自信は自芯② | rossiの世界

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心の声、心の葛藤や変化を書き残しています。




自分は自分に対して


まるで毒親だったような、


そんな気がしてたまらない。





自分の思考は自分に対して


ああすれば、こうすればと、


自分の中にある子どものような存在を


育てるためにいつも必死で騒がしい。


何かとうるさい存在だ。







もっと気楽に、


もっと自由に、


少しだけでも、


ほんの一瞬でも、


時間を共有したいのに。






いつも、なぜか遠くを見つめる。


音楽、スポーツ、芸術、学問、経済、料理、


宗教、スピチュアル、脳科学、芸能、美容など


自分の中の子どもを育てるために、


自分の興味あることを学んでは


自分の中の子どもに押し付け


まるでスパルタ教育みたい。







興味あるのは親のような思考であって


自分の中の子どもは


本当に望んでいることかしら?






あれをすれば、


これをすれば、


自分の中の子どもを育てるために


親のような思考に苦笑い。


本当は興味ないってわかっているでしょ?


本当に向いてないことさせるつもり?


自分の子どものサインを無視しては、


人並み以上に幸せになって欲しいと


親のような思考は、色んな情報収集に


時間をかけて、お金をかけて。






自分の中の子どもを


まるで袋に押し込めて、


立派な親になろうと稼いで、学んで。


人生だいたいこれに費やし


果たして自分の中の子どもを


育てるということできたかな?






親のような思考がすることは、


親ぶった思考がそうしたかっただけじゃない?


自分の中の子どもは本当は


何を望んで生まれてきたの?





自分の中の子どもを育てるために


あれをやって、


これをやって、


それは親のような思考の経験に過ぎず、


自分の中の子どもとしては、


まだまだ何にも経験してない。


「あ〜、疲れちゃった」


一緒に美味しいものでも食べましょう!


ホッとした時間を共有する経験を


増やしてくれることを待っている。






今世の主役は


袋の中の子どものような自分の方よ。


思考の中の親としては


もう十分に経験したでしょ、


瞑想を迷想せずに明聡しよう。


自分の芯から何かが湧き出し始めるまで


じっと堪えて見守ろう。


でしゃばる事なく見守ろう。


いつかそれは自芯に繋がる。


そのうちそれは自信に繋がる。