うちの父は、よく映画を観て、よく小説を読み、よく音楽を聴く人だった。

父がいいと言うものは、必ず観させられたし、読まされたし、聴かされた。

小学生の子供に、「愛と青春の旅立ち」がわかるわけないし、司馬遼太郎の小説は難しすぎたし、ジャニスジョップリンは渋過ぎた。

しかも映画に関しては、吹き替え禁止だった。
どんな映画も字幕版で観なければいけなかったから、理解するまでに何回も観なければいけなかった。
わからない漢字の読みはいちいち父に聞いて、その言葉の意味も聞いて、ちょっとずつ映画の内容を入れて行くしかなかった。
これが凄い事に、だんだんと慣れてくるのだ。
まだ習った事のない英語すら、前に聞いた事があるとだんだん字幕を見なくてもわかるようになって来る。人間てすごいなと、今だから思える。

それと父は「食べ物は美味いもんしか食べない」という人だった。グルメというよりはただのわがままだと思うが、とにかく子供の頃からいろんな美味いもんを食べさせてくれた。
肉だとか、寿司だとか、普通の子供なら行かないような、老舗の店にも連れて行ってもらった。
いろんな物を食べたが、僕が一番好きだったのは学習院下という場所にある「がんこらーめん」だった。
三ノ輪橋から学習院下まで都電荒川線に乗り、ほぼ毎週土曜日になると父と通っていた。
一度、食べてから帰って来て、父が急に、

「なあ、もう一回食べに行かないか?」

と言われ、なぜかまたその足で行った事がある。
寡黙な元ボクサーの店主も、さすがに苦笑いしていた。
そのがんこらーめんの店はもうとっくの昔になくなったが、今でもあのラーメンより美味しいと思うラーメンを、僕は食べていない。
いつも都電に乗ると、なんだかラーメンが食べたくなるのはそのせいだ。

父に感謝するとしたら、この二つの事を教えてくれた事だと思う。


父も大の猫好き。