歌の世界では、日頃の生活に密着した表現で心に訴えるのが、今の流れだと思います。でも、1970年代は、もっと、理想や、心の有り様を表現していたように思います。改めて聴くと、命をかけるほどの恋愛観に多少の違和感も感じられますが、しかし、とても、新鮮に魅力的に感じるので不思議です。
小坂明子さんは、当時16歳にして、自作のデビュー曲「あなた」が200万枚を超える大ヒットとなったのですが、その曲以外にも、素敵な曲を作られてます。

「あなたのいないこの部屋で、
 私は今日から、どうすればいいの

 あなただけを、私は愛したい。
 たとえ、私の命が失せても

 もう一度、もう一度、笑顔をみせて
 もう一度、もう一度、声を聞かせて

 だけど、あなたは、星になって
 きっと、私を守ってくれる」

(作詞、作曲:小坂明子、もう一度)

もう一度、聴けます。
https://www.youtube.com/watch?v=0MM8BxMG1Gs#t=31

愛する人のために、重い曲ですが、それがまた新鮮です。
http://www.youtube.com/watch?v=cBPq55V5SXs

あなた‐小坂明子の世界
クリエーター情報なし
ダブリューイーエー・ジャパン

「宮本亜門の人生最初のスランプは、高校時代の引きこもりだった。仏像鑑賞が趣味で友人と話が合わなかった宮本は、次第に部屋に閉じこもるようになった。1年後、宮本を立ち直らせてくれたのは自分を否定しない精神科医との対話だった。2度目のスランプは、演出家として名をはせテレビ番組の司会など、さまざまな仕事に手を広げていた38歳の時。その時は、どう乗り切ったのか?」(仕事学のすすめ、舞台流コミュニケーション術 第3回より引用)

なんくるないさ、大丈夫だよ。

スランプ防止のためには、オンとオフを使い分けること。

広い視点で見れば、悩みが小さくなる。

自分自身で、自分を認めること。


仕事学のすすめ
http://www.nhk.or.jp/program/shigotogaku/

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ニュースウォッチ9の大越キャスターが、忘れられない本の紹介として、「どくとるマンボウ青春記」に関する記事が載ってました。その本の中で、大越氏が一番好きな一節。「自己を高めてくれるものはあくまでも能動的な愛だけである。たとえ、それが完璧な片思いであろうとも」(朝日新聞より)
環境があまり変わる訳でもない小さな一歩と、何もないところからの一歩では、全く状況が異なります。今の時代は、いくつになっても、何もないところからの一歩を求められる心構えが必要なのだと思うこの頃です。以下、番組内容を列記します。

日本における麹(こうじ)の歴史は、1000年を超える。(みそ、しょうゆ等)
廃業を考えていた麹屋。

「自分たちが、当たり前だと思っているところに、宝が眠っているのかもしれませんよ。」

古い本から、「塩麹」というキーワードを発見。
いろいろな料理に塩麹を使ってみた。
あるデパートを経由してブームに火がつく。

「一人勝ちに、未来はない。」
→ 全国の麹屋を励ます日々。

一生懸命、日々努力していけば、きっと道が開くんだということを、確信させてもらった。

プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0827/index.html
潜在能力は、発揮できる機会をつかめば、そして、前向きの行動がとれれば、伸びていくものなのだと改めて感じました。仕事上のいろいろなしがらみも、リセットして、頑張れる機会をねらうのも、よいのかもしれません。以下、番組内容を列記します。

44歳でパート始めてから営業所長まで上りつめた、駅弁販売のカリスマ女性。
楽しむ心が道を開く。

「私だったら、こうして欲しい。」 →消費者の目で追うこと。
つかず、はなれずの販売。

売る側ではなく、買う側の論理に、耳を傾ける。
それが、三浦の販売哲学。

「現場が一番よくわかっている。」
だから、現場のパートに発注管理を委譲した。

「重要な話でも、現場だから話せることがある。」

楽しむことで、見方も、動き方も、変わる。

営業所長に抜擢された頃、指示通りに部下が動かなくて、会社から消えてなくなりたいとまで、追い詰められた。
 →ある人から、三浦さんの得意なところから始めてみたらいいとのアドバイスをもらう。
 →もっと素直に、やれることからやってみようと思った。

一つのことが、うまく行けば、大きな自信になる。

プロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0820/index.html
朝日新聞に、小学6年の春名風花ちゃんのいじめに対するメッセージが掲載され、話題になってます。「いじめている君へ」というタイトルでシリーズにて掲載されてきたのですが、今回は実に本質をついている内容だと感心したので、列記します。

「今から書く言葉は君には届かないかもしれない。だって、いじめてる子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから。....ただ遊んでいるだけなんだよね。自分より弱いおもちゃで。....けれどぼくは、ぼくがいくら泣こうが、本当に自殺しようが、その人たちが何も感じないことを知っている。いじめられた子が苦しんで、泣いて、死んでも、いじめた子は変わらず明日も笑ってご飯を食べる。いじめは、いじめた人には「どうでもいいこと」なんです。」(朝日新聞(2012/8/17)より引用 )

私のいじめに関する考えですが、日本が人権を重んじる成熟した国を目指すのであるならば、いじめは、重大な人権侵害であり、頑固とした態度で、大人はもっと子供の学校生活に介在すべきだと思います。しかし、簡単ではないのは、風花ちゃんも、書いているように、いじめる子は、そのいじめの意識さえないということです。一緒に遊んでいるだけと言いながら、大人に見えないように巧妙な残虐性を閉鎖社会である学校で毎日、執拗に行使し、学校側も、モンスターペアレントに恐れ、見えないことにしているというお粗末な危機管理状況です。いじめは、30年前も存在してました。特に公立の中学校は荒れてました。いじめられる方も悪いと言う先生も、いたほどです。弱肉強食をよしとする大人がいる限り、大人の影響を受けて育つ子供の世界では、陰湿ないじめは、今後もなくならないでしょう。
そもそも、いじめは、人間の本性として私も含めて、どんな人間も持っているものだと思います。嫉妬や憎悪といったドロドロとした人間の本性を理性やモラルといった観念でコントロールしようと努力し続けるのが人間らしさであり、崇高さだと思うのです。大人の社会も、今や不景気で世知辛くなるばかりで、企業ではパワハラ等のいじめが横行してます。厳しい競争社会であるため、弱者や能力の劣る者は、切り捨てても良いのだという風潮を、断固、許してはいけません。また、そういう意見を憂いを持って提言する人を、排除する世の中であってはならないと思います。
(日本を衰退させている原因は、利権を守ろうとする政治家や官僚ばかりで、国家としての国益を成長させる戦略と実行力がないためだと思うのです。)

朝日新聞、いじめている君へ
http://www.asahi.com/national/intro/TKY201208160557.html?ref=aspmail_0817_07