くまさん、と
ふたごが呼ぶ芳雄は
御厨屋一家に助けられて
人生が変わった男だ。

半月ばかり世話になるなかで
体を動かすのが好きだと言いながら
掃除や片付けに動き回り
実にマメな男だと
光太郎を感心させる。

ならば
村の小学校に空き員があるから
住み込みの用務員として
働いてくれないか
と、頼まれて
二つ返事で引き受けたものだ。

休みの日には
昼近くになるとやって来て
お寺カフェ自慢の定食を頼み
飯を大盛りにしてもらって
うまそうに食べる。

四国でも
山の中で狩猟をする民は
昔からマトギと呼ばれ
獲物が多かった東北のマタギと
同じような意味を持つ。

生まれ故郷が
四国の山の中だと言った芳雄は
連れあいを亡くしてから
ずっと一人暮らし。

子どもが生まれたことで
先祖代々のマトギ生活をやめて
山ひとつ越えた町の工場に勤めていた。
一人娘を嫁に出してからは
夫婦水入らずの生活に戻ると
うれしそうに言っていた矢先に
かみさんが亡くなった。

定年退職をした男ヤモメとなれば
いい加減な生活になっていくと
頭で分かっていても
いつしか家に籠るようになっていた。

ある日、足腰が鈍らないようにと
山歩きを思い付き、始めてみたが
感が鈍ったのか道に迷って
木の根につまずき足をくじいた。
動いていないためか体も重く
運悪く降ってきた雨に打たれ
木の幹にうずくまっていたのを
ふたごが見つけた。

くまさんがねている
と言われ、なんのことかと
案内されるまま半蔵が見たのは
なるほど、無精ヒゲが伸びて
ずんぐりむっくりの体型が
ふたごの言う通りだった。

足首に膏薬を貼ってもらい
ポツリポツリと身の上話しをする。
食事や寝床の面倒をみてくれる半蔵と
何となく気が合うようになる。
腫れが引いた足に痛みが無くなると
森の中で焚き木を集めながら
話しをするようになった。

アイヌの血を引く半蔵の体験談は
マトギだったとはいえ
熊を見たことの無い芳雄には
初めて聞くものだった。

熊肉を妊婦に食べさせると
安産になる、という俗信がある。
母熊は冬眠中に出産するが
負担にならないよう
タヌキの子どもくらいの
小さな子グマが生まれる。

エサが少ない年には
自然と流産させる雌熊だが
運良く生まれて来た子グマは
自然と安産となる。

お互いが狩猟の経験者であり
仲間たちと狩猟をする巻狩りは
獲物を追い込む役目の勢子と
力を合わせるのが楽しかった
と、懐かしそうな顔をした。

人恋しかったのだろう
饒舌な芳雄にとっての半蔵は
話しを聞いてくれる兄のように
心許せる友だちだった。

芳雄は
自分を見つけてくれたふたごを
命の恩人だと思っていて
休みの日には顔を見に遊びに来て
半蔵を手伝っていた。


いつのまにか

大人の話の輪に

混ざってくるのは

ちびっ子ニンジャのジュツ。


小さな体をくっ付けて来て

話しを邪魔することはなく

ちょこんとそばに座った。


何が楽しいのかは分からないが

大好きな客には体を寄せる

ふたごの様子に

半蔵が目をパチクリさせた。


着ているセーターが

さっきまで着ていた青色でなく

ふたごの大のお気に入りの

くまのプーさんが

胸元にある黄色いセーター。


襖は開けっ放し

引き出しが飛び出たタンスには

衣類が散らばっている。

まるで空き巣が入ったかのような

ありさまをみて

どうしたことかと

ふたごを探していた志乃が

半蔵と目があって

思わず笑った。


大好きな くまさんに

見てもらうために

くまのプーさんの

セーターに着替えたのかと。


そうやって

分からない話の中に混ざり

大人の身ぶり手ぶりを よく見て

口を真似して

ちゃっかり菓子まで

もらっている。


よく見ていると

オモチャのお土産までもらって

得意げな様子だ。


志乃は思う。

父の光太郎が

さすがワシの孫だと

手放しでジジバカを発揮するのは

そういう抜け目の無さ

なのだろう。


くまさんから

もらった菓子を食べながら

うれしそうな顔を

半蔵に向ける。


無精ヒゲを剃った芳雄の顔は

以前より明るく元気そうだ。

熱いコーヒーでも淹れましょうね

と、台所に向かう半蔵が

立ち上がる。


山の中の寺は

夕日が落ちるのも早い。

縁側も冷えてきたようで

ふたごに引っ張っられながら

居間に向かう。


境内の土埃を舞いあげた

小さなつむじ風が

落ち葉を集めるように

くるくると円を描いていたが

やがて手放すように

消えていった。