「切なさあふれる歌詞と強い存在感のボーカルで女性を中心に支持を集め、『素直になれたら』(feat. Spontania)がダウンロードチャートで軒並み1位を記録。18歳の時、観光で初めて訪れたニューヨークに一目惚れ、わずか数ヶ月後には移り住んだというJUJU。今もNYと日本を行き来しながら音楽活動を続ける彼女が、『奇跡を望むなら...』(2006)で有線チャート1位を獲得するまでの苦悩の日々に迫る。」(トップランナーより引用)    「素直になれたら」は、ラジオでよく流れていたので、それでJUJUさんを知りました。でも、あそこまで、ヒットするには、運だけでなく、絶え間ない努力だけでも足りなく、疲れた時にはJUJUの曲で元気になれると言われるようになりたいと言われてました。こういう、筋の通った想いが聴く人々に伝わるのでしょうね。

トップランナー
http://www.nhk.or.jp/tr/2008album/090216.html
どうしようもないことを、悩んでいてもしかたがない。
前もそうであったように、今度も、同じことを繰り返しても。
それでも、それが自分であること、ひけないことならば、腹くくって、
相手からの理解が得られなくても、耐えるより、きちんと話すことを
私は選ぶ。
要は、自分をごまかさずに、愚直でみっともない姿で、懸命にと言うことだ。
今、究極のマイノリティの世界である、哲学博士、中島義道氏の著作本を空時間に少しづつ読んでいます。その中にゲーテの「ファウスト」の概要が引用されていて、興味深かったです。「ファウスト博士は、長いあいだの努力が実って、さまざまな学問を究め、それとともに社会的地位や名声も獲得した。だが、ふと気がついてみると、青春はかなたに過ぎてしまっていて、自分は学問以外に何もしてこなかった。心弾むような人生の喜びを感じなかった。自分の人生は失敗だったのではないか?こうさいなまれているとき、悪魔メフィストフェレスが彼の書斎に現れ、失われた人生を取り戻すためにメフィストフェレスと契約を取り交わす。」しかし、メフィストフェレスは一つだけ条件をもち出します。「ファウストがある瞬間に満足してしまったら、悪魔の手に落ちるということである。何ごとにも満足しないファウストは、その賭けに勝つ自身があった。....だが、彼は負けた!開拓地で汗水流して働く老若男女たちを見ているうちに、ファウストは思わず「時よ、留まれ、お前はじつに美しい!」と叫んでしまったのだ。」(中島義道氏の刊行物より引用)    「ファウスト」の話は、私が子供の頃に手塚治虫氏の漫画本との出会いが最初でしたが、内容をきちんと理解していなかったと今になって思います。中島義道氏は、全てを肯定してしまった表現者は、もう表現できない(それは死?)と体感的にわかったと記されてます。非常にストイックな考え方であり、私は、ついていけませんが、こういう話、気になるのです。
「永遠に変わり続ける町」 →戦後まもない東京の変貌が掲載されてます。
「駅から駅へ、道のり楽し」 →あるドラマのPR、目標までのプロセスを楽しむという事?
「青い鳥は近くにいる」 →青い鳥を求めているかぎりは、見つからない。
「責任の境界はどこに?」 →金融商品の自己責任についての掲載。
「平凡すぎる毎日こそ幸せ」 →いろいろ問題が起きた時に知る平凡の大切さ。

(朝日新聞 「be on Saturdayより引用」

新聞の見出しは、読んでもらうために、大げさなキャッチコピーが目立ちます。それでも、心にさりげなく、入ってくる言葉も、気をつけているとあるものです。そして、それらの言葉から、違った意味づけを捜して楽しむこともできます。
春は苦手です。
職場も、プライベートも、あわただしくて、いけません。
周りが、どんどん変わっていくのに、相変わらずの私です。
と、のんきな事も、言ってられません。うちも人件費に、手が入りだしました。
首の皮、一枚でつながっている私しては、ここは、おとなしく目立たないようにといった日々です。
(日銀の3月の企業短期経済観測調査(短観)は、6四半期連続で悪化してマイナス58で、49年の調査開始以来、過去最悪の水準になったと発表されてます。そろそろ、底を打って欲しいものです。)