森を抜け
しばらく歩くと
ちょっとした渓谷がある。

里山を流れる
細い清流のみなもと。
それは、知る人ぞ知る
憩いの場所だった。

医者の仕事は座業だと言う
村医者のタケルは
休診日には山歩きをして
足腰を鍛えているが
今日は、娘の美鈴を背負って
半蔵と勇太郎に続く。

もちろん
ふたごの志恩と礼恩は
ぼくたちが道案内をすると
自慢げに言い出したから
先頭を歩いていた。

鈴を付けたお揃いの
黄色いリュックは
気まぐれに動きながら
楽しそうだ。

暑い日の目的地として
小さな滝のように見える
岩が剥き出しの水流は
胸の躍るような気がするものだ。

人数分の
梅干しを仕込んだ握り飯に
卵焼きにたくあん。
ほどよく冷やした麦茶に
蜂蜜漬けの生姜糖は
疲労回復用に
半蔵が山歩きに持ち歩く。

昼飯を広げ
焚き火を熾して
半蔵と息を合わせて動く
勇太郎は実に頼もしい。

さてさて
オカズが採れますかどうか
ここはひとつ
やってみましょうかね。

そう言って背負ってきた笊を
両手に持った半蔵は
岩場の中に足を入れた。
ちょうど岩に水流がぶつかって
飛沫が立っているが
そのまま笊を水面の上に据えて
ジッとしていると
数匹のアマゴが入って来た。

ニンジャのジュツだ!
半蔵たんの
すごいジュツなんだ! 
と、感嘆の声を上げたふたごは
美鈴と一緒に
ゆるい流れの中に
足を入れて遊んでいる。

カジカカエルが鳴き
サワガニやカワゲラ
透明な水流には
そこを住処とする命が
息づいている。



水面から下は

そこに棲む魚たちの世界

水面から上は

私たち人間の世界。


私はアイヌの血を引いています。

獲物を追いかける

狩猟の技術も持っていますが、

自然からいただくような

待ちの漁もあります。


半蔵と息を合わせて

幼い弟たちを遊ばせるように

枯れた枝を集め焚き火を熾した

今日の勇太郎の動きは

とても小学生には見えないと

感心したタケルが褒める。


握り飯を頬張りながら

平らげたアマゴの塩焼きは

思いのほか美味かったと

タケルがしきりと呟いた。


思いがけないご馳走は

山の神さまからの

ご褒美ですよ。


そう言って

見上げた方向には

細い竹筒に入れた酒と小さな握り飯は

あらかじめ用意して来たのだろう

ちゃんと、高い岩場に

供えてあった。


さぁ

山の水は体を冷やしますからね。

足指をしっかり拭いてから

温めましょう

そう言って

川から上がった子どもたちに

足の裏を焚き火に

向けるように勧めた。


半蔵が淹れた

熱いコーヒーをすすると

すっかり汗が引いた体に

ホッとした優しさを

覚える。


タケルのそばに座る

子どもたちには

温かなココアを用意し

コップまで小さな子ども用を

持って来てくれたことに

ありがたいと、タケルは

頭を下げた。


木漏れ日が

眩しく差す川のほとり。


水の流れとは

まったく逆の

ゆるやかな時間は

ひとときの安らぎを

与えてくれる。


日常から離れた

当たり前の幸せに

しばし黙するタケルを

清流の音が包んでいた。