「どんなに不安でも、たとえ見えなくなっても
 これまでのうつろなメロディが
 今も響くよ 過去の僕に映して
 この胸の中

 あれはひとひらの悲しみ
 揺られる僕に優しさをくれた
 今僕らが見つけた 未来へと続く扉へ

 夢に見たあの日の僕を
 曇りない涙の僕をあれからずっと今も探している

 あどけない瞳の奥に
 ゆるぎない勇気を灯す
 迷いない 明日に出会えるために」

(作詞 ナカムラヒロシ,Cana 作曲 ナカムラヒロシ,Cana アーティスト Sotte Bosse、
 「ひとひら」より引用)

Sotte Bosseは、カバーが有名ですが、オリジナルも、結構、聴かせてくれます。
BGM的な要素が強いので、心地よい印象が前面にでてますが、歌詞は、淡くて、せつない、でも、芯が通ってる、そんな感性に癒されます。
(Sotte Bosseの実体は、ナカムラヒロシ氏がプロデュースし、Canaさんが、ボーカルです。)

「ひとひら」、視聴できます。
http://www.universal-music.co.jp/stream/sotte_bosse/UPCI-1070_11_A_45s_NB.asx
オフィシャルサイト
http://www.sottebosse.com/
「これで完全に失敗してしまった」
「もう、全くだめになった」
    ↓  ↓  ↓  
「99%ダメでも、1%残っていることはないだろうか?」
「10%でもできたことはないだろうか?」
「この失敗から、何か学びはなかっただろうか?」


「いつも、結局私はこうなのだ」
「これからもきっと同じことが続く。うまくいくはずがない」
    ↓  ↓  ↓  
「1つ見ただけでは、10は決して分からない」
「人生、全く同じことは起こらない。同じ日は1日として存在しない」

(NBonlineより引用)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/nba/20081126/178325/?P=2&ST=leaf

今日も何も収穫のない、つまらない一日だったと、疲れた体をおフロで癒す。
すっかり、温まった頭は、やわらかくなったような気がします。
ほんのちょっとした変化で、気持ちまで変わるのが、人間であり、そこに、個人個人の癖が、悪さをするのかもしれません。自分が陥りやすい罠が、わかってたら、変わればいいだけなのですが。そう、明日からでも、少し変えてみましょうか。
政治学者、姜尚中(カン・サンジュン)氏の知るを楽しむという番組を見ました。夏目漱石の小説を通じて、「悩む力」とは何か、そして、それはなぜ必要なのかを語られている番組でした。私たちは、いま、激動の時代に生きています。それに適用するため、個人の価値観までゆらぐ場合があると思います。夏目漱石も、西洋化著しい、明治の時代に、生きた文豪です。自由になればなるほど自分がわからなくなる。そして、うわすべりな成長をしてきた日本を、漱石は小説を通して、痛烈に批判しています。「三四郎」に出てくるストレイシープ(迷子)という浮遊感は、日本独特の価値観を否定し、西洋の価値観を強引に取り入れたため起きた現象といえるでしょう。現在は、さらに成熟した社会ですから、明治の時代と比較する事は、難しいです。しかし、例えば、日本企業の終身雇用制や、年功序列は、雇用者にある種の安定感をもたらしてました。そこに、グローバリズムにより、日本の競争力が落ちてきたため、日本の企業は、特にアメリカのコンサルタントに頼り、能力主義、成果主義をいっきに取り入れ、今頃、その弊害が出始めてます。これは、命の根っこがなく浮遊している「三四郎」と同じような状態ではないかと考えるのです。私たちは、しっかり悩み、拠り所をつくる努力をしてこなかった。(教育の場でも言えそうですが。)だから、これほど不安定な社会になったのではないかと。個人ができる事には、限界がありますが、本当は、自分はどうあるべきか、現実の社会から、少し距離とって考えてみるのも、有意義な事だと感じました。

知るを楽しむ
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200707/tuesday.html
「雨が降らなきゃ、
 虹は見られない。」

 No rain, no rainbow.

(ハワイのことわざ)

雨は、必要だけど、一般的には鬱陶しいものです。雨を試練と置き換えたら、
「試練を乗り越えてこそ、幸福はやってくる。」とも、読めそうです。
前にこのブログで、老眼になって、それほどまでに年をとったのかとショックだったと書いた記憶があります。元々、かなりの近視と乱視で、それでも、眼鏡で矯正すれば、車だって運転できます。しかし、過酷に目を酷使して、給料をもらっている職業なので、見えなくなるまで、頑張るしかないのです。朝から、目が痛くてしょうがない。そこで、ドライアイ用、目薬をさす。改善されますが、2時間もすると、パソコンを見るのが苦痛です。目がしょぼしょぼしてきて、どうにもならないのです。ひどい時は、かすんでみえたり、頭痛、たちくらみと、人には理解してもらえない苦しさです。それから、迷ったら運転はしないと決めたら、1カ月に、近くの店をまわるぐらいの、ペーパードライバー一歩、手前になってしまいました。ですから、これからは、すきなネットも、目を使うので、もう少し、ゆっくり付き合っていきたいなぁと思ってます。(いつも、痛めつけても、見えてる目に感謝。もっと、大事にしなくては。)