「テレビは一億総白痴化を招く―。1950年代後半、急速に浸透するテレビに批判が集中しました。テレビは、”教養”を伝えることが出来るのか?人々の中に疑問が渦巻いていたのです。ETVは、そんな時代に生まれました。あれから50年。”教養”は伝わり、人々の心は豊かになったのでしょうか?」(ETV50より引用)    教育テレビという常にマイナーな番組の経緯を放送する番組でしたが、時代背景を追っていく流れは実に興味深いものでした。1960年代の高度経済時代、それに次ぐ日本列島改造論、その後のオイルショック(1973年)で夢がさめます。そして1980年代の個性の時代、バブルは1980年後半で、それも崩壊、失われた10年の始まりです。まさしく不安の時代の1990年代。(サリン事件、少年犯罪、世界でも9.11テロ、イラク戦争等)そして、現在は100年に一度とも言われる未曾有の恐慌となるか。いろいろな著名人の言葉も得るものがあります。印象に残った言葉は。「民主主義というのは、聞こえがいいが、アイヌにとっては数の暴力だ。」「日本人ほど、自己を解剖する事に臆病な民族はない。(おそらく、エコノミックアニマルの事かと。)」「最も恐ろしいものは、外からやってくるのではない。自分の心に問題が起きた時だ。(開高健氏)」「真心とか、大切な事は、口にすると野暮ったくなる。(太田光氏)」「今、メディアは大きく変わろうとしている。共通体験的なものは、今後、失われていく。(立花隆氏)」

ETV50
http://www.nhk.or.jp/etv50/detail.html
「サッカー3冠のひとつナビスコ杯を制し、「日本一」となった大分トリニータの名物男。....「W杯?おまえ気が狂ったんか」と、周囲から言われました。でも、「革命は1人の変人の非常識や情熱がひっぱる。」が私の信念で、強引にプロジェクトを進めました。地方分権を、制度を作って進める官僚の手法より、もっと強烈でインパクトのある方法がサッカーだと思ったんです。....弱気になってると「ブラック溝畑」が登場して、「もっと楽すればいいやん」「おまえが苦労することないよ」ってささやくんです。すると「ホワイト溝畑」も、現れる。「世のため人のための仕事だろうが!」って檄を飛ばす。その戦いに、最後は「ホワイト溝畑」が勝つから今があるんですよ。....」(朝日新聞 beより引用)    型破りな元自治官僚、溝畑 宏氏の掲載記事は、景気悪化の中で、元気をもらえる内容となってます。熱く、地方に元気をもたらすフロントランナーは、けっして保身に走らない、常に崖っぷちの行動派なのです。

2008 Jリーグ ヤマザキナビスコカップ
http://www.jsgoal.jp/2008nabisco/
「“笑いとメッセージを混在させるという、映画にとって決して容易ではないことに成功している。わかりやすく、独り善がりにならず、一方的でない。そのストーリー・テリングは観る者の興味を引き、一瞬たりとも飽きることがない”(ムッシュウ・シネマ)という評が示すとおり、『ノー・マンズ・ランド』はユーモアに溢れ、なおかつ強烈なメッセージを持つという、稀有な作品である。敵対する二人の兵士の関係が二転三転する展開、体の下に地雷を仕掛けられた兵士というオリジナリティー溢れる設定。そして、彼らを巡る国連防護軍の無力さ、先を争って戦況の最前線を報道しようとするマスコミの偏執ぶり。ユーモアたっぷりに描かれる登場人物のやりとりは観る者の大きな笑いを誘い、リズム感あふれるスピーディーな展開で一気に引きつける。」(オフィシャルサイトより引用)    この映画は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を題材にしたものです。人を殺すか、自分が殺されるかという緊張状態で、どう考えても、ユーモアは相いれないものですが、痛烈な風刺として散りばめられていて、絶妙なテーストで、一気に観てしまいました。しかし、ラストは、現実的な状況をリアルに表現していて、強烈な反戦映画となっています。(「傍観することは加勢することと同じ」とのセリフ、平和な日本としては、考えさせられます。)
(2002年アカデミー賞 外国語映画賞受賞。 2001年カンヌ国際映画脚本賞受賞。
 2002年ゴールデングローブ賞外国語映画賞 受賞。)

