飼っていたことがあってな。
かやねずみ、とは
悪さをするようなことをせん。
そうさな
人間の腰あたりに伸びた稲に
巣を作りおってな
この辺りではそれを豊作の印として
神棚にあげるんじゃ。
田んぼのあぜ道で見ることがあるから
稲を食べると思われて
ずいぶんと駆除されてしもうたと
人から聞いたこともあるが
むごいことじゃ。
人はどうであれ、稲に混ざる雑草を
かやねずみは食べておっただけ
でもな、人をうらむこともせず
かやねずみは素直に
ただ生きておるだけじゃ。
ぬしも
あまり自分を責めず
卑下せず、ありのままで
よろしかろうて。
悪さをするように見えて
ぬしは悪人ではない。
分かる人間にはわかるものよ。
ワシからみれば
図体の大きな かやねずみじゃな。
そう笑って
懐から大きな握り飯を出して
私に食べさせてくれました。
塩だけで
握った飯はうまかった。
かやねずみが守り
育ててくれた米のようだと
私には思えたものです。
御厨屋の話しが終わって
しんみりしたところへ
口を開いた老爺がいた。
偉そうな説教ばかり垂れる
坊主の話なぞ誰が聞くものか
かやねずみが話すから
いいんじゃよ。
そう言ってくれたのは
好々爺とした小柄な
光太郎の古くからの友だちだ。
修行するだけでも偉い。
ワシたちの若い頃は
遊ぶことしか考えなかった。
いま思い出してもロクなもんじゃない。
なぁ、光太郎?
振り返ってみれば
そこに座っていたはずの
光太郎の姿は無い。
ほうれ
正体がバレそうになると
こうやって逃げ出すんじゃ
光太郎も、なかなかの
かやねずみじゃなぁ。
どっと笑いが起こって
手を叩いて笑ったり
腹を抱えて笑う者もいる。
たまには
こうやって話しをするのも
よろしゅうございますね。
と、熱いお茶を運んできた
半蔵もつられて笑う。
さっきまでの雲が晴れて
小春日和の とろりとした日差しが
廊下をあたためて
さらに座敷へ伸びる。
立春を過ぎても
寒さはまだまだこれからだ。
ひとときの語らいの場は
集まった人々の笑いに
包まれていた。
