たいへんだー!
たいへんだー!
半蔵たん!
と、口々に叫びながら
裏山からまろび出て来たのは
ふたごの志恩と礼恩だ。

何かがいるらしいのだが
二人同時に喋っているから
さっぱり要領を得ない。
ハイハイと軽く答えながら
手を引っ張られていった半蔵は
珍しいものを見つけた。

茶色の羽根を
広げたまま動かないが
生きているようだ。

ハヤブサに似ているが
チョウゲンボウという小型の猛禽類で
アイヌの血を引く半蔵にすれば
懐かしい鳥だった。

アイヌ語で風を意味する
レラと名付けたチョウゲンボウを
子どもの頃に飼っていたことがある。
レラを伴って父親の狩猟に付いて行くと
ひとしきり飛んで
戻ってくる。

捕食をする時に
空中で一時停止するような
ホバリングを得意とし獲物を狙う姿を見て
子どもだった自分は
巣の卵を探して孵化したヒナを
育てたものだった。

猛禽類とはいえ
キジバトほどの大きさ。
ろくな獲物しか取らないからと
馬糞鷹と呼ばれたこともあるけれど
子ども心には愛らしく思えた。

何度目かの狩猟で
油断したスキに飛びすさり
空高く舞い上がったまま
自由を知っただろうレラは
終ぞ帰って来ることは無かった。

生きてるの?
と、腰に抱きついた
ふたごから聞かれるまで
遠い記憶をまさぐっていたようだ。

今頃、帰ってきたのか?
どこで遊んでいたんだい?
懐におさめたチョウゲンボウへ
話しかける。

半蔵たんの
おともだちなの?
そう言って
半蔵を見上げたふたごは
チョウゲンボウのような
まんまるの瞳をクリクリさせて
うれしそうな顔をしていた。


何かとぶつかって
動けなくなったのだろうと
ダンボール箱に入れて
保護したチョウゲンボウは
半蔵の与えるミミズを喰らい水を飲むうちに
少しずつ元気が戻ってきたようだ。

おしゃべりな
ふたごたちから
聞いたのだろう。

御厨屋が
好奇心丸出しの顔つきで
いそいそと箱の中を覗き込み
あゝ、チョウゲンボウとは
こんなに小さな鳥なんですね
と話し出した。

昔、修行の旅の途中
長野県の十三崖で
たくさんのチョウゲンボウが
棲みついているのを
見たことがあります。

空を飛ぶ姿が
トンボのように見えるらしく
トンボの方言のひとつ
ゲンゲンボーからついた名前だと
聞きましたが
遠くからだったので
こんなきれいな羽根を
しているとは驚きましたよ。

と、物珍しさに眺めながら
しゃがみ込んでいた
御厨屋の広い背中に
ふたごが抱きついた。

半蔵たんの
おともだちなんだけれど
ぼくたちのあげたオヤツは
たべないんだよ。

ふたごに見守られ
御厨屋に観察されながら
一週間ほど面倒をみた半蔵は
晴れた日の早朝に放した。

白い息を吐いて見送る
ふたごと御厨屋の
はるか頭上を
くるりと回って山並みへと
消えていく。

おともだちと
またあえるといいね。
ふたごの独り言のような大声は
半蔵に言ったのか
チョウゲンボウへ言ったのか。

朝日に向かって飛んでいく
チョウゲンボウへ
小さな手をふるふたごが
眩しそうに目を細める。

霜柱を踏む長靴が
大きな足あとと
小さな足あとを形どって
寒さはまだまだだと
告げていた。