私の思考は
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
考えられない。
「ああ、なんてつまらないんだろう」
それは、興味もないのに
そこにいるから。
私の思考は
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
考えられない。
「あぁ、どうしてこんなに忙しいんだろう」
それは、自分以外の物事に
時間を奪われているから。
「あぁ、どうしてこんなに
気分が上がらないんだろう」
それは、見えるものに慣れてしまって
見飽きてしまったから。
私の思考は
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
考えられない。
私の思考は
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
それは、いつの
「見て、聞いて、感じた」思考なの?
習慣化している毎日の中
全てが寸分狂わず同じ日なんてないはずなのに
いつの間にか蓄積された
「見て、聞いて、感じた」ことを繰り返す
大車輪の中を走るネズミのような
いつも同じ考え方をしている
私の思考
いつの時代に見て、聞いて、感じたことか
気づかないぐらい
当たり前のように使われている
私の思考。
いつの時代かには通用していたけれど
今を生きるには不自由で
役に立たない私の思考。
その時は、確かに良いと思ったことも
今はそれが邪魔をする
私の思考は
「見て、聞いて、感じた」ことでしか
考えられない。
今、何を見て
今、何を聞いて
今、何を感じているのか
過去にはできていたのに
今できなくなってしまったこと。
今はできないけれど、
これからやってみたいこと。
私の思考は
いつかの自分といつも比べて
できない自分を
いつも探していたようだ。
いつかの自分と比べて
泣いたり、笑ったり
気分が良い自分になるために
経験で得た思考はぐるぐる回る。
長い間、ぐるぐる回る思考と過ごして
やっと今、
思考は感情を揺らすために
使うものではないと
私の何かが囁いた。














