パパと話しているのは
ぼくたちにオモチャをくれた
頭の白いおじちゃんで
いい匂いのするお餅を
持ってくる人だよ。

あゝ、あの方かと
合点のいく志乃は
半蔵にほうじ茶を頼む。

高知県の野市町から
ひと山もふた山も越えて
歩いてやってくる健脚の権蔵は
お寺カフェの常連客だ。

定年退職した後も
朝早くから山林を歩き回って
山菜や姫竹やキノコを採ってきては
売り歩く姿を見て
まるで天狗のようだと言っていた
長年の連れ合いは
しばらく前に喪った。

幼馴染であり、糟糠の妻だったと
喪ってから気がついた権蔵は
妻の好きだった澤餅茶屋の
お茶屋餅を携えては山を越える。

山歩きの途中
御厨屋の読経の声に
誘われるように立ち寄ってから
毎月、妻の供養のために
祈祷を頼むのだ。

そのうち
お寺カフェを知り
志乃の和定食を食べ
半蔵の作った饅頭を頬張り
毎日、一日分だけをホウロクで煎った
ほうじ茶でしめるのが
権蔵のお気に入りになった。

江戸時代から続く老舗の餅は
ニッキ風味のこし餡を包んだ
なんとも言えずに旨いもの。
住職の御厨屋に
供物としてあげてもらうのと
もうひとつをぶら下げて。
それを手土産に持って
毎月やってくる権蔵は
真っ先に出迎えるふたごの頭を撫でてから
手渡してやるのだ。

子どもに恵まれなかった権蔵は
今でも、先に逝ってしまった妻を
思い出す。
好物のお茶屋餅を買って来ると
いそいそと台所に立ち
お茶を淹れていた後ろ姿を。

こうしてみると
孫のようなふたごに
土産を持ってくるのが
密かな楽しみになって来た権蔵は
亡き妻の導きなのかもしれないと
いまさらながら気がついた。

山門から
自分の顔を見ると
半蔵たん、権蔵たんが来たよ
と、甲高い声をあげて
知らせに行く小さな後ろ姿。

権蔵たん、と
呼ばれるのも悪くない
口元がゆるむのは
こそばゆい気持ちになるからだ。
それを聞きたくて
山を越える自分がいる。


ふたごは

食べものやオモチャを

もらった人たちを

よく覚えている。


志恩が見ていないところも

礼恩が見ているし

その逆もあるし

お互いが話すうちに

ふたごは正確な記憶を持つんだ

とは、兄の勇太郎の考えだ。


ことに

食べものの

難しい知識がないのに

大人たちが分かるような

特徴を話し出す。


今や、お寺カフェの看板であり

小さな主人だと思っている半蔵は

すっかりお寺カフェの一員になっている

ふたごの働きに目を細める。


まことに賢い事この上ない。

出来の良さは

ワシに良く似ておるわい、

と、ジジバカを

遺憾なく発揮する光太郎に

半蔵までが盛大に相槌を打つ。


半蔵さんも

ジジバカなんだよね

と、したり顔をしながら

志恩と礼恩は

どうやって覚えるの?

と、勇太郎が聞く。


ナイショだよぉ!

と、いたずらっぽい目を

クリクリさせて言う。


そら来た、とばかりに

いつもの一人前の返事に

思わず光太郎が額を叩く。


そうだったなぁ。

食いしん坊は才能なんだぞ。

ワシが言うんだから

間違いない。


しょってる!

口の中でつぶやいて

肩をすくめるトミは

二つ目に手を伸ばす。


お茶屋餅は食べ飽きない。

柔らかな餅に包まれた餡の風味は

老舗が時を経ても在るように

どこか懐かしさを覚える。


餅を三つも平らげて

お腹を膨らませた

ふたごが言う。


ぼくたちは

すごいニンジャだから

美味しいのが

たくさん来るジュツを

使うんだ!


思わず笑いのあがる

オヤツの時間に

そこはかとなく漂う

ニッキの香りに

穏やかな気分を味わえる。


晩秋に向かう途中

賑やかに過ごすひととき。

西に傾きかけた日が

家族の顔を

紅く照らしていた。