オフィシャルサイト
http://www.bitters.co.jp/noman/index.html

補足:
1992年、ユーゴスラビア解体の中で、ボスニア・ヘルツェゴビナは独立を宣言したが、セルビア人側が分離を目指して4月から3年半以上にわたり戦争となり、1995年12月に終息しています。クロアチア人・ボシュニャク人がボスニア・ヘルツェゴビナ連邦、セルビア人がスルプスカ共和国というそれぞれ独立性を持つ国家体制を形成し、この二つが国内で並立する国家連合として外形上は一国と成すことで現在に至ってます。(Wikipediaより)
正月から、重い映画を観てしましました。(結構、そういう映画を選ぶ確立が高いですね。)
「アカデミー賞で、主演女優、助演男優、監督、作品賞の主要4部門を制覇した、クリント・イーストウッド監督の最新作。ボクシングに希望を見い出そうとする女性とそのトレーナーの心の葛藤(かっとう)を丹念に描いたヒューマン・ドラマ。アカデミー賞で2度の受賞をはたしたヒラリー・スワンクと初の受賞に輝いたモーガン・フリーマンの演技は要チェック。」(YAHOO!映画より引用)    冠(アカデミー賞)で観てしまった映画ですが、正直に言って、後半からラストにかけてピンとこないものがありました。ですから、インターネットで拾った情報で補いたいと思います。前半は、ロッキーのようにアメリカンドリームへ突き進む、わかりやすい展開なのですが、後半から一変します。ここがこの映画の骨頂というべきか、宗教的な背景(厳格なカトリックの信者)の心理が、そしてその価値観を試される点が、日本人は予備知識なしには、理解しがたいものだと思います。   「主人公はアイリッシュの古き言語であるゲール語を独学している事でわかるとおり(そのシーンは何度も出てくる)、自らの出自に誇りを持っている。女ボクサーは、米国社会における下層白人(被差別白人)たるアイリッシュらしい貧乏な家庭の出で、その家族は偽申告の生活保護を受けて暮らしているという、どうしようもない連中だ。ハングリーな彼女は大好きなボクシングで身を立て、人生を変えたいと望んでいる。」(超映画批評より引用)    後、クリント・イーストウッド監督は、尊厳死や安楽死がテーマではないとしていて、アメリカンドリーム観を表現したとの事です。クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマン、ヒラリー・スワンクの演技を観るだけでも、一見の価値があると思いますが、個人的には難解なラストが気になります。
(当映画は、保守派コメンテーター、障害者団体、キリスト教団体によるこの映画のボイコット運動などが起こり話題になったとの事です。)

YAHOO!映画
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id321698/

超映画批評
http://movie.maeda-y.com/movie/00528.htm

P.S. モーガン・フリーマン出演の「ショーシャンクの空に」は、お勧めです。
「ゆさぶったり、きゅっとしめつけたり。
 読書は、心のストレッチなのかもしれない。
 心は、ふだんから動かしてないと、
 動かなくなってしまう。さびついてしまう。
 子供だって、大人だって。
 心にも体操が必要だ。
 水を飲まないと、のどが渇くように。
 本を読まないと、心が乾くような気がする。
 本は心の欲求なんだ。
 (講談社の広告より引用)

「人は、本と向き合いながら
 自分と向き合っている。」
 (集英社の広告より引用)

元旦の新聞を読んでいたら、ちょっと目を止めた言葉です。読書は、日々、わずかずつ、行っているのですが。随分、読まなくなったと反省し、今年は、読書で、もっと心を磨きたいと思ってます。この広告のキャッチコピーは、読書に関してですが、映画を観る等でも、よいと思います。体を動かす事でもですね。仕事から離れてやれる何かで、心を鍛えたいです。(私の体は、リハビリからしないといけないようですが。(苦笑))