若い頃、仕事で一度だけ英語通訳の方のお世話になりました。4人でアメリカの企業を訪問し、聞き取り調査を実施した時です。とても優秀な方で、当方があいまいな言い方をすると、「それはどういうことですか?」「訊きたいのは、こういうことですね」などと確認が入りました。単なる言葉の置き換えでなく、双方のコミュニケーションを助けるプロのワザだ、と胸に刻まれました。
鳥飼玖実子さん(現・立教大学名誉教授)は、同時通訳として、また、英語教育者としてテレビの語学番組などでもご活躍でした。そんな女史に「歴史をかえた誤訳」(新潮文庫)という著作があります。ご自身はもちろん、業界のお仲間も含めた数多くの(つらい?)通訳体験が語られる中で、ある女性歌手の来日公演にまつわるエピソードが強く印象に残りました。それをメインに、ちょっとユルいミニエピソードも加えてご紹介します。一体どんな出来事だったのか、をお楽しみに、是非とも最後までお付き合いください。
★その女性歌手とは、アメリカの女性フォーク・シンガーであるジョーン・バエズさんです。1960年代、我が国でも人気を集めていました。こちらの方です。
出来事を、朝日新聞が「TOKYOミステリー」との見出しで、1967年2月21日付の紙面で伝えています。「CIA,、通訳に圧力?」「反戦の歌など堂々と誤訳要求」など刺激的な見出しが躍ります。アメリカのニューズウィーク誌が2月20日号で指摘したことをベースにした記事です。
それによりますと・・・・・
当時、アメリカはベトナム戦争を戦っていました。フォークソングを通じてベトナム反戦を訴えていたジョーン・バエズさんが来日し、東京、広島、名古屋、大阪などで公演を行いました。公演の舞台からバエズさんが聴衆に語りかけた言葉が、故意に「誤訳」されていた、というのです。「誤訳」は公演中ずっと続いていたようです。表面化したのは、1月27日の夜、コンサートの様子が日本テレビで録画放映されたことがきっかけです。その様子を、同書から、< >内に引用します。
<たとえば、バエズが「ナガサキ・ヒロシマ・・・・」と発言したのに、通訳は「この公演はテレビ中継されます」。バエズが、原爆をうたった歌「雨を汚したのは誰」を説明すると、通訳は「テレビ中継しています」。有名な反戦歌「サイゴンの花嫁」についての説明も、通訳は、「これはベトナム戦争の歌」。「私は自分の払った金をベトナム戦争をまかなうために使われたくないので、税金を払うのを拒みました」とバエズが発言すると、通訳は「米国では税金が高い」。これが一部始終テレビで流れたのだから、視聴者は呆気にとられた、という>
確かにヒドい通訳ぶりで、朝日の記事が「故意に誤訳」としているのも頷けます。どうしてこんなことになったのでしょうか。公演で司会と通訳を兼ねていたのは、ニッポン放送プロデュサーの高橋一郎氏です。彼の弁によれば、CIA(米・中央情報局)を名乗るアメリカ人から電話があり、バエズが政治的な発言をしても、そらして通訳してほしい、と圧力がかけられていたというのです。米国大使館はその事実を否定しており、真相はわかりません。でも、なんらかの働きかけがあったと考えるのが自然です。
当時は、ベトナム反戦運動が世界的に広がっていました。そんなムード、空気を逆のサイドから伝えるエピソードと言えそうです。
★さて、やや重苦しい話題でしたので、冒頭でお約束のお気楽なミニエピソードで当記事を締めることにします。
英語が得意とされる中曽根総理が、1983年、訪米してレーガン大統領との会談終了後、原稿なしの挨拶をしました。そこで「フルートフル・トーク」(実りある話し合い)と言うべきところを「フルート・トーク」(果物の話し合い)とやってしまいました。当時は、「牛肉とオレンジの輸入問題」が最大の懸案でしたから、一瞬緊張が走ったといいます。また、同大統領を「ユナイテッド・プレジデント・ミスター・レーガン」と呼び、それじゃ、まるで日米共有(=ユナイテッド)の大統領のようだ、と冷やかされたとも。「生兵法はケガのもと」なんて諺(ことわざ)を思い出したことでした。
いかがでしたか?裏側も含めて、通訳の世界にちょっぴり触れた気分を味わっていただければ幸いです。それでは次回をお楽しみに。