フミヤの
お気に入りの
掛け軸に
牡丹の花の下で
眠っている猫を
描いたお軸があった。

フミヤは
殊に、目があるもの
人形やぬいぐるみ
絵やポスター、写真の
人物や動物の目が
苦手だったが
気に入った掛け軸は
自分の書斎の
床の間に
掛けていた。

ある日
床の間に
なにか落ちていた。

花びらの
ようだったが
花を活けては
いない。

首をひねったが
わからなかった。

何日かの のち
春の日差しに
つい、うとうとして
床の間の前に
横になり
眠ってしまった。

フミヤは
夢を見た。

自分の足を
ねずみがかじっていた。
どんどんかじってきて
とうとう胸の上にまで
大きくなった
ねずみが這い上がってきた。

動けない
動こうにも
腕までかじられていて
とうとう目の前の
ねずみが牙を剥き出し
襲いかかってきた。

目をつぶった
瞬間、何かが
覆い被さるような
感覚があり、動物の
叫び声が聞こえた。

大汗をかき
目が覚めたフミヤに
佐助が勢いよく
襖を開けて
声をかけた。

猫のような
獣の声が
聞こえたらしい。

フミヤの無事を
確かめた
佐助が
掛け軸を見て
素っ頓狂な声を上げた。

掛け軸の
絵が
変わっていた。

描かれていた
牡丹の花は
花びらが無惨に散り
眠っていた猫は
カッと目を見開き、
口に大きな
ねずみを咥えていた。

掛け軸を見た
フミヤは
亡き父親が言っていた
ことを思い出した。

掛け軸の
猫は
持ち主になにか
火急の事態がある時
軸から抜け出し
助けてくれる
と。

ただの話だと
聞き流していたが
よく見ると
猫の体は
あちこち汚れて
毛がそそけ立ち
床の間には
雲母のような金色の
粉が巻き散らかり
踏みにじった花びらが
あった。

フミヤは 自分は、
父親から疎まれている
と、思っていた
が、父親は
いつもフミヤを案じ
神威を封じた軸や
仏像を集めていた、と
佐助から
聞いたことがある。

まさか、
そんなことがあるのか。
昔の悪い仲間が
寺の前をうろついて
いるのを
どうしたものか、と
考えながら
うたた寝をしていたが。

佐助が
静かに
話しだした。

坊っちゃまの
力を怖れたのは
旦那様の一人息子への
親心ですよ
ただただ、坊っちゃまの
身を案じて
おられました。
不器用な方でしたが。




その日から
昔の悪い仲間は
ぱったりと姿を
見せなくなった。

しばらくの間
掛け軸はそのままにして
おいたが
ある日気がついたら
掛け軸の絵は
全くの白地に
なっていた。

驚いて
佐助に話すと
微笑みながら
言われた。

お忘れですか
坊っちゃま、
今日は
旦那様の命日
ですよ。