赤ん坊の頃の
フミヤは
竹と木で出来た
ゆりかごに寝かせると
スヤスヤと
眠りについた。

先先代の
大旦那様が丹波の山から
材料を選び
日本橋の宮大工に
誂えさせた。

凝った作りの
縁起物の鯉や亀の彫刻を
施した重厚なゆりかごで
いくら、ぐずっても
このゆりかごに
寝かせると
フミヤは安心したように
落ち着いた。

佐助さんは
赤ん坊を預けて
毎日のように
出かけて行く奥様から
フミヤを預かり
時を同じくして
生まれた娘と一緒に
子守りをしていた。

母乳の出ない奥様に
代わり、
溢れるほど出る乳を
我が娘とフミヤに
与えたスイさんは
乳母のように
フミヤを育てた。

生まれた娘は
身体が
弱かった。

大旦那様から
ゆりかごには
魔除けの意味があると
聞いて、
たまに、
フミヤをあやしながら
娘をゆりかごに
寝かせた。

大旦那様から
頂いた
フミヲという名前の
通りの優しい面ざしの
色白の
愛らしい娘だった。

娘が
生きていたら

そう思わない日は
無かった。

フミヤ坊っちゃまが
お付き合いなさる
女の方はどこか
似ていらっしゃる。

ほっそりとした
品の良い
自分にも
きちんと挨拶をなさる
優しげな女の方ばかり。

娘が生きて
大人になっていたら
こんなふうではないか。

そう
思うことが
ありますよ
と、
広い敷地を
箒で掃きながら
佐助さんが
言っていた。





今でも
佐助さんの
胸のなかでは
ゆりかごが
揺れているの
だろうか。