2週間ほど前から、風呂に入ったあとでも、身体中が痒くて、かゆくて仕方ない。あまりに毎日、しかも、場所はもう全身に及ぶので、2日前に皮膚科に行った。診るなり先生が、「じんましんですね、今までなったことありましたか?」 「初めてです」 「ストレスでも出るんですが」 「あー、確かにこの2か月自粛で自宅にいたし、仕事のことやいろんなことに不安を感じていたように思います」
幸いにも、頂いた薬を服用したら、かゆみはピタリと止まった。
3月2日に、安倍総理が休校要請や、イベントなどの自粛を要請したときから、頭の中ではコロナのこと、それに対する政府の対応のこと、そして、自分の仕事のこと、普段なら、日々の仕事に追われていて、あまり考えもしなかったことを、四六時中考えるようになった。気づけば、ネットでニュースを見て情報を得ようとし、見るたびに、不安や怒りが増長していた。
4月になってからは、必死でオンラインセッションを立ち上げ、YouTube配信を始めた。初めてのことだらけだった。しかも、デスクワークが増えたので、肩首まわりはパンパンに張ってしまった。しかし、オンラインセッションが軌道にのり、ほぼ毎日のように仕事ができるようになると、忙しく、コロナの情報を得る時間はおのずと減っていた。相変わらず、肩周りは張っているが、精神的には充実していた。
でも、やはり首肩周りが張るのと同様に、心にもダメージがあったかもしれない。それがじんましんという形で、少し時間を経過してから、出てきたのかもしれない。よくよく、考えたら、この20年、自分の好きなことを仕事にでき、なんとか生活もできていたので、ストレスとは無縁な立ち位置にいたのだ。毎年のように選手は入れ替わるし、多少サポートしているチームに変化はあったが、大きな枠組みは変わらずにこれたのだ。言い方を変えれば、新しいチャレンジはそうなかったし、経験値の枠から大きくはみ出すことには遭遇しなかったのだ。
ところが、今回のコロナは、世界中の多くの人がそうであったように、私の小さなこれまでの経験値やモノサシでは、とても測りきれない出来事だった。仕事がいっさい無い状態のときは、おそらくストレスしかなかった。しかし、既存の指導先のチームに何ができるのか、そこを視点にしたら、一気に事が進み、オンラインセッションとYouTube配信にこぎつけることができた。
今年の4月、東京の下北沢に発酵食品専門店の「発酵デパートメント」をオープンした、小倉ヒラクさん。あるインタビューを受けて、最悪の時期にお店をオープンし、最初の2週間は地獄だったと話す。
しかし、途中で考え方をこう変えて、楽になったと言う。
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途中から判断軸が「自分」じゃなくて、「変わらないものを作っている人たち・支えている人たち」のほうに移ったんだ。 すると視点がぶれなくなって、迷いがなくなってきたよ。それはなんか精神的にも商売的にもすごくよかったなって思う。
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小倉さんの言葉、すごく良くわかる。4月初旬、たまたま遊びにきていた義兄に、「休校中の選手たちのために、YouTube配信してあげたら喜んでくれるんじゃないかな」 そう言われて気づいた。オンラインセッションもYouTube配信も、既存の指導先の選手たち、チームのためという目的が、はっきり見えてからは、一気に事が進んだのだ。しかも、余計なことを考える暇もないほど、仕事で毎日が充実したのだ。
まさに、小倉さんの言葉を借りるならば、判断軸が「自分」では無くなった途端に、仕事が軌道にのり、精神的にも落ち着きを取り戻せたのだ。
それでも、少し遅れて身体は、じんましんという形で、「お前、もう少し力を抜けよ」というシグナルを送ってきたのだ。
小倉さんは、さらにこんなことも話している。
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おいしいご飯を作って食べるとか、子供と向き合って遊ぶとか、経済的には生産性ないじゃん。つまり「仕事」と「用事」の違いだよね。仕事は「〜のために〜する」だけど、用事は「おいしいものを食べたいから作る」って自己目的化している。理屈がない、建前がない状態。それが、暮らしの本質なんだよね。
万能感に襲われるとやたら「アフターコロナの世界は」って言ってしまうし、焦燥感にとらわれるとやたら「◯◯チャレンジ」みたいなことをやってしまうんだよ。でも、別にチャレンジしなくていい。好きな植物に、静かに水をあげているのでいいと思うんだよね。それがかけがえのない時間ですよ。
あのね、今回のコロナウイルスで、社会的に大混乱があって大変なことになっているけど、ひとついいことがあるとすれば、今みんな超全力で「暮らす」ために生きているんだよね。
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たしかに、アフターコロナに向けて、新たなことにチャレンジしなければいけないという、焦りのようなものは常にあったように思う。でも、自粛期間中だろうと、アフターコロナであろうと、日々の些細な暮らしの中に楽しみを見いだせれば、それでいいではないか。
「生きているだけで丸儲け」、明石家さんまも、そう言っているではないか。
全身が痒くて仕方なかったのは、そのことを私に教えてくれる身体からのシグナルに違いないのだ。