やっぱり実家はいいなぁ

と、しきりに呟く湛慶は

新婚旅行先からの

帰りだった。


勇太郎やふたごたちへ

山ほどの土産と菓子類を携えて

久しぶりに歩いて来たけれど

体がなまっているようだと

苦笑している。


まるで

憑き物が落ちたような顔をしている

と、兄のような御厨屋に言われ

追われているような焦燥感が

きれいさっぱり消えていることを

改めて自覚した。


修行の旅をしていた頃は

ひたすら自分の幸せを

拒絶するように

世間との関わりを避けた。


ところがどうだ。

妻帯することで広がる人との縁。

良いにつけ悪いにつけ

これが誠の修行なのだ

子どもが生まれれば

なおさらのこと。

修行をさせていただく

それが家族を持つことだと

腑に落ちた。


しかし、孤児だった自分に

義父母と義弟ができたことが

一番驚いたことだったと

かつての御厨屋が言っていたことを

思い出していた。


湛慶も同様に妻の父親を

お父さん、と呼んだ時の

驚きと恥ずかしさが入り混じった

温かな思いが込み上げたのは

つい最近のことだ。


遠慮がちに襖が開くと

どんぶり飯と汁を運んで来た半蔵が

小腹が空く時分でしょうから

と、話しに混ざって来た。


生まれ故郷を出奔し

同じような境涯だと知る

半蔵にも感慨深いのは

湛慶の顔つきと雰囲気が

変わったことだった。


初めて訪れた時は

あの人懐こいふたごが

近寄らないほどの殺伐とした気を

発していたものだ。


遠巻きに見ては

怖いお兄ちゃんと言っていたのが

寝食を共にするうちに

いつのまにか湛慶お兄ちゃんと

名前で呼ぶようになっていた。


飯を頬張る湛慶と御厨屋の

話のやり取りの隙間に

半蔵が口を開く。


じゅげむ じゅげむ

ごこうのすりきれ、と

落語のじゅげむの中に

食う寝るところに住むところ

という部分があります。


人間らしさというのは

食って寝るところがあり

住むところあって

初めて気がつくことが

あるのですね。


しみじみとした半蔵の声に

湛慶が深くうなずく。


私もそうです。

一家離散した生家と

ダムに沈んだ故郷を捨てて

日本全国の修行場を回っていた頃には

分からなかったことが

今は、なぜか分かるのですよ。


実家だと思ってくれ

と、言ってもらった時は

泣きたいくらいに うれしかったと

照れながら続けた。


孤児から僧籍に入って

長らく修行の旅をしていた

御厨屋も、湛慶や半蔵と

同じような

流転の人生だった。


孤独の中をさまようように

一箇所に落ち着くとは

考えもしなかった三人が

こうしてめぐり合ったことにも

不思議な縁があったものだと

しんみりした顔が

感慨深げにお互いを見る。



なんだ?

さっそくノロケに来たのか。

実家だと思って

ノロケ放題とは実にけしからん。


静まり返ったところに

突然、襖を開けた

光太郎が大声を上げたのだ。


大の男が三人もいて

そろいに揃って、飯だけとは

まったくもってけしからん。

酒も飲まずにノロケとは

どこのクチが言うか!


かかか、と大げさに笑って

いつものように

泊まっていけ、という

光太郎流の大騒ぎだ。


やれ、風呂を沸かせ

酒はぬる燗にしろ

肴は何がある、と

連れ合いのトミや娘の志乃へ

まくし立てる。


今日は帰れそうに

ないですねぇ。

のんびりした声の湛慶が

実家はいいですね

そう続けて

大きなアクビをした。


お疲れのようです。

少し横になった方がいいですよ

と、毛布を持って来た半蔵が

枕を勧めた。


夕飯までには

しばらく時間があるようだ。

家族の立てる雑音に囲まれている自分が

どんなに幸せなのか、と

トロトロとした意識の中で

ふたごの声が耳に入った。


湛慶おにいちゃん

おそかったね。

ごはんたべたの?


昼寝から起きてきたばかりで

自分たちのことは

棚に上げて

一丁前のクチをきく。


ただいま

そっと呟いて布団を引っ張り

枕を抱き寄せる。

ふたたび眠りにつく湛慶を

そっと覗き込むふたごがいた。