し支えなければ、今までわが社以外にどういった会社の採用試験を受けてきましたか?」と問いかけられたときに、企業名に「様」をつけて列挙していたのです。
たぶん、その就活生の中では、丁寧な表現を心掛けているつもりなのだと思いますが、今になって思うのは、たぶん面接官は、その「企業名に様付け」に対して、あまり良い印象を持っていないと思うのです。だって、その就活生は自分たちの会社とほかの会社を同列か、あるいはほかの会社の方を優先しているのではないかと、そうとらえうるからです。
あの場では、別にほかの企業に気を使う必要はなく、普通に様付けすることなく企業名を、言い方を悪くすれば呼び捨てにしてもよかったのではないかと、私は思います。
というか、あの場に限らず、別に企業名については様付けする必要はないと思うのです。だって、一応形式的には「法人」ということで、人扱いするケースもありますが、それはあくまで行政やら法律やらの兼ね合いの話であって、別にごく普通の一個人が気にする必要はないと思うのです。なぜならば、会社名ではあるものの、それは組織であって、人ではないからです。
組織という点だけに着目すれば、例えばスポーツチームも同様の扱いになります。サッカーや野球などのチームです。あるいは、学校名だって同じです。どれにも「様」をつけて読んでいないでしょう?
例えばとある新聞社が、とあるスポーツチームからスポンサー料をもらっていたとして、そのチーム名に対して「様」をつけるということはしていません。堂々とその名前だけを出しています。
それと同じことだと思うのです。ゆえに、私は会社名に「様」をつける呼び方に対して、違和感があるのです。たとえそれが社会常識であろうとなかろうと。
本来、「様」をつけるべきところは、企業名や会社名の後ではなく、そのさらに後の所属部署のさらに後ろの担当者名の後ろのはずです。
青空運輸株式会社運輸部配送課課長山田太郎
こういう人がいたとして、「様」をつけるのは、名前の後でしょう。この場合は、「山田様」あるいは「山田太郎様」になるはずです。
実は、私の副業の仕事先で、事務員がとある取引先からの電話応対をしているときに、近くにいた別の人が、たまたまその取引先の会社名を口にしたのです。「様」をつけることなく。そしたら、その取引先から、「おたくのところでは客に対して丁寧な扱いをしないのか?」と。まあ、その取引先のセリフを私は聞いていないので、こんな感じかなと想像しながら例文を作りましたが、つまりは、様付けしなかったことに対してクレームが出たのです。
その一件があって、就活時代に抱いていた違和感が再び目覚めてしまったのです。
ちなみに、その近くにいた人というのは、私ではありません。私はその一連の話を後で聞いたのです。
でも、その会社名のことをそのままそう呼ぶのは、普通だと私も思います。それが、担当者名を呼び捨てにしていたというのであれば問題ですが、企業名については、それはあくまで組織であって、組織に様付けするというのは、私はどうしてもおかしいと思ってしまうのです。
あくまで、「様」をつけるのは、人に対してであって、この場合は担当者の名前に「様」をつけるものだと私は認識しています。担当者名が山田太郎なら、「山田様」あるいは「山田太郎様」と呼ぶべきです。たとえそれが事務所の中であっても、電話の向こうでその担当者の人が、自分の名前を呼び捨てにしているというのを耳にしてしまったとき、不快に感じるでしょう。
でも、会社名や企業名は、もともと呼び捨てにされているわけで、それが前提になっているところもあるでしょう。むしろ、そこに「様」をつけないのはどういうことだと憤る人こそが、私の中では非常識に感じられるのです。
企業名の後に「様」をつけることについて、それが常識か非常識かはさて置いたとして、違和感はありませんかね?
お客さんに対して、人ならば「様」をつけて名前を呼ぶのは普通だと思います。でも、組織名であるところの企業名や会社名に対して「様」をつけるのは、私はどうしても納得できないのです。
もしもそれが常識ならば、例えば「柏レイソル様」とか、「大宮アルディージャ様」とか、「埼玉西武ライオンズ様」と称さなければなりませんし、テレビ局などの提供クレジットだって、いちいち全部の企業名の後に「様」をつけなければなりません。ナレーションもそうです。「他各社の提供で」と省略するのも許されませんよ。無視はさらに失礼ですからね。
観光バスなんかは「様」つけてますね。会社名やその団体旅行のイベント名の後に。でも、その場合は「御一行様」としています。イベント名に「様」というのは不自然だということでしょう。
ただ、バス会社によって違うのかもしれませんが、会社や学校の名前の後に「様」をつけるのか、それとも「御一行様」とするのか、割れると思います。ただ、その名前を記載するシートにすでに「様」とあしらわれていることが多いので、バス会社側が企業名の後に「様」をつけることに違和感があるかどうかは判別できません。
でも、「御一行様」という言葉があるわけですから、その組織名に「様」をつけるというのは、本来はおかしな表現だったのではないかと、私はどうしても思うのです。
いったいどうなってるんでしょうかね?
・・・解決?しませんよ。だって、わからないからこの記事をしたためているのです。詳しい方からのコメントの投稿(=回答)、お待ちしております。