なんだ
古い友に会うのに
理由なんかいるのか?

いぶかしげに
問うた御厨屋の口から出た
なんの御用ですか、は
さほど親しいわけでは
ないようだ。

しかし。
半蔵に向かって深々と頭を下げ
しゃがんで両手を広げ
おいで、とふたごを呼んだ
柔らかな物腰は
御厨屋の友人かと思われた。

それにしても
先ほどからの
ふたごのはしゃぎようは
どうしたことか。

きょう とまっていくの?
ぼくたちとおふろに はいる?
パパとおじいちゃんも
いっしょに はいるんだよ
くらげさんのジュツ
みせてあげるよ。

我が子の騒ぎように
誰か来たのか、と挨拶に出た志乃へ
深々と頭を下げてから
居住まいをただし、明覚と名乗った。
懐から出した京都の和菓子へ
押しいただくように一礼してから
志乃に手渡すと
小さくつぶやいた。

貴女なのですね。
御厨屋が選んだ女性は。
これは、これは
わたくしもかないませんねぇ
観音さまには。

そう言って
志乃へ向かって合掌した明覚をみて
御厨屋が破顔した。

おい、冗談はよせ。
志乃が驚いているだろう。
それより今夜はゆっくり
泊まっていけ。

山の夕日は
思う以上に早く落ち
山畑から冷気が漂い来る。

歩き続けた体に
たっぷりの湯はありがたい。
ふたごのはしゃぎっぷりに
波のような湯が体に当たってくると
眠気さえ誘うようだ。

志乃が用意してくれた
肌着に一重の着物に
丹前を羽織れば
気持ちまでほぐれる。

子どもは

本当に正直です。


自分の心に

実に正直です。


女性もそうです。

だから、私はかないません。

妻や子供に勝てた試しは

一度もありません。


我が子が

夕飯を食べる様子を見ながら

卓上に落ちた飯粒を拾って

口にする御厨屋に

言葉の迷いすら見当たらない。


うちの家内の煮物がうまいんだ

と、高野豆腐と小松菜のあっさり煮

肉じゃが、茄子の煮浸し

甘辛の鶏ごぼうを次々に勧める。


たまに手酌で呑む酒は

お銚子三本ほどで

飯茶碗を手にした。


浴びるほど

酒を飲んでも酔わないと

いつまでも酒瓶を傾けていた男が

たったこれだけで顔を赤くしている。


ふたごは

自分の嫌いなニンジンを

ちゃっかりパパの皿に乗せている。

それをうまそうに食べる

御厨屋は子煩悩な父親の顔だ。


盃を伏せた明覚は

満足そうに ため息を吐いて

わしわしと白飯を喰らい

次々と煮物を平らげた。


なるほど

御厨屋がすすめるはずだ。

丁寧に作られた味だと

明覚にも分かる。

酒を飲むよりも

白い飯が欲しくなる。


どうぞ、と出された

とうがらしを振ったキノコたっぷりの

熱々の汁椀から湯気があがる。


仲間たちの言うことに

間違いは無い。

妻帯して彼奴は やにさがった

は言い過ぎだが

うらやましいだけだろう。


あの御厨屋が

ここまで変わった。


三年先輩の明覚は

鬼気迫るような御厨屋の

暗い目を見て気にかけていた。

苛烈な修行の中で

おのれの死、だけを

望んでいた男が見つけたものは

素朴な家庭だった。


自分の本心に

気がついた男の安堵の顔は

実に穏やかだ。




野ゆき山ゆきの

あてのない旅路の行き着く先は

ここだった。


凍えるような寒空にも

見上げれば

チカチカ光る星がある。


明日は晴れる。

明覚の胸にも

何か確かな思いがあった。


さっきから

パパの肉じゃがの

肉だけを探して食べる

ふたごの目は真剣だ。


あのようにすれば

よいのだな。

そうつぶやいた時

妙なおかしさが湧き上がって

飯茶碗で顔を隠す明覚もまた

ごく普通の男だった。