♬ 泣いて昔が返るなら
なんで愚痴など言うものか 🎶
芝居めいた歌を
歌っているのは、ジュンの
将棋相手のご隠居だ。
ジュンに
おねだりして
連れて来てもらった。
手ぬぐいを被り
なかなかの熱演ぶりだ。
♬ 花の命は 一度だけ
よしておくれよ 気休めは ♪
セリフに入った
なにもかも おしまいなんだ
でもさ、わたしにゃ
わかったのさ
どんなに男を憎んだって
女はオンナ
女ひとりでは暮らせないって
ことがさ
世の中を渡り歩いて
しみじみそう思ったんだよ
わたしだって 女だものねぇ
色っぽい!
イヨっ! ご隠居!
ヤンやの拍手だ。
着流し姿の
ご隠居はなんだか色っぽい。
♬ 夢も見ました 恋もした
二世を誓った人もいた
娘ごころの 紅つばき
どこのどなたが 手折ったやら 🎶
肩を抜いた縞の着流しが
色っぽい 手ぬぐいから
見え隠れする目つきも
これまた 色っぽい
ふたたび
セルフに入った。
ハリスさんも死んだ 鶴さんも死んだ
今度は わたしの番なんだ
今のわたしは穴の空いた
三味線みたいなものなんだ
どんなに繕ってみたって
もう昔の音なんて 出やしない
…お酒だよ お酒をおくれ!
ドーンっと
歓声が上がった
お銚子を持っていく
客が何人もいる。
♬ 辛い浮き世の路地裏で
毒と知りつつ 飲むお酒
下田港の お月さま
明る過ぎます お吉には 🎶
ヤンやの拍手のなか
ご隠居は、
満場の観客に向かって
流し目を送り、ニッコリ笑って
頭を下げた。
この夜
すっかり毒気を
抜かれたジュンは
旗色も悪く
ひたすらボルサリーノで
顔を隠して
飲んでいた。
