本尊にあげて置いた水に
薄っすらと氷が張ったのを見て
今年一番の冷え込みだと
御厨屋は思った。
寝癖のついた頭のふたごも
被った毛布をずるずる引きずりながら
そばに寄ってきて
きちんとパパに挨拶をする。
お兄ちゃんの勇太郎が
教えているから
だいぶ上手になった。
こんな寒い朝に
早くから起きてこなくても
良さそうなものだが
ふたごには、ふたごなりの
早起きの訳がある。
霜柱を踏むのが
楽しいらしくて
分厚い靴下のまま
長靴を履こうとしているから
つんのめりそうになるのを
様子を見ていた半蔵が
ふと境内に目を移すと
人影が見えた。
庭に佇んでいるようで
真っ白な息を吐く巡礼の夫婦が
よく見ると、具合が悪そうなのが
気になった半蔵が
母屋に呼んだ。
差し込むような痛みがあって
どうにも身動きが取れないらしく
姿勢を保つことが出来ないと
顔色の良くない妻を抱え
腰を曲げたままで
囲炉裏端にしゃがみこんだ。
囲炉裏の熾火の中から
丸い石を温めたものを出して
布で包んだものを懐に入れてやると
やがてホッとしたように
目をつぶった。
次々と、背中や、
ふくらはぎ、足首に
温石と呼ばれる、温めた丸い石を
身体に当てて行く半蔵は
夫にも持たせてやると
にっこりと笑った。
この冷え込みで
身体が冷えたのでしょう。
しばらく温めれば
良くなりますよ。
と、声をかけて
ふたごにも
小さな温石を用意したらしく
お腹に当てましょうね
と、腹巻きの中に
入れた。
まるで
この温石のような
人ですね。
身体が温まってきたのか
喋れるようになった夫婦は
身体から力が抜けたように
くつろいでいた。
毎度のことだが
半蔵の無駄の無い動きは
どこかで何らかの修行を
したのではないか
と思わせる。
血流の良くなる薬湯は
飲みやすいように
程よい熱さにしてあり
囲炉裏の炭は
頃合いを見て足している。
出された生姜湯は
トロミがついていて
ホッと一息つけた。
御厨屋も
半蔵の無駄口のない
働きをする時には
任せて安心とばかりに
一切の口出しをしない。
巡礼の夫婦は
早い方がいいだろうと
夜明けから歩き出したらしく
慣れない山道に迷って
寺を見つけたという。
私たちは運が良い
と、夫婦で顔を見合わせて
微笑む様子が
仲の良さを物語っている。
さぁ、朝ごはんに
しましょう と
夫婦に膳を運んできた志乃が
勧めてくるのを見て
目を丸くした夫婦が
驚いた。
こちらは
皆さんが温石のように
優しい方ばかりですね。
と嬉しそうに言う。
湯気の立つ味噌汁には
卵を落としてあるから
ふたごが歓声を上げた。
パパ、ぼくたちも
お腹に卵が入ってるんだよ
と、騒ぎながら
温石を入れた腹巻きを叩く。
なんとも賑やかな
朝の食卓には、おじいちゃん
おばあちゃん、勇太郎まで
白い息を吐きながら
集まってきた。
山の中の一軒家から
楽しそうな声が聞こえてくる。
まるで、温石のような
たたずまいの寺は
巡礼の旅の途中にあった。